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第六話 思いがけぬ幸せ
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ドラゴンと人間の娘との婚姻。ラフィンドルは自分で馬鹿げていると言っておきながら、その馬鹿げたことをしている自分に正直呆れていた。
だがそのくせこの生活を楽しんでもいたのである。この十日間、アリシアと暮らしてみて分かったのは、この娘が素直で思い遣りのある性格だと言うことと、希望というものを持っていないと言うことであった。
ときおり見せる笑顔は好ましく、ラフィンドルはそれを喜んでもいたようだ。
一方、アリシアはどうかと言うと、実母が逝って以来初めてだと思えるほど心が穏やかであった。
その原因はアリシアには分からないし、考えようともしていない。
彼女はこの世への未練を失くした時に、それまでの自分をもまた失くしてしまったことにさえ気付いていないのだ。
ラフィンドルは優しかった。自分に時おり優しさを向けてくれた。
いまのアリシアにはそれがすべてであり、花嫁としてその優しさを堂々と受け取れる安心感がこの上もなく嬉しいのである。
「こんなことしか出来ない花嫁ですみません、ラフィさま」
「ふふ、何を言うかと思えば。アリシアがこうして鱗の一枚一枚をきれいにしてくれて、俺はとても気分がいい」
アリシアは自分のハンカチーフを使って、ラフィンドルの鱗についた苔や汚れを落としていた。
「なら良かったですけど、花嫁ならお食事の用意やお掃除、お洗濯などをするものだと聞いておりますわ。私はそういう事が一切出来ませんもの」
「アリシアは貴族の娘なのだろ? なら出来ない以前に習ってもいまい」
「そうですけど……ラフィさまが魔法でなんでもして下さるから、ちょっと花嫁としては自信喪失です」
そう拗ねて口を尖らせるアリシアをラフィンドルは愛らしく思う。
「それで思い出したがアリシア、俺が作る魔法水だけでは食事が物足りないのではないかね? あの水は生命活動に十分な活力は与えてくれるが、味もせぬし楽しくはなかろう」
「いいえ、そんなことはありません」
アリシアは薄く微笑んで言葉を続ける。
「ラフィさまと一緒にお水を頂いているだけで、とても幸せですわ。独りでの食事はどんなに豪華なものでも美味しくありませんもの」
「そうか……ならよいのだ」
そう頷いたラフィンドルはもっと右の辺りの鱗が痒いから搔いてくれとか、気軽にアリシアに注文を出す。
アリシアもまた楽しそうにその注文に応えている。
それはどこから見ても平和で優しい時間であった。
ある日の夜、雨風の音が洞窟の奥まで届くような嵐が吹き荒んでいた時のことだ。アリシアはなかなか寝付けなくて洞窟の入口まで雨を見に行ったことがあった。
吹き込む雨が身体を濡らすのも構わずに、アリシアはじっと立って真っ暗な外を見続けている。
その様子を薄目を開け魔法の目で見ていたラフィンドルは、なんだか急に心が落ち着かなくなり、居心地の悪さを感じるようになってきた事に気が付いた。
この得体の知れない感情は何なのだろうかと、古い古い記憶の中に埋もれた知識と経験を覗いてみたら、あっさりとその正体が分かった。
──不安。
アリシアが何処かへ行ってしまいそうで不安だったのだ。
そう自覚するとますます不安は募っていった。そしたら思わず──
「アリシア、何処かへ行ってしまうのか?」
そう口から不安が溢れ落ちた。
アリシアは金色の長い髪をなびかせて濡れたままの顔で振り向くと、なんとも柔らかい声で答える。
「いいえ、何処にも行きませんわ」
そして静かな足取りでラフィンドルのところまで戻ると、黙ってその懐に身体を横たえた。
「こんなに濡れて、風邪をひくよ?」
「ふふ、私は結構お馬鹿さんなんですよ」
「はは、そのようだ。さあ、こっちへ寄ってもうお休み。その間に俺が濡れた身体を乾かしておいてあげよう」
「はい、お休みなさい。ようやく眠れそうです……」
やがてアリシアの穏やかな寝息が聞こえてくると、ラフィンドルもまた安心した顔をして大きな目を閉じた。
だがそのくせこの生活を楽しんでもいたのである。この十日間、アリシアと暮らしてみて分かったのは、この娘が素直で思い遣りのある性格だと言うことと、希望というものを持っていないと言うことであった。
ときおり見せる笑顔は好ましく、ラフィンドルはそれを喜んでもいたようだ。
一方、アリシアはどうかと言うと、実母が逝って以来初めてだと思えるほど心が穏やかであった。
その原因はアリシアには分からないし、考えようともしていない。
彼女はこの世への未練を失くした時に、それまでの自分をもまた失くしてしまったことにさえ気付いていないのだ。
ラフィンドルは優しかった。自分に時おり優しさを向けてくれた。
いまのアリシアにはそれがすべてであり、花嫁としてその優しさを堂々と受け取れる安心感がこの上もなく嬉しいのである。
「こんなことしか出来ない花嫁ですみません、ラフィさま」
「ふふ、何を言うかと思えば。アリシアがこうして鱗の一枚一枚をきれいにしてくれて、俺はとても気分がいい」
アリシアは自分のハンカチーフを使って、ラフィンドルの鱗についた苔や汚れを落としていた。
「なら良かったですけど、花嫁ならお食事の用意やお掃除、お洗濯などをするものだと聞いておりますわ。私はそういう事が一切出来ませんもの」
「アリシアは貴族の娘なのだろ? なら出来ない以前に習ってもいまい」
「そうですけど……ラフィさまが魔法でなんでもして下さるから、ちょっと花嫁としては自信喪失です」
そう拗ねて口を尖らせるアリシアをラフィンドルは愛らしく思う。
「それで思い出したがアリシア、俺が作る魔法水だけでは食事が物足りないのではないかね? あの水は生命活動に十分な活力は与えてくれるが、味もせぬし楽しくはなかろう」
「いいえ、そんなことはありません」
アリシアは薄く微笑んで言葉を続ける。
「ラフィさまと一緒にお水を頂いているだけで、とても幸せですわ。独りでの食事はどんなに豪華なものでも美味しくありませんもの」
「そうか……ならよいのだ」
そう頷いたラフィンドルはもっと右の辺りの鱗が痒いから搔いてくれとか、気軽にアリシアに注文を出す。
アリシアもまた楽しそうにその注文に応えている。
それはどこから見ても平和で優しい時間であった。
ある日の夜、雨風の音が洞窟の奥まで届くような嵐が吹き荒んでいた時のことだ。アリシアはなかなか寝付けなくて洞窟の入口まで雨を見に行ったことがあった。
吹き込む雨が身体を濡らすのも構わずに、アリシアはじっと立って真っ暗な外を見続けている。
その様子を薄目を開け魔法の目で見ていたラフィンドルは、なんだか急に心が落ち着かなくなり、居心地の悪さを感じるようになってきた事に気が付いた。
この得体の知れない感情は何なのだろうかと、古い古い記憶の中に埋もれた知識と経験を覗いてみたら、あっさりとその正体が分かった。
──不安。
アリシアが何処かへ行ってしまいそうで不安だったのだ。
そう自覚するとますます不安は募っていった。そしたら思わず──
「アリシア、何処かへ行ってしまうのか?」
そう口から不安が溢れ落ちた。
アリシアは金色の長い髪をなびかせて濡れたままの顔で振り向くと、なんとも柔らかい声で答える。
「いいえ、何処にも行きませんわ」
そして静かな足取りでラフィンドルのところまで戻ると、黙ってその懐に身体を横たえた。
「こんなに濡れて、風邪をひくよ?」
「ふふ、私は結構お馬鹿さんなんですよ」
「はは、そのようだ。さあ、こっちへ寄ってもうお休み。その間に俺が濡れた身体を乾かしておいてあげよう」
「はい、お休みなさい。ようやく眠れそうです……」
やがてアリシアの穏やかな寝息が聞こえてくると、ラフィンドルもまた安心した顔をして大きな目を閉じた。
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