王都のモウカハナは夜に咲く

咲村門

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海辺の桜が夜に舞う

#8

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 チルネ様の隷属が解かれてから数日後、本当にシアン様は帝国へと帰っていきました。
 シアン様がお帰りになったということは、オランディを騒がせた帝国の問題はほとんど片付いたようです。
 しかし本日のモウカハナでは、あの別邸の話で盛り上がっております。

「確かにこれなら、ユカタって作るのは簡単そうね」
「出来れば木綿が良いんですが、それはどうですか?」
「モメン? ってどんなのかしら?」
「えーと、コットン? 木に実る綿と言いますか」
「あぁ、コットンコトーネの事ね。大丈夫よ、それなら手に入れやすいわ」
「本当ですか! あと模様はこの文献にあるコレで……」
「……こっちは難解ねぇ、図案起こすから見てもらえるかしら?」
「もちろんです!」

 本日もいらっしゃったケータ様に加え、シオ様に誘われたカーラ様が、私がお貸ししているサチ様の文献を元にお話をされています。
 やりとりを聞いていると、過去の私とサチ様のやりとりを思い出し懐かしく思います。

「あとは温泉ですね、別邸の中庭を工事して公衆浴場にする予定です」
「よくやるな……まぁあんなデカい建物どうすんのかとは思ったけどよ」
「寝具はそろってますからね、施設の拡充さえすれば立派な迎賓館ですよ」
「嫌な記憶あるし、楽しい施設になるの期待してんぞ」

 シオ様は居合わせたミケーノ様と別の話をなさっています。
 本日はご来店されているお客様が多いです。
 ケータ様にはショーユで味付けしたカラアゲと緑茶テ・ヴェルデをお出しし、他のお客様にはお食事の後アツカンをお出ししています。

 どちらも私が今いる位置とは離れた席に座っており、一番近い席にはゾフィ様が一人でおかけになっています。
 ゾフィ様は白ワインとピクルスをご注文され、少しづつお召し上がりになっております。

「お味はいかがですか?」
「はい……美味しいです」
「それは何よりです」

 特にお味に問題も無さそうですし、私は調理場に篭ってしばらく洗い物などの作業をさせて頂きましょう。

​───────

「あの、ゾフィさん?」

 シオが控えめにゾフィに話しかける。

「何か?」

 視線と冷たい声色でゾフィはそれに応える。
 シオはそんな事を気にとめず、柔和に微笑んで言葉を続ける。

「キーノスは料理の話ならよく喋りますよ」
「そうだな、他の話題はカウンターから出さないと難しいぞ」
「あと過去に恋人がいた事はないそうですよ、女性に好かれた経験もないと思ってます」
「……それが?」

 ゾフィは興味が無さそうにしているが、手の中のグラスを回すだけで飲む様子はない。

「告白されたのは貴方が初めてのようですよ」
「そうだな、大した度胸だ」
「キーノスは相手を嫌っていると、露骨に口調に出ます」
「ルトには酷かったな、二言目には『帰れ』だもんな」
「あれには、仕方がない」
「何にしても意識はされてるみたいだし。応援してるぞ、オレは」
「私もです」

 ゾフィの顔が赤くなる。
 それを見た二人の男は口角を上げる。

「ちょっと、恋愛話してるでしょ?」

 そこへカーラがケータとの会話を中断させて参加する。

「ゾフィちゃん、キーノスはオススメよ! 顔に自信ないから、そこさえなんとかなれば大丈夫よ!」
「え、キーノスさん顔に自信ないんですか?」
「そうなの、気味が悪いって思ってるみたいなの」
「気味が悪い?」
「そこはわからないのよ、でも自分で言ってるわ」

 ケータとカーラが参加し、その話を聞いたゾフィがグラスを持つ手に力を入れる。

「気味が、悪い?」
「あぁ言ってるな、何言っても理解しないぞアイツ」
「私達もそこは諦めましたよね」
「キーノス様のお顔の、何が気味が悪いんです?」

 ゾフィの手にさらに力が篭もる。

「謎よ、本人だけがずーっと言ってるのよ。何言っても納得しないし、モテてるのも自覚ないっていうより『何言ってんの?』って反応よ」
「嘘じゃねぇぞ。あの雰囲気で誰も近寄れないんだが、それを顔面のせいだと思ってるからな」

 続けてゾフィには聞こえないように、口の中で「ある意味合ってるけど」と呟く。

「聞いたことあるのは前にストーカーがいた話だけですよね、もっとありそうなのに」
「これでも良くなったんだぞ? 聞いた話じゃ『思ってたよりマシ』って考えたみたいで、前より人前に出るようになったとか」
「なんというか、根本的にズレてますよね」
「だから『モテるだろう』とか気後れしてると全然伝わんねぇぞ?」

 ゾフィは手の中のグラスの中身を一気に煽り、静かにグラスをテーブルに置く。

「でも、その……」
「良ければお手伝いしますから、声を掛けてみるのはどうですか?」
「お声をですか?」

 シオの視線の先に気付いて、ミケーノも視線を向ける。

「あー、か、まぁいい思い出になるんじゃねぇか?」
「明日は女性が男性にチョコレートを渡す日なんですよね」

 シオの言葉にゾフィは持ってきた紙袋を少し背後へずらす。

「ウチも今日は多かったなぁ、明日だろ本番は」
「ワタシのとこも明日のデート向けの服買いに来る子多かったわ、ワンピースの売上が好調だったのよ」
「バレンタインってこっちにもあるんですね」
「バレ……何だそれ?」
「あれ、違いました?」
「数年前にユメノさんが流行らせたそうですね、女性が男性に堂々と告白できる日だとか」
「ならゾフィちゃんはキーノスに今度こそお付き合いを申し込むのね!」
「お、お付き合いだなんて! 私はその」
「良いじゃねぇか! 住んでるとこは遠いが、まぁリュンヌよりはマシだしな」
「お似合いですよね、二人とも慎ましいですし」

 穏やかに笑うシオにゾフィがさらに反論しようとしたところで、噂の主が店の中へ戻ってきた。

​───────

「キーノスさん」
「はい、ご注文でしょうか?」
「あ、それとは別で。キーノスさんって本当にイケメンの自覚ないんですか?」
「イケメンとは何でしょうか?」
「見た目がカッコイイ人って意味です」

 そう言えばユメノ様もそんな言葉を使っていましたね。
 自覚も何も、容姿に関しては不気味と言われた事の方が遥かに多いです。

「そのような言葉があるのですね」
「元の世界の単語でした、そういえば。それで自覚はないんですか?」
「ございません、ご注文はいかがなさいますか?」
「え、あ、えっとじゃあ浅漬けはありますか?」
「ございます、すぐにご用意いたします」

 ご注文に対応しようと調理場に戻ろうとした時、シオ様から声がかかります。

「あと私にシャンパーニュをショートボトルで」
「かしこまりました」

 私は調理場に戻り、アサヅケとシャンパーニュのボトルを手にして戻って参りました。
 まずはケータ様へアサヅケをお出しして、それからシオ様の前へ移動しボトルを開けます。
 栓抜きを用いて慎重にコルクを緩め、軽い音をたてて開けます。

「グラスは二つ、一つはゾフィさんへ」
「かしこまりました」

 私は棚から追加でグラスを取り出し、シャンパーニュを注ぎます。
 小さな音を立てて泡が浮かびます。

「こちらシャンパーニュでございます」

 お二人にシャンパーニュをお出しします。
 どうやらお二人は仲良くなられたようですね。

「あ、あの」

 ゾフィ様が控えめな様子で私を見ながら声を掛けてきます。
 オランディこちらに来てから、ようやく私の方を見てくだいます。

「ご注文でしょうか?」
「いえ、その……これを受け取って下さいますか?」

 ゾフィ様が背後から紙袋を取り出し、私に差し出してきます。
 言われるまま受け取り、そのまま一礼します。

「ありがとうございます、中身を拝見しても良いですか?」
「は、はい!」

 紙袋の中には小さな小包が入っています。
 包装されていた紙を破らないように剥がしながら中の箱を取り出します。
 箱の蓋を開けると、そこには十個ほどのトリュフが入っていました。

「トリュフですか、ありがとうございます」

 数もあるようですし、皆様にお配りするのが良さそうです。
 私は背後の棚から小さな皿を取り出しカウンターに並べます。

「キーノス、何やってんだ?」
「せっかく頂いたものですし、皆様にもお配りしようかと」
「オレはいらんぞ!」
「そうですか」
「私もです」
「ワタシもよ!」
「俺もです」

 皆様はチョコレートをお召し上がりになりたい気分ではないようです。
 お断りされてしまいましたので皿を棚に戻します。

「キーノスは食べないの?」
「帰宅してから頂こうかと思います」
「そのお礼はどうするんですか?」
「お礼、そうですね」

 確かに何か頂いたのですからお礼をする必要があります。

「今度こそ二人きりでデートしてみるのはどうですか?」
「そのような経験はございませんし、お礼にはならないかと思います」
「えっ」

 ゾフィ様が口に手を当てて驚いていらっしゃいます。
 彼女のテーブルの上の皿とグラスが空いています。

「空いたグラスと皿をお預かりします、シャンパーニュに合う料理をお出ししますか?」
「い、いえ、少し考えます」

 そう言ってから空いたグラスと皿を私の方へ差し出して下さいました。
 ゾフィ様へのお礼は改めて考えた方が良さそうです。

​───────

「あれは、ダメだな……」
「そうね、ポンコツもここまで来ると呆れるわ」
「本当にあんな人いるんですね、漫画の中の話だと思ってました」
「マンガ? ってなんだ?」
「あぁ、えっと」

 モウカハナの夜は更けていく……
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