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第二話 木こりとスライム
しおりを挟む数時間後……。
すでに日は昇り、森の木々の間からは木漏れ日が洩れる。
その光にメルトは目を覚ました。
「いてて……。変な夢を見た気がする」
身体の節々に痛みを覚えながらも起きあがると、メルトは周囲を見渡す。
あたりは昨日訪れていた森の中だった。
しかも、メルトの周囲にはゴブリンの肉塊が転がっていた。
「な、なんだ?この状況は?」
その異様な光景が、昨日起こった事が夢でなかったことを物語る。
ということは、昨日なぜか助けようとした丸い物体がまだ存在するという事になるのだ。
メルトは立ち上がり、辺りを探すととある木の下に丸い物体が存在していた。
それはただのスライムだった。
水色の身体に持つ、魔物の中でも最弱な存在……、それがスライムだ。
だが、目の前のスライムには他のスライムとは違うところがあった。
それは身体の中に白い核を持っているというもので、他のスライムにはない特徴だった。
「……俺はこんなものに身体を張って助けようとしたのか?」
メルトは頭を掻きながら、そう呟いているとスライムはなぜかメルトに近づいてくる。
そして身体を足にこすりつけているかのような行動を取ってくる。
「男だ、お前。ありがとうってか?」
なぜか人懐っこい様子を見せるスライムを抱き上げると、無機質なスライムを顔の前に掲げる。
メルトは目の前に来たスライムの中にある白い核をじっと凝視する。
昨日の丸い物体にも核があった。
だが、それは赤い光を放っていた。
そう考えるとこれは昨日の何かではないような気がしてくる。
だが、このスライムには白い核の他に違う特徴があった。それはスライムが動物のような行動を見せてくることだった。
単細胞の魔物であるスライムが意思を持ち、メルトに近づいてくるなんてあり得ない。
試しにスライムを地面に置き、少し離れて見ると、そのスライムは自らの意思でメルトに近づいてくるのだ。
それを繰り返していると、だんだんと愛着が湧いたのか、メルトは再びスライムを抱き上げる。
「なあ、お前。俺についてくるのか?」
そう尋ねてみるが、スライムは微動だにしない。
それもそのはず。スライムには表情はおろか人の言葉を理解する知能などないのだ。
だが、メルトには何となく頷いているように思えてくる。
「……分かった。じゃあ、付いてくるか?」
一向に表情を読み解くことの出来ないスライムにそう告げると、メルトは斧とスライムを抱えて村へと歩き出す。
1時間後、スライムを抱えたメルトは自分の住む村へとたどり着く。
村の入り口に差し掛かると、数人の男達が鍬や鎌を持って集まってきていた。
その中の一人がメルトに気づいたのか、手を振ると集まっていた男達が揃ってメルトを囲む。
「おい、メルト。無事だったか?一晩も帰ってこなかったから心配したぞ!!」
「え、あ、うん。ゴブリンに襲われて……」
「な、なに?ゴブリンに!?」
「最近、森の奥にゴブリンが巣食うようになったって噂、本当だったんだ」
メルトの言葉に集まっていた男達が驚きの声をあげる。
「木を切るためとは言え、森に一人で入るなんて無茶をするんじゃないぞ?ほれ、ケガはないか?」
「あっ、そういえば、ゴブリンに引っ掻かれたんだった!!」
「なんだって!?ちょっと、見せてみなさい」
メルトは男達の言われるがまま、男達に背を向けて傷を見せる。が、男たちは不可思議なものを見ているかのような表情をする。
「……服は破れているが、傷なんてどこにもないぞ?」
「ホントだ。服はぼろぼろなのに、背中はきれいだ」
「……えっ?」
昨日、確かにゴブリンに背中を引っかかれた覚えがある。
手を後ろに回し、引っかかれた場所を触ってみる。
が、傷どころか痛みすらないことに気がつく。
「……あれ?おかしいな」
「誰かがお前さんをくれたんでねか?」
一人の男の声に、他の男達も同調する。
確かに現実的に考えると、この手でゴブリンを倒したというよりも道行く冒険者が襲われているメルトを助け、回復魔法やポーションを使ったと考えるほうが納得は行く。
だが、それこそ天文学的確率だ。
なにせ、この村はミュラード皇国のはずれにある辺境の村だ。
その辺境の村の外れにある森に運良く冒険者が現れ、メルトを助けたとは考えづらかった。
「それより、お前さん、目はどおしただ?」
「えっ?目……?」
訛の強い男にそう言われ、メルトは背中の次は顔を触ってみる。
だが、触ったところで特に触感上変化はない。
鏡があればすぐに確認できたのであろうがこの村に鏡なんて言う代物があるはずもなく、自分では今の状況を確認することは出来なかった。
訛の強い男の指摘に他の男達もメルトの顔を覗き込む。
「ほんとだ。右目だけなんか赤くなってる」
「えっ?マジ?」
「ほんとだべ。左目は青いのに右目は真っ赤な赤だべさ」
村人の言葉に自分の体が今どうなっているのか戸惑っていると、一人の老人が男達の間を歩いてくる。
「メルトよ、慌てるでない」
「あっ、長老様!!今、俺の右目、どうなっているんですか!?」
そう言ってメルトは長老の下へ駆け寄ると目を長老に見せつける。
その目を見た長老は一瞬目を見開いたまま固まると、何の答えも言わずに黙り込む。
その沈黙にメルトや村の男たちも息を呑む。
「……メルトよ」
「は、はい……」
重苦しい雰囲気の中、口を開いた長老に生唾を呑んだメルトだった。
「……メルトよ。それはただの充血じゃ」
「じゅ、充血?」
重苦しい雰囲気を醸し出していた長老の予想外の答えにメルトや村人達はガクッと脱力する。
「ほれほれ、お前達。メルトも無事に帰っきたんじゃ。本来の仕事に戻らんか」
長老の言葉に村人達は毒気が抜けたのか、それぞれ自分の仕事に戻っていく。
「ほれ、メルトも家に戻らんか。お母さんが家で帰りを心配しておるぞ?」
「あ、はい!!ありがとうございます!!」
メルトはそう言うと自分の家のほうへ向かって走り始める。
その後ろ姿を見送った長老とその息子だったが、その場に立ったままメルトの背を見つめていた。
「なぁ、親父。あれは本当に充血なのか?」
「……あれは、地獄の目じゃ。ただの伝承じゃと思っていたが、まさか実在するとは」
「……地獄の目?」
「そうじゃ。この世界に業火や破壊をもたらすとされる忌まわしい呪いの瞳じゃ」
「なっ!?そんな危険な存在ならこの村も危険なんじゃ……」
「いや。そんなに危険という訳ではあるまい。メルトの人となりを考えると……、じゃが」
「…………」
「それに昨日は星詠の空じゃった。それと時期を同じくしてミュラード皇都が陥落したとの噂もある。これが偶然か運命なのか、わしにも分からん」
長老親子がそんな会話をしている中、メルトは母の待つ家へと急いでいた。
父親はとうに亡くなり、母子でこの村に住んではや14年。母の負担を減らそうと始めた木こりという家業だった。が、それで心配をかけては意味がない。
そう思いながら、メルトは自宅につくと勢い良く玄関のドアを開く。
「母さん!!ただいま!!」
息を切らしながら、そう叫ぶと母の座っているであろうテーブルの方を見る。
そこには予想通り母が座っていた。
息子を心配しているのか、陰鬱そうな表情でテーブルを見つめる母の姿にメルトは胸が裂かれる思いに苛まれる。
だが母はその陰鬱そうな表情の奥に微笑のような笑みを浮かべる。そんな表情に疑問が浮かぶが、メルトはその疑問を払うかのように首を振り、母のそばに近づくと改めて「ただいま……」と声をかける。
するとその声に気がついた母は顔を上げ、俺の顔を見るなり号泣し、俺に抱きついてくる。
「メルト……、無事でよかった」
「……ごめん。母さん。ごめんよ……、心配を掛けて」
母に抱かれたメルトは謝りながら、昨日あった出来事を思い出し、母子二人涙を流した。
傍らで、赤い光が小さく光っている事にも気づかないまま……。
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