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2章:謀と未練
2-6:深淵に連れて行って
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久しぶりに歩いた城下町はそこまで変わっていなかった。
一部店の看板が変わっていたり、新しい建物が増えている等はあったが、栄えている故の変化だ。
女王の治世がうまく行っているのだろうと、少し良い気分になりつつ、薄暗い路地裏に入っていく。
(ここも、変わらないね)
辿り着いたのは風俗街が犇めく裏通り。
他国に比べれば素晴らしく治安が良いが、それでも未だに様々な犯罪の温床となっている。
その中で一際怪しげな、紫の炎を灯すランタンの飾られた建物が目当ての場所だ。
この変わった色の炎は、姿くらましの魔法であり、狼の紋がついた手紙を受け取った選ばれし好事家だけが辿り着けるようになっている。
地下へ続く階段の前には、スカーフェイスの門番。
鎧には黒い封筒に押された封蝋と同じ、狼の紋が描かれている。
「……これはこれは、アズール様!」
門番はアズールへ一礼した。
入場資格はまだ有効らしい。ごねる必要がなくて良かったと、アズールも挨拶を返す。
「お久しぶり。支配人は元気かい?」
「えぇ、貴方様がいらしたとなれば、更に元気になるかと」
「ありがとう……では早速案内してくれるかな」
門番が呼びだした案内役の後ろに続き、アズールは階段を下っていく。
段々と木槌を叩く音と、人々の喧噪が大きくなっていく。
――盛況で何より。
ここは通称【灰色の市場】。
盗難品、いわくつきの掘り出し物、他国から流れ着いたご禁制の品。奴隷以外のありとあらゆる後ろめたい物品取引で、毎夜賑わっている。
死神商人として鳴らしていた時は、様々な事情で出入りしていた。
競売の様子を見やりながら、アズールは持参した仮面をつけて、観覧席の奥に特等席を目指した。
「ベルモン」
横長のソファとテーブルを置けるほどのスペースだというのに狭く見える程の巨躯。お目当ての人物を見つけたアズールは彼の名を呼んだ。
「アズール! 久しぶりだなぁ。元気そうでよかったよ!」
呼ばれた男は、このオークションの支配人ベルモン・ガルシアス。
ローレリア王国を代表する大商家の者であり、その中でもきな臭い商品を扱う【灰色の市場】を任されている。
「久しぶり。地獄も中々楽しかったよ」
握手と抱擁を交わし、アズールはベルモンの隣に座った。
彼は死神商人と同じく、商人界隈ではかなり悪名高い存在だ。
善悪の際を嗅ぎ分け、利益を掴み取っていく。アズールよりは手心があったかもしれないが、市場のルールを犯した人物には極めて厳しい。
「誰かに身請けされたか?」
「そういう名目だったけど、今は自由だよ。」
故に気が合った。薄暗い世界に身を置く者同士、お互いに何かあれば助け合うが、深入りはしないという協定を結んでいた。
不謹慎で下品なやりとりも気にしない。悪友だからと許している。
「今度田舎で新しい商売でも始めようかなと」
「一枚噛ませて貰えんのか?」
「いいよ」
場を和ませるための会話を終えたところで、案内役から酒が注がれる。
(……仕込まれてるな)
薄く金色がかった液体の中に、粉末が微かに舞った。
恐らくはベルモンに手紙を送らせた者の差し金だろう。わかりやすくしたのは、悪友からの警告だ。
アズールは一旦グラスに手を付けず、ベルモンと向かい合う。
「……さる筋から知ったのだが、ここの手紙をフィンレイ公爵に送ったと聞いて正気かと思ったよ」
「俺だって送りたくなかったさ。あの方は馬鹿じゃねぇ」
ここの摘発も時間の問題だと、いつもふんぞり返っているベルモンが項垂れている。
どう考えても損失が大きい。強力な姿くらましの魔法があるとはいえ、王国騎士団には凄腕の魔術師がいる。
いつ魔法を破り、突入して来てもおかしくない状況だと言う。
「……誰の差し金かは、察しはついているだろう?」
「恐らく」
ガルシアス家は商いにより、長らく王国の文化や経済の発展に貢献してきた。
爵位は商いに専念するため辞退しているだけで、王国内での権力は下手な貴族よりも強い。
その中でも、かなり重要な市場を抱えたベルモンに指示を出せるだけの権力者――。
「よく無事だったね」
「無事なもんか。妻と娘を攫われかけた」
「あーあ……弱点は作るもんじゃないね」
権力がある上で、平然と戦う力のない身内を狙う非道さも兼ね揃えている。
アズールがやれやれと首を振ると、ベルモンは苦笑いを零した。
「そうだなぁ……だが、強みでもあるんだ。アイツらが無事だから、ここを潰されても頑張れる」
「……わからなくはないよ」
大事な人がいるからこそ、心を折らずに再起ができる。
いくらでも、勇気を出せる。
「……これを飲めば、連れてってくれるのかい?」
「貴賓室に運ぶだけだがな」
僥倖だと、アズールは微笑んだ。
この場で済むのなら、話が早い。
グラスに手をかけ、アズールはまず目で酒を愉しむ。
敵は、自分と話がしたいのだろう。何等か身動きを封じるための薬である可能性が高い。
一気に煽ると、速攻で腹に電撃が走ったかのような痛みが走る。
続いて、身体全体の感覚が失せ、グラスを落としてしまう。
首から下が全て弛緩してしまった。自分の身体ではなくなってしまったかのようだと思いながら、アズールはソファから少しずつ滑り落ちていく。
「こ、れは、強烈だな……暗殺者御用達の、尋問用か?」
「死にゃしない。終わったら解毒薬を持って行く……なぁアズール」
「聞いて、くれるな」
悪友の領分を越えた質問になるからと、ベルモンにはそれ以上の言葉を呑み込ませた。
抵抗手段を奪うためだろうが、ここまで強い薬を盛られたのなら、他にも余計な事をされるのだろう。
無体を働かれたり、尋問にかけられるのかもしれない――。
そこまで考えたところで、何故かセレスの顔が浮かんだ。
銀の髪を揺らし、うっとりと碧の瞳を細め、甘やかな言葉をかける。
腕の逞しさ、暖かな体温、力強い鼓動。
(……最悪だ)
よりにもよって今、思い出したくなかった。呼吸が苦しい。
一時の気の迷いで与えられた情を惜しむとは何事か。
(これで、敵を何とかできるかもしれないというのに)
あの優しい笑顔が、与えられたぬくもりが、覚悟の邪魔をする。
必死で目を瞑り、忘れようとしたその瞬間――。
「王国騎士団だー‼」
客の絶叫が店中に響き渡った。
一部店の看板が変わっていたり、新しい建物が増えている等はあったが、栄えている故の変化だ。
女王の治世がうまく行っているのだろうと、少し良い気分になりつつ、薄暗い路地裏に入っていく。
(ここも、変わらないね)
辿り着いたのは風俗街が犇めく裏通り。
他国に比べれば素晴らしく治安が良いが、それでも未だに様々な犯罪の温床となっている。
その中で一際怪しげな、紫の炎を灯すランタンの飾られた建物が目当ての場所だ。
この変わった色の炎は、姿くらましの魔法であり、狼の紋がついた手紙を受け取った選ばれし好事家だけが辿り着けるようになっている。
地下へ続く階段の前には、スカーフェイスの門番。
鎧には黒い封筒に押された封蝋と同じ、狼の紋が描かれている。
「……これはこれは、アズール様!」
門番はアズールへ一礼した。
入場資格はまだ有効らしい。ごねる必要がなくて良かったと、アズールも挨拶を返す。
「お久しぶり。支配人は元気かい?」
「えぇ、貴方様がいらしたとなれば、更に元気になるかと」
「ありがとう……では早速案内してくれるかな」
門番が呼びだした案内役の後ろに続き、アズールは階段を下っていく。
段々と木槌を叩く音と、人々の喧噪が大きくなっていく。
――盛況で何より。
ここは通称【灰色の市場】。
盗難品、いわくつきの掘り出し物、他国から流れ着いたご禁制の品。奴隷以外のありとあらゆる後ろめたい物品取引で、毎夜賑わっている。
死神商人として鳴らしていた時は、様々な事情で出入りしていた。
競売の様子を見やりながら、アズールは持参した仮面をつけて、観覧席の奥に特等席を目指した。
「ベルモン」
横長のソファとテーブルを置けるほどのスペースだというのに狭く見える程の巨躯。お目当ての人物を見つけたアズールは彼の名を呼んだ。
「アズール! 久しぶりだなぁ。元気そうでよかったよ!」
呼ばれた男は、このオークションの支配人ベルモン・ガルシアス。
ローレリア王国を代表する大商家の者であり、その中でもきな臭い商品を扱う【灰色の市場】を任されている。
「久しぶり。地獄も中々楽しかったよ」
握手と抱擁を交わし、アズールはベルモンの隣に座った。
彼は死神商人と同じく、商人界隈ではかなり悪名高い存在だ。
善悪の際を嗅ぎ分け、利益を掴み取っていく。アズールよりは手心があったかもしれないが、市場のルールを犯した人物には極めて厳しい。
「誰かに身請けされたか?」
「そういう名目だったけど、今は自由だよ。」
故に気が合った。薄暗い世界に身を置く者同士、お互いに何かあれば助け合うが、深入りはしないという協定を結んでいた。
不謹慎で下品なやりとりも気にしない。悪友だからと許している。
「今度田舎で新しい商売でも始めようかなと」
「一枚噛ませて貰えんのか?」
「いいよ」
場を和ませるための会話を終えたところで、案内役から酒が注がれる。
(……仕込まれてるな)
薄く金色がかった液体の中に、粉末が微かに舞った。
恐らくはベルモンに手紙を送らせた者の差し金だろう。わかりやすくしたのは、悪友からの警告だ。
アズールは一旦グラスに手を付けず、ベルモンと向かい合う。
「……さる筋から知ったのだが、ここの手紙をフィンレイ公爵に送ったと聞いて正気かと思ったよ」
「俺だって送りたくなかったさ。あの方は馬鹿じゃねぇ」
ここの摘発も時間の問題だと、いつもふんぞり返っているベルモンが項垂れている。
どう考えても損失が大きい。強力な姿くらましの魔法があるとはいえ、王国騎士団には凄腕の魔術師がいる。
いつ魔法を破り、突入して来てもおかしくない状況だと言う。
「……誰の差し金かは、察しはついているだろう?」
「恐らく」
ガルシアス家は商いにより、長らく王国の文化や経済の発展に貢献してきた。
爵位は商いに専念するため辞退しているだけで、王国内での権力は下手な貴族よりも強い。
その中でも、かなり重要な市場を抱えたベルモンに指示を出せるだけの権力者――。
「よく無事だったね」
「無事なもんか。妻と娘を攫われかけた」
「あーあ……弱点は作るもんじゃないね」
権力がある上で、平然と戦う力のない身内を狙う非道さも兼ね揃えている。
アズールがやれやれと首を振ると、ベルモンは苦笑いを零した。
「そうだなぁ……だが、強みでもあるんだ。アイツらが無事だから、ここを潰されても頑張れる」
「……わからなくはないよ」
大事な人がいるからこそ、心を折らずに再起ができる。
いくらでも、勇気を出せる。
「……これを飲めば、連れてってくれるのかい?」
「貴賓室に運ぶだけだがな」
僥倖だと、アズールは微笑んだ。
この場で済むのなら、話が早い。
グラスに手をかけ、アズールはまず目で酒を愉しむ。
敵は、自分と話がしたいのだろう。何等か身動きを封じるための薬である可能性が高い。
一気に煽ると、速攻で腹に電撃が走ったかのような痛みが走る。
続いて、身体全体の感覚が失せ、グラスを落としてしまう。
首から下が全て弛緩してしまった。自分の身体ではなくなってしまったかのようだと思いながら、アズールはソファから少しずつ滑り落ちていく。
「こ、れは、強烈だな……暗殺者御用達の、尋問用か?」
「死にゃしない。終わったら解毒薬を持って行く……なぁアズール」
「聞いて、くれるな」
悪友の領分を越えた質問になるからと、ベルモンにはそれ以上の言葉を呑み込ませた。
抵抗手段を奪うためだろうが、ここまで強い薬を盛られたのなら、他にも余計な事をされるのだろう。
無体を働かれたり、尋問にかけられるのかもしれない――。
そこまで考えたところで、何故かセレスの顔が浮かんだ。
銀の髪を揺らし、うっとりと碧の瞳を細め、甘やかな言葉をかける。
腕の逞しさ、暖かな体温、力強い鼓動。
(……最悪だ)
よりにもよって今、思い出したくなかった。呼吸が苦しい。
一時の気の迷いで与えられた情を惜しむとは何事か。
(これで、敵を何とかできるかもしれないというのに)
あの優しい笑顔が、与えられたぬくもりが、覚悟の邪魔をする。
必死で目を瞑り、忘れようとしたその瞬間――。
「王国騎士団だー‼」
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