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ラピの興が乗ったのか、あるいは店自体の方針か、小休止の後も夜伽は続いた。
アシャの方からもう勘弁してくれと頼んでも、曖昧な返事で聞き流された。
これ以上は気がおかしくなる、というギリギリのところで持ち時間がなくなったらしく、力尽きた身に後処理を施された。
「アシャ、これあげる」
服を着せ終えたラピが、左の腕翼から羽根を抜いて手渡してきた。軸のしっかりした大きな風切り羽だ。
「大事にしてね」
「あ……ありがとう、ございます……」
店で働く鳥獣人にとっては、名刺代わりなのだろうか。アシャは放心状態で羽根を受け取った。
玄関まで見送ると言われ、ごく短い時間だが連れ立って店内を歩いた。ラピの同伴はやはり目立つようで、すれ違った客や鳥獣人から好奇の視線を浴びた。
受付で黒羽の美青年と談笑中だったルネと合流して店を出ると、ようやく現実的な日常が戻ってくる感覚がした。
それでも、裏通りから出てくるところを知り合いに目撃されては困る。荷物を置いた宿に帰りつくまで、アシャは気が気でなかった。
予約せず泊まれた格安の二人部屋は、就寝専用としか形容出来ない狭さだった。
クローゼットはおろかドレッサーすらなく、リュックの中身を出すのもベッドの上で行わなければならない。
先ほど寝転んだ上質なシーツと、今の肌荒れを起こしそうな硬い敷布との落差に思わず遠い目になる。
ついで、遊興料金をまとめて支払っていたルネに、アシャは自分の分を割り出して渡した。
国の認可が降りている高級店の利用に、指名料も上乗せするとそれなりの額だ。
いかにルネが教会所属かつ冒険者雇用の高給取りでも、おんぶに抱っこはしたくなかった。
「それで、ラピさんはどうでしたか? 優しくてエスコートも上手と評判の子でしたが」
隣のベッドに腰掛けたルネが、自身の長髪を就寝用にゆるく編みつつ訊ねてきた。
豊かな乳房を支える補正下着にフリルのついたネグリジェを重ねた姿は、同性からも扇情的に映る。
実用重視で装飾のない安価なシャツとズボンを寝衣に選び、キャミソールを肌着に使っているアシャとは雲泥の差があった。
目のやり場に困る気持ちを抑え、アシャは手元に持ってきたラピの風切り羽を見ながら、彼とのひとときを回想する。
「確かに優しかったよ。あたしが口下手でわけの分からないことを言っても、良い意味で全然気にしなくてさ。人気の理由も頷ける……でも」
アシャは急に下を向き、不自然なタイミングで押し黙った。
「でも、なんです?」
二つ結びを終えたルネが座り直し、続きを催促する。なぜ言い淀むのか理解しかねている様子に、羽軸を掴むアシャの手は小刻みに震えた。
たまりかねて顔を上げる。
「彼、アレがないじゃないか……っ! 知らなかったとは言わせないぞ、ルネ!」
薄い壁を気にする余裕がなく、想定より大声をあげてしまう。肌を合わせて実感したが、ラピの下肢には男性器自体が存在しなかった。
正真正銘、衣服で隠す必要性の薄い肉体だったのである。
「あら。総排泄腔と擦り合うの、気持ち良くありません?」
ルネはアシャの剣幕に押されるでもなく、微妙に論点のずれた返答をした。
局部に何度か擦り付けられていたのは、排泄器官と生殖器を兼ねた孔だったらしい。
遅れて知った事実と、行為そのものへの言及にアシャは顔を赤くする。
「き、気持ち……良くはあったけど。それとこれとは話が別だよ」
勢いを削がれて、声量が常識的な大きさに戻った。ルネは口元に手を添え上品に笑う。
「ごめんあそばせ。私、てっきりアシャは処女喪失を避けたいのだと思っていました。人間族の女性にとって、鳥獣人の方はある種、理想の相手ですから」
初めては好きな人とがいい、という浮ついた要望を踏まえた上での選出だったと暗に語る。
鳥獣人は美形揃いでエスコートが上手、羽毛のある抱擁は暖かく、擬似的な貝合わせが性交にあたるため女体への負担が少ない。
癒しと性欲を同時に叶えられる、初心者向けの店ではあるのだろう。少なくとも、アシャの自己肯定感は確実に高まった。
「お望みであれば、今度まとまったお金が入った頃合いにエルフのお店へ参りませんか?」
「えっ? エルフも店をやってるの?」
アシャの頬が少し引きつる。
横に長い耳と背の高さ、魔力量の多さなどで知られる長命種。
冒険者の中にもエルフはいるが、気位が高く上から目線で物を語る年長者ばかり遭遇してきて、種族自体の印象があまり良くない。
気乗りしない様子のアシャにルネは力強い肯定を示した。
「勿論です。特に素人向けのところがありますの。きっとご満足いただけると思いますわ」
「そ、そうなんだ……考えておくよ」
アシャは即決せずにお茶を濁す。
たまたま性格に難のある人物と鉢合わせてきただけで、差別意識のない友好的なエルフもいるはずだ。
お墨付きの良店への想像を膨らませながら、ぼんやりと青い羽根を見つめた。
「お店にいた時から、気になっていましたが。それ、ひょっとしてラピさんの羽根ですか?」
いぶかしげな表情のルネに頷きを返す。
「帰り際にもらったんだけど……名刺みたいなものじゃない?」
「とんでもない。飛行にも使う風切り羽を抜いてプレゼントするなんて、常連でもめったにありませんわ」
曰く、鳥獣人の左右の翼腕は鳥の翼と同様、均衡を保たなければ飛べない繊細な造りをしているという。
一枚なくなった程度なら動きに支障は出ず、換羽期に再び生えてくるが、重要な身体の一部であることに変わりはないそうだ。
思えば、ルネが最初に見せてきた名刺も紙製だった。
「次回からその羽根を見せれば、ラピさんを優先的に指名できます。よほど好かれたようですわね」
男性の好みの問題か、それとも行きつけの店が多い者の余裕か。ルネは特に羨ましがるでもなくあっさりと言ってのける。
「そんなに、大切なものを……」
ラピへの情を込めた独り言は、途中で喉の奥に押し留めた。
好意を明確な形にして贈られるなど初めてで、胸の内からこんこんと湧き上がってくる熱を処理しきれない。
まんまと、初恋を奪われた気がした。
アシャの方からもう勘弁してくれと頼んでも、曖昧な返事で聞き流された。
これ以上は気がおかしくなる、というギリギリのところで持ち時間がなくなったらしく、力尽きた身に後処理を施された。
「アシャ、これあげる」
服を着せ終えたラピが、左の腕翼から羽根を抜いて手渡してきた。軸のしっかりした大きな風切り羽だ。
「大事にしてね」
「あ……ありがとう、ございます……」
店で働く鳥獣人にとっては、名刺代わりなのだろうか。アシャは放心状態で羽根を受け取った。
玄関まで見送ると言われ、ごく短い時間だが連れ立って店内を歩いた。ラピの同伴はやはり目立つようで、すれ違った客や鳥獣人から好奇の視線を浴びた。
受付で黒羽の美青年と談笑中だったルネと合流して店を出ると、ようやく現実的な日常が戻ってくる感覚がした。
それでも、裏通りから出てくるところを知り合いに目撃されては困る。荷物を置いた宿に帰りつくまで、アシャは気が気でなかった。
予約せず泊まれた格安の二人部屋は、就寝専用としか形容出来ない狭さだった。
クローゼットはおろかドレッサーすらなく、リュックの中身を出すのもベッドの上で行わなければならない。
先ほど寝転んだ上質なシーツと、今の肌荒れを起こしそうな硬い敷布との落差に思わず遠い目になる。
ついで、遊興料金をまとめて支払っていたルネに、アシャは自分の分を割り出して渡した。
国の認可が降りている高級店の利用に、指名料も上乗せするとそれなりの額だ。
いかにルネが教会所属かつ冒険者雇用の高給取りでも、おんぶに抱っこはしたくなかった。
「それで、ラピさんはどうでしたか? 優しくてエスコートも上手と評判の子でしたが」
隣のベッドに腰掛けたルネが、自身の長髪を就寝用にゆるく編みつつ訊ねてきた。
豊かな乳房を支える補正下着にフリルのついたネグリジェを重ねた姿は、同性からも扇情的に映る。
実用重視で装飾のない安価なシャツとズボンを寝衣に選び、キャミソールを肌着に使っているアシャとは雲泥の差があった。
目のやり場に困る気持ちを抑え、アシャは手元に持ってきたラピの風切り羽を見ながら、彼とのひとときを回想する。
「確かに優しかったよ。あたしが口下手でわけの分からないことを言っても、良い意味で全然気にしなくてさ。人気の理由も頷ける……でも」
アシャは急に下を向き、不自然なタイミングで押し黙った。
「でも、なんです?」
二つ結びを終えたルネが座り直し、続きを催促する。なぜ言い淀むのか理解しかねている様子に、羽軸を掴むアシャの手は小刻みに震えた。
たまりかねて顔を上げる。
「彼、アレがないじゃないか……っ! 知らなかったとは言わせないぞ、ルネ!」
薄い壁を気にする余裕がなく、想定より大声をあげてしまう。肌を合わせて実感したが、ラピの下肢には男性器自体が存在しなかった。
正真正銘、衣服で隠す必要性の薄い肉体だったのである。
「あら。総排泄腔と擦り合うの、気持ち良くありません?」
ルネはアシャの剣幕に押されるでもなく、微妙に論点のずれた返答をした。
局部に何度か擦り付けられていたのは、排泄器官と生殖器を兼ねた孔だったらしい。
遅れて知った事実と、行為そのものへの言及にアシャは顔を赤くする。
「き、気持ち……良くはあったけど。それとこれとは話が別だよ」
勢いを削がれて、声量が常識的な大きさに戻った。ルネは口元に手を添え上品に笑う。
「ごめんあそばせ。私、てっきりアシャは処女喪失を避けたいのだと思っていました。人間族の女性にとって、鳥獣人の方はある種、理想の相手ですから」
初めては好きな人とがいい、という浮ついた要望を踏まえた上での選出だったと暗に語る。
鳥獣人は美形揃いでエスコートが上手、羽毛のある抱擁は暖かく、擬似的な貝合わせが性交にあたるため女体への負担が少ない。
癒しと性欲を同時に叶えられる、初心者向けの店ではあるのだろう。少なくとも、アシャの自己肯定感は確実に高まった。
「お望みであれば、今度まとまったお金が入った頃合いにエルフのお店へ参りませんか?」
「えっ? エルフも店をやってるの?」
アシャの頬が少し引きつる。
横に長い耳と背の高さ、魔力量の多さなどで知られる長命種。
冒険者の中にもエルフはいるが、気位が高く上から目線で物を語る年長者ばかり遭遇してきて、種族自体の印象があまり良くない。
気乗りしない様子のアシャにルネは力強い肯定を示した。
「勿論です。特に素人向けのところがありますの。きっとご満足いただけると思いますわ」
「そ、そうなんだ……考えておくよ」
アシャは即決せずにお茶を濁す。
たまたま性格に難のある人物と鉢合わせてきただけで、差別意識のない友好的なエルフもいるはずだ。
お墨付きの良店への想像を膨らませながら、ぼんやりと青い羽根を見つめた。
「お店にいた時から、気になっていましたが。それ、ひょっとしてラピさんの羽根ですか?」
いぶかしげな表情のルネに頷きを返す。
「帰り際にもらったんだけど……名刺みたいなものじゃない?」
「とんでもない。飛行にも使う風切り羽を抜いてプレゼントするなんて、常連でもめったにありませんわ」
曰く、鳥獣人の左右の翼腕は鳥の翼と同様、均衡を保たなければ飛べない繊細な造りをしているという。
一枚なくなった程度なら動きに支障は出ず、換羽期に再び生えてくるが、重要な身体の一部であることに変わりはないそうだ。
思えば、ルネが最初に見せてきた名刺も紙製だった。
「次回からその羽根を見せれば、ラピさんを優先的に指名できます。よほど好かれたようですわね」
男性の好みの問題か、それとも行きつけの店が多い者の余裕か。ルネは特に羨ましがるでもなくあっさりと言ってのける。
「そんなに、大切なものを……」
ラピへの情を込めた独り言は、途中で喉の奥に押し留めた。
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