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第4章 魔法使い
第113話
しおりを挟む「だっ、誰が! 誰が豚だとっ!?」
「貴様以外に誰がいる。愚王の愚臣、いっそ豚にも劣るか、ポドンゴよ」
つばを飛ばして怒鳴り散らす隊長に、ささやくような声でアードランツが答える。
なにか仕掛けがあるんだろう、誰の声よりもよく響いた。
つーかさらっと今、隊長の名前が……いいやどうでもいい、そうか、わかったぞ。この場の違和感の正体。
波の音がしない!
海に向かって開放された壁、なんなら波しぶきまで見えるくらいなのに、音が完全に遮られてるんだ。
空間を魔力で制御して、思うままに演出してるんだろう。
意図こそわからん。
わからんが……
「カッケェ……!」
「…………」
なにも言われないと言われないで、俺はさびしいんだぞアリーシャたん。
「おっ、おっ、お前に豚呼ばわりされる筋合いはっ、ないっ! 恩を仇で返すようなやからにっ!」
「恩……? やはり豚か、言葉の使いかたもわからんとは」
「なっ、なっ、なっ」
「豚に恩を受けたことなどない……いいや。ヒトにもだ、人間にもだ。我は復讐などに手を染めようとは思わぬ。だが醜きモノを愛でる趣味もない」
すう、とまるで幽鬼のように、アードランツが立ち上がる。
玉座を囲む討伐隊を、土地の気候と真逆の視線で見回した。
「ろくろく友もおらぬくせに、よくもこれだけ集めたものだ……」
「うるさいっ! おっ、お前こそっ、パーティの厄介者だったくせにっ!」
「ああ。我も反省している。豚の前でヒトらしく振る舞いすぎたとな。安んぜよ、今の我は魔王だ」
「ぐぎぎぎっ……! い、いつまで余裕ぶっていられるかなっ! 出てこいっ、槍使いのヤーリー!」
おうッ、と1人の傭兵が応じ、集団から2歩、3歩と先んじる。
わかりやすく手にした槍の穂先を、まっすぐアードランツへと向けた。
「おれさまの槍はすべてを貫く! 魔王に成り下がった人間くずれめ、覚悟しろ!」
「……そこの豚と、豚にすら雇われてしまう貴様らのようなモノを、この場所まで通したのは」
「おりゃああ~~~っあああああアアアアアアアアーーーッ!?」
突きかかった気合いの尾を引いて、槍使いが吹き飛んでいく。
すさまじい勢いで、遠く遠く海の彼方へ……海面で跳ね、また跳ね、水切りのように何度か繰り返したあと、やがて着水したようだ。
どよっ、とまた部隊がおののく。
ふむふむ……
「これだけの数で粗暴に振る舞われれば、せっかく手ずから整えた城が荒らされてしまうやもしれぬ。些事ではあるが、しかし下らぬ」
「おっ、おのれえっ……! 出てこい大剣使いのタイケンっ!」
アアアアーーーッ
「泳げぬモノは見逃してやる、しゃべらず静かに引き返すがよい。沖のクラーケンに捕まると、ずいぶんと素敵なことになるぞ」
「そっ、そんな口上で誰がビビるかっ! ゆくのだ双剣使いのソーケンっ!」
アアアアーーーッ
「自らかかってくることもできぬのか、豚には?」
「だっ、黙れっ、私は隊長だっ! トップが真っ先に戦ってどうする! 私に出番を回すんじゃないぞ大槌使いのハンマっ!」
アアアアーーーッ
「……愚かしい」
次々に向かっていっては、次々に吹っ飛ばされる傭兵たち。
少しは気が利く連中が、2人3人で同時にかかったりもしてるが……同じだな。
弓使いが狙っても、魔法使いが対抗しようとしても。
まとめて苦もなく、大海原に放り出されている。
「あれは……あのスキルは、いったい……?」
「運搬用の魔法使いスキルだな。ごく一般的な」
「運搬用……!?」
驚くアリーシャに、俺はうなずいた。
ピンと来ないのも無理はない。
俺がアレを教えたときと、出力が桁違いになっている。
「物を運ぶのを手伝ったりするときのやつだ。応用すれば、ああいうこともできる。にしても尋常な腕じゃないがな」
「そのスキルは、はい、知っていますが……威力はともかくとしても、ふたりひと組で使うもののはずでは? そこのあたりが魔王、ということでしょうか……?」
「さてな。アリーシャの言う通り、と言いたいところなんだが……」
――なにをもってして、魔王は闇なんだ?
はからずもついこのあいだ、別の魔王にぶつけた問いではあるが……
アードランツよ。
勇者と違って、魔王は名乗ったもん勝ちで魔王、というわけじゃない。
ないんだが……ないんだが、おまえ……
めちゃめちゃ魔王っぽいじゃあないかッ……!!
「ちっ、ちぐしょおおおおおおおおおっ!?」
隊長の絶叫が響くころには、部隊の人数はそりゃもう激減していた。
両手の指で足りるほど……あっ、俺たちより後ろにいた数人が、荷物ほっぽり出して逃げてった。
残りは俺たちと、隊長足して3人。
う~ん、さすが寄せ集めだな。宵闇鶏より根性がない。
「あっ、アードランツお前っ……お前ええええっ……!」
「豚に名を呼ばれる筋合いも、お前呼ばわりされる筋合いもない。かつてのよしみだ、我を魔王様と呼ぶことを許そう」
「黙りえええええええっ! 気にいらんっ、気にいらんっ! お前は生きていてはならん存在なのだっ!」
「そう急くな。我は豚にも存在価値を認めているぞ? 貴様のようなモノが息をしていればこそ、我が領土の人口はうなぎのぼりだ。今後とも励むがよい」
「へっ、減らず口もそこまでだっ……!」
「ほう。ならばどうする? 殺しにかかるか? かかれるか?」
「なめおってえええええっ! さあいけっ……!」
振り返ってようやく、この場に残ってるのが俺たちだけだと、隊長は気づいたようだが。
そもそもそこで振り返るからなめられるのでは?
「えっ……ええっとっ……! い、いけっ、ええとっ、ええとっ……!」
「うむ?」
「えーっとっ……! なんかがんばって戦うゼルスンとっ! なんか剣が高価そうなアリーシャよっ! やつを倒せいっ!」
「認識よ」
「うるさいっ! お前らのことはよく知らんからっ!」
まあ自己紹介もろくろくせずに参加していたのは確かだが。
それで加われたというのもすごい。
ゼルスン? とアードランツが小さく笑うのが見えた。
「ふん。モノにしては、なかなか良い名ま……え、だ……?」
こっちを見ている。
俺を見ている。
見えやすいように、隊長の陰から出てやろうか……
まだ見ている。じっと。
……ポーズでも決めてやるか?
「…………」
スタイリッシュな魔王装束のふところから、アードランツが何かを取り出した。
ごっつい厚さの黒縁メガネ。
すちゃっ、と両手でそれを掛け……はて、彼は目が悪かったかな……?
「……!!……」
レンズ越しに俺と視線が合って。
アードランツの顔色が変わった。
**********
お読みくださり、ありがとうございます。
次は12/20、19時ごろの更新です。
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