王都のモウカハナは夜に咲く

咲村門

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偽りの月光を映す川面

#3

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 昨日入荷したウツセリが大変気に入られたのか、それとも最近港を賑わせている皆様の悩みの種のせいなのか。
 本日は皆様の話が尽きる事がありません。

 皆様はカズロ様から何か情報が得られればとお考えだったのかもしれませんが、時刻を考えて本日お会いすることは諦めていらっしゃるご様子です。
 今は別の話題に関してお話されております。

「ねぇ、キーノスは今年もミケーノの忘年会来るのよね?」
「はい、その予定です」
「今年は二人で裏工作しないんですか?」
「イヤな言い方しないでくれる? ワタシからすればアレが目的だったりしたのよ?」
「『何かしないと来ない』っつーから、今回は料理持ってきて貰うことにしたぞ」

 何かそれも少し違うように思います。

「去年参加させていただいてからのお礼を一切出来ておりませんでしたので、何か出来ればと相談させていただきました」
「楽しみにしてるぞ料理!」

 ミケーノ様が明るい笑顔で答えてくださったのですが、それを聞いたカーラ様が疑問を口になさいます。

「うーん、何かしたいっていうならキーノスがモウカハナで忘年会開けば良いじゃない」
「あ!」
「前にワタシ達と閉店後貸切にして貰ったじゃない? もし去年の忘年会に負い目感じてるなら、良いお酒出してくれたら大喜びよ」
「ふふ、それなら私も普段キーノスにはお世話になってますし何かお土産が必要ですね」
「そうか、それいいな! オレんとこ誘う事しか考えてなかった!」

 当店での忘年会など、考えが至るわけもありませんでした。

「忘年会とは、お店の従業員や懇意のお客様との交流を目的とすると聞きましたが」
「そうよ! ワタシはお店閉めた後に希望する従業員限定で勝手に参加でやるわよ。去年はミケーノのトコの忘年会の前の日ね」
「私のところは費用の上限設定して、各自で開いた忘年会の費用を経費で支払うようにしてます」
「ま、ミケーノのとこが派手なだけよ。だからキーノスもウチのとこみたいにしてみるのどうかしら?」

 以前少し考えていた「会計をいっそ無料タダにする」が出来ますし、私が色々な目を気にしないで済むのでとても楽です。
 しかし、ミケーノ様のお店のような素敵なものが提供出来るとも思えませんし、何よりお誘いして来て下さるかは別の話に思えます。

「あ、ミケーノの忘年会の後に二次会でどう?」
「それは良いですね、そのメンバーそのまま連れてこれますし」
「賑やかな後で静かに飲み会なんて良いわね」
「それだとカズロ辺りは帰りそうだが……」
「んん、確かに! やっぱ別で考えた方が良いわね!」

 シオ様が柔和な笑顔で私を見てきます。

「キーノスはどう思いますか? 私は一人でも参加しますよ」
「魅力的なご提案かと思います」
「なら良いじゃねぇか!」
「そうよ! ワタシも行くわよ!」
「営業時間はいつもと同じにすれば、参加してくれる人も多いと思いますよ」

 今聞いた条件なら、私の当初の狙いと合致するものがあります。
 ほんの少しでも普段からの皆様への感謝をお返しできるのなら、とても良い機会に思えます。

「ご提案ありがとうございます、皆様の都合の良さそうな日を教えて頂ければそちらで調整して準備いたします」

 去年のミケーノ様のお店の忘年会を思い返すと、確か招待状が必要でしたね。
 今年お世話になったお客様を思い返しながら用意するのは、楽しい作業になりそうです。

「それで、ワタシから一つ提案があるんだけど」
「二つ目では?」
「あ、そういえばそうね」
「で、なんだよ提案って?」
「……ひょっとしたらミケーノとキーノスは怒るかもしれないけど」

 先程までの様子から変わり、少し申し訳なさそうにカーラ様がこちらを見ます。

「キーノス、ヤミナベって知ってる?」
「えぇ、一応は」
「なんですかヤミナベって」
「えっと確か、みんなでお鍋の材料持ち寄って料理するんだけど、その材料の相談をしちゃいけないのよ」
「それでは料理にならないように思えますが」
「そ、でもそれをみんなでやるのが楽しいそうよ!」

 過去に聞いたことはあります。
 港が発展して様々な食材が手に入るようになり、それを喜んだサチ様から提案された異世界での料理だそうです。
 私は不参加でしたが、参加したイザッコが「二度とやらない」と言っていたので何かあったのかとは思いますが。

「……オレ親父から聞いたことはあるぞ、参加した奴のほとんどが『二度とやりたくねぇ』って言ってたらしいが」
「そうなの? 楽しそうじゃない?」
「話だけなら楽しそうですが、材料次第では難しそうですね」
「うーん、まぁみんながお肉持ってきちゃったらお野菜とかないお鍋になるわね」
「なら、参加する方に材料を大まかに割り振るのはどうですか? 例えばカーラは野菜で、私は肉とか」
「あー、なるほど。それなら余程の事がなければ酷いことにはならない……かもな」

 シオ様の仰る通りかもしれません。

「そうなると……オレ達でメインの材料持ち寄って、今いない奴らに好きなもん持ってこいってやればいいのか?」
「まぁメインがズレなきゃ大丈夫よね!」
「そうですね……と、キーノスはどうですか?」

 過去に行われたヤミナベがどのような結果になったのか分からないため、果たして大丈夫なのかは心配ではありますが……

「では私は、当日ベースとするスープや鍋や設備を用意させていただきます」

 最悪鍋がダメになった場合を考え、他の料理を考えておくのが良さそうです。

「じゃあ年末ヤミナベ忘年会ね!」
「モウカハナの初めての忘年会がヤミナベはなかなかですね」
「良いんじゃねえか? ほっとくとフルコース出してくるぞ多分」

 ヤミナベのお話がなければそのつもりでした。
 ミケーノ様のお店のようなビュッフェは難しいと思い、一通りテーブルに乗る範囲で作ると結局フルコースに近いものになるかと思います。

「でも、なんでお前がヤミナベなんて知ってんだ?」
「メルが前に友達とやったって楽しそうに話してたのよ。しかもサチ様由来の異世界のものでしょ? ここなら言ったらやってくれるかなーって」
「ミケーノの話では二度とやりたくなくなるようなもののようですが、メル君は大丈夫だったんですか?」
「確かカレー味にしたから何入れてもなんとかなったとか言ってたわね」
「それダメじゃねぇか?」
「鍋料理ではなくカレーではないですか?」
「そんな事ないわ、鍋料理だって言ってたわよ?」

 私は当時のヤミナベには参加しておらず、概要しか聞いた事がありません。
 その時に聞いたルールがありますが、これは今告げない方が良いかもしれません。

「しかしヤミナベの話をまた聞くとはなぁ、相当前だろ? オレがまだ店継ぐ前だったはずだぞ」
「ミケーノが聞いた話はどんなものですか?」
「確かにカーラの言う通り参加する奴は鍋に入れる材料持ってくんだが、スープがブイヤベースなのかトマトベースなのかも分からねぇ、ただ『鍋に入れる材料』としか言われねぇ」
「それは今と同じですね」
「ここでほうれん草スピナーチョやら牛肉ブーエなら分かるが、悪ふざけする奴がジェラートとか持ってきたりするらしいんだよ」
「あぁ……」
「と、ここまでは親父から参加する前に聞いてた話でな。さすがに自分で食うもんだからやる奴はいねぇだろ! なんて言ってたんだが、帰って来たら『二度とやらん』って言って詳しく教えてくれなかったんだよな」

 その話が本当なら、ミケーノ様のお父様はルールをご存知だったのでしょう。

「いたんでしょうね、悪ふざけした人」
「メルの時はオムレツオムレット持ってきたコがいたそうよ」
オムレツオムレットならなんとか出来そうだな」
「あらそうなの? それなら忘年会のヤミナベは酷い事にはならないんじゃないかしら、ミケーノとキーノスいるし」
「ジェラートはどうしようも無さそうだがな……」
「クリームパスタみたいに出来るんじゃない?」
「お前、ジェラート乗ったボロネーゼ食いたいか?」

 カーラ様が想像して嫌な顔をします。
 なんとなくですが、過去のヤミナベで何があったのか分かったような気がします。
 犯人も心当たりがあります。

「一つ、お伺いしたいのですが」
「おぉ、なんだ?」
「参加者を皆様の他に誰を想像なさってますか?」
「そうね、メルとカズロとビャンコさん辺り?」
「他はキーノスの付き合いがありそうな問屋の方ですかね」
「あとネストレさんか? 希望としてはウチのジャンだけど」
「えっ、ネストレ様!?」
「想像だけならな」

 イザッコか出てこなくて安心しました。
 しかし、やはりビャンコ様は該当しますね。
 おそらく前回のヤミナベ失敗の犯人は彼でしょう、幼い彼が仕掛けたイタズラだったのではと考えると想像に難しくありません。

「とりあえず決まったら連絡くれよ、パスタ持ってくからな!」
「材料の相談は反則ですよね?」
「オレがパスタ持ってかなかったら怒られんだろ、方々から」
「そうねぇ、あとはまた相談しましょ」

 年末に楽しい予定がひとつ増えました。
 最近は面倒なことが多かったように考えておりましたが、忘年会の事を考えると楽しみが増えたように思います。
 近いうちに薬草問屋の店主様にも打診に行きましょう、バタフライピーファルファッラシームの相談もありますし。
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