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第七話 ある日の花嫁

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 真夏の日射しが木漏れ日となって降り注ぐ森にアリシアはいた。その森には綺麗な泉があり沐浴するにはちょうどよく、今日もアリシアは汗を流し髪を洗っていたのだ。

 透き通る肌は白くてラフィンドルの白銀の鱗に負けず劣らずの美しさである。

 野の花々を摘んで洞窟へ帰るとすぐに、心配そうなラフィンドルの声が飛んできた。

「アリシア、何事もなかったか?」

「はい、ラフィさま、泉の水が冷たくてとても気持ちが良かったです」

「そうか、ならいいのだが……」

 ラフィンドルはそう応えたが、その顔はどこか浮かない。

「どうもな、我々を探ろうとしている気配があるものでな……少し気になっているのだよ」

「まあ、一体なんのためにでしょう?」

 アリシアの声に不安が混じったのを感じたラフィンドルは、努めて明るく答えた。

「なに、ドラゴンが棲みついているのだ、監視をしておきたいと思う人間は多かろう。よくある事だ」

「そうですか……」

「それよりその花はどうした? 美しいな」

「あ、そうなんです! あまりにも美しかったもので、ちょっと可哀想だとは思ったのですが摘んできてしまいました!」

 そう言ってはしゃぐアリシアをラフィンドルは目を細めて眺めている。なんだか心が温かくなるのを感じて、とても心地がよい。

「私、いいことを思いつきましたの。ラフィさまの鱗の隙間に、こうして一輪ずつ差していきますと……ほら! とっても素敵ですわ」

 正直誰かが見たら花の活けられたドラゴンの姿は、滑稽に映ったかもしれない。
 だがアリシアとラフィンドルは、そんな他愛もない遊びを心から楽しんでいた。

「アリシア、なんだか花を差したところがかゆくなってきたぞ? 取ってもいいかね」

「駄目です! もう少し私、ラフィさまの綺麗なお姿を見ていたいですもの」

 最近のアリシアは少女らしい我が儘わがままを言えるようにもなっていた。そしてその我が儘がラフィンドルには嬉しいのである。

──もう少し日射しが弱くなってきたら、アリシアを背に乗せて大空で散歩をしよう。きっと喜ぶに違いない。

 そんな些細な幸せに、彼らはもう遠慮することはなくなっていたのであった。

 
 ♢*♢*♢*♢*♢*♢ 


「お母様、私、そんな地味なドレスは嫌ですわ、もっと刺繍を増やしてレースも多く使ったものにして下さいな」

「メリーザ、ドレスにいくらかけるつもりさ、ただの一回しか着ない花嫁衣裳にもったいない」

「あら、私はロマーダ伯爵の妻になる身ですのよ? ブロイド様に恥をかかせるおつもりですの?」

 ロマーダ伯爵家の屋敷ではイザーネとメリーザが仕立屋を呼び、花嫁衣裳選びの真っ最中であった。

「よろしいでしょうか、イザーネ奥様」

 ドアをノックし断りを入れたのは家令である。

「なんだい? おはいり」

 少し慌てた様子をみせながら部屋の中に入った家令は、訪問者があったことをイザーネに告げる。

 その人はレイオン・ロマーダ侯爵。アリシアの伯父にあたる人物で、ロマーダ本家の当主でもあった。

「えっ! レイオン様が!?」

 イザーネが慌てたのも当然だろう。これが突然の訪問である事もさることながら、ロマーダ本家の当主ともなれば、この伯爵家の相続に関して絶大な影響力を持つ。

 だがしかし、レイオンはいま国王の命により貿易条約作成のため、隣国へ長期滞在しているはずなのである。
 むろんその不在を狙ってイザーネは、娘のメリーザとブロイドの婚姻を急いでもいた。

 なのに何故……

 イザーネは自分のその背中に、気持ちの悪い冷や汗がいく筋も流れていくのを感じていた。
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