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<大正:英国大使館の悪魔事件 後編>

サートゥルヌスの密儀

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関西弁と言う事は……もしかして……。
「もしかしてですけれど、あなたは土手瓦八十吉どやがわらやそきちさんでは有りませんの?」
念の為、右手の魔法陣には魔力を流しておいた方が良さそうだわ。
言葉を話せると言っても、正気を保っているとは思えないわ。

「うん?ケッケッケ、あんさん誰でしたかいなぁ?ケケ、どっかで見た記憶が……ケッケ……おますんやけど……ケッケッケ」
わたくしは、蘆屋小町と申しますの」
「ケッケッケ、あしや……アシヤ……蘆屋……ああ……ケケ、蘆屋伯爵の……ケケ……御令嬢はんで……ケケケ。これは……ケッケ……毎度おおきに。ケケケ」

時折狂気をはらむ引きつった笑い声を挟みながら、話される言葉自体には微かに理性を感じるわ。
恐らく、狂気と正気の狭間に居るのね。

「ケケ、御嬢さん……ケケケ……チョット待ってて……ケッケ……貰えまっか……ケッケッケ。今から食事せな……ケケケ……あかんさかい。ケケケ」
そして、今しがた自分がトドメを刺した眷属の遺体の腹部に、鍵爪を突き立てている……内臓を取り出そうとしているのだわ。

「小町ちゃん、これはいったい……?」
諏訪さんも、曹長さんも、土手瓦さん以外の眷属を倒し終えて此方こちらに集まっていらした。
ノワールとブランも終わったみたいね。
「どうやら、この方は土手瓦さんの様ですの」

しかし、どうしたものかしら?
取り押さえるのは簡単だけれど、それよりも、お話を聴き出すのが先決だわ。
諏訪さんも、曹長さんも、ノワールとブランもいる状況で、万が一と言う事態は考えられないでしょうし、ただ……目の前の凄惨な状況にさえ目を瞑れば……ですけれど。
ハァ~、少々気分が悪くなってきましたわ……。
「土手瓦さん、チョット宜しいかしら?」

モチュ、モチュと抉り出した肝臓を咀嚼しながら、土手瓦さんが血まみれの顔を上げる。
「ケッケッケ、すんまへんなぁー、あんさんら、わてに聞きたい事……おますんやろ……ケケケ」
血みどろの姿、引きつった笑い、そして右手に持った肝臓……明らかにまともでは無いわ。
だけれど、今の土手瓦さんの目は不思議と、理性を宿した正気の目をしている様に見えるわ。

「ケケ……こうやって、お肉にかぶりつきますとな……モチュ、モチュ……何や知らんけど……不思議と、ちょっとの間やけど正気に戻るんですわ。ケッケッケ……今の内聞きたい事聞いて下さい……ケケ」
お肉を食べたからかしら、「ケケケ」の数が少し減った感じがするわ。
「だから、アナタ達は人の肉を求めているの?」
「ケケケ……ワテかて、好き好んで食べてるわけやおまへん。どうしようもおまへんのや。ケケ……食べとうて、食べとうて我慢出来へんのんや」

無性に人の肉を求める……それが、眷属達のさがと云う事ですのね……。
それでは、先ずは本題をお聞きしましょ。
「土手瓦さん、アナタや此処ここに居る他の方々も、どうして、その様なお姿に?」
「ケケケ、何でこう成ったかは、分かりまへんな。ケッケ……そやけど、こう成った切っ掛けは、多分あの密儀で選ばれたからや……ケッケッケ」
「密儀?選ばれた?何か儀式のにえに選ばれたと云う事かしら?」
「ケッケ、そうやおまへん。ケケ……にえは他に居りますんや……ケケケ……選ばれたモンは神に成りますんや……ケッケッケ」
神!?つまり……禍津神まがつがみだわ……。

「その儀式……密儀と仰いましたかしら、それは、どう云うものですの?」
「ケッケッケ、サートゥルヌスの密儀、そう呼んどりましたわ。ケケケ、何や、木で出来た小さな像がおましてな。ケッケ……それに、選ばれたもんがチョット触れるだけで……ケケケ……おぞましい姿の神さんに変身するんや……それは、もう気持ちうおまっせ……ケケ……アヘンとか目やおまへんで……ケッケッケ」
やはり例の木像だわ。
儀式で禍津神まがつがみを降ろして……そして……。
「それで、変身してどうされますの?」
「ケケ……神と、生贄がおますんや……それに、今のワテらの有様……お嬢さん感が良さそうやさかい……ケッケ……大体の想像付まっしゃろ。ケケ、まあ、その想像通りですわ……ケケケ」

では、あの木像で禍津神まがつがみを降ろして今の姿に成って姿をくらました……あれ?
辻褄が合わないわ。
だいいち、今の土手瓦さんの姿は禍津神まがつがみではなく眷属の姿、それに確か御子息の一太郎さんの話だと、一月ひとつきほど前から集会は無かったと仰っていたわ。
そして、土手瓦さんが姿をくらましたのは一月一日の夜……。
「密儀が終わった後は、どうなりますの?もしかして、今のお姿のまま……?」
「ケケケ、そんな事有りまっかいな。ケッケッケ、ちゃんと人の姿に戻りましたわ。ケケ」

では、何故今の姿に……?
「ケッケ、そやけど……一月ひとつきほど前、密儀の途中で、突然、選ばれたもんとちゃう参加者の七、八人が変身しましたんや。ケケケ……そんで、他の参加者襲って、そらもう……ケケ……何人も殺されて……ここに来た云う事は、屋敷の様子は見ましたんやろ。ケケケ、エライ大惨事でしたわ……ケッケ。」
突然変身?禍津神まがつがみの邪気に当てられて……と云う事かしら?
でも、先ほど、密儀で選ばれたからと、仰っていたわ。

「ケッケッケ……結局、その日選ばれて神に成ったもんが、変身したもんを皆殺しにして、事は収まったんやけどな……ケケ……。その後は生き残ったみんなで、屋敷中の死体かき集めて、庭に埋めましたんや。ケケ、まあ、何人かは未だ屋敷の中に残ってるかも知れまへんな。ケケケ……そんで、こんな大惨事に成ってもうた言う事で、密儀はしまいに……ケッケ……そやけど……気付いたんや……その日変身して暴れた奴らは全員……ケケ……一度は選ばれて神に成ったもんやったんや!……ケッケッケッケッケ……」
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