王都のモウカハナは夜に咲く

咲村門

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ガス灯で煌めく危険な炎

#5

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 クリューヴの夜は街中がガス灯の光で彩られ、師匠の私邸から見える風景はとても煌びやかなものです。
 今はまだ日が沈み始めた時刻で、少しずつ道のガス灯に火が付き始めています。

 師匠の私邸の用事はほとんど済ませておりましたので、午後はビャンコ様と話す時間にする事ができました。
 ビャンコ様は二ヶ月音沙汰のない私と師匠に対して、委任状を渡している立場として現状の確認にいらしたそうです。
 他にも奇妙な女性が王都に滞在しているらしく、どことなく居心地の悪い雰囲気があるそうです。

「なーんか疲れたなーって思って、王妃様に会ってヴァローナ行きの許可を取ってきたんよ」
「仕事の方は大丈夫なのですか?」
「まぁそこはなんとか。リュンヌの時も大変だったから楽しんできてね! って言われたよ」
「それは何よりです」

 私は今日はカジノに出勤する必要はないので、これから私邸で生活している方々への夕食を作る必要があります。
 ビャンコ様の分を用意するべきかとも思いますが、話を聞いた限り師匠と約束を取り付けて来たようには思えません。

「ジョーティに眠らせるような術を掛けたのかと思いますが、あれはいつ頃解けますか?」
「あー、ほっとけば三日は寝てると思うよ」

 ……そのうち起きてくると考えておりましたが甘かったようです。
 ジョーティにも事情を聞こうかと思いましたが、一旦後回しにしましょう。

 ビャンコ様にこのまま滞在を許してしまうのは少し不安があります。
 師匠との仲の悪さもありますが、今は復活している侍従の彼と会わせるのも不安があります。

「すっかり話し込んでしまいましたが、本日はどうなさいますか? 師匠はあと数時間で戻られるとは思いますが」
「んーどうしよっかな。しばらく観光するつもりだったし、今日も下見に来たってのが大きいんよね」
「でしたら、師匠の都合の良い日時をフィルマを通じてご連絡致します」
「お、それ助かるかも! そういやフィルマ君どこ?」
「例の事件の疑わしい人物を見張ってくれています」

 今はフィルマとリィに頼んで怪しい人物を探ってもらっています。
 夜には帰ってきて、その詳細を聞き徐々にですが容疑者を絞っている段階です。

「そっちの進捗はどうなの?」
「とりあえず三名まで絞れましたが、これ以上は私かルスランが動かないと難しいかもしれません」
「ルスランって誰?」
「被害者の侍従です」

 被害者、という言葉が適切なのか未だに断言できません。
 とりあえず何かに悩んでの自殺ではないのは間違いありません、彼がそんな事をするとはとても思えないからです。
 師匠があの時言葉を濁したのは、何か狙いがあるかと考えたからでしょう。

「んー、まぁ帰るわ。キーちゃんが無事なの確認できたし、心配してた人達にもオレから手紙出しとくわ」
「ご心配ですか」
「そうだよー、みんなモウカハナが休業してるのずっと気にしてたよ? オレしばらくこっちいるから、手伝えることあったらなんか言ってくれていいよ!」
「それはとても心強いです」

 ビャンコ様の協力が得られるのは助かります、かなり早い解決が見込めそうです。

 それからビャンコ様は明るい表情で師匠の私邸を後にしました。
 久しぶりにオランディの方にお会いして、かなり精神的な面で疲れていたのだと気付かされました。

 師匠の私邸で生活して二ヶ月、一人暮らしではない生活は元の世界にいた時以来でしょうか。
 姉と両親と暮らしてた頃とは比べ物になりませんが、一人での生活の方が気楽に思えてなりません。
 ……いや、そろそろオランディに戻りたいと考えております。

 私がそんな事を考えながら私邸に入ったところ、侍従のルスランが目を覚ましておりました。
 広い玄関の壁にもたれかかって立っており、私の服を黒くしたものを着ています。
 黒い長髪の間から輝いて見えるほど鮮やかな赤い瞳でこちらを見てきます。

「客は帰ったのか」
「はい、明日以降予定を確認してまたいらっしゃるそうです」
「ふぅん……」

 私は夕食の準備をしようと台所へ向かい、ルスランは気配を全く感じさせず私の背後から着いてきます。
 微かな足音すら無ければ、背後に居るなどと思えない程です。

「君を連れ戻しに来たんじゃないのか」

 彼が気配をわざと消しているのかどうか分かりませんが、話しかけるなら隣りを歩けば良いと思います。
 そんな事を思っていたら隣へ歩みを進めますが、やはり気配はありません。

「なぁ……少しなら、良いだろ?」

 そう言って髪に触れてくるので、片手で払い落とします。
 彼は挨拶した時から私がオーガの変異種と知っており、何かにつけては私の血をねだってきます。

「一度差し上げたかと思います」
「足りない、全然足りない。あんな甘いの早々いないよ」

 よく分かりませんが、彼にとって私の血は実ったばかりの果実のような爽やかな甘さがあるそうです。
 別に血を多少分けるくらいは構わないのですが、気安く分ける気になれません。

「これから夕食の準備をしますのでジョーティを起こしてきてくれませんか? 放っておくと三日は目を覚まさないそうです」
「良いな、三日は二人きりか」
「夕食を作るのと起こすのなら、どちらが良いですか?」
「それなら昨日は僕が作ったし、夕食は君が作った方が良いだろう。起こしてきてあげても良いよ?」
「よろしくお願いします」

 ルスランは吸血鬼ヴァンピーロの血が濃いそうです。
 基本の強さは本物の吸血鬼ヴァンピーロに劣るものの命に関わる欠点がなく、日光の下で運動能力が落ちる程度だそうです。
 彼の生活は昼夜逆転していて、侍従とディーラーの仕事を夜にして昼間は寝ています。
 しかし、彼はあまり侍従に向く性格とは思えませんし、なぜここで侍従をしているのか謎です。

 とりあえず師匠の帰宅時間に合わせて夕食の準備をしましょう。
 昨日は魚がメインでしたので、今日は肉をメインにしてシチューを合わせて用意しようかと思います。

​───────

 夕食の準備が終わった頃、師匠がダイニングに入ってきました。
 ルスランとジョーティはまだ庭でじゃれ合っているのでしょう。

「今日は何?」
「シャシュリクに似せた肉料理と野菜を多めにしたシチューです」
「いいねぇ。二人にはシャワー浴びるように言ったから、パンと一緒に食卓に並べといて」
「承知致しました」

 それぞれの料理を皿に盛り付け、ダイニングのテーブルに並べます。
 並べ終えた辺りでジョーティとルスランが髪の毛を乾かさないで入ってきました。
 ……これは後で床掃除が必要でしょう。

「今日はシャシュリクか! 昨日は魚だったからなぁ~、いつもこうならいいのに」
「ジョーティの子供舌に合わせて毎回作るなんて、僕は嫌だね」
「キーノスが侍従になってくれたら良いのになぁ、ルスラン昼間寝てるからつまんねぇし」
「子供の遊び相手なんて面倒なだけだ」

 先程まで庭でじゃれ合っていたのにこの調子です。
 師匠は何も言わず食事を始めています。
 二人に構わず今日あったことを師匠にお伝えします。

「鳩君思ったより遅かったねぇ、あと一ヶ月は早く来ると思ってたけど。それで何か言ってた?」
「こちらに滞在している間は、私の調査の手伝いをしてくださるとの事でした」
「へぇ、それは助かるねぇ。じゃあ面会は少し遅くして、アイツの滞在時間伸ばした方が私には有利だねぇ」
「でしたら、来週末にこちらに来てくださるようにお伝えしておきます」
「ん、それで」

 ジョーティが私と師匠がビャンコ様の話をしているのを察し、話に入ってきます。

「今日アイツとやり合ったぞ、アイツ魔獣なしでも強いんだな!」
「あの鳩君は君と同じで細かいことが苦手でねぇ、それに勝てないようじゃ君の父上には到底敵わないだろうねぇ」

 ジョーティは師匠のご友人で弟子のフィアンマの使い手のご子息で、何か特殊な手段を用いて親子二代で術士の継承がされたようです。

「父上に勝てる奴なんてこの世にはいないぞ!」
「私の目の前でよく言うねぇ。せめてキー坊かランに勝てないなら、吠えない方が懸命だねぇ」
「よし、明日はキーノスと勝負だ!」
「お断りします」

 師匠のご友人の方はかなり厳格な方と聞いておりましたが、ご子息のジョーティはかなり奔放な性格です。
 非常に明るい気質で、彼がいるだけで場が明るくなるのは間違い無いのですが、マナーやモラルがやや低いため私は手を焼いております。

「ランはこれからカジノだったねぇ」
「あぁ、そのつもりだよ。キーノス、仮面貸しな」
「ご自分のをお使いください」
「良いだろ、早くよこせよ」
「お断りします」

 以前師匠が吸血鬼ヴァンピーロは傲慢だと言っていたかと思いますが、ルスランの事を言っていたのだと今なら分かります。
 彼は自分の容姿に大層自信があるようですので、仮面など必要ないはずです。

「私はこれ食べたらまた職場に戻るから、後のことは頼んだよキー坊」
「かしこまりました」

 師匠と奔放なジューティと傲慢なルスランの三人との生活に慣れてきてはいますが、元の生活に戻りたいと思います。
 ビャンコ様の手を借りてでも、早く事件の黒幕を明らかにしたいところです。
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