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思い出は忘れた頃に訪れる
#3
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ドゥイリオ様と占い師の店を出たあと、路地を抜けた先にある喫茶店へと参りました。
建物の入口にある小さな看板以外では気付かないような、非常に分かりにくい場所にあります。
外階段を登って三階にあり、店の半分は屋外で大きなオーニングが日差しを遮っております。
「はいよ、いつものお茶とドルチェ。久しぶりに誰かと来たと思ったら、よくこんな綺麗な兄さん見つけてきたなぁ」
「友達のキー君だよ、オットリー二さんとこに住んでるオデンの先生」
「あぁーー、あの美味いラディッシュの! そうかそうか、ゆっくりしてってくれ」
店主様は鷹揚に笑いながら店の奥へと去って行かれました。
店内は質の良い椅子とテーブルが数セット置かれ、様々な観葉植物と遠くに聞こえる市場の喧騒で、王都の中ですが異質な空間にいるように錯覚します。
「ここ良いでしょ? 昔からこの辺りに住んでる人しか知らないんだけど、お茶もお菓子も美味しいからいつも入り浸っちゃうんだよね」
「素敵なお店ですね」
「でしょう? それに……」
ドゥイリオ様が私の方へ顔を寄せ、手を口元に添えます。
私はドゥイリオ様の方へ耳を寄せます、サチ様が秘密の話をしたい時によくやる仕草でした。
「あんまりお客さん来ないから、帽子取っても大丈夫だよ」
店主様に聞かれたら少し気まずい内容かもしれませんね、私は小さく頷き帽子を取りながら元の位置に座り直します。
ドゥイリオ様も元の位置に戻り、ご注文された紅茶を口になさいます。
「それでさっきの占いだけどさ、驚いたね。あんな簡単に終わるなんてね」
「はい、紙に書かれた内容を読むだけとは思いませんでした」
簡単には聞いておりましたが、本当にビャンコ様の仰っていた通りです。
「まだ当たってるかは分かんないけど、評判聞いてると多分当たるんだろうなぁ」
「その、お伺いしてもよろしければですが、何を占ったのですか?」
「あぁ、最近怪文書っていうのかな……なんか気持ち悪い手紙が店の郵便受けに入ってることがあってね」
「手紙ですか」
ドゥイリオ様は手にしていたカップを置き、ポケットから折りたたまれた紙を取り出しました。
「これ。最初は広告かと思って知り合いに相談してたんだけど、誰もこんなもの受け取ってないって」
折りたたまれた紙を開いて中を見ると、手紙と言うよりメモのようです。
『儚い輝きを放つ銀のアネモネ、その正体とは』
見出しの後は、小説のような文面が並んでいます。
「この紙の送り主に関して相談なさったのですか?」
「うん、たまーにお店に来てた変な人が怪しいと思って。ソニ君のこと聞いてきてたんだよ」
「それはいつ頃からのお話ですか?」
「二ヶ月くらい前かな、とりあえず『年に一回くるお客さんですよ』って言ってるのに信じてくれなくて」
「お茶会に参加した他の方にもそういった話はあったのでしょうか?」
「あ、どうだろ。同業の人にしか聞いてなかった」
先程の紙と合わせてこの話をなさるなら、ドゥイリオ様は例の戯曲の噂はご存知なのかも知れませんね。
「キー君には関係ありそうだったから誘ったんだよね。ま、キー君のお陰で思い出したっていうのもあるけど」
「教えていただきありがとうございます」
「いやいや。ホントの事言うと娘があんまり褒めるから気になって、変な虫でもついたのかな~とか不安にもなったし」
「虫、ですか」
「うん、渋い声のおじ様って言ってはしゃいでてね。同年代の恋人も作らないでおじ様なんて、父親としては心配になるんだよ」
そういうものなのでしょうか、私には理解が難しいものに思えます。
「まぁでも、今日会ってなんで娘がはしゃいだのかちょっと分かったから、もう大丈夫だけどね」
「そうですか」
「あれが術士なんだろうね、話にしか聞いたことないけど」
その可能性はないでしょう。
術士なら特有のニオイがあるものですが、あの店の中ではそれがありませんでした。
「本当に魔法だね、術士に会ったんだったらあのはしゃぎ方も分かるなぁ」
しかし彼は特別な何かが出来るのは間違いなさそうです。
紙に書かれただけで答えが得られるなど、占いに限らず他でも有用に思えます。
私の知らない魔道具でしょうか、どのような方法なのかとても気になります。
「キー君は何を聞いたの?」
「今朝寄った公衆浴場で変わった方を見かけましたので、その方が何者かを聞きました」
「変わった人ねぇ、どんな人なの?」
簡単に今朝の出来事をドゥイリオ様に説明いたします。
「確かに変な人だね、酔ってたのかな」
「それなら良いのですが」
「再会するって言ってたけど、公衆浴場に行かなきゃ大丈夫そうだね」
「そうですね、占い師も方もそれを言っていたのかと思います」
寒くなってきてからの忠言と考えると、少し悲しい物があります。
それからドゥイリオ様とここで出しているお茶のお話などをし、日が落ち始めた頃に喫茶店を後にしました。
大通りの途中までは同じ道でしたので、話しながら大通りを進みます。
「近い内に今度はオットリーニさん誘ってキー君のお店行こうかな」
「お待ちしております」
「オットリーニさんはキー君のお店に来た事あるの?」
「いえ、場所もご存知ないかもしれません」
他愛もない話をしながら歩いていた時、目の前に目立つ髪色の女性が現れました。
ドゥイリオ様も私も、突然の事で足が止まります。
「あのっ、すみません」
私達の動揺を無視して、女性が声を掛けます。
固まってしまった私より一歩前に出て、ドゥイリオ様が答えます。
「はい、何か?」
女性は少し間を置いてから、答えに困ったかのように答えます。
「えっと、そのっ、お連れの方に、そのっ」
いつもはフィルマに注意されてから避けておりましたので、こうして面と向かうのは初めてです。
「何か用ですか?」
「は、はい! あの、あ」
何か戸惑っていらっしゃるような反応をなさいます。
話しかけたのは彼女の方で、これがどういう事なのか理解し難い状況です。
「そ、その袋! 市場で買ったんですか?」
私が持っている荷物のことでしょうか?
そんな事を聞くために声を掛けたというのなら、随分と勇気のある女性です。
「はい」
他に答えようもありませんので、短く答えます。
このやり取りの意味が分からず、私もドゥイリオ様も困惑します。
「良ければその、何を買ったのかなっ、なんて」
この方は市場から出てくる全員に同じことを聞いているのでしょうか?
目的が全く見えません。
私の考えをよそに、彼女が顔の前で小さく両手を叩きます。
「あっやだ、自己紹介してなかったですね! 私マリエッタって言います、初めまして」
会話に脈絡がありません。
ドゥイリオ様は既にご存知だったのか、彼女の自己紹介に対して特に反応を示されません。
「あなたのっ、お名前、は?」
私は初対面ですので、普通なら名前を聞かれるのは不自然ではないのかもしれません。
ですが、おかしいですね。
彼女は話しかける相手の名前と好む仕草をご存知と聞きましたが、私の名前はご存知ないご様子です。
「答える理由が特にないように思いますが」
「ダメ、ですか?」
「品物が気になるのでしたら、市場へ向かわれた方が良いかと思います」
何がしたいのかよく分かりませんが、両手を組んで何かをためらうような仕草をなさっています。
しかしそれなりに人の多い道です。
彼女もそれを気にしてか、貴族の方のような礼をなさいます。
「今日はこの辺りで、またいずれ」
そう言って、私達の横を通り過ぎ去って行きました。
「あれ、噂のマリエッタさんだよね」
「ご存知でしたか」
「有名だからね、あの髪の色って菊かな?」
「染めているのではなく、あれは鬘でしょう」
わざわざどうでも良い話をしてきた理由が不明ですが、私達は再び歩きだします。
「そういえばあの子、僕の名前知ってたんだよね」
「私の聞いた噂ですと、初対面にも関わらずこちらの事をよくご存知だという話です」
「そうだ、それで有名なんだよね。占い師と同じくらいの時期に出た話だから、占い師の人も大変だっただろうね」
私がヴァローナにいた短い期間に起きた出来事のようです。
たった数ヶ月で噂になるとは、占い師の方は実力だとして、彼女に関しては悪評に近いものでしょう。
「でもなんでキー君の名前は分かんなかったんだろうね、僕の名前も知ってたのに」
「お会いになった事があるのですか?」
「一回だけね、知り合いのバルで飲んでたら声かけられて。キー君はなんでだろ?」
「さぁ、他にも同じような方がいらっしゃるのではないでしょうか」
ドゥイリオ様は私が彼女に度々遭遇しかけている事をご存知ないと思いますが、今までの事を思うと不自然な点が多いです。
リィとフィルマが調べてくれているので、その結果を待つのが良いように思います。
私達は大通りの分かれ道まで共にし、軽い挨拶をして別れました。
このまま店へ向かい開店の準備を始めようと思います。
一応背後に気を配り、彼女の尾行に気をつけながら向かうことにしました。
建物の入口にある小さな看板以外では気付かないような、非常に分かりにくい場所にあります。
外階段を登って三階にあり、店の半分は屋外で大きなオーニングが日差しを遮っております。
「はいよ、いつものお茶とドルチェ。久しぶりに誰かと来たと思ったら、よくこんな綺麗な兄さん見つけてきたなぁ」
「友達のキー君だよ、オットリー二さんとこに住んでるオデンの先生」
「あぁーー、あの美味いラディッシュの! そうかそうか、ゆっくりしてってくれ」
店主様は鷹揚に笑いながら店の奥へと去って行かれました。
店内は質の良い椅子とテーブルが数セット置かれ、様々な観葉植物と遠くに聞こえる市場の喧騒で、王都の中ですが異質な空間にいるように錯覚します。
「ここ良いでしょ? 昔からこの辺りに住んでる人しか知らないんだけど、お茶もお菓子も美味しいからいつも入り浸っちゃうんだよね」
「素敵なお店ですね」
「でしょう? それに……」
ドゥイリオ様が私の方へ顔を寄せ、手を口元に添えます。
私はドゥイリオ様の方へ耳を寄せます、サチ様が秘密の話をしたい時によくやる仕草でした。
「あんまりお客さん来ないから、帽子取っても大丈夫だよ」
店主様に聞かれたら少し気まずい内容かもしれませんね、私は小さく頷き帽子を取りながら元の位置に座り直します。
ドゥイリオ様も元の位置に戻り、ご注文された紅茶を口になさいます。
「それでさっきの占いだけどさ、驚いたね。あんな簡単に終わるなんてね」
「はい、紙に書かれた内容を読むだけとは思いませんでした」
簡単には聞いておりましたが、本当にビャンコ様の仰っていた通りです。
「まだ当たってるかは分かんないけど、評判聞いてると多分当たるんだろうなぁ」
「その、お伺いしてもよろしければですが、何を占ったのですか?」
「あぁ、最近怪文書っていうのかな……なんか気持ち悪い手紙が店の郵便受けに入ってることがあってね」
「手紙ですか」
ドゥイリオ様は手にしていたカップを置き、ポケットから折りたたまれた紙を取り出しました。
「これ。最初は広告かと思って知り合いに相談してたんだけど、誰もこんなもの受け取ってないって」
折りたたまれた紙を開いて中を見ると、手紙と言うよりメモのようです。
『儚い輝きを放つ銀のアネモネ、その正体とは』
見出しの後は、小説のような文面が並んでいます。
「この紙の送り主に関して相談なさったのですか?」
「うん、たまーにお店に来てた変な人が怪しいと思って。ソニ君のこと聞いてきてたんだよ」
「それはいつ頃からのお話ですか?」
「二ヶ月くらい前かな、とりあえず『年に一回くるお客さんですよ』って言ってるのに信じてくれなくて」
「お茶会に参加した他の方にもそういった話はあったのでしょうか?」
「あ、どうだろ。同業の人にしか聞いてなかった」
先程の紙と合わせてこの話をなさるなら、ドゥイリオ様は例の戯曲の噂はご存知なのかも知れませんね。
「キー君には関係ありそうだったから誘ったんだよね。ま、キー君のお陰で思い出したっていうのもあるけど」
「教えていただきありがとうございます」
「いやいや。ホントの事言うと娘があんまり褒めるから気になって、変な虫でもついたのかな~とか不安にもなったし」
「虫、ですか」
「うん、渋い声のおじ様って言ってはしゃいでてね。同年代の恋人も作らないでおじ様なんて、父親としては心配になるんだよ」
そういうものなのでしょうか、私には理解が難しいものに思えます。
「まぁでも、今日会ってなんで娘がはしゃいだのかちょっと分かったから、もう大丈夫だけどね」
「そうですか」
「あれが術士なんだろうね、話にしか聞いたことないけど」
その可能性はないでしょう。
術士なら特有のニオイがあるものですが、あの店の中ではそれがありませんでした。
「本当に魔法だね、術士に会ったんだったらあのはしゃぎ方も分かるなぁ」
しかし彼は特別な何かが出来るのは間違いなさそうです。
紙に書かれただけで答えが得られるなど、占いに限らず他でも有用に思えます。
私の知らない魔道具でしょうか、どのような方法なのかとても気になります。
「キー君は何を聞いたの?」
「今朝寄った公衆浴場で変わった方を見かけましたので、その方が何者かを聞きました」
「変わった人ねぇ、どんな人なの?」
簡単に今朝の出来事をドゥイリオ様に説明いたします。
「確かに変な人だね、酔ってたのかな」
「それなら良いのですが」
「再会するって言ってたけど、公衆浴場に行かなきゃ大丈夫そうだね」
「そうですね、占い師も方もそれを言っていたのかと思います」
寒くなってきてからの忠言と考えると、少し悲しい物があります。
それからドゥイリオ様とここで出しているお茶のお話などをし、日が落ち始めた頃に喫茶店を後にしました。
大通りの途中までは同じ道でしたので、話しながら大通りを進みます。
「近い内に今度はオットリーニさん誘ってキー君のお店行こうかな」
「お待ちしております」
「オットリーニさんはキー君のお店に来た事あるの?」
「いえ、場所もご存知ないかもしれません」
他愛もない話をしながら歩いていた時、目の前に目立つ髪色の女性が現れました。
ドゥイリオ様も私も、突然の事で足が止まります。
「あのっ、すみません」
私達の動揺を無視して、女性が声を掛けます。
固まってしまった私より一歩前に出て、ドゥイリオ様が答えます。
「はい、何か?」
女性は少し間を置いてから、答えに困ったかのように答えます。
「えっと、そのっ、お連れの方に、そのっ」
いつもはフィルマに注意されてから避けておりましたので、こうして面と向かうのは初めてです。
「何か用ですか?」
「は、はい! あの、あ」
何か戸惑っていらっしゃるような反応をなさいます。
話しかけたのは彼女の方で、これがどういう事なのか理解し難い状況です。
「そ、その袋! 市場で買ったんですか?」
私が持っている荷物のことでしょうか?
そんな事を聞くために声を掛けたというのなら、随分と勇気のある女性です。
「はい」
他に答えようもありませんので、短く答えます。
このやり取りの意味が分からず、私もドゥイリオ様も困惑します。
「良ければその、何を買ったのかなっ、なんて」
この方は市場から出てくる全員に同じことを聞いているのでしょうか?
目的が全く見えません。
私の考えをよそに、彼女が顔の前で小さく両手を叩きます。
「あっやだ、自己紹介してなかったですね! 私マリエッタって言います、初めまして」
会話に脈絡がありません。
ドゥイリオ様は既にご存知だったのか、彼女の自己紹介に対して特に反応を示されません。
「あなたのっ、お名前、は?」
私は初対面ですので、普通なら名前を聞かれるのは不自然ではないのかもしれません。
ですが、おかしいですね。
彼女は話しかける相手の名前と好む仕草をご存知と聞きましたが、私の名前はご存知ないご様子です。
「答える理由が特にないように思いますが」
「ダメ、ですか?」
「品物が気になるのでしたら、市場へ向かわれた方が良いかと思います」
何がしたいのかよく分かりませんが、両手を組んで何かをためらうような仕草をなさっています。
しかしそれなりに人の多い道です。
彼女もそれを気にしてか、貴族の方のような礼をなさいます。
「今日はこの辺りで、またいずれ」
そう言って、私達の横を通り過ぎ去って行きました。
「あれ、噂のマリエッタさんだよね」
「ご存知でしたか」
「有名だからね、あの髪の色って菊かな?」
「染めているのではなく、あれは鬘でしょう」
わざわざどうでも良い話をしてきた理由が不明ですが、私達は再び歩きだします。
「そういえばあの子、僕の名前知ってたんだよね」
「私の聞いた噂ですと、初対面にも関わらずこちらの事をよくご存知だという話です」
「そうだ、それで有名なんだよね。占い師と同じくらいの時期に出た話だから、占い師の人も大変だっただろうね」
私がヴァローナにいた短い期間に起きた出来事のようです。
たった数ヶ月で噂になるとは、占い師の方は実力だとして、彼女に関しては悪評に近いものでしょう。
「でもなんでキー君の名前は分かんなかったんだろうね、僕の名前も知ってたのに」
「お会いになった事があるのですか?」
「一回だけね、知り合いのバルで飲んでたら声かけられて。キー君はなんでだろ?」
「さぁ、他にも同じような方がいらっしゃるのではないでしょうか」
ドゥイリオ様は私が彼女に度々遭遇しかけている事をご存知ないと思いますが、今までの事を思うと不自然な点が多いです。
リィとフィルマが調べてくれているので、その結果を待つのが良いように思います。
私達は大通りの分かれ道まで共にし、軽い挨拶をして別れました。
このまま店へ向かい開店の準備を始めようと思います。
一応背後に気を配り、彼女の尾行に気をつけながら向かうことにしました。
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