王都のモウカハナは夜に咲く

咲村門

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思い出は忘れた頃に訪れる

#6

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 窓の外の街路樹が色付くのを眺めながら、暖かい室内で新聞を読むのが日課になっております。
 毎朝新聞が届くのはオランディの文化の一つでしょう。
 ヴァローナでは、街中の掲示板に掲載されている物を確認するのが一般的でした。
 他の国は分かりませんが、こうして日々の出来事を寛いだ状態で知ることが出来るのは、オランディならではかも知れません。

 本日の新聞には今年のマスカレードに関しての予測が色々書かれております。

『今年のマスカレードはドレスで決まり! きらびやかに仮面の夜を楽しもう!』
『テーブルセットは貴族の常識 一味違う屋台で楽しむ夜の街』

 など、年始の貴族を模倣した内容が多いです。
 彼らがいた頃はあまり好かれてはいなかったようですが、生活文化の違いを楽しむのは別なのかもしれません。
 こういう強さも、オランディの国民特有のものなのかもしれません。

 新聞を読み終え、食事に使った食器類を片付けようとした時。
 窓を小さく叩く音がします。
 フィルマかリィなら勝手に部屋に入ってきますから、ビャンコ様からの鳩でしょうか。

 そう思って目をやった窓の外には、白ではなく黒い鳥がいます。
 また何か面倒な事でしょうか。
 私は窓を開けカラスを捕まえてから足元を確認したところ、小さな紙が結び付けられていました。
 開いた紙にはこう書かれています。

『先に二人がそっちに行く』

 相変わらず色んな意味で読み取れそうな文面です。
 順当に考えればジョーティとルスランですが、ハーロルトの可能性もあります。
 それに「先に」とはどういう事なのでしょうか。

 どう返事をするか考えている間に、指を鳴らすような音と共にカラスは消えてしまいました。
 面倒事な予感はしますが、気にしたところでどうにもなりません。
 来た時にどうするか考えたとしても遅くはないでしょう。

 今日の記事を読んで、私は物事を悲観的に考えがちだと思いました。
 結局あれだけ悩んだ貴族の件も、今になってはマスカレードの盛り上げ役です。
 飲まされたお茶のお陰で、リィとフィルマと会話する機会も増えています。

 もっと楽観的な考え方も、時には必要なのかもしれません。

​───────

 乾いた木枯らしと色付いた木の葉が舞う王都の隅、今夜もバー「モウカハナ」は開店します。
 ここ数日寒くなり続けていますが、今日は一段と冷えるように思います。
 ほんの少しだけ店の前が暖かくなるように術をかけ、店内へ戻ります。

 この気温なら、先日メニューに加えたスフォルマートが美味しく召し上がれると思います。
 サチ様の国では食器ごと蒸すためか「チャワンムシ」と呼ばれているそうです。
 チーズで作るのがオランディでは一般的ですが、当店では卵と出汁で味付けします。
 私は別の料理だと思いますが、親しみやすい名前の方がご注文しやすいでしょう。


「ビャンコさんは今年のマスカレードどうするの?」
「また極楽鳥ウッチェーロ・デル・パラディーゾかなぁ」
「お茶会の時のは着ないの? ワタシ見てないのよね~」
「ヤだよ。それにあの服、証拠品で処分されたんじゃない?」
「えーもったいないわァ、写真とかないの?」

 本日は少し遅い時刻にカーラ様が、それから少ししてビャンコ様がご来店されております。
 カーラ様は私がオススメしたスフォルマートとアツカンを、ビャンコ様は珍しく焼いたサルモーネとアツカンを召し上がっていらっしゃいます。

「今年も貸衣装やるわよ! ドレスの試作に作ったのも卸すから楽しみにしてて!」
「ドレスかぁ、オレあんまり見たくないなぁ」
「あら、残念ね。今年は事前予約早くしたんだけど、もうドレスは埋まってきてるわよ?」
「あんな動きにくいのよく着るよなー」
「そこは大丈夫よ、コルセットぎっちぎちに締めたりしないから!」
「まぁオレが着るわけじゃないから良いけど」

 お二人は料理を少しずつ召し上がりながら、近況についてお話されております。
 今年もカーラ様は忙しいご様子です。

「最近は平和ねー、あのオレンジ髪のコも見ないし」
「あれ、そうなん? 殿下にフラれたからまた街中で何かしてるかと思った」
「あら、フラれちゃったの?」
「フラれたってか、庁舎出入り禁止なったんよ」

 ビャンコ様はサルモーネを召し上がりながら、事も無げに言います。

「出入り禁止?! 何したらそんな事になるのよ」
「グリフォン達にものすっごく警戒されたんよ、嫌われた訳じゃないけど」
「え? ちょっと分からないんだけど、警戒されるのと嫌われるのって何が違うのかしら?」

 私にもよく分かりません、とはいえビャンコ様が仰るなら違いがあるのでしょう。

「グリフォンに聞いたら『いないはずなのにいる』んだって。それなのに馴れ馴れしいから嫌いって言うより『何コイツ?』ってさ」
「んー? それで出入り禁止なの?」
「国から出す条件になると思うんよね、でも殿下が『そこまでじゃない』って言って庁舎だけは出入り禁止」
「そうなの? まぁあのコのやってる事って、今のトコ色んな人にいい顔してるだけだものね」
「ユメノん時みたいにテロ宣言した訳じゃないしね」

 カーラ様が納得されたのか、スフォルマートを匙で掬います。

「あのコも不思議よね……あ、そういえばキーノスも会ったそうね」
「え、そーなん? 最近?」
「はい」
「何聞かれたのかしら? やっぱりその髪色の事?」
「いやいや、キーちゃんならコソコソしてる理由じゃない?」

 どうにも、親しい皆様が私に抱く印象は様々なようですね。

「聞かれた内容は大した事ではありませんが、他の方とは違い名前を聞かれました」
「名前ねぇ、まぁキーノスなら……」
「え? 名前聞かれたの?」

 ビャンコ様がカーラ様の発言を抑えて話されます。
 カーラ様は少し驚いたご様子ですが、ビャンコ様の表情が少し険しいためか何も仰いません。

「はい。他愛もない質問の後で聞かれましたが、理由もなかったので答えませんでした」
「それから?」
「特には何も、そのまま立ち去りました」
「それどこで? あとその他愛もない話って何?」
「王都の道中で、話題は手に持っていた買い物袋の中身に関してです」
「えぇ? ならあのコ、道のど真ん中で『持ってる袋の中身は何ですか?』っていきなり聞いてきたの?」
「はい」
「いきなりそんなこと聞いてくるって、あのコちょっとオカシイわね」

 仰る通りかもしれませんが、他の方がどのような事を聞かれたのか私は知りません。
 カーラ様なら、名前を呼ばれた上で服飾に関して話を振られたのでしょうか。
 接客中なら違和感を覚えなかったのかもしれませんが、初対面と考えるならおかしな話です。

「んー、つまりキーちゃんは、その辺歩いてたらいきなり声を掛けられて? とってつけたような質問をされたって事?」
「そうなるわね、ただのナンパじゃないの」
「ふっ、確かにそーだわ」
「でも他の人もそうっちゃそうね、ナンパにしては相手の事詳しすぎるけど」

 ビャンコ様は今の話を聞いて、真剣に悩んでいらっしゃるご様子です。
 確かに色々と奇妙な女性だとは思いますが、真剣に考える程の事なのでしょうか。

「何か問題なの?」
「今まで聞いた事ないんよ、キーちゃんみたいな例」
「名前も好きなことも知らなかった人の例? 普通の事じゃないかしら?」
「そうなんだけど、本当に聞いた事ないんよ。なんでキーちゃんはバレなかったんだろ」
「ん~、術士だから?」
「オレがバレたから違うよ」
「あら、ビャンコさんも話しかけられたのね」
「うん。ついでに言うけど、アイツは術士じゃないよ」

 確かに彼女が術士ではないのは私にも分かります。
 本来ならただの気の多い女性と言うことで片付くのでしようけど、相手を知った上で声を掛けるのですから奇妙なのでしょう。

「他になんかないの?」
「他にとは?」
「キーちゃんならなんか調べたんじゃないの?」
「大した事ではありませんが、彼女の髪色はカツラによるもののようです」
「あら、あれ鬘なの?」
「はい、本人の髪色まで調べてはおりませんが」

 今のところ分かっているのはそのくらいです。
 リィとフィルマが今調べて下さっているようですが、決定的な話は聞いておりません。

「あのコの噂が出始めたのって春頃よね。キーノスがヴァローナに行っちゃった頃と同じだから、それが理由かしら」
「可能性はあるけど、戻ってきてから結構経つのに知らないのはなんでだろうね」
「う~ん、実際キーノスって名前呼べるくらい仲良くなるのって、結構道のり長いわよ? ワタシ最初緊張したもの」
「え、そう?」
「そうよ! 最近なら銀のアネモネさんって呼ぶ人はいるけど、名前知ってる人って結構いないのよ?」
「じゃあ、今まで名前知らない人ってどうしてたの?」
「銀髪の美人さんって噂してたわ、だからアルジャンの本が出た時みんな騒いだのよ」

 私の話を目の前でされているのかと思いますが、この髪色は本当に目立つようですね。
 染めただけで目立たなくなったと思ったのは勘違いでは無いようです、ヴァローナとはここも違うようですね。

「そういえば今日お店に……」

 カーラ様が何か新しい話をされそうなタイミングで、店の階段を降りてくる足音がします。
 聞きなれた足音ではありません、ここへいらっしゃるのは初めてのお客様でしょう。
 カーラ様のお話は気になりますが、お客様を出迎える準備をしようと思います。
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