公爵令嬢は今日も筋肉で愛を語る~好きって伝えたいだけなのに、破壊オチになる件~

灰色テッポ

文字の大きさ
33 / 36

第三十三話 ありがとう

しおりを挟む
「子供の頃の俺は、都合のいい操り人形だったんだろうな──」

 比翼の鳥を解除する為にヘルミーネへの説得を試みていたグロリエンは、いま己の昔話を始めている。
 説得とは何の関係もない迂遠なアプローチの様にも見えるが、グロリエンはその遠回りこそが説得成功の鍵となると信じていた。

「勇者の加護持ちという宿命と王国の期待。俺の気持ちとは関係のないこの二つの思惑が、俺を覇王にさせようとしていたんだ」

 淡々と話しながらも何処か痛々しさを感じるグロリエンに、ヘルミーネの胸はちりりと痛む。
 それは子供の頃のグロリエンを思い出していたせいかもしれない。

「もちろん加護や人々の期待に悪意があったわけではない。操り人形になったのも、要するに俺自身が何も考えない馬鹿なガキだったからだ」
「グロリエン様……」
「そんな馬鹿なガキの鼻っ柱を叩き折って、ちょっとはマシなガキにしてくれたのがお前だよ、ヘルミーネ」
「私がですか?」

 心当たりのないヘルミーネは僅かに狼狽した様子を見せたが、そんな彼女に「ありがとうな」と謝辞を述べたグロリエンの言葉には嘘偽りはなかった。
 どうやら自分より年下の女の子で、しかも筋力強化という下級加護しか持たぬヘルミーネに負け続けた事が、グロリエンの傲慢さを粉々にしたらしい。

「ですが私、そんなつもりじゃなくて。子供の頃はただグロリエン様にかまって貰える事が嬉しかっただけで……」

 意図せぬ事で感謝され、ヘルミーネはその気まずさに困惑してしまう。
 しかしグロリエンはそんな困惑さえも愛おしげに、ヘルミーネを見つめて言った。

「お前はいつだって俺を勇者としては見ていなかったもんな」
「そ、そんなこと! ……あったかも」
「ハハ、いいんだ。それでこそヘルミーネだ。そのおかげで俺は、ありのままの自分を受け入れて変われたんだと思う」

 するとヘルミーネは少し不思議そうな顔をする。

「子供の頃のグロリエン様も、今のグロリエン様も、私にはずっと変わっていないように思えますけど?」
「なにっ!?」
「だ、だって。確かにちょっぴり意地悪でしたけれど、とてもじゃないですが覇王になれる様な子供ではありませんでしたから」
「うぐっ……。ま、まあ、お前からしてみれば、俺は年下の少女にも負ける様な勇者だったしな。それが覇王になろうっていうのもお笑いぐさか……フッ、ですよねぇ」

 グロリエンが顔を引き攣らせて落ち込むのを見たヘルミーネは、慌てて手のひらを横に動かし否定の手振りをする。

「あっ、そうじゃなくて。グロリエン様は最初から変わらず心の優しい方だったので、覇王なんかになるはずが無いなって」
「俺が優しい?」
「はい」
「それは違う。さっきも言ったが覇王になるのをやめた理由だって、お前に嫌われたくないからだ。優しさとか関係ない」
「それ、やっぱり本当なんですか?」
「俺が覇王をやめた理由のことか? だったら本当だぞ」
「そうですか……何か、すみません」
「どうしてお前が謝る?」
「だって。幼い私が何も考えずに言った言葉で、グロリエン様の将来を決めさせてしまったなんて……」

 ようするにヘルミーネは怖気づいたのだ。思いも寄らないところで、他人の人生の重要な決断に関わっていたことに。
 そうと気づいたグロリエンはきわめて真面目な態度でヘルミーネに尋ねた。

「戦争をしたがる覇王が大嫌いだと言ったお前の気持ちは嘘だったのか?」
「嘘ではありませんわ! 今だって同じ気持ちのままです」
「じゃあそんな顔するなよ。俺だって覇王になってお前に嫌われるのは御免だと思った気持ちに嘘はない。二人の気持ちに嘘がないなら、何の問題もないだろ」
「グロリエン様……」
「とにかく俺はお前に嫌われたくないんだ。俺がお前より強くありたいと、必死で勝負を挑み続けているのを見れば分かるだろ」

 そう言って微かに優しく微笑んだグロリエンに、ヘルミーネは首を捻った。

「ちょっと意味分からないです」
「な、なんで!?」
「だ、だって。嫌われたくないという気持ちと、私より強くあろうとする気持ちが結びつかないんですもの」

 グロリエンにしてみれば、至極明解な気持ちの成り行きであったのだろう。だからヘルミーネが彼の気持ちが分からない事に、戸惑ってしまった。

「あ、いや、単純な話だぞ? 強者であるお前に相応しい男となるには、俺自身も強者となり対等となる必要があるって事だ。お前だってお前に勝てないような男に好かれても、迷惑なだけじゃないか?」
「は? いえ、ぜんぜん」
「え? 全然?」
「はい、ぜんぜん」
「…………」

 無言で見つめ合う二人であったが、もちろんその内心はそれぞれに違う。
 会話が途切れたゆえにただ黙っているヘルミーネに対し、グロリエンのそれは言葉を失っていたに近い。というのも頭の中が混乱しきっていたからだ。

(全然って。どういう事だよっ!?)

 何を混乱していたかと言えば、ヘルミーネにフラれた理由についてである。
 フラれたと勘違いしたままのグロリエンにとって、心の傷はいまだ生々しい。

 それでも未練な男でいたくはなかったグロリエンは、自分がフラレた理由を考えた。
 結果グロリエンは、ヘルミーネより弱い自分がフラれるのは当然だという、単純明快な理由にたどり着いたのである。

 それなのに──

「ちょ、ちょっと待ってくれヘルミーネ! じゃあなぜお前は俺をフッたんだ!?」

 するとヘルミーネは訝しそうにグロリエンを見た。彼が何を言っているのかまったく分からなかったからだ。

「私、グロリエン様をフッてなんかいませんけど……」
「いや、フッただろ」
「フッてませんわ」
「たしかにフッたぞ!」
「フッてませんったらフッてません!」

 比翼の鳥の問題解決のため、説得に来ているはずのグロリエンなのである。
 グロリエンとしては、子供の頃からの自分の素直な気持ちをヘルミーネに打ち明け、長い年月二人で培ってきた友情の絆を確かめ合おうとしていた。そうする事で信頼を強めれば、ヘルミーネも戦いに応じてくれると思ったのだ。

 だというのに当初の目的をすっかり忘れたグロリエンは、友情の絆どころか痴話喧嘩に夢中になってしまっている。

「おのれっ。ついさっきお前は俺をフッたではないか! それで俺がどんなに辛い思いをしたことか……」
「はあ? 夢でも見ていたんじゃございませんの!?」

 だが実は、この痴話喧嘩が災い転じて福となす──

「だいたい私がグロリエン様をふるわけないじゃない! 私だってグロリエン様のことを愛しているのですものっ!」

 興奮したヘルミーネは思わず本心をぶち撒けてしまったのだ。
 比翼の鳥に捕らわれた以上もはや叶わぬ恋だと思い定め、一生秘めたままでいようとしていた恋心だったのに。

「あっ! えっと……今のはナシでっ!」

 当然ながらグロリエンがナシにするはずもなく、それどころかヘルミーネのその言葉さえ届いている様には見えない。
 呆然として立ち尽くし、ワナワナと唇を震わせているグロリエンは「あー、あー」と変な声を出していた。

 ようやくまともに声が出せるようになると、グロリエンは開口一番ヘルミーネへと言ったのである。
 ぽろりと涙をこぼしながら、今日二度目の「ありがとう」を。

 ヘルミーネは思わず胸をキュンとさせてしまった。グロリエンのその様子が、なんとも愛おしく思えてしまったからだ。

「ま、まったく! グロリエン様ったら、何を勘違いして私にふられたと思ったのかしらっ。バ、バカみたい」

 ほとんど照れ隠しのようにして、ヘルミーネはそっぽを向きながら悪態をついた。
 そんな彼女にグロリエンは鼻をすすって口をへの字にしたようだ。

「だってお前、会議場で言ったじゃないか。俺との恋愛は無理だって」
「私が会議場で?」
「そうだよ、俺とお前との恋愛で比翼の鳥を消すのは無理って言ったぞ。つまり俺からの愛情は受け取れないって事だろ」
「ああ! 確かに言いましたわね。だってその通りですもの」
「そ、その通りぃ!?」

 素っ頓狂な声を上げたグロリエンが、また変な誤解をしそうだと思ったヘルミーネは、慌ててその理由を話した。
 あの時そう言ったのは、互いの愛情が両想いであることを確認できたにもかかわらず、比翼の鳥に消える様子が無かったからだと。

「だから私は恋愛では無理だと申したのですわ」
「なるほどな。俺はそれを勘違いしたというワケか……」

 するとグロリエンは「むう」と唸って考え込んでしまった。だがそれはほんの僅かな時間である。ハッとして顔を上げたグロリエンは、その目を輝かせてヘルミーネの両手を握りしめた。

「ヘルミーネ! やっぱり俺はニセ者のお前と恋愛したいッ」
「なんですって!?」

 間髪入れずに放たれたヘルミーネのアッパーカットが、グロリエンの顎へと突き刺さる。乙女心からの鉄拳制裁であった。

「グエッ!!」

 だというのに、悶絶するグロリエンの顔はどこか嬉しそうで、「やはり間違いではなかったか……」とあえぎながら呟いた。

「き、き、聞いてくれ……ヘルミーネ」
「浮気の言い訳を聞けと?」
「ち、違うよ! 俺はお前との勝負に、ようやく勝てる確信が持てた」
「ほほう。どうやらブッ飛ばされたいようですわね!」
「だ、だからそうじゃなくて! くそっ、ややこしいなあ……」

 つまりグロリエンの言った勝てる確信とは、会議場でニセ者のヘルミーネから食らったパンチを指しての事らしい。
 その時受けた攻撃には、本物のヘルミーネのような破壊力が無かったのだ。だからニセ者との戦いならば勝てるとグロリエンは踏んだのである。

「──ほんとかしら」

 正直ヘルミーネとしては半信半疑である。意識は違えど筋力強化を使うのは同じ自分なのだ、変化があるとは思えない。
 しかしグロリエンは自信満々にして、「伊達にお前との勝負で負け続けてはおらん!」と胸を張ったのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。

夏生 羽都
恋愛
王太子の婚約者で公爵令嬢でもあったローゼリアは敵対派閥の策略によって生家が没落してしまい、婚約も破棄されてしまう。家は子爵にまで落とされてしまうが、それは名ばかりの爵位で、実際には平民と変わらない生活を強いられていた。 辛い生活の中で母親のナタリーは体調を崩してしまい、ナタリーの実家がある隣国のエルランドへ行き、一家で亡命をしようと考えるのだが、安全に国を出るには貴族の身分を捨てなければいけない。しかし、ローゼリアを王太子の側妃にしたい国王が爵位を返す事を許さなかった。 側妃にはなりたくないが、自分がいては家族が国を出る事が出来ないと思ったローゼリアは、家族を出国させる為に30歳も年上である伯爵の元へ後妻として一人で嫁ぐ事を自分の意思で決めるのだった。 ※作者独自の世界観によって創作された物語です。細かな設定やストーリー展開等が気になってしまうという方はブラウザバッグをお願い致します。

【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています

22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」 そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。 理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。 (まあ、そんな気はしてました) 社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。 未練もないし、王宮に居続ける理由もない。 だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。 これからは自由に静かに暮らそう! そう思っていたのに―― 「……なぜ、殿下がここに?」 「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」 婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!? さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。 「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」 「いいや、俺の妻になるべきだろう?」 「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」

竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです

みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。 時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。 数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。 自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。 はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。 短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました を長編にしたものです。

地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに

有賀冬馬
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。 選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。 地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。 失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。 「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」 彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。 そして、私は彼の正妃として王都へ……

婚約破棄ブームに乗ってみた結果、婚約者様が本性を現しました

ラム猫
恋愛
『最新のトレンドは、婚約破棄!  フィアンセに婚約破棄を提示して、相手の反応で本心を知ってみましょう。これにより、仲が深まったと答えたカップルは大勢います!  ※結果がどうなろうと、我々は責任を負いません』  ……という特設ページを親友から見せられたエレアノールは、なかなか距離の縮まらない婚約者が自分のことをどう思っているのかを知るためにも、この流行に乗ってみることにした。  彼が他の女性と仲良くしているところを目撃した今、彼と婚約破棄して身を引くのが正しいのかもしれないと、そう思いながら。  しかし実際に婚約破棄を提示してみると、彼は豹変して……!? ※『小説家になろう』様、『カクヨム』様にも投稿しています

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)

透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。 有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。 「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」 そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて―― しかも、彼との“政略結婚”が目前!? 婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。 “報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。

逃げたい悪役令嬢と、逃がさない王子

ねむたん
恋愛
セレスティーナ・エヴァンジェリンは今日も王宮の廊下を静かに歩きながら、ちらりと視線を横に流した。白いドレスを揺らし、愛らしく微笑むアリシア・ローゼンベルクの姿を目にするたび、彼女の胸はわずかに弾む。 (その調子よ、アリシア。もっと頑張って! あなたがしっかり王子を誘惑してくれれば、私は自由になれるのだから!) 期待に満ちた瞳で、影からこっそり彼女の奮闘を見守る。今日こそレオナルトがアリシアの魅力に落ちるかもしれない——いや、落ちてほしい。

処理中です...