柴イヌのコテツですが異世界ってなんですか?

灰色テッポ

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第一章 柴イヌ、冒険者になる

第十三話 オーク討伐へ

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「コテツ殿、ちゃんと歯を自分で磨いて下さい!」

「えっ、イヤですよ、歯を磨くのキライですし、自分では出来ないですし……」

「だからって毎回私に磨いてもらっていては駄目です! お風呂も怒らないと入らないし、なんでも自分で出来るようにならないと心配です。私がもし居なくなったらどうするんですか?」

「なっ? リリアンさん、居なくなっちゃうんですか!?」

「も、もしもの話です……」

 居なくなる?……オレはなぜか急にご主人様の顔を思い浮かべてしまいました。

──はぐれてしまったご主人様。貼り紙にはなんの反応もありません。一生懸命匂いを感じようとしても、まるで気配もないのです。

 最近では捨てられたのかもしれないと半分本気で思ったりもします……

「イヤです、リリアンさんまで居なくなるのはイヤです!」

「コテツ殿?……」

「ご主人様も居なくなってしまって、それなのにリリアンさんも居なくなるなんてひどいですっ!」

「い、いえ、そうじゃなくて──」

 なんでみんな居なくなるのでしょうか? 一人ぽっちは寂しいです。

「大丈夫ですよコテツさん、リリアンが居なくなったって私がいますわ」

 ちよっと傷心なオレの背中をモニカさんは優しく抱きしめて、耳元でそうささやいてくれました。

「歯磨きだって私がリリアンより上手にして差し上げますからね」

「モニカっ! あんた突然現れてなにコテツ殿に抱きついているのよ? 離れなさいよッ!」

「え~っ、やだ。だってコテツさんの背中は広くて気持ちいいんだもーん。もっと胸押し付けちゃう、キャッ」

「キャッ、じゃねえ! 離れろ変態女っ!」

「痛い痛いっ! ちよっとリリアン、引っ張らないでよー!」

 オレとしてはリリアンさんもモニカさんも、二人とも居なくなってほしくないです。せっかく出来たおともだちなので……ずっと一緒が幸せです。

「コテツさん、リリアンはね今日からオーク討伐の依頼に出発するんですのよ」

「はい、そう聞いています」

「ちよっと危険な依頼なので、少しナーバスになっているんだと思いますわ」

「危険なんですか? ならオレも一緒に行きます」

「それは出来ないんです。コテツ殿のお気持ちは嬉しいですけれど……前にもモニカが説明したと思いますが、コテツ殿の冒険者ランクだと、今回の討伐依頼は受けられないので……」

 よくわかりませんが、冒険者だから一緒に行けないということでしょうか?

「ならオレ、冒険者やめます。それなら一緒に行けますよね?」

「ちよっー! コテツさん!? やだちょっと冒険者やめるとか冗談ですわよね? 我がギルドの期待の新人なんですから、やめるとか言わないでっ!」

 またモニカさんが抱きついてきました。てか、これはしがみついていますね。

「気持ちは分かるが離れろモニカーっ!」

「イヤよっ! コテツさんが冗談だって言ってくれるまで離れないんだからあっ! リリアン、引き剥がそうとしたって無駄なんだからねっ!」

「こ、コテツ殿っ! この際こいつに冗談だと言ってやって下さいっ! でないと離れないっ、モニカお前はスッポンかっ!」

「く、苦しいですっ……二人ともやめてくださいっ!……おえっ」

 モニカさんがオレの首にしがみついて、それをリリアンさんが引っ張るものだから……めちゃくちゃ絞められているんですけど!

「そ、それにコテツ殿が冒険者を辞めても駄目なんですっ、今回のパーティーリーダーはあのジェインですから、絶対にコテツ殿の参加は認めないでしょう」

「ジェ、ジェインって誰ですか?……おえっ」

「お、憶えていませんか? ほら、コテツ殿と戦ってそこの壁に穴をあけた……」

「ああ! あのイヤな人ですか。オレあの人キライです。てか、モニカさん、オレ吐きそうです……おえっ」

「す、すみませんっ! あまりのショックで我を忘れてしまいましたわっ!」

 おええっ、やっとモニカさんが離れてくれました……この二人は時々恐ろしく凶暴になりますね……

「ふう、あぶないところでした……リリアンさん、モニカさん、教えてください。なんでジェインさんはオレが一緒にいくのを許してはくれないんですか? じゃあ勝手について行けば大丈夫ですか?」

「えっと……もしもですよ? もしもコテツ殿と私とモニカでパーティーを組んで魔物の討伐に行ったとしますね。その時ジェインが勝手について来たら、コテツ殿はどう思いますか?」

「イヤですっ! あの人のことオレはキライです。邪魔なので帰ってもらいますっ」

「ですよね、同じようにジェインもコテツ殿のことを、そう思っているんですよ……」

「あっ……そういうことですか……」

「べつにコテツさんが悪いわけではないのですよ? コテツさんがジェインを嫌うのは当たり前です、いきなり暴力を振るってきたのですもの! けど、ジェインのコテツさんをきらう態度は理不尽ですわ」

「モニカの言う通りです。ジェインはケンカでコテツ殿に手も足も出なかったもんだから逆ギレしているんです」

 つまりオレがジェインさんとケンカをしたせいってことですね……
 てか、あれはやっぱりケンカだったのですか。てっきりコントかと思いました。

「なるほどそうですか……リリアンさんと一緒に行けないのはオレのせいだったのですね……ごめんなさい」

「ち、違います! コテツ殿のせいなんかじゃありません! そんな謝ったりしないで下さいっ」

「そうですよコテツさん、あの性根の腐ったジェインが悪いんですわ! ご自分を責めたりするのは駄目ですよ?」

 二人はそういいますが、ケンカをしたのはやっぱりオレです。イヌの美徳である我慢が足りなかったせいですから。
 イヌとしてオレはまだまだ未熟です。

「わかりました……今回は我慢して待っています──でも、リリアンさん……」

「はい?」

「必ず戻ってきてくださいね? 居なくなったらイヤですよッ!」

「はい、大丈夫です。約束します」

「リリアンは強いですから心配いらないですよ。それにジェインだってオークくらい余裕でしょうし、他のメンバーも全員Bランカーで戦士と魔術師、それに回復師、合わせて九人の手厚いパーティーですからね、負けたりしませんわ」

 やっぱりケンカは駄目です。イヌにとって無駄な争いは御法度ごはっとでした……若さゆえの過ち、肝に銘じておきましょう。

 それから少しして、オレとモニカさんでリリアンさんを見送りに、高い壁の入り口のところへと行きました。

「おい、お前! 見たことある顔だぞ? そうだ、身分証も通行手形もないリリアンさんの愛人じゃねえか。てか、なんで街の中にいるんだよ!」

 あ、この人はオレを街に入れてくれなかったイジワルな門衛さんです。またなにかイジワルするつもりなのでしょうか?

「ちょっとリリアン! なによ愛人って!? どういうことよっ、説明しなさいよッ!」

「お、落ち着けモニカ、それはこいつが勝手に勘違いしているだけで……く、苦しい……首を、絞めるな……」

「リリアンさん、前にリリアンさんのことをエロい身体だと言ったのはこの人です。性格が残念だとも言っていましたよ」

「ほう、そうなのか……それはそれは」

「え? 俺そんなこと言ったっけ? ちょ、ちょっとイケメンの旦那あ、ご冗談はよして下さいよお、え? 身分証? なにそれ、おいしいの? あはは……あっ、さむいですか? すみません……」

 この人、かなりおびえた匂いをさせていますが、一体なにが恐いのでしょう? まあオレには関係ありませんが。

 入り口を出たところには三つの馬車が待っていて、そこにはジェインさんが沢山の人たちと一緒にこちらを見ていました。

「ではコテツ殿、行ってきます」

「はい! あ、ところで村というのはどっちにあるのですか?」

「この街道を行って途中で左に折れて、だいたい一日半、六十リーロくらい先ですね」

「六十リーロ?」

「コテツ殿と私が小川で初めて出会った場所を憶えていますか? そこからこの街まで一緒に歩きましたが、だいたいあれより少し長い距離です」

「結構近いんですね! 走ればすぐです」

「来ては駄目ですよ?」

「はい……我慢します」

「そのぶん私には我慢しなくていいですからねコテツさん! ウッフ~ン」

 モニカさんはほんとに抱きつくのが大好きですね、甘えん坊なのでしょうか。

「ほう、モニカ……なにを我慢しなくていいのだ? 詳しく聞かせてくれ……」

「ちょまっ! り、リリアン、あんた剣抜いてるからっ! というか冗談よ、あんたが帰って来るまでコテツさんには手は出さないから、心配しないで戦ってらっしゃい」

「たくっ……」

「おいっ、リリアン! もたもたするな、出発するぞッ!」

 ジェインさんがリリアンさんを呼んでいるようです。不機嫌な匂いがプンプンしてきますね。リリアンさんがイシワルされないか心配です。

「では、あらためて行ってきます!」

 オレとモニカさんはリリアンさんが見えなくなるまでずっと手を振っていました。いやオレにはまだ見えているのですがね、モニカさんにはもう見えないようです。

「さてコテツさん、戻りましょうか?」

「あの……教えて欲しいんです、モニカさん」

「はい? なんでしょう?」

「オークという動物の群れは何匹くらいで襲ってくるのですか?」

「えっと、およそ五十匹くらいだという報告が届いていますわ」

「五十匹というのは沢山ですか?」

「ええ、沢山です」

「強いのですか? オークは」

「普通の人間よりはずっと強いです。でも今回のパーティーメンバーはオークよりもっと強いですわ」

「じゃあ安心ですね!」

「そうですね、ただ……オークより強いウルクというのも混じっていて、それはリリアンとジェインさんでしか太刀打ちできないでしょうね、まあ数は少ないそうなので問題ないでしょう!」

「そうですか……」

 オレはリリアンさんがちゃんと戻ってきてくれると信じています。信じているはずなのに居なくならないで欲しいなって、同じことを何度も何度も思い続けてしまうのでした。
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