異世界ラグナロク 〜妹を探したいだけの神災級の俺、上位スキル使用禁止でも気づいたら世界を蹂躙してたっぽい〜

Tri-TON

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第四章 森の精霊

第50話 旅立ち――その涙に、応えるためにも

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静寂を破ったのは、ルダルだった。

「アマト様。我々の意思は固まりました。明日にでも出立いたしましょう」

それに続いて、エメルダが口を開く。

「ここに留まってても、何も解決しねぇ。……そう思います」

ミィナも小さくうなずきながら言った。

「私も、そのほうがいいと思う」

その顔には、迷いのない決意が浮かんでいた。

そして、精神空間では――。

『そうだな。人間界では魔素学が発達していて、神の力すら及ばない力も存在するかもしれん』

『みんな、もう決意してるのよ。次は、アマトちゃんの番ね』

しばらく目を閉じて考えていたアマトは、やがて目を開き、静かに言った。

「……よし、わかった。明日、出発する」

その言葉に、ミィナとエメルダの顔がぱっと明るくなる。

ルダルも口元に微笑を浮かべた。

「では明日、ルノアを交えて、アマト様から提案するということで進めましょう」

「わかった」

と言って、アマトは頷いた。それは、決意のこもった、どこか澄んだ声だった。

こうして、四人の心が一つになった夜が、静かに終わっていった。


──翌朝。ミィナの家の居間


「よっしゃー! オレ、頑張るよ!」

エルシアの森とドルムの里へ向かうとアマトが告げると、ルノアが勢いよく声を上げた。

「お、おぅ。俺も負けないぞ……!」

エメルダの少し芝居がかった調子に、精神空間からゼルヴァスの冷静な声が飛ぶ。

『エメルダ……お前は芝居の勉強をすべきだな』

『芝居の指導なら私に任せて! こう見えても女優目指してたんだから! えっへん♪』

ティアマトが得意げに胸を張る。

(お前、カオス空間で観客なしの一人芝居でもするつもりだったのか……?)

アマトは心の中で、思わずツッコミを入れていた。

「それで、アマト様。いつ出発するの?」

ルノアが、まるで遠足を楽しみにしている子どものような口ぶりで尋ねる。

「今日の午後だ。みんな、急いで支度を頼む」

ルノアは両腕をぶんと振り上げ、さらに元気よく叫んだ。

「よっしゃあ! じゃあ、こうしちゃいられねぇ! 早く準備しようぜ!」

「お、おぅ。俺もそうするぜ……」

エメルダの棒読みの呼応に、誰もがその演技力を案じるのだった。

「では、いったん解散だ」

アマトがそう言うと、ルノアは一目散に自分の小屋へ走っていき、ミィナも支度のために自室へ向かった。

エメルダとルダルは、それぞれの村へ“幻扉”を使って帰っていく。

居間に残ったのは、アマトただ一人。

やがて、キッチンの奥からゼルミスが現れ、持っていた湯呑を机の上に置くと、静かにアマトの前に座った。

「ゼルミス。今日の午後、俺たちはエルシアの森とドルムの里へ出発する」

アマトの言葉に、ゼルミスは穏やかに頷く。

「そうですか……ついに、ご決断されたのですな」

「ああ。それと……すまない。ミィナも連れていく」

その瞬間、ゼルミスの目尻がやわらかく下がる。

「ありがとうございます。ミィナがお力になれるのなら、これほど嬉しいことはありません」

アマトは、少し居心地悪そうに目をそらしながら言葉を継いだ。

「……俺は、自分の都合でミィナを巻き込んでいるだけかもしれない。それでも、いいのか?」

ゼルミスは目の前の湯呑を取ると、一口、お茶をすすり、ゆっくりと口を開いた。

「あの子は、“七つの大罪対戦”のあと、何かを自分から選ぶことができずにおりました。

でも、アマト様がいらしてから、どんどん変わってきています。

本人も、前へ進もうと決めたのでしょう。これもすべて、あなた様のおかげですな」

そう言って、ゼルミスは深く頭を下げた。

そのとき、精神空間から声が響く。

『アマトよ。ゼルミスにも、ルノアの件は話しておいた方がよいぞ』

『そうよ。ゼルミスちゃんには、村長として知っておく権利があると思うの』

ティアマトも同意するように言った。

アマトは一つ息をつき、視線を正面に向けた。

「ゼルミス……もう一つ、話しておきたいことがある」

しかし、その言葉の続きを待たず、ゼルミスは微笑みながら静かに言った。

「ルノアの“ウロボロスの痣”のことですかのぉ?」

アマトは言葉を失い、精神空間ではゼルヴァスとティアマトが同時に驚愕の声を上げる。

『なに!?』

『えっ!?』

「……知っていたのか!?」

アマトが思わず問い返すと、ゼルミスは穏やかに頷いた。

「わしも無駄に年を重ねてはおりませぬ。“記憶封じの楔”くらいの知識はありますわい」

とほほ笑む。

「いつから気づいていた……?」

ゼルミスが湯呑を机の上に置きながら思い出すように言った。

「そうですな。あの試合をしていた頃から……ですかの」

「……俺が気づいたのと、ほとんど同じじゃないか!」

驚きに駆られたアマトは、思わず立ち上がり、机に両手をついた。

「どうして、そんなに落ち着いていられるんだ……!」

ゼルミスは、静かにその理由を語る。

「それは……呪いの原因と思われる異世界人が、アマト様だからですな」

アマトは口をつぐむ。

「まだこの世界に来られて間もないあなた様が、意図的にそんなことをするとは思えませんでしたし……。

それに、いつも難しい顔をして、ひとりで悩んでおられる姿を見ておりました。

なので、いずれ、あなた様ご自身が答えを出されるだろうと、そう思っておりました」

そう言って、ゼルミスは再び湯呑を手に取り、静かにお茶をすすった。

「もちろん、ルノアのことは心配で仕方ありませんでした」

声は静かだったが、その響きには胸に秘めていた想いの深さが感じられた。

「なにせ、ルノアは、ミィナと幼いころから一緒に育ち、わしにしてみれば孫も同然です。

そんなルノアが、得体のしれない呪いにとりつかれた――

それを思うたび、無力な自分が悔しくてたまりませんでしたがの」

言葉を区切り、ゼルミスは一瞬だけ目を伏せた。

過去を振り返るようにまぶたの裏を見つめるその表情には、静かな怒りと無力な自分への悔しさが浮かんでいるようだった。

「ミィナも、何かと悩んでいることはわかっておりましたが、この老いぼれがいくら思案したところで、どうにもならぬこともある……」

ふと、ゼルミスは遠くを見るように目を細めた。

「だから、わしは、あなた様を信じることにしたのです。

何もかもを抱えて、それでも前に進もうとするその背中に、託す価値があると感じました」

その語り口には、どこか諭すような落ち着きがあった。

しかし同時に、長い葛藤から解き放たれたような安堵も滲んでいる。

「そして今日、あなた様は決断をされた。

やはり、あなた様は誰ひとりとして見捨てたりはしない。

……それが、今、こうして証明されたのです」

そう言うと、ゼルミスは湯呑を静かに机に戻し、深く、静かに頭を下げた。

「どうか……ルノアのこと、よろしくお願いいたします」

そのときだった。頭を垂れた頬を、一筋の涙が静かに伝い落ちた。

『ゼルミスちゃん……。本当はつらかったのね』

ティアマトが指を目の下に当てながら言った。

『アマトよ。ゼルミスの思い、無駄にするわけにはいかんぞ』

ゼルヴァスが、低く噛みしめるような声でつぶやいた。

ゼルミスの涙――それは、孫のように思う者への深い愛情と、信頼という名の重荷だった。

アマトは、ゼルミスの姿をしばらく黙って見つめていた。

そして、その思いを真正面から受け取ったアマトは、そっと拳を握りしめと、心に強く誓うように言葉を発した。

「約束する。絶対に、ルノアを死なせたりはしない!」

彼の胸の内に灯った覚悟は、静かに、そして確かに燃え上がっていった。


──ガルテラ村、北へと続く街道の前


そこには、ポタ村、モルド村、そしてガルテラ村の面々が集まり、アマトたちの旅立ちを見送ろうとしていた。

ガルテラの午後の空気は澄んでいて、静かな緊張とわずかな期待が辺りに満ちていた。

「ミィナ姉ちゃん、ルノア姉ちゃん。活躍してきてね!」
「お姉ちゃんたち、気をつけてね!」

ネトとネネが、少し寂しげに手を振りながら声をかける。

「二人とも、いい子で留守番しててね」
「聖泉、きれいにしとけよ」

ミィナとルノアが笑みを返しながら優しく言った。

「姉御……。くれぐれもアマト様の足、引っ張んないで下さいよ」
「心配だなぁ……」

ビーノとゴッチがぼそりとつぶやくと、エメルダの目が鋭く光る。

「うるせぇ。またぶん殴られてぇのか!」

拳を振り上げると同時に、二人は情けない悲鳴を上げながら一目散に逃げていった。

「私も本当は行きたいところだけど……いまの私では足手まといになるわ。だから、みんなを頼んだわよ。妻としての命令よ」

セシアが冗談めかして笑いながら言い、隣のシンが拳を握りしめて力強く叫んだ。

「ルダル兄ぃ、おれもいつか一緒に行けるように訓練するよ!」

ルダルは軽く顎を引き、少年の決意に応えるようにほほ笑む。

「ああ。帰ってきたら成果を見てやる。楽しみにしてるぞ」

そして、ゼルミスが一歩前に出て、アマトに深く頭を下げた。

「アマト様……道中、くれぐれもご無事で」

その言葉に、アマトは静かにうなずき、背筋を伸ばす。

「あぁ、わかった。では、行ってくる」

そう言って、アマトは村人たちの見送りの中を、ゆっくりと北の道へと歩き出した。

ミィナ、ルノア、エメルダ、そしてルダルが目を合わせると、それぞれ小さく頷きあい、迷いのない足取りでその後に続いていった。

静かに、しかし確かに、異世界の物語がまた一つ、新たな節を刻み始めた。
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