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3章:脚光
3-1:閑話・火は燃える
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セレスの実家エルヴェルト辺境伯家から逃げ帰った後、アズールは更に政治と経済を学ぶために、王城の文官補佐となった。
アズールの面倒を見た文官は、身分の低い家の出だったが、実力で文官の座を勝ち取った猛者として有名だった。
早々に有能さを見出されたアズールは、雀の涙程の給料でこき使われる事になったのだが、そのおかげで良い出会いもあった。
「我に見合いは不必要」
「いえいえ、必要でしょうが。貴方様の立場を考えてください」
未来で【篝火の女王】と謳われる程の名君となるマグノリア姫だ。
さる公爵家の嫡男とのお見合いの前、脱走していた彼女を偶然発見し、流れでアズールが休憩で使っている裏庭の死角に匿ってしまった。
「見合いに行けとは言わないのか」
「まぁ……」
王族に生まれた者は、将来の選択権など存在しない。偏見も含まれていると重々承知しているが、そう認識していた。
下級の貴族ですらそうなのだから、王族は比ではないだろう。
その息苦しさは計り知れない。
それならば、せめて大人が迎えに来るまでは好きにすればいいと、アズールは考えた。
「……別に血などどうでも良くないか? たしかに王家の名は様々な場面で役立つが、名前だけで充分だ」
血に、何も意味はない。
王家の血を引くから使える特別な魔法や、特殊能力などは存在しない。偉い立場だと定められているだけの、いたって普通の人間だ。
偶然にも国の平和を維持する事に長けた者たちが多く輩出され、目立った反乱や戦争がなかった。
――あとは、運が良かった。ただそれだけ。
長く王座に居座り続けただけの一族だと、マグノリアは自嘲する。
「血に意味がない事については私もそう思います」
ローレリア王家が凄くないなどには言及せず、アズールはちゃんと自分の意見を述べた。
養子の身である自分の、ちょっとした祈りも籠めて。
「そうか!」
マグノリアの大きな金色の瞳が爛々と輝いた。
すっかり上機嫌になった彼女は背筋を伸ばし、きりっとした佇まいになる。
とりあえず責任を果たすべく見合いには行くが、自分の考えはしっかり貫き通す。そんな決意が滲み出ており、とても美しかった。
「気に入ったぞ。……えーっと、其方は」
「オンディール職人伯の次男、アズール・オンディールと申します」
それから、アズールとマグノリアの交流が始まった。
文官の仕事がてらマグノリアの業務補佐を行ったり、時に一般人に変装して城下町の視察へ赴くなど、思い出を積み重ねていった。
マグノリアは真っ赤な髪のくせに血が苦手。アズールは努力家の人情家で、犬が苦手。
そんなちょっとした秘密と素顔を共有し、双方敬意と好意を抱いてはいたものの、恋情には至らなかった。
その理由は、ごく単純だ。
「其方の兄は凄いのだな」
城下街にあるオンディールのドレス店。ショーケースに飾られたドレスを、マグノリアは純粋無垢な少女の目で見上げる。
アズールの兄、バルト・オンディールが設計と制作を担当したドレスで。異国から取りよせた織物と繊細なレースを組み合わせた意欲作。
荘厳でいて暖かみがあり、美しかった。
「自慢の兄だよ」
マグノリアに褒められ、アズールは自分の事のように嬉しくなった。
――血の繋がりはないが、関係ない。
いつか会話した内容を思い出しながら、彼女の凛とした横顔を見る。
「……バルト殿の作ったドレスが似合う女王になりたい」
大火のような熱量が、マグノリアの胸へ静かに灯るのを見た。
彼女には元々、女だからと役割を押し付けられる苦痛を踏み台にして、女王になる夢があった。
継承権も二番であり、充分射程圏内。一番の者に任せるとこの国が破滅へ向かうだろうからと、血の滲むような努力を重ねて来た。
――このドレスによって、夢がより鮮明なイメージを得た。
羨望を糧に決意の炎は更に燃え上がる。
その中には、微かにだが兄への思慕があった。立場上叶わずとも、強い尊敬はきっと変わらず燃え続ける。
彼女の表情がそう告げている。
――きっと、兄の作ったドレスを纏うマグノリアは素敵だろう。
アズールはこの国と大切な人々の明るい未来を感じて、微笑んだ。
* * *
いつも朝は気怠いというのに、今日ばかりは違っていた。
ベッドから起き上がったマグノリアは、執務室業務のため、腰回りを圧迫しない軽めのドレスを纏う。
市井の女性のエプロンドレスを参考に作られたそれも、バルト・オンディールの作品だ。
(……最初から灰色の市場を探れば良かったのだ)
書類と資料が並べられていく中、サイドテーブルに朝食のサンドイッチと紅茶が置かれる。
マグノリアはまず、一冊の使い込まれている帳簿を開いた。
――アズールが、何を思って茶番を打ったのか。その理由がここにある。
これは、昨晩ベルモンが営む灰色の市場から押収された証拠品の1つだ。
他国から流れ着いた曰く付きの品々の取引情報が、事細かに記載されている。
女王暗殺未遂事件。その犯人がアズールであるという証拠は、不自然なほど出て来た。
アズールが影から手を回した事は明白だったが、それを追求するための更なる証拠は発見できずじまい。
後手に回っている間に、彼は牢獄へと逃げおおせてしまった。
(覚えていろよ我が旧友)
灰色の市場にかかる姿くらましの魔法は非常に強力であり、資格のない者はどんな魔法使いであれ全く発見できない。
解除するにも、資格者の後をつけ、正確な場所のアタリをつけた上で凄腕の魔術師が解呪を行う必要がある。
それこそセレス率いる王国騎士団レベルでないと対処が難しい。
だが、女王暗殺未遂事件前後、王国騎士団はローレリア王国内の暗殺ギルド掃討作戦にかかりっきりだった。
偶然だと思いたかったが、これもアズールがそっと差し向けた策の1つだろう。
(目につく証拠は全て改ざんし尽くしただろうが、これは違う……いくら其方でもできないはずだ)
この帳簿は、長らくベルモンが金庫に保管しており、鍵を持つ彼にしか編集できない。
1頁ごと隅々まで目を通し、中盤に差し掛かったところで、思わぬ人物の名前を発見した。
――大筋が見えて来た。
しかし、マグノリアの表情は晴れない。
紅茶を口に含み、窓から見える公爵邸を見やる。
「……其方には叶わないな、アズールよ」
彼は芝居をやりきった。死神商人の仮面の裏に本心を隠し、そのまま去って行った。
無理やり舞台に引き戻した後もなお、仮面は剥がれない。
「セレスを呼べ」
ならば、更にアズールへ光を当てる。
本当に指を差され、去らねばならないのは誰か、突きとめるために。
(我儘だとわかっているが……アズールの方もまた我儘だ)
彼が嫌だと言っても強行する。アズール以上の我を持って、彼の仮面を剥ぐ。
そして、彼が叶えようとした事も同時に叶える。
「必ず救い出すぞ、旧友よ」
アズールの面倒を見た文官は、身分の低い家の出だったが、実力で文官の座を勝ち取った猛者として有名だった。
早々に有能さを見出されたアズールは、雀の涙程の給料でこき使われる事になったのだが、そのおかげで良い出会いもあった。
「我に見合いは不必要」
「いえいえ、必要でしょうが。貴方様の立場を考えてください」
未来で【篝火の女王】と謳われる程の名君となるマグノリア姫だ。
さる公爵家の嫡男とのお見合いの前、脱走していた彼女を偶然発見し、流れでアズールが休憩で使っている裏庭の死角に匿ってしまった。
「見合いに行けとは言わないのか」
「まぁ……」
王族に生まれた者は、将来の選択権など存在しない。偏見も含まれていると重々承知しているが、そう認識していた。
下級の貴族ですらそうなのだから、王族は比ではないだろう。
その息苦しさは計り知れない。
それならば、せめて大人が迎えに来るまでは好きにすればいいと、アズールは考えた。
「……別に血などどうでも良くないか? たしかに王家の名は様々な場面で役立つが、名前だけで充分だ」
血に、何も意味はない。
王家の血を引くから使える特別な魔法や、特殊能力などは存在しない。偉い立場だと定められているだけの、いたって普通の人間だ。
偶然にも国の平和を維持する事に長けた者たちが多く輩出され、目立った反乱や戦争がなかった。
――あとは、運が良かった。ただそれだけ。
長く王座に居座り続けただけの一族だと、マグノリアは自嘲する。
「血に意味がない事については私もそう思います」
ローレリア王家が凄くないなどには言及せず、アズールはちゃんと自分の意見を述べた。
養子の身である自分の、ちょっとした祈りも籠めて。
「そうか!」
マグノリアの大きな金色の瞳が爛々と輝いた。
すっかり上機嫌になった彼女は背筋を伸ばし、きりっとした佇まいになる。
とりあえず責任を果たすべく見合いには行くが、自分の考えはしっかり貫き通す。そんな決意が滲み出ており、とても美しかった。
「気に入ったぞ。……えーっと、其方は」
「オンディール職人伯の次男、アズール・オンディールと申します」
それから、アズールとマグノリアの交流が始まった。
文官の仕事がてらマグノリアの業務補佐を行ったり、時に一般人に変装して城下町の視察へ赴くなど、思い出を積み重ねていった。
マグノリアは真っ赤な髪のくせに血が苦手。アズールは努力家の人情家で、犬が苦手。
そんなちょっとした秘密と素顔を共有し、双方敬意と好意を抱いてはいたものの、恋情には至らなかった。
その理由は、ごく単純だ。
「其方の兄は凄いのだな」
城下街にあるオンディールのドレス店。ショーケースに飾られたドレスを、マグノリアは純粋無垢な少女の目で見上げる。
アズールの兄、バルト・オンディールが設計と制作を担当したドレスで。異国から取りよせた織物と繊細なレースを組み合わせた意欲作。
荘厳でいて暖かみがあり、美しかった。
「自慢の兄だよ」
マグノリアに褒められ、アズールは自分の事のように嬉しくなった。
――血の繋がりはないが、関係ない。
いつか会話した内容を思い出しながら、彼女の凛とした横顔を見る。
「……バルト殿の作ったドレスが似合う女王になりたい」
大火のような熱量が、マグノリアの胸へ静かに灯るのを見た。
彼女には元々、女だからと役割を押し付けられる苦痛を踏み台にして、女王になる夢があった。
継承権も二番であり、充分射程圏内。一番の者に任せるとこの国が破滅へ向かうだろうからと、血の滲むような努力を重ねて来た。
――このドレスによって、夢がより鮮明なイメージを得た。
羨望を糧に決意の炎は更に燃え上がる。
その中には、微かにだが兄への思慕があった。立場上叶わずとも、強い尊敬はきっと変わらず燃え続ける。
彼女の表情がそう告げている。
――きっと、兄の作ったドレスを纏うマグノリアは素敵だろう。
アズールはこの国と大切な人々の明るい未来を感じて、微笑んだ。
* * *
いつも朝は気怠いというのに、今日ばかりは違っていた。
ベッドから起き上がったマグノリアは、執務室業務のため、腰回りを圧迫しない軽めのドレスを纏う。
市井の女性のエプロンドレスを参考に作られたそれも、バルト・オンディールの作品だ。
(……最初から灰色の市場を探れば良かったのだ)
書類と資料が並べられていく中、サイドテーブルに朝食のサンドイッチと紅茶が置かれる。
マグノリアはまず、一冊の使い込まれている帳簿を開いた。
――アズールが、何を思って茶番を打ったのか。その理由がここにある。
これは、昨晩ベルモンが営む灰色の市場から押収された証拠品の1つだ。
他国から流れ着いた曰く付きの品々の取引情報が、事細かに記載されている。
女王暗殺未遂事件。その犯人がアズールであるという証拠は、不自然なほど出て来た。
アズールが影から手を回した事は明白だったが、それを追求するための更なる証拠は発見できずじまい。
後手に回っている間に、彼は牢獄へと逃げおおせてしまった。
(覚えていろよ我が旧友)
灰色の市場にかかる姿くらましの魔法は非常に強力であり、資格のない者はどんな魔法使いであれ全く発見できない。
解除するにも、資格者の後をつけ、正確な場所のアタリをつけた上で凄腕の魔術師が解呪を行う必要がある。
それこそセレス率いる王国騎士団レベルでないと対処が難しい。
だが、女王暗殺未遂事件前後、王国騎士団はローレリア王国内の暗殺ギルド掃討作戦にかかりっきりだった。
偶然だと思いたかったが、これもアズールがそっと差し向けた策の1つだろう。
(目につく証拠は全て改ざんし尽くしただろうが、これは違う……いくら其方でもできないはずだ)
この帳簿は、長らくベルモンが金庫に保管しており、鍵を持つ彼にしか編集できない。
1頁ごと隅々まで目を通し、中盤に差し掛かったところで、思わぬ人物の名前を発見した。
――大筋が見えて来た。
しかし、マグノリアの表情は晴れない。
紅茶を口に含み、窓から見える公爵邸を見やる。
「……其方には叶わないな、アズールよ」
彼は芝居をやりきった。死神商人の仮面の裏に本心を隠し、そのまま去って行った。
無理やり舞台に引き戻した後もなお、仮面は剥がれない。
「セレスを呼べ」
ならば、更にアズールへ光を当てる。
本当に指を差され、去らねばならないのは誰か、突きとめるために。
(我儘だとわかっているが……アズールの方もまた我儘だ)
彼が嫌だと言っても強行する。アズール以上の我を持って、彼の仮面を剥ぐ。
そして、彼が叶えようとした事も同時に叶える。
「必ず救い出すぞ、旧友よ」
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