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<大正:英国大使館の悪魔事件 後編>

洒落怖展開は、通用しませんわ!!

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では、眷属になる条件と云うのは、邪気に当たられたからでは無く、一度禍津神まがつがみを降ろすのが条件……玉山さんは儀式が始まったのは丁度一年ほど前と仰っていたわ。
だとすれば、この一年間にいったい何人ぐらいの人が禍津神まがつがみを……。
「土手瓦さん、教えて頂けませんこと、その様な方はいったい何人おりますの?此処ここにいらっしゃった方達だけとは思えませんわ。それと、土手瓦さんや他の方は、何故ここに?」

「ケッケッケ、密儀が始まったんは一年ほど前の事や、そんで密儀は大体は週一、たまに週二でやっとった。ケケケ、そやさかい、ざっと六十人近くはったやろな……ケッケ」
不味いわ!
一月ひとつき前に始末された眷属が七、八体、此処ここに閉じ込められていた眷属は、遺体も含めてニ十体前後……およそ三十体程が未だ帝都に……。
「ケッケ、ワテらが此処ここに閉じ込められたんは、元日の晩の事や……ケケケ。あの晩……番頭と在庫の確認しとったら、何や知らん、番頭が食いモンに見えてきましてな、そらぁ……ケケ……美味しそうでしたわ……そんで気付いたら、番頭の肝臓にかぶり付い取りましたんや……ケッケ。そん時はもう普通の人間の姿に戻っとったけど、一ヶ月前の事を思い出しましてな、そんで、この男……チヴィントンはんに相談しに行ったら……ケッケッケ……チヴィントンはんも人を襲った後やったみたいで……。ほんで、チヴィントンはんが親しいしとる、密儀の主催者の一人に電話で連絡入れたら、カラスが二匹飛んで来たんや。ケケケ、なんぞ布と手紙持たされとったわ。手紙にはこの布をどこぞ体に巻いて、この洋館まで来いと……ケッケ」
主催者の一人?
主催者は公使だけじゃ無いと云う事かしら……?
その布と云うのは、玉山さんを襲った眷属に、目隠しとして使われたものと同じ魔法陣ですわね、恐らく。
それに、カラスの使い魔……。

「ケケケ……ワテらがこの洋館着くと、もう何人もおんなじように呼び出されたもんが来とりましたわ。ケッケ……そんで、しばらくすると、あの男が来たんや……ケケ……チヴィントンはんが電話した例の主催者の男が……ケケ」
「その主催者の男とは誰ですの?」
「ケッケ、さあ、分かりまへんな~。なんせ、いつもフード被って、仮面付けとりまっさかい。ケッケッケ」
間違いない、あのフードの男だわ!
あの時、塀の上から覗いていたウルタールの目線からでは分からなかったけれど、仮面まで被って居たのね……用心深い男だわ。

「ケッケッケ……そやけど、日本語の発音がおかしいさかい、まあ多分、外人さんでっしゃろな。ケケ、その男が降霊会に参加する様成って、密儀が始まったんですわ……ケッケ……何しろ、密儀を取り仕切っとるんはその男や……ケケ……ワテより新顔やのに、主催者の一人に成ったんはそのお陰やろな。ケケ、そんでその男は、ワテらがこう成ったんは、しばらく密儀をして無いからや言うんや。ケケケ……そやから、今から密儀を始めるさかい、地下へ行けと……。今考えたら可笑しいですわ。ケッケッケ、そんなら、一月ひとつき前のあの惨劇は何やったんや言うねん!ケケ……そやけど、そんなこと考えてる余裕なんかあらへんかったから、言われるままこの部屋入ったら、そのままワテら全員、閉じ込めおったんですわ……ケッケ。その後は、見ての通りの地獄ですわ。ケケケ」

やはり、あのフードの男が事件の元凶なんだわ。
だけど、まだ、フードの男に繋がる情報が少ないわね。
もう少し、何か糸口は無いかしら……。

「そう言えば、其方そちらのチヴィントンさんでしたかしら。土手瓦さんがトドメをお刺しに成って、一矢報いたと仰っておられましたけれど、どの様な方ですの?」
チヴィントンさんはフードの男と親しいと仰っていたわ。
でしたら、その線から……。

「ケケ……チヴィントンはんでっか……この男にはこうなる前も後も、エライこき使われましたわ!ケッケッケ、この男も一年ほど前から降霊会に参加してきた新顔やのに、エライ偉そうに……ケケ。有力者に顔が利くんええ事に不良在庫押し付けて来たり、アヘンの上前をねおったり……ケッケ……それだけや無い、商売敵の殺害や誘拐手伝てたわされたり……ケケ……まあ、誘拐言うても、密儀のにえにするんやさかい結局、殺人ですわ……ケケケ。しまいには、世話に成った恩人の大熊はんの義弟はんの誘拐まで、ワテに手伝てたわしたんでっせ。ケケ……此処ここに入ってからも、ワテを囮にして獲物を取っとったんやで。お陰でこの通りや、見てみれ……ケッケッケ」
小指と薬指の欠損した左手を突き出して見せる。
囮にされた時に失ったのね。

まあ、ろくでも無い人物と云う事は分かったわ。
目の前で、見殺しにしてしまった事を悔やむ必要が無さそうで、ある意味助かりましたわ。
でも、まだ肝心な事を聞けていない。
「それで、チヴィントンさんと、そのフードに仮面の男は、どう云う御関係でしたの?」
「ケケ、さあ、どうでっしゃろな……アメリカで知りうたとしか……ケッケ……聞いとりまへんな。ケッケッケ」

現代むこうの世界とは違って、各国を渡り歩くなんて、そうそう出来ないわ。
詳細まで分からなくても、アメリカに居た人物と云う事なら、調べれば絞り込めて来るはず……。
重要な情報だわ!

「私からも良いかしら?」
諏訪さんが質問する。
「先ほど、チヴィントンと言う男に囮にされたと言っていたけれど、彼も、アナタと同じ様に知性をとどめていたと云う事なのね?他にどのくらい、そう云うモノは居るの?」
「ケッケッケ、仰る通りですわ。チヴィントンはんも喋れてましたわ……ケッケ……それに、狡猾なんも変身前と変わりまへんでしたな……ケケ。他に喋れるもんはもう一人居りましたけど、チヴィントンはんとワテで、美味しゅういただいて仕舞いましたわ。ケケケ、外に残っとる奴らは、うて無いから知りまへんな……ケッケッケ」

「最後にもう一つ宜しいかしら。何故、土手瓦さんは、色々とわたくし達に教えて下さるの?」
「ケケケ、あんさんら、官憲でっしゃろ。ケケ、そこの、おねえちゃんの腕に憲兵の腕章が巻かれとりますもんな。ケッケ……ワテらをこんな姿にして……こんなとこ閉じ込めて……そんで、地獄見せたあの男を捕まえて欲しいんですわ。ケケ、ワテらも相当悪どい事して来ましたけど、あの男だけは許せませんのんや……ケッケッケ」

ん!?
微かに誰かが叫んでいる声がするわ……誰かしら……?
「……お嬢様……」
爺の声だわ!
「……お嬢様……其方そちらに犬が!!」
犬?

「カォッ!!」と、突然背後から飛び出して来た、大きな見覚えのある犬が、土手瓦さんの喉元を目掛けて飛び掛かって……不味いわ!!
「御免なさい!!」
左手の突風の魔法陣に魔力を込め、大きな犬の体を吹き飛ばす。
犬の体は、壁に打ち付けられて、石畳の上にドサッと落ちる。
意識を失った見たいね。

明治神宮では助けて貰ったのに、こんな仕打ちをして……罪悪感を感じるわ……。
でも、何で土手瓦さんを狙ったのかしら?

そう言えば土手瓦さんは?
なんか、ぐったりしている様だわ。
「土手瓦さん!大丈夫ですの?」

「ケケ……なんか…………が……足りん……ケケケ……みたいですわ……ケッケ」
「何が足りませんの?」
「ケッケ……分けて……ケケ……貰えへん……ケケケ……やろか……ケケ……」
様子がおかしいですわ……このパターンは……。
右手の魔法陣に魔力を込める。

「何をお分けすれば、宜しいの?」
完全に理性の飛んだ目で、「あんさんのお肉やぁーーー!」と、飛び掛かってくる。
振り下ろされる鍵爪をかわし、同時に懐に入って、右手で着物の襟を取って、そのまま背負い投げ。
そして、石畳に叩きつける瞬間、電撃を放つ!

蘆屋小町わたくしに、その様なベタな洒落怖展開は、通用しませんわ!!」
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