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<大正:氷の迷宮事件>

突入準備のスリスリ

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この魔法陣、偶然か意図してかは分からないけれど、ノワールとブランを召喚した時に使った魔法陣に術式が似ている。
これって……まさか!
「警部補殿、もしかしてその津案つあんと仰る方、召喚する際に何か手にお持ちで無かったかしら?例えば半透明な石の様な物とか」

「いや、奴はあの時、頭の後ろで手を組んでいたからな……だが、その前にタバコを一服吸いたいとコートの内ポケットに手を突っ込んでいた。もしかするとその時タバコやライターと一緒に、何か取り出して手に握っていたかも知れん」

恐らく、ミルメコレオを召喚しようと、術に必要な魔力を補う為に、精霊結晶を使ったのだわ。
だけど、津案つあんという方にとって、幸か不幸かこの出来の悪い魔法陣は、ミルメコレオではなく精霊結晶の方を実体化させたのね。
つまり、ジャックフロストを……。

そうなると、結構厄介な相手かも知れないわね。
単に魔法陣だけで即席に召喚したばかりの悪魔や精霊と、精霊結晶から実体化させた精霊とでは、歴然とした力の差があるわ。

ともかく。
「大体の想定は出来ましたわ」
「じゃあ、中に入るのか、お嬢ちゃん」
「ええ、早く片付けてしまいましょう。せっかくの日曜日ですもの、午後からはお買い物ですわ♪」
「ははは、お嬢ちゃんがそう言ってくれると、心強いな。で、どうする。俺の部下を何人か付けるか?」
首を横に振る。
「まあ、そうだな、足手まといに成るかも知れんからな」

「伍長、小町ちゃんの防寒着を」
「諏訪さん、防寒着は必要有りませんわ♪」

後ろを振り返り、梨咲りさちゃんと忍ちゃんの間にちょこんと控えてるマナちゃんの前に屈み込む。
「マナちゃん、お願い。これからとっても寒い所に行くの」
そう言うと、マナちゃんが抱き着いて来て、自分の魔力を擦り付ける様にスリスリ。
真冬なのに、春先に日向ぼっこしている様な温かさ。

「何してるんだ、お嬢ちゃん?」
マナちゃんが見えない警部補さんには、奇妙な行動に見えるみたいね。
「ふふ♪ちょっとしたおまじないですわ」

「こ、小町ちゃん。そ、その小っちゃくて可愛いのは?」
かんなぎの諏訪さんには、やっぱり見えるみたいね。
「この子はマナちゃんと申しますの。詳しいお話しは長くなりますから省略しますけれど、太陽の精霊ですわ♪」
「えっ!太陽って……まさか、天照大御神ってこと!?」
「ふふふ♪そうでは無いと思いますけれど……まあ、その遠い親戚とかかも知れませんわね♪」

「では、そろそろ行って参りますわ。梨咲りさちゃん、忍ちゃん、マナちゃんを宜しく頼みますわね」
「ええ、分ったわ。こまっちゃん気を付けてね」
「小町さま、お怪我をなさらない様」

「大丈夫ですわ。危険な様なら、直ぐに逃げて参りますもの♪」

お出かけ用のいつもの巾着袋から、これまたいつもの手袋を取り出し、両手にはめる。
これは護身用でも有るから、常に持ち歩いているのだけれど、さすがにセクメトの慧眼けいがんまでは持ち歩いていない。
少々、心細いけれど、いざとなればノワールもブランもいるし……まあ、取り合えず、どうにかなるでしょ。

警部補さんの部下の方に案内されて、デパートの裏口へ回る。
なんでも、デパートの正面の入り口は、凍り付いて開かないとの事。

裏口の扉は、壊され取り外されている。
入り口の横に立て掛けられている、その鋼鉄製の扉は、酷くひん曲がっていますわ。
いったいどんな力が掛かって、ああ成ったのかしら……。

入り口からは、ひんやりとした冷気。
案内して下さった警官が、身震いされている。
マイナス四十度とか仰ってたから、まあ、そうなりますわね。

でも、マナちゃんの魔力のお陰で、私はさほどでも有りませんわ。
本来なら寒いのは苦手なのだけど、これなら問題無さそう。
マナちゃんに感謝ね♪

さて、そろそろ、参りませんと。

入り口の奥に続くバックヤードの壁面は、白く霜が張り付いている。
差し詰め、氷の迷宮と言った処ろかしら。

RPGの主人公に成った気分ですわ……。
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