王都のモウカハナは夜に咲く

咲村門

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湯煙は真実すら嘲笑う

#1

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 オランディは夏の一月ひとつきほど前に降る雨季とは別に、秋の終わりの頃にも雨が続く日があります。
 これをサチ様はシグレと呼んでおりました。
 このシグレが始まる少し前にマスカレードは開催されます。

 今年も王都は華やかに彩られ、観光でいらっしゃる方も多く見受けられます。
 去年は面倒な出来事もありましたが、今となっては楽しかった事の方が思い出されます。
 お店のお客様と仮装して集まり、はしゃぐケータ様を連れて屋台を回り。
 きっと今年は、例年いつものように部屋で静かに過ごすのだろうと考えておりました。

「うん、ヴァローナにいた時から君が黒だとは思ってたんだ」

 私は今、ルスランと一緒に市場から少し離れた倉庫の並ぶ一角に来ています。
 ここは去年も来たカーラ様の倉庫です。

「んんっ、吸血鬼ヴァンピーロも中々お似合いです」

 カーラ様が私の着ている衣装に対し意見を仰ってくださいます。

「僕のもどうだ? 赤い怪盗ラドロ・ファンタズマなんて僕らしいだろう?」

 大きな羽付き帽子と足首まである長いコート、光沢のない赤い生地に金の装飾がなされています。
 とにかく派手です、ルスランの容姿など関係なく目立ちます。
 本人の性格の事も考えれば、非常によく似合っていると思います。

「お客様もよくお似合いです、選んだ甲斐がありました」
「君の選ぶ服はどれも本当に素敵だ、僕の事をよく分かってるな」

 まさか今年もカーラ様の貸衣装のお世話になるとは考えておりませんでした。
 こんな事になった理由は、今朝になってようやくルスランがオランディへ来た理由を正直に話したからです。

​───────

 お店を閉店し、外で看板を切り替えようとしていた時。
 店の入口の脇にルスランが座っていました。

「思ったより早かったな」

 そう言って彼が立ち上がったのを見て、私は看板を切り替えようとしていた手を止めます。
 店に入ってくれば良いものを、何か意図でもあるのでしょうか。

「この後暇だろう? フロルから聞いてるだろうけど、詳しく話してやるから店に戻るぞ」
「今閉店したばかりですが」
「看板はまだ変わってないし、変えてからでも構わない。好きにしろ」

 私に断るという選択を与える気がないようです。
 このまま私の部屋に連れていくよりはマシに思えますし、店の中で話を聞く方が良いでしょう。

 ルスランに紅茶、私にはジンを用意してテーブル席に腰掛けます。
 私はタバコに火をつけ、ルスランが話を始めるのを待ちます。
 紫煙が漂う中、ルスランは勿体ぶるかのようにカップを持ち上げ、静かに紅茶に口をつけ、ゆったりと動作でカップを置きます。

「とりあえず今日と明日、マスカレードの案内をしろ」

 命令形で言い放ちます。

「理由を聞かせてください」

 彼に従う理由がありませんし、閉店後に訪れてから言う話でもないと思います。
 オランディに来た初日に言うのならまだしも、今日から本番を迎えるマスカレードの話を今持ち出す理由が分かりません。

「君と僕で捕まえたバカ、覚えてるか?」
「いえ、全く」
「汚い金髪で、女好きで調子乗った、カードも大して強くないのにカジノに来たがる、フロルにゴミ扱いされてた……名前が何だったか」
「……ガラノフ様ですか?」

 私が師匠の私邸にいた時、廃棄物と扱ってた人物は一人だけ心当たりがあります。
 ただ、ルスランと一緒に捕まえた覚えはありません。

「それだ。そいつを探しにわざわざここまで来たんだ」
「なぜそのような事になっているのですか?」
「ん? フロルが言うには『資料を見たからキーノスなら分かるはずだ』って言ってが、分からないのか?」
「資料というのはハーロルトが用意したもので間違いありませんか?」
「他にあるのか?」

 ありませんが、あの資料を見たからといって、ルスランがオランディここまで彼を探しに来た動機は分かりません。

「それとマスカレードの案内はどう繋がるのですか?」

 質問で質問で返すのは良くないと知っていますが、他に答えようがありません。
 ルスランは紅茶のカップを持ち上げ、口にしないでカップを弄びます。

「アイツがここにいるのは聞いてるだろう?」
「えぇ、ジョーティが言ってました」
「全然見つからないんだ、この僕が探してもだ」

 そのあなたがどうかは知りませんが、先程の話を聞く限りそもそもガラノフ様を認識できているのか疑問です。

「どのように探していらっしゃるのですか?」
「女好きらしいから、たまにナイトクラブ近くのバーで話は聞いてはいた」

 それだけ言うと、ルスランは優雅な仕草で紅茶を口にします。
 そしてカップをテーブルに置き、背もたれに両腕を広げて座ります。
 寛ぐのは構いませんが、言葉の続きが出てきません。

「それで、何か情報は?」

 仕方がないので私から話を促します。

「特にないな、君が受け取った書類には何があったんだ?」
「何って」

 その書類なら師匠の私邸に置いてきております、中身を改めて確認するなら師匠に聞くしかありません。

「ジョーティもですが、ガラノフ様に関してどの程度ご存知なのですか?」
「さっき話したので全部だ」

 髪色と性格や嗜好、師匠からの扱いのみといったところでしょうか。
 ほとんど知らないに等しいように思います。
 探しに来たと言う割に、ほとんど計画などは無かったようです。

「あの資料によると……ガラノフ様は女性向けクラブのボーイをしながら、一般的に出回らない薬物の仲介販売をしていたとありました」
「薬物って、麻薬か?」
「麻薬もですが、自白剤や媚薬、睡眠薬や火薬のようなものまで、かなり手広くやっていたそうです」
「ふん、大したものだな」

 分厚い資料の半分近くは扱ってる薬物の種類と効能のリストでした。
 本当によく調べられており、とても驚きました。

「あなたを昏倒させた動機が私怨によるものと分かったので、薬物の仲介に関しては資料以上の事は知りません」
「なるほど、薬物の仲介か」

 首の力を抜いて、後頭部を背もたれに預け動かなくなります。

「それで」

 ルスランが再び黙ってしまったので、再度話を促します。
 これでも仕事終わりですので、このままのんびりと過ごす気はありません。

「師匠はガラノフ様への詰問を終えてから解放してますが、何故今更また探すような事をしているのですか?」

 私が知っている資料の情報は先程言った通りです。
 それが今更何なのか、なぜマスカレードを案内することに繋がるのか、答えていただくしかありません。

「月の貴族の薬と言えば媚薬で有名だけど、他にも麻薬なんかも結構人気なんだ。ま、オランディじゃ検問でほとんど引っかかるらしいから持ち込めないらしいが」
「そうですね」
「マスカレードって毎年主題が決まってるのか?」
「いいえ」

 私はガラノフ様の事を聞いたはずですが、そこに関して答えようとしません。
 しかしこれはルスランならよくある事なので、ここで問い詰めても煙に巻かれるのが目に見えます。

「今年は貴族を主題にしたものが多いそうじゃないか」
「そのようですね」
「奴はそれに託けて販路を広げようとしてるとか、じゃないか?」
「は」
「資料の内容と今のマスカレードを合わせて考えるとそういう事じゃないのか? フロルはとりあえず捕まえてから証拠を出させるつもりなんだろう」

 何の証拠ですか、とは思いますが、今の話の通りなら……

「あの」
「なんだ」
「もしかして師匠から明確に話を聞いていないのですか?」
「今更、フロルがまともに指示した事なんかあるか?」

 ルスランが一人で来てもどうしようもないと思っていましたが……師匠は彼がどう動くか予想していたのでしょう。

「それで、関わりそうな場所にマスカレード中に案内を、でしょうか」
「そういう事だ」

 最初から話してくれていればマスカレードの中を歩く必要も無かったように思いますが、おそらく彼がマスカレードのために来たのも嘘ではないのでしょう。
 こちらに来てから何をしていたのか問い詰めたい気持ちはありますが、聞いたところでろくな結果にはならなそうです。

​───────

「じゃあ、二つ買取で」
「はぁい、かしこまりました」

 カーラ様が笑顔でルスランに答えます。
 ルスランは大きな鏡の前で回り、衣装を確認しています。


「フロルが猫の格好をしたと聞いて数日笑ってたが、このデザインを見るに結構イケてたんだろうな」

 どうやらかなり気に入ったようです。
 衣装に満足したルスランが私の方へ歩いてきます。

「君の髪型は僕がやってあげるよ、仮面があるから前髪は上げて良いよな」

 去年も思いましたが、カーラ様の衣装はとても素敵で、私が着るには勿体ない物に思えます。
 とはいえ、ルスランが買い取ると言うのならそれを断る理由はありません。

 私の反応を待たず、ルスランが鏡台の前へ私を移動させます。
 そのまま私を座らせ、慣れた手つきで楽しそうに髪の毛を櫛でとき始めます。

「どんな整髪料使ってるんだ? 女でもこうはいかない」

 今日彼を案内すれば事は済むはずです。
 早いところガラノフ様を見つけてくれれば良いですが、そう簡単にもいかないでしょう。
 気になるのは、王都にいるはずのジョーティがここにいない事です。
 せっかくの人探しなのに彼がいないのは疑問です。
 後で合流するのかは分かりませんが、ここを出る前にルスランに聞いて見ることにしましょう。
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