柴イヌのコテツですが異世界ってなんですか?

灰色テッポ

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第一章 柴イヌ、冒険者になる

第三話 リリアン

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「これ、おいしいですね!」

 ともだちになった女の人に貰ったジャーキーは初めて食べる味でした。

「何の肉ですか?」

「ゴニョゴニョゴニョ……」

 なんですって? よく聞こえないんですけど……
 さっきから顔を赤くしてうつむいたまま小声でしか話さないのですが、体調でも悪いのでしょうか? そういう匂いはしないんだけどな……

 オレは心配になってちゃんと匂いをぐために女の人に顔を寄せ、口の周りの匂いを嗅ぎました。くんか。

「ヒィッ! つ、続きですか!? 続きを始めるんですかっ!?」

 ほんとに変な人です。何を言っているのか全然わからないけれど、とりあえず体調の悪いときの匂いはしませんでした。

「このジャーキー、何の肉なんでしょう?」

「えっ? えっとその干し肉は一角兎いっかくうさぎの肉です」

「兎さんですか、良かった! もしイヌだったら悲しかったですから」

「はは、犬は食べませんよ、犬は我々人間の友人ですからね」

 犬はともだち! この人いい人ですっ! オレは嬉しくなって女の人の口をペロッと舐めました。

「ヒョエッ! い、いよいよですか? いよいよなんですね! やっと放置プレイが終わるんですねっ!」

 でもやっぱり変です。

 あ、そうだ、もしかしたらこの人、ご主人様のこと知っているかもっ! ちょっといてみましょう。

「あの、オレ、ご主人様とはぐれてしまったんですが、どこにいるか知らないでしょうか?」

「いいですとも! 覚悟はできてますっ!」

「あの……ご主人様のこと……」

「えっ? はっ!? ご主人様? いえ! あの、そ、そのご主人様というのは貴方がお仕えしている方ですか?」

「はいっ! オレのこと飼ってくれていて、ご飯をくれる人なんです」

「飼って!? いやそれって……もしやあなたは奴隷の身分とか?」

「奴隷ってなんですか? オレはイヌですよ」

「い、犬ぅっ!? そ、それはすさまじい関係ですね……しかしあなたほどの人物を犬扱いするとは、よほどの人間……」

 オレは急にご主人様のことを思いだし、恋しくなって鳴きたい気持ちになりました。

「いじわるだけど優しいんです。いつもコテツ、コテツって呼んでくれて、ご飯も一杯くれるんです」

「あ、もしやコテツと言うのはあなたのお名前で?」

「そうです、コテツです」

「これは申し遅れました、私はリリアン・バルボーレと申します。今後とも良しなに……って、良しなにというのは仲良くと言う意味で! あ、いや、そういうことで仲良くという意味ではなくてっ!」

「はい、よろしくリリアンさん」

 あれ、また顔を赤くしています……大丈夫ですかね?

「コホン……それでコテツ殿のご主人の名は何と申すのですか?」

「名前? なんだろ? 知らないです」

「いやまさか、ご冗談ですよね?」

「えー、うーん……あっ! 確か散歩の途中でキモオタって呼ばれてました!」

「なるほどキモオタ様ですか。でも残念ながら存じ上げませんねえ」

「そうですか……」

 やっぱり最初にいた場所で待っているべきでしょうかね、ハチ公様のように。いや、それよりもしかしたら……
 オレはとうとう最悪の事態を考えねばならないのかもしれません。

「考えたくありませんでしたがオレ、ご主人様に捨てられたのかもです……」

「ご事情は存じませんが……そんな犬猫のように捨てる事など、きっとありませんよ」

「いや、オレ、イヌですから」

「あっ……いや、うん、そ、そうだ! 前は何という処に住んでいたのでしょう? ちなみにここはベルモンディア王国のロンキソス地方です、ご存知ありませんか?」

「知らないです。住んでたのは家です。オレは野良イヌではなく、ちゃんとした飼いイヌなので!」

 でも、捨てられてしまったのならもう野良なのかな……

「そ、そうですか、で、では、私と一緒にホークンの街へ行きませんか? キモオタ様というお名前は判っていることですし、何か情報を得られるかもしれません」

「えっ? 街へ行ったらご主人様が見つかるんですか?」

「約束は出来ませんが、大きな街ですので可能性はあります」

「行きます! 野良は絶対イヤなので行きますっ!」

 やったあ! ご主人様に会えるかもです! そうですよ、ご主人様がオレを捨てるわけないんです! 疑ってごめんなさい、ご主人様っ。

「あの、コテツ殿……できましたらコテツ殿の正体を教えて頂けると嬉しいのですが……」

「正体? イヌですが?……あ、正確には柴イヌです!」

「うむぅ……やはり簡単には教えてはくれませんか。しかし、私は若輩者ですが剣に命をささげております! 一歩でもその真髄しんずいに近づきたく日々精進を重ねてもいます。どうかその為のお力をお貸し下さい! 先ほどの神速の体捌たいさばきをご伝授して頂ければ、私はまた一歩剣の真髄へと近づけると思うのですっ!」

「よくわからないけど、いいですよ!」

「あ、ありがとうございますッ! も、もちろんその代価として、いつでも放置プレイの続きをして頂いても、あの、よ、よろしいので!……いやむしろして欲しかな……なんて……エヘッ」

 また顔が赤くなりました……しかもすごく怪しい匂いをさせています。うーん、もう知らないフリしときましょう……

 それからオレたちは街道に出ました。今いる場所からホークンの街まで歩いてざっと一日だそうです。一日というのは確かお日さまとお月様が交代して、もう一度お日さまがでるまでの長さです。

 じゃあ走ればもっと早く着くと思ってリリアンさんにそう言ったら、ただ笑って歩いて行ってしまいました。
 ご主人様もそうだったけど、人間はあまり走るのが好きではないようです。

 途中暗くなってお月様がでたので村というところでご飯を食べました。今まではご飯はご主人様がくれていたから知らなかったのですが、ご主人様以外の人からご飯を貰う時はお金と言うものが必要だそうです。

 お金が何だかよくわからないけれど、キラキラした小さななオモチャみたいで、人間にとっては大事なものらしいです。でもオレはぬいぐるみのオモチャが一番大事です。

 リリアンさんはその大事なオモチャと交換でオレのご飯まで貰ってくれたんです! すごく優しいですっ。
 今度リリアンさんにオレのお気に入りのオモチャをあげようと思います。恩は返さないとイヌとしての恥になりますからねっ!

 あ、どうでもいい事ですが、ご飯食べる時にリリアンさんに怒られました。お皿の中の物を口でいつもみたいに食べてたら、手を使ってフォークで食べてくれって言われました。
 こう見えても、手じゃなくて足なんですが……まあ、オレは病気なのでそう見えても仕方ありません。
 
 前足を使って食べるのは難しかったですが、そのうち慣れてくるでしょう。
 人間の世界は色々と複雑です。でも万が一オレが野良になった時のために色々と勉強しなくてはなりません。

 ちなみに寝たのは村のはずれの大きな木の下で、リリアンさんと一緒に寝ました。リリアンさんは柔らかくて温かく、枕にするには最高だったです。


「おはようございます、リリアンさん」

「……おはよう、ございます…………」

 何だかリリアンさんはすごく疲れているようです。くんかするまでもなくそれはわかりました。心配ですね。

「お疲れみたいですね、眠れなかったんですか?」

「ええ……ちっとも……」

 どうやら不機嫌オーラもただよっています。ご主人様もそうでしたけど、こういう時の人間にはあまり近づかない方がいいです。

 この近づかない行為を空気を読むと言うのです。
 機嫌の悪い時に散歩の催促をご主人様にすると、『空気読め、馬鹿イヌ!』と怒られてしまいます。

「だって私も十八歳の乙女だし……そういう事にも興味だってあるし……こんな強くてイケメンで体格の立派な男性に一晩中抱き付かれていた訳だし……それを無視して眠れってのが無理な話で……だいたい放置プレイ中ってのが頭から離れなくて……そりゃはしたないかもしれないけれど……私だって人間なわけで……」

 よく聞こえないし意味もわからないけれど、さっきからリリアンさんはブツブツとずっと独り言をいってます。

 オレは空気を読んで機嫌の悪いリリアンさんに無駄に話しかけたりはしません。飼いイヌは気配りができるのです!
 でもリリアンさんがなんとなく元気もないようで心配だったから、横にそっと座り、黙って寄り添っていることにしました。

「…………」

 そんなオレをリリアンさんは少し泣きそうな顔で見つめています。大丈夫でしょうか?

「コテツ殿は……ズルいです……」

 ズルいって何でしょう? とにかく辛そうなリリアンさんが心配で、オレは寄り添い続けていたのです────


 道は一本道でずーっと先まで続いています。オレは走りたくて走りたくて、もうウズウズが止まりません!

「日が落ちるまでにはホークンの街に着きそうですね、あと少し頑張りましょう」

 リリアンさんはあれから機嫌を直したみたいで、また一緒に歩きだしてくれました。元気も戻ったようです。

「街はこの先真っ直ぐですか?」

「そうです、城塞都市ですので街へ入る者たちの列が門の前に出来ている事でしょう。我々も閉門までにはその列に間に合いそうです」

 オレはずっと向こうまで眼を凝らしてみました。

「あっ、ほんとだ! 人間とか馬とか、
一杯動いています!」

「ははは、コテツ殿は本当に冗談がお好きですね」

 冗談ではないのですがリリアンさんが笑ってくれてよかったです。やっぱりおともだちが元気なのがオレは一番嬉しいです。
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