王都のモウカハナは夜に咲く

咲村門

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思い出は忘れた頃に訪れる

#9

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 秋も中頃から終わりに差し掛かっており、夕刻に外を歩くと時折涼し気な虫の音が聞こえます。
 今夜は過ごしやすく、読書にとても適しているように思います。
 「秋の夜長」などという言葉があるそうですが、正にそんな言葉が似合う夜です。

 マスカレードを控えておりますが、私の店の周囲は喧騒から離れてます。
 開催中はここも賑やかにはなりますが、それはもう少し先の事になるでしょう。

 店の入口で看板をAPERTO営業中に切り替えようとした時、背後から走ってくる足音が聞こえてきました。
 こんな場所で何事かと振り返った時、勢いよく体当たりをされ壁にぶつかります。

「うわぁぁぁん、やっと見つけたぁぁぁ!!」


 体当たり、いえ正確には私に抱きついて大声で泣いています。
 イリスアイリスの香りを纏う少年は、私の背中にしっかりと腕をまわしているのもあり、全く離れそうもありません。

「オランディっ、広くてっ、リモワ着いてもっ、見つかんないしっ」

 泣きながら話すせいか、何を言いたいのか聞き取るのも難しいです。
 まだ顔は見ていませんが、フィアンマ特有の香りと亜麻色の髪の少年はジョーティで間違いないでしょう。

「あの、まずは離れていただけますか?」

 まだ開店前ですが、未成年のジョーティを店に入れるのは抵抗があります。
 どうするか悩んでいた時、遅れて歩いてくる足音が聞こえてきました。

「やぁ、会えたみたいで良かった良かった!」

 そのまま楽しそうに笑います。
 暗い中でも春のような明るい笑顔なのが想像できます。

「俺が付き添うから彼を店に入れてあげたらどうだ? 未成年だろう、彼は」

 私の状況を察してか、ネストレ様がご提案してくださいます。
 ご来店されるお客様もすぐにはいらっしゃらない可能性が高いです。
 何よりこのままでは開店も出来そうにありません、ネストレ様のご提案を受けることにしましょう。

​───────

「感動の再開だったな! この少年はオランディの言葉が話せないそうで、途中までは通訳の商人と一緒だったんだが」

 ネストレ様がちらりとジョーティを見ます。
 ジョーティは店のタオルを数枚使い、何とか泣き止んだ様子です。
 今は店にあったナツメのコンポートコンポスタと軽食用のじゃがいもパタータのクッキーを、暖かいお茶と一緒に食べています。

「その商人も俺に預けたら何処かに行ってしまってなぁ、通訳された話から『銀髪の男のバーに行きたい』って聞いたから君のところに連れてきたんだ。そんな店ここしかないからな!」

 ネストレ様は既に勤務を終えた後のようで、制服ではなく私服です。

「それで、彼は何者だ?」

 ここまでご案内されたネストレ様にとって当然の疑問だと思います。

「ヴァローナで出来た知り合いで、カマルプールの商人の子息です」
「ほぉ、なんだか複雑だな。なんでそんな少年が君を訪ねて来たのか、心当たりはあるか?」

 心当たりならありますが、一人でここまで来た理由や経緯は、彼から聞かないと分かりそうもありません。

「詳しくは彼に聞かないと分かりませんが、ヴァローナかカマルプールの言葉で彼と会話しても構いませんか?」
「是非頼む! 今日の早抜けした理由を上に報告しないと、また団長に大目玉をくらいそうだ!」

 そんな事で怒るとは、相変わらずの気の短さです。
 どう話を振るか悩みジョーティの方を見ると、皿にあった菓子を食べ終えて私を見ておりました。

「ニオイでキーノスだって分かったけどさ、仮面の下の顔は初めて見たんだよなー」
「そうかもしれませんね」
「なんで仮面付けてたんだ?」
「そのお話より、まず何があったのか教えていただけますか?」

 私の言葉に、ジョーティはカップをテーブルに少し勢いを付けて置きます。

「そうだよ、聞いてくれよ!」

 それから少し前のめりになり、今に至るまでの経緯を話してくれました。

​───────

 夕飯の後、珍しくゾロフのオッサンがリビングにいた。
 これはチャンスだ! って思ったから、ついに昨日成功した転移の術式を使って見せた。

「まさか最初に覚えるのが転移とはねぇ、ホントに君は賢いのかおバカなのか判断に困るねぇ」

 結構頑張ったのに、第一声がコレ。
 キーノスはこんな師匠相手によく術式教わったなぁと、心底感心する。

「ん~、転移ねぇ」

 ソファに寝たまま何か考えてるみたいだ。

「流石にカマルプールは遠すぎるけど、君ならオランディまで行けるんじゃないかねぇ? キー坊は無理だけど」
「オランディ! 一回だけ行ったことあるぞ!」
「国境近くの座標教えてあげるから、ちょっとオツカイ行ってきてくれる?」
「え~めんどくさい事じゃないよなぁ?」

 そのっていうのが俺ならすごく簡単な事だった。
 オランディにいる変装したガラノフっていう男を見つけて、ルスランに教えれば良いんだって。
 出発は明日の夕方、旅費はルスランに持たせるから好きなとこに泊まれと。

「そろそろあっちで大きいお祭やるから、ついでに楽しんでくれば?」

 たまにはいい事すんじゃん!
 俺はオッサンにお礼を言って、明日の旅行に備えて準備してから寝た。

​───────

 ルスランと一緒に来たのだろうというのは、師匠の手紙と既にルスランがオランディにいる事から想像できます。
 私が知りたいのはなぜ一人なのか、という点です。

「あの、もっと簡潔にお願いします」
「えー、じゃあ……」

​───────

 オランディの一番北の町、ネーヴェ。
 高くて分厚い石の壁で囲まれていて、外側には大きな傷がいくつもある。
 門番が笛と武器を持っているの見ると、今まで害獣の被害に苦労してきたのがよく分かる。

「まぁ君にしては頑張ったのは分かった」
「すごいだろ! 一瞬だぞ!」

 夕方に出るはずが結局夜になった。
 それでもまだ人がいるのは、俺の術で一瞬で来れたからだ。
 少しは感謝して欲しい。

「ハイハイ、すごいすごい」
「まずは『ありがとう』だろ~?」

 覚えたての術式で来たのは良いけど、確かに相当魔力を消費する。
 サトリの左目がボヤけるし、体が熱い。

「結構遠いのによくやるね」
「ふふん、そうだろ? 流石にルスランでも出来ないだろ!」

 今こそオッサンと二人で嫌味を言ってきた事に復讐してやるぞ!
 ネーヴェの入口から歩きながら、町の中心部の広場に来た。
 ど真ん中に革の鎧を付けた髭のオッサンの銅像がある。

「良い宿無さそうだな」
「探そうぜ、どっかにあんだろ」

 探すために移動しようとしたけど、ルスランが立ち止まる。

「ここからリモワには行けないのか?」
「だって場所聞いてねぇし」
「なんだ、じゃあここからどうやってリモワまで行く気だ?」
「馬車に乗れってオッサンが言ってたぞ」

 この時間じゃもう馬車も出てないだろうし、一泊して朝探すしかない。
 でもルスランが一歩も動こうとしない。

「野宿はごめんだし、馬車も嫌いだ」
「あ? 何言ってんだ?」

 ルスランがこっちを横目で見て、短いため息をついた。

「リモワにそのまま行くと思ったから一緒に来たのに、これじゃあ僕が一人で行く方がよっぽど早い」
「なんでだよ、五日の距離が一瞬になるのにどこが遅いんだよ?」

 俺の言葉に目を閉じて首を振る。
 露骨に呆れた仕草だ、なんでバカにされてんだ?

「僕は一人でリモワに行く、君は勝手にすればいい」
「はぁ? どうやって……」

 せっかく俺が、と、もっと言ってやろうと思った時。
 ルスランが沢山の小さなコウモリになってどこに飛んで行った。

​───────

「つまり、ルスランに置いていかれたと言う事ですか?」
「そうなんだよ! 酷くないか!?」

 それなら一言で充分でしょう、と言いたいのを飲み込みます。

「オッサンから貰った金も持ってっちゃったから俺の小遣いで馬車乗って、そもそもオランディの言葉なんか分かんないから言葉通じる人から探して、馬車も途中までしか行かないからどっかに着くたんびに人探して……」

 話ながらジョーティの目に涙が浮かび始めます。

「それでやっとリモワに着いたと思ったら、人めちゃくちゃいるし、そもそもルスランがいるのか分かんねぇし、でもキーノスならいるって思ったから知ってる人探したけど、この兄ちゃんは言葉通じねぇし、笑いながら自分家帰って着替え始めるし、それからまた笑いながらどっかに歩き始めるし……」

 自身の涙に気が付いたのか、思い切り鼻をすすって上を向きます。

「とにかく! 俺転移出来るようになったんだ! すごいだろ?」
「えぇ、素晴らしいと思います」
「だろー!」
「それによく一人でここまで来れましたね、そちらも素晴らしいと思います」

 嘘を言っているようには見えませんし、ジョーティの話通りならかなり大変だったはずです。
 しかし、私の発言を聞いたジョーティは再び泣き出してしまいました。

「キーノス君? 彼は大丈夫なのか?」
「大体の事情は聞けました。同行者に置いて行かれてしまったそうです」
「なんと、酷い奴だな! けしからん!」

 ジョーティとは対照的に、ネストレ様はお怒りのようです。

「この少年をどうするんだ?」
「置いて行った相手も知っているので、彼を探して預けようと思います」
「そうか、それなら安心だな!」

 そう仰ってから、本日の温かいお野菜の料理をご注文されました。
 それから泣いているジョーティを慰めるかのように、頭を軽く撫でていらっしゃいます。

 まだ開店して時間も経っていないため、温めるのに時間が必要です。
 その間にジョーティがいつもの調子に戻ってくれることでしょう。
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