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<大正:氷の迷宮事件>

デパート一階 【氷の迷宮と雪だるま】

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案内して下さった警官にお礼を言って、中に入って行く。
霜に覆われた白一色の世界。
とても、帝都のど真ん中とは思え無い風景。

細く曲がりくねった、バックヤードを進む。
途中、幾つか扉が有りましたけれど、見るからに凍り付いているわ。
中を確認できそうも無いし、取り合えず無視して先に進みましょ。

暫く行くと、バックヤードを抜け、婦人用品売り場に出る。
財布やポーチ、ハンカチにスカーフなどが綺麗に陳列されている。
「あら、この猫ちゃんのワンポイントの入ったパラソル、ラブリーですわ♪」

品揃えのセンスは中々良いわね。
まあ、全て霜が降り、氷付いて残念な事に成っていますけれど。
これって、デパートが無事解放された後、売り物に成るのかしら?

網乾屋百貨店は、この時代にしてはモダンな造りに成っている。
建物の高さこそ、梨咲ちゃんの大帝都百貨店より二階低い五階建てだけれど、デパートの中央は吹き抜けの広場に成っていて、その天井は全面ステンドグラス。
色とりどりの光が、広場に差し込んで、結構お洒落な空間演出をしているわ。

で、その吹き抜けの広場が、私達の目的だった西洋物産展の会場となる筈だったのだけれど……。
「そうね、一応見ておきましょ♪」
そこに私達の戦利品が陳列されている筈よ。
無事を確認しておく必要が有るわ。

と、言う事でデパートの中央にある広場の方へと、更に化粧品やアクセサリーが並んだ一角を進んで行く、すると……。
「妙だわ。何かしらこの氷の壁は?」
この向こうに吹き抜けの広場があった筈なのだけれど。

氷は結構分厚そう。
それに、単なる氷でも無いわ。
中にお洋服らしいのもがぎっしり詰まっている。
単なるイタズラ?
それとも、氷の強度を増す為かしら……?

でも、何でこんな事を?
この向こうに、何か有ると云う事かしら。
「ともかく、他のルートを探してみましょ」
広場へ向かうルートは他にも有ったハズよ。

広場の周囲を回って確かめる。
でも、何処どこも氷で閉ざされ、中には入れない。
「うーーん、こうなると、この中に重要な何かが有るのは間違いないと思うのだけれど……中がどうなっているか確認することが出来ないわ」

そう言えば、この吹き抜けの中に階段も有って、各階にアクセス出来た筈。
「上の階から、広場へ行けないかしら?」

階段へ向かおうと踵を返す。
すると、目の前に……雪だるま?
さっきは、こんな雪だるまは無かったわ。
高さ三十センチほどの雪だるまが、こっちを見る様にたたずんでる。

警部補さんが言ってたわ。
召喚された雪だるまが氷柱つららを放ってきたと。
今のところ、何かしてくる気配は無いけれど、用心した方が良さそう。

距離を取りつつ、雪だるまを避けて通路を進もうと、ゆっくり歩みを進める。

刹那、雪だるまが物凄い勢いで飛び掛かって来たわ!
咄嗟に身を屈めて回避。

ガッシャーん!
化粧品の陳列ケースが砕ける。

素早く立ち上がり、両手を合わせて、いつでも氷のつぶてを放てる様に身構える。
あら?
雪だるまが居ないわ……。

用心深く、雪だるまが突進した陳列ケースを確認する。
砕けたガラス片と、ケースの中の化粧品が氷漬けに成っている。
もしかして、体当たりした雪だるまが砕けて周りの物を氷漬けにしたのかしら?

「形は随分違うけれど、さっきの氷の壁と似ているわね。あの壁にもお洋服とかが氷漬けに成っていた……とすると、あの壁はあの雪だるまが」

ちょっと待って!
もしそうだとすると、あれ程分厚い壁よ。
で、一体の雪だるまが氷漬けに出来る範囲は、この程度……だとすると……。

恐る恐る、辺りを見回すと、無数の雪だるま。
「取り囲まれていますわ!」

そして、その無数の雪だるまが一斉に飛び掛かってくる!

この数、氷のつぶてを浴びせてもどうにも成らないわ。
左手の突風の魔法陣を床に向け、自身の体を舞いあげる。
あら!?
思いの外体が軽い。
結構高い天井に、危うく頭をぶつけそうに。

そしてそのまま、私を取り囲んでいた雪だるま達の背後に着地。
「逃げるが勝ちですわ♪」
そのまま表玄関の方に駆け出す。

その時、ちらっと後ろを見ると、さっき迄私が居た所に、氷の山が。
危うく、もう少しで氷漬けに成る処でしたわ。
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