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第三話 ドラゴンの洞窟
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アリシアが馬車でドラゴンの棲む山の麓に到着したのは、日が傾き始めた頃である。
いまが初夏で日が長いのは幸いだった。これから山の中腹にある洞窟へと目指して歩く助けにもなるからだ。
留守でなければ、その洞窟にドラゴンはいるだろう。
アリシアは花嫁衣裳の裾が土で汚れないようにしながら注意して歩いていた。
べつにドラゴンが汚れた裾を見て何かを思う訳もないのだが、わざわざ難渋してでも人に不快な思いをさせたくないと思ってしまうのがアリシアなのだ。
「お嬢様、まことに心苦しいのですが、これより先はお一人でお行き下さりませ。我らが共にいるとドラゴンに敵対と勘違いされかねませんので……」
従者たちと共に山の中腹まで来た頃には、空にはもう三日月が昇っていた。途中から松明を頼りに皆で進んできたが、どうやら彼らともここでお別れのようである。
「わかりました……ここまで共に来てくれてどうもありがとう。どうぞ皆さんお達者で」
「は、はい……どうか、どうかお嬢様も……」
「ええ、気をつけてお帰り」
従者たちに言葉が無いのは当然である。アリシアはこれからドラゴンの花嫁とは名ばかりの、ただの餌になりにいくのだから。
そんな人間にかけられる言葉など有りはしなかろう。
相変わらず花嫁衣裳の裾を気にしながら、アリシアは松明を片手に暗い山道を独り進んでいく。
すると突然目の前にぽっかりと口を開けた洞窟の入口が見えた。
これでようやく運命に見放され、翻弄され続けた人生をおしまいにすることができるのね──
そう淡々と思えてしまうなんて、どれだけこの世に未練がないのかしらとアリシアは少し驚く。
そんな自分に苦笑いをしたあと、入口から中へと歩きだそうとしたのだが……
なのに足がすくんで動けない。
それは死への恐怖のせいではない。もっと単純で直近の恐怖だ。アリシアはいまこの入口の先にいるだろうドラゴンが、ただただ恐ろしかった。
どれくらい動けずにいただろうか? いつの間にか松明の火も消え、時間の感覚さえも忘れて立ち尽くしていたアリシアに何者かの声が届く。
「誰か、そこにいるのか?」
それは優しい声だった……
「俺に用があるのなら遠慮しないで入っておいで」
人間のようで人間ではない声だ。おそらくドラゴンの声なのだろう。
アリシアはあんなに恐ろしかったドラゴンであったはずなのに、その声を聞いただけで急に恐怖が消えて身体の緊張がとれたのが不思議だった。
ドラゴンは魔法を使うと聞く。もしかしたらその声にも魔法がかかっているのかもしれない。
だがいまさらそれが何だというのか。どうせ死ぬためにここに来たのだ。こうして身体が動けるようになったのだから、さっさと終らせてしまおう。それがアリシアの正直ないまの気持ちである。
アリシアは何のためらいもなく洞窟へと入っていった。
「あの……私はアリシア・ロマーダと申します。領主の娘です。お邪魔してもよろしいでしょうか?」
「ああ、お入り。私はそこよりもっと奥にいるよ、いま灯りをつけてあげよう」
ドラゴンとおぼしき者がそう言うと、洞窟内の岩肌がぼんやりと光りはじめる。
これは魔法だろう。やはりドラゴンは魔法を使うのだなとアリシアは納得したのだが、さっきの声が魔法かどうかはもう考えてはいなかった。
「ありがとうございます。屋敷のランプより明るいのですね、それにとても綺麗です」
アリシアはゆっくりと辺りを見回しながら奥へと進んだ。
「はは、そうだろう? 綺麗なのはね、岩に混じった水晶の欠片が光を反射しているせいなんだよ。俺はそれが気に入ってここに棲んでいるという訳なんだ」
「そうなのですね……」
つまり私はこの水晶の欠片のせいでドラゴンの捧げ物になるという事なのかと、アリシアはそう思ったらなんだか妙に可笑しくなってしまった。
「ウフフ……」
「なんで笑うのかね?」
「いいえ、なんでもありませんわ」
「そうか、だが笑い声は好きだ……おっと到着したようだね」
ラフィンドルは自分の前に現れた人間の娘を見て、優しい声でそう言った。
いまが初夏で日が長いのは幸いだった。これから山の中腹にある洞窟へと目指して歩く助けにもなるからだ。
留守でなければ、その洞窟にドラゴンはいるだろう。
アリシアは花嫁衣裳の裾が土で汚れないようにしながら注意して歩いていた。
べつにドラゴンが汚れた裾を見て何かを思う訳もないのだが、わざわざ難渋してでも人に不快な思いをさせたくないと思ってしまうのがアリシアなのだ。
「お嬢様、まことに心苦しいのですが、これより先はお一人でお行き下さりませ。我らが共にいるとドラゴンに敵対と勘違いされかねませんので……」
従者たちと共に山の中腹まで来た頃には、空にはもう三日月が昇っていた。途中から松明を頼りに皆で進んできたが、どうやら彼らともここでお別れのようである。
「わかりました……ここまで共に来てくれてどうもありがとう。どうぞ皆さんお達者で」
「は、はい……どうか、どうかお嬢様も……」
「ええ、気をつけてお帰り」
従者たちに言葉が無いのは当然である。アリシアはこれからドラゴンの花嫁とは名ばかりの、ただの餌になりにいくのだから。
そんな人間にかけられる言葉など有りはしなかろう。
相変わらず花嫁衣裳の裾を気にしながら、アリシアは松明を片手に暗い山道を独り進んでいく。
すると突然目の前にぽっかりと口を開けた洞窟の入口が見えた。
これでようやく運命に見放され、翻弄され続けた人生をおしまいにすることができるのね──
そう淡々と思えてしまうなんて、どれだけこの世に未練がないのかしらとアリシアは少し驚く。
そんな自分に苦笑いをしたあと、入口から中へと歩きだそうとしたのだが……
なのに足がすくんで動けない。
それは死への恐怖のせいではない。もっと単純で直近の恐怖だ。アリシアはいまこの入口の先にいるだろうドラゴンが、ただただ恐ろしかった。
どれくらい動けずにいただろうか? いつの間にか松明の火も消え、時間の感覚さえも忘れて立ち尽くしていたアリシアに何者かの声が届く。
「誰か、そこにいるのか?」
それは優しい声だった……
「俺に用があるのなら遠慮しないで入っておいで」
人間のようで人間ではない声だ。おそらくドラゴンの声なのだろう。
アリシアはあんなに恐ろしかったドラゴンであったはずなのに、その声を聞いただけで急に恐怖が消えて身体の緊張がとれたのが不思議だった。
ドラゴンは魔法を使うと聞く。もしかしたらその声にも魔法がかかっているのかもしれない。
だがいまさらそれが何だというのか。どうせ死ぬためにここに来たのだ。こうして身体が動けるようになったのだから、さっさと終らせてしまおう。それがアリシアの正直ないまの気持ちである。
アリシアは何のためらいもなく洞窟へと入っていった。
「あの……私はアリシア・ロマーダと申します。領主の娘です。お邪魔してもよろしいでしょうか?」
「ああ、お入り。私はそこよりもっと奥にいるよ、いま灯りをつけてあげよう」
ドラゴンとおぼしき者がそう言うと、洞窟内の岩肌がぼんやりと光りはじめる。
これは魔法だろう。やはりドラゴンは魔法を使うのだなとアリシアは納得したのだが、さっきの声が魔法かどうかはもう考えてはいなかった。
「ありがとうございます。屋敷のランプより明るいのですね、それにとても綺麗です」
アリシアはゆっくりと辺りを見回しながら奥へと進んだ。
「はは、そうだろう? 綺麗なのはね、岩に混じった水晶の欠片が光を反射しているせいなんだよ。俺はそれが気に入ってここに棲んでいるという訳なんだ」
「そうなのですね……」
つまり私はこの水晶の欠片のせいでドラゴンの捧げ物になるという事なのかと、アリシアはそう思ったらなんだか妙に可笑しくなってしまった。
「ウフフ……」
「なんで笑うのかね?」
「いいえ、なんでもありませんわ」
「そうか、だが笑い声は好きだ……おっと到着したようだね」
ラフィンドルは自分の前に現れた人間の娘を見て、優しい声でそう言った。
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