公爵令嬢は今日も筋肉で愛を語る~好きって伝えたいだけなのに、破壊オチになる件~

灰色テッポ

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第三十四話 二人の魂

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「俺ほどお前に負けた男を俺は知らん!」

 グロリエンはなぜか自慢げにそう言うと、ヘルミーネにドヤ顔をして見せた。

「お前にとってはどうでもいい事であったようだが、俺は俺なりに本気でお前に相応しい男でありたいと戦い続けてきたんだ。勇者の誇りをかけてな!」

(ま、眩しいっ!)

 これが勇者のもつ輝きなのかと思ってしまうくらい、ヘルミーネは豹変したグロリエンに驚いている。
 一周して再び比翼の鳥解除の説得を始めたグロリエンが、まるで別人のようにして自信に満ち溢れていたからだ。

「だから信じて欲しいヘルミーネ。俺はニセ者のヘルミーネなんかには負けやしない。絶対に勝ってみせる!」

 ひとつにグロリエンのこの豹変は、ヘルミーネと相思相愛であった喜びでテンションが上がっているせいである。
 加えてニセ者のヘルミーネの攻撃力が本物より劣ると確信できた事で、グロリエンは勝利への希望を見出したからだ。

 希望は勇者を輝かせるのだ。ヘルミーネがグロリエンを眩しく感じたのも無理はない。

「私だって信じたいです。けれど……」
「分かるぞヘルミーネ。人格は違えど肉体が同じである以上、ニセ者も本物も強さは変わらないはずだと言いたいのだろう?」
「ええ、まあ、そうですわ」
「だがそれは断じて否だ! 人の強さの本質はその人の魂の強さにあるのだッ。本物のお前のパンチには魂が込められているが、ニセ者のパンチにはその魂がない!」
「たましい?」
「そうだ、魂だ!」
「そうかしら……」
「そうなんだ!」
「………………」

 正直ヘルミーネには、魂というものが本当にあるのかも分からない。
 でも人が人と愛し合うのは、その人たちの魂が惹かれ合うからだと聞く。その感覚はヘルミーネにも確かに憶えがあった。

(子供の頃のグロリエン様は威張りん坊で、ちっともカッコよくなくて、いまだってロマンチックじゃなくて、勝負ばっかりしたがって──)

 そんなグロリエンを愛していると気づいた時、ヘルミーネは彼を愛した理由が自分でも分からなかった。
 きっと理由を言葉にすることは出来るのだろう。けれどその言葉はどこかよそよそしくて、本当には言葉なんか必要ないものこそが愛した理由なのだとヘルミーネは思う。

(それが魂ってものなのかな)

 だとしたらヘルミーネを愛していると言ったグロリエンが、彼女の魂を感じていたとしても不思議ではない。
 考えがそこへと至ったヘルミーネは、グロリエンを真っ直ぐに見て言ったのだ。

「グロリエン様が私を愛した理由を教えて下さいますか?」

 それはグロリエンにしてみれば、話の脈絡に合わない唐突な質問であった。
 だというのにグロリエンは少しも狼狽えることなく、真っ直ぐにヘルミーネを見つめ返してその問いに答えたのである。

「理由は分からん。だが愛したんだ」

 ヘルミーネは思わずプッと吹き出してしまう。そしてなぜだか嬉しくなって少し泣きそうになった。
 いや、一筋だけ涙を溢してしまった。

「ど、ど、どうして涙を!? 俺は何かマズい事を言っただろうか?」
「いいえ、何もマズい事なんかありませんわ。むしろホッとしました」
「だ、だが。じゃあなんで……」

 慌てるグロリエンの疑問はそのまま残し、ヘルミーネは指先で涙を拭うと穏やかで、だけど決然とした声で言った。

「そういう事なら仕方ありませんわね。分かりました、ニセ者の私と戦いましょう!」

 そういう事がどういう事なのか、グロリエンにはさっぱりである。
 どうして急にヘルミーネが比翼の鳥解除の提案に賛成してくれたのか、本当に彼女は納得して賛成してくれているのか、まったくもって謎だった。

「いやお前、本当にいいのか?」
「いまさら何ですの。グロリエン様が戦おうと仰ったんじゃないですか」
「そうだけどさ……」
「私の魂がグロリエン様には感じられるのでしょ?」
「おう、それはむろんだ!」
「じゃあ私たちはきっと大丈夫ですわ」
「そう、なのか?」
「ええ、そうなんです」

 まるで立場が逆転し、ヘルミーネに説得されているような気になってきたグロリエンは、頭をひとつ振って大きく息を吐き出した。
 どういう心境の変化があったかは知らないが、ヘルミーネは大丈夫だと言っているのだ。ならばその気持ちを信じようとグロリエンは思う。

「ならばよし! そうと決まれば比翼の鳥を打ち消して、俺たちの幸せを取り戻すぞっ!」
「ニセ者の私なんかに負けたら許しませんからね?」
「負けるものかよ!」
「でも油断は禁物ですわよ?」
「分かっているさ!」
「ところで、私たちの幸せを取り戻すってどういう意味ですの?」
「決まってるだろ。俺はお前との勝負に勝って結婚を申し──むぐっ!?」

 ヘルミーネはグロリエンが最後まで言う前に、彼の唇を指で摘んで言葉を止めた。しかもなかり機嫌悪そうにしてだ。
 そんな彼女の行為にグロリエンは口をモゴモゴさせ、意味不明な声で抗議した。

「うるさいですわ!」

 おそらく指先に力を入れたのだろう。ヘルミーネに唇を摘まれているグロリエンが、痛そうにして「んっーんっー!」ともがき苦しむ。

「そういう縁起の悪いことは仰らないでくださいっ!」

 ヘルミーネの言ったこととは、戦う前に未来の約束をすると、その者は約束を果たせずに死ぬというジンクスである。
 たかがジンクスとも言えるのだが、ヘルミーネにしてみれば万が一でさえジンクスが本当になるのが恐ろしかったのだ。

 痛みで涙目になっているグロリエンの唇から、そっと指を話したヘルミーネは、声を震わせて真面目に言った。

「今の話は聞かなかった事にします」

 その真剣な様子を見たグロリエンも自分の迂闊さに気づいたのだろう。しょんぼりとして頭をぺこりと下げた。

「すまん……俺が悪かったよ」
「もういいですわ。でもその代わり──」

 ヘルミーネは僅かに頬を染めながら、何故か両腰に手を当てた偉そうな態度でグロリエンへと要求したのである。

「勝負に勝ってから、もう一度私に同じ話を聞かせて下さいね!」

 するとグロリエンは静かにヘルミーネの前に片膝をつき、「誓うとも」と彼女に騎士の忠誠を示したのであった。


 ◇*◇*◇


 その後時を待たずして、比翼の鳥はヘルミーネの意識を再び乗っ取った。
 ニセ者のヘルミーネがグロリエンを見るなり、嬉々として戦いを挑んできたのは言うまでもない。むろん彼を殺して愛を手に入れる為にだ。

 二人の戦いが始まってから、一時間は経っていたろうか。すでに石舞台には西陽が射しており、血塗れのグロリエンの姿が二人の激闘を物語っている。
 対してヘルミーネに目立った傷が無いのは、グロリエンが彼女に傷をつけないのように戦っていたからだ。

 お互い素手で戦ってはいても、グロリエンが気をつけなければ今頃ヘルミーネも血塗れであったろう。
 そんな彼の優しさは本物の方のヘルミーネにも伝わっていた。しかし同時に焦れったくもあったのだ。

(私に遠慮なさらないでブッ飛ばして!)

 だが戦いが長引くのは、悪い事ばかりではない。ヘルミーネは戦いの最中ずっと、意識の入れ替わりを試みていたからだ。
 そして長時間に渡る戦いは、それをすぐに可能とするまでにさせてくれた。

(逆にブッ飛ばされたらチェンジですわ!)

 それがヘルミーネの戦いであったのだ。戦いを傍観するつもりの無かったヘルミーネは、グロリエンの緊急時には彼女の判断で入れ替わる事を提案した。
 グロリエンもその提案を頼もしく思い、ヘルミーネに命を預ける事にする。二人が幸せになる為の戦いなのだ、死んでしまっては元も子もない。

「どうした? 二対一で戦うのは、流石のお前でも厳しそうだな」
「二対一? おかしな事を仰るのね。私たちはいま二人っきりで、愛し合っている真っ最中ですわよ」
「は? 殺し合いの間違いだろ」
「ウフフ。貴方を殺して私は愛を手に入れるのですもの。なら愛し合っているで間違いないわ!」

 ニセ者のヘルミーネは限界まで筋力強化した腕に力を込め、物凄い速度でグロリエンへと拳を繰り出す。
 だがグロリエンの勇者の加護が、その一撃を真正面から受け止める。

「悪いが御免被る!」

 グロリエンは受け止めたヘルミーネの拳を掴んだままに、上へと持ち上げた。
 狙いはがら空きとなったヘルミーネのボディだ。そこへグロリエンの膝が真っ直ぐにと食い込んだ。

 しかしもろに決まったはずの膝蹴りは、ヘルミーネの鋼鉄のような腹筋によって守られてしまった。

「私のシックスパックは鉄壁ですわ!」

 今度は片足となったグロリエンに危機がやってくる番だ。ヘルミーネは腰を捻ると鋭くその足へローキックを食らわせる。
 グロリエンもそれは予期していたのだろう、瞬時に魔法で足に防御結界を張った。

 果たして結界で攻撃を防いだのを確認したグロリエンは、掴んでいたヘルミーネの拳を放して後ろへと飛ぶ。

「ふぅ、やれやれ……」

 再び間合いを取り直しながら、グロリエンはこの戦いで一番厄介なのはやはり倒し方だなと息を吐く。
 今の一連の戦いでも、勝つだけならグロリエンは勝てていたのだ。ヘルミーネの拳を掴んだ瞬間に、麻痺の魔法を彼女にぶつければ勝負はついた。ほぼゼロ距離であったのだ、絶対に外しはしない。

(けど魔法で麻痺させても駄目なんだ。力で捩じ伏せて、ヘルミーネに心から負けたと思わせない限り、彼女は何度でも戦いを挑んでくる……)

 それにしてもとグロリエンは思う。もしさっきの一撃を放ったのが本物のヘルミーネだったなら、自分は受け止められはしなかっただろうと。

「やはり所詮はニセ者。魂がこもってない!」

 そう言って拳を構えたグロリエンからは、一段と闘気が吹き上がる。
 傾いた太陽は山々の峰を赤く染め始めていた。陽が沈むまでにこの勝負の決着をつけてやろうと、グロリエンはその拳を握りしめたのだった。  
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