王都のモウカハナは夜に咲く

咲村門

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思い出は忘れた頃に訪れる

#10

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 少し暗めにしている照明と緩やかな曲調の音楽は、地下にある暗い店内を居心地の良い空間に変えてくれます。
 日付が変わるこの時刻になって、開店前に感じた「秋の夜長」が似合う夜がやっと訪れたように思います。

 言葉が通じないにも関わらずネストレ様とジョーティは親しくなってきた頃、リィがルスランを見つけて店まで連れてきてくださいました。
 それから少しの間三人でお話されてましたが、ネストレ様はジョーティを引き渡してお帰りになりました。
 ルスランに改めて何をしにここへ訪れたのか問いましたが、やはり明確な回答は得られず。
 そうしたやりとりの間に緊張の糸が切れたジョーティが眠り始めてしまったため、渋々といった様子でルスランは宿へジョーティを連れて帰っていきました。

 今は店内にお客様はおらず、とても静かな夜を過ごしています。
 こうしてお客様を待つ時間は嫌いではありません、カウンターの椅子でしばらく本を読むのも良さそうです。

 そんな事を考えながら、酒棚の下に置いている本を選んでいた時。
 階段を降りてくる少し不規則な足音が聞こえてきました。
 足が不自由なのか、杖をついているような音が聞こえます。
 こんな時刻には不自然に思えますが、出迎える準備をします。

 来店を告げるベルが鳴り、ドアが開きます。

「いらっしゃいませ」

 小さく一礼し姿を確認したところ。
 帽子も仮面も付けておりませんが、先日ドゥイリオ様とお会いした占い師の方です。

「良い夜ですね、お邪魔します」

 顔の半分を赤い前髪で隠しておりますが、鋭い眼光が少し緩むのが分かります。
 お店でお会いした時の険しさが少しなりを潜めているように思います。

 彼は私の手助けなど必要とせず、杖をつきながら扉から一番近いカウンターに腰掛けます。
 私もカウンターの中へ戻り、水とタオルをお渡しします。

「料理の注文をしても良いですか?」
「もちろんです、こちらがメニューになります」

 カウンターの内側に置いてあったメニューをお渡しします。
 軽く頭を下げながら受け取り、ページを捲り眺めていらっしゃいきます。

「ほぉ、包子もあるんですね」
「作り置きがありませんので、少しお時間をいただきます」
「なるほど」

 更にページをめくり、お酒の項目に来た時手が止まります。

「ジュンマイシュ、ですか」
「当店で提供しておりますリーソを材料に作られたお酒です。それなりに強いお酒ですが、好まれる方も多いです」
「白酒とは違うんですね」
「はい。白酒はタンランからの輸入が難しく、稀に手に入る程度です」
「なるほど」

 そう言ってからメニューを静かに閉じ、私の方へ差し出します。

焼売シューマイとジュンマイシュの飲みやすく甘さのあるものを頂けますか?」
「ジュンマイシュは温度によって変わりますが、どのような飲み方が良いですか?」
「そのままのものでお願いします」
「かしこまりました」

 シューマイのご注文は久しぶりです。
 材料に問題はありませんが、タンランからのお客様が納得されるものがお出しできるかは少し不安があります。
 取り急ぎお酒を先にお出しし、調理を始めるのが良さそうです。


 占い師の方はお出しした料理を静かに召し上がり、食べ終えた後で静かに口元を拭います。

「タンランのものとは違いますが、こちらも美味しいですね。グリーンピースパーチェ・ベルデで彩りを加えるとは」
「ありがとうございます」
「このお酒も独特な味わいですが、好まれるというのもよく分かります」

 どうやらお料理とお酒はお気に召したようです。
 今の話を聞く限りなら、やはり彼はタンランの出身で間違いないのでしょう。

「申し遅れました。私、名はユーハンと申します。鶯神楽の屋号を受け継いでからはピンインと名乗る事が多いです」
「ご丁寧にありがとうございます、私はバー『モウカハナ』のバリスタでキーノスと申します」
「存じております、先日は私の館へのご来店ありがとうございました」

 拳を手のひらに合わせ、少し頭を下げます。
 タンランの挨拶でしょう、独特な所作です。

「実はあの後、貴方に関して少し調べさせていただきました。暴くような真似をした事、申し訳なく思っております」

 私の何を、とは思いますが。
 噂通りの占いの実力なら、彼が何かを調べるのは難しい事ではないでしょう。

「その償いではありませんが、一つ貴方にお見せしたいものがあります」

 懐から折りたたまれた紙を取り出し、私へ差し出します。

「貴方が私の館で書いた紙です」

 受け取った紙を広げ、中身を確認します。
 職業のところに当店の名前とバリスタと書かれています。

「驚かれるかと思いますが、それが間違いないのは貴方ならお分かりになるでしょう」

 悩みの概要、名前、誕生日、年齢、あと血液型。
 全て嘘偽りありません。
 嘘偽りが、ありません。

「書いた覚えの無い箇所もあるでしょう、私が貴方に会いに来たのはその部分が理由になります」

 最後の一行、記憶にない設問があります。

「その設問に『はい』と書いたのは貴方が初めてです」

 ーーチルネという名の少女を知っているか?
 と、書かれています。

「この『チルネ』という方? は何者ですか? 悪質な方が探しており、機会があれば隠れるように忠告したく考えておりました」

 色々と、色々と聞きたい事が多く、少し思考が追いつきません。
 私の困惑を見てとって下さったのか、薄く微笑んで少しだけ話題の方向を変えてくださいます。

「その紙は至って普通の紙です。偽ることなく書き記していただくために、あの店の看板を見てから紙に記載するまで様々な仕掛け……催眠に近い事をしております」

 とりあえず気を取り直し、今の話に関して応えてみることにします。

「文献で拝見した事はありますが、タンランで秘技と呼ばれているものでしょうか」
「ご存知でしたか、博識ですね」

 実際に体験したから、分かりますが。
 これは本当に恐ろしい技術です。

「これは私が書いたもので間違いないでしょう」
「はい」
「それだけに、これをあなたがどう解釈なさっているのか」

 チルネ様のことだけではないでしょう、内容もですが、何より一部の文字が私の故郷のものです。
 読めるはずがありません。

「あぁ、秘技の他にもう一つ」

 彼は腰に手を回し、占いの時に付けていた仮面を取り出します。

「私に占いを伝えた方が持っていたものです」

 今度は仮面を差し出してきます。
 手にして初めて分かりますが、何か特殊な処置がなされているのが分かります。
 表面は石灰石で美しく覆われておりますが、裏面は小さな赤黒い文字が敷き詰められています。

「不気味なものに見えるでしょうけど、危険なものではないのは私が保証します。付けてみると効果が分かります」

 気は進みませんが、私の疑問への糸口になるのでしょう。
 それに彼がこの店に入って来られているのなら、悪意はないのでしょう。

 軽く仮面を顔に当ててみます。
 すると、まだ二度しか会っていないはずの彼の事が色々と分かります。
 以前から彼を知っていたかのような、既視感のような感覚があります。

「あの館で私に偽ることは不可能に近いのがお分かり頂けたかと思います。ですのでその紙に書かれた内容を疑いませんが、占いの力でも知らない文字を読む事はできません」

 気になることが増えたようにも思いますが、彼はあの内容が正しいと信じていると言うことを言いたいのでしょう。

「私が気にしているのは二つです」
「二つ、ですか」
「はい。貴方に聞きたいのは、チルネという方に関してです」

 久しぶりに故郷の文字を見たからでしょうか、先程から背中に嫌な汗をかいています。

「このチルネという方を探している人物は、私がリモワここに来て少しした頃に店へいらして、『この国の宰相と親しくするにはどうしたら良いか』と問いました」
「その質問はチルネ様とは無関係にも思えますし、この国に宰相という役職はありません」
「私もそのように答えましたが、次に『この国に銀の毒花と呼ばれる男はいるか』と問われました」

 銀の毒花、とても嫌な心当たりならあります。

「銀の毒花と呼ばれる男性を探す女性は何人もいらっしゃいましたから、それ自体は特別な事ではありません。それに銀の毒花の方はしばらくは不在だったようです」
「そう答えたのですか?」
「はい、しかし更に『リュンヌ貴族に関わりの深い人物は誰か』と問われました」

 占い師の方、改めてユーハン様はオチョコを手にして、お酒を口になさいます。

「チルネという方、宰相、多くの女性が知りたがる謎の男性、貴族と関わりが深い誰か。接点が見えず、なぜそんな事を知りたがるのが疑問に思え、彼女に答えるように誘導してみました」
「誘導?」
「占いをする上で必要な技術ですが、余程の事が無ければ使いません」

 オチョコをテーブルに置き、目を伏せ言葉を続けます。

「その方は『自身に必要な存在だ』そうお答えになりました」
「チルネ様がですか?」
「はい。そう答えた笑顔は強い悪意に満ちておりまして、とても悪質な方だと考えております」

 ユーハン様がご来店されてからまだ一時間と少し経過した程度ですが、あまりにも情報が多く混乱する事が多いです。
 とりあえず彼はチルネ様の安否が気になっていらっしゃるようですが、その理由も気になるところです。

 彼はオチョコを傾けながら私の回答を待っているようです。
 穏やかな夜は、珍しいお客様と少しのざわめきを伴うものに変わったように思います。
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