君へ捧ぐ献身

坂本雅

文字の大きさ
30 / 33

過去の影-4

しおりを挟む
ユリアンから受け取った竜の眼は魔力を抽出した後、ヴェアトの墓標に埋めた。
生き物に宿る魔力は血液に似ている。
死んで循環が止まった時や切り離されて供給が断たれた時、持ち主の身に留まりはするが、一度使ってしまえば後は単なる残骸でしかない。
それでも、彼女のもとに返したかった。
後は復讐を果たすだけだ。ユリアンの未練はジョサイアには関係がない。無視して、彼の思いを踏みにじっても良かった。
用のある生き物が全て居なくなれば、いよいよ生存する理由もなくなる。
しかしジョサイアは村に近寄らず、秘密裏に森に住み着いた。木々の種類や動物の差はあっても、エルフの森での生活とそう変わりない。
設置と解体がたやすい、遊牧民が寝起きに使うテントを参考に仮宿を作り、息を潜めて生きていた。
ヴェアトが心の中を占めていた時期も、ぽっかりと空いた欠落を憎悪で満たして動いていた時期も、自分の行動の結果や責任について考えてはいなかった。
ただ、復讐を果たした後の虚無感を自覚すると、連鎖的にヴェアトの子に関しての悔いが呼び起こされた。
契約相手の死により、抑圧を受けていた魔力は徐々に身を巡るようになっている。
託された以上、せめて誕生させてやりたかったが、安全な転身方法は結局思いつかずにいた。
孵化しておらず、自我の芽生えすらない嬰児の魂はひどく不安定だ。
血肉を集めて仔竜に組み上げようとしても、おそらく再形成するべき肉体の情報が足りずに崩壊する。
死霊術を使うために他の仔竜や卵を狙えば、ヴェアトを殺した者たちと同類になる。他の魂と混ざってしまえば、それはもはや別の存在だ。
子の魂の消滅に怯えて、どこにも出られない閉じた檻に収めたままでいる現状をヴェアトが知ればどう思うだろう。
生きても死んでもいない状態に追いやるくらいなら、卵の時に母と共に死なせてやるべきだったのではないか。
死の報いなど考えず、行動にも移さず、自分の死に場所もそこに定めればよかったのではないか。
独りで過ごす時間は長く、思考は一度として止まらなかった。
寝不足になれば気絶するように意識を失い、夢もまともに見ずに起きるのを繰り返した。
陰惨とした日々に変化を与えたのは標的であるはずのユリアンだった。
彼は日も明けきらない暗い時間に仮宿を訪れてきて、不審な物音に目覚めたジョサイアへ会釈してきた。
「エルフの家といったら浮世離れした形を想像していたが、いや、ずいぶんと地味だな」
地味という婉曲的な表現は目の前の仮宿にあまり似つかわしくない。
薄い獣の皮革と色染めをしていない安価な布地で構成されたテントは、最低限の実用に耐えうるだけのひどいものだ。
乾燥を防ぐ保革油(オイル)を使わず、布が破れても補修を行っていないため、余計に見栄えが悪くなっていた。
エルフに対して汚濁を嫌う清廉な印象を抱いている者は、間違いなく衝撃を受ける。
「同化の術を掛けていたはずだ。なぜ見抜けた?」
「座学ばかりだったが、多少、魔術の覚えがあるものでね。村人は気付かないだろうし、俺も口外はしないさ」
「……何の用だ?」
自分の命を狙っている者に会いに来るなど正気とは思えないうえ、殺される前に手を打つつもりなら、いくらでも他にやりようがある。
「用というほど大層なものじゃない。単に、君に興味がある。遠い地に住むはずのエルフが近隣にいるなど珍しいからな。冥土の土産に長命種の話を聞いておきたい」
声音こそ柔和だが、どこか有無を言わせない響きがあった。細めた目も少なからず不気味に映る。
「僕が話す必要がどこにある」
「放っといたら死ぬ気だろ、君。そういうのは寝覚めが悪いんだ。暇な奴が阻止しておかないとな」
「……は?」
急に建前のない素の言い回しを使われて、虚をつかれた反応を返すしかなかった。
言いたいことは漠然と理解できるものの話が飛躍している。
「初対面から気にはなってたんだが、いま会って確信したぞ。嫌いな相手が目の前にいるのに表情が動かない。それどころか緩慢に返答をする。ふざけるなと武器を取りに行こうともしない。怒るのも力がいるからな、そこまで気力がないのは一種の病だ」
上手く意図が伝わっていないと察したユリアンは軽く咳払いをして言葉を続けた。
「血まみれになってでも復讐を完遂するという決意があったなら少しは生きる気になれ。優しい妻と可愛い子供を残して君に殺される俺が気の毒だ」
ユリアンの推測通り、ジョサイアの殺意は虚無感に覆われて薄れつつある。
だが、それを一度会っただけの他人が理解して掘り下げようとするなど考えもしなかった。
暗殺者の今後を憂う標的など聞いたこともない。延命の嘆願をするでもなく単純に話を聞き出して、それで何の得があるのか分からない。
「どうなんだ、エルフ。復讐して、君に得はあったか?」
ジョサイアの戸惑いをよそに、青みがかった双眸が見据えてくる。
会話の主導を握る巧みさも悪意を感じさせない求心力も、おそらく天性の代物だろう。
不意に、問いに答えなければならないという思いが湧いた。自ら背負った肩の荷の重さを初めて自覚した。
「……何かを得るためにやった訳じゃない。やらなければ、もう生きている意味もなかった。この世で唯一、特別に思っていたものが失われた」
「例の眼の持ち主か。親しかったようだが、どんな関係だ?」
ジョサイアは少し返答に迷ったが、なるべく客観的な表現を選んだ。
「小さな頃に命を救われて、恩を返す対象だった。主従に近しい関係だったけれど、多少、友としての言葉を貰った。彼女も僕も同族と馴染めなかったから、哀れみと少しの庇護があった」
人間と長命種では捉え方が違うが、ヴェアトと面と向かって会話を交わしたのはほんの短い間だ。人間の世界であがいた年月の方がはるかに長い。
「どうしてそこまで竜に尽くそうとする。見返りが少なすぎやしないか」
「一方的な思いを寄せるのは楽だったし、恋をしている間は他の存在に目を向けずに済んだ。僕の方がヴェアトを利用していた。だから、あれで良かった」
自力で考えることがひどく苦手で、誰かに目的を提示されなければ何事も為せない者がいる。
側からすれば正常でない歪んだ指針に見えても、当人にとっては違った。
「エルフ。きっとそれは、恋じゃなかったよ」
統括するような一言は率直なぶん胸に刺さるものだった。
しかし暗い陰が降りたままの紫の目は、笑顔の形を作った。
「執着でも、偏愛でも、言い方次第じゃないか」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

私は私で幸せになりますので

あんど もあ
ファンタジー
子爵家令嬢オーレリーの両親は、六歳年下の可憐で病弱なクラリスにかかりっきりだった。 ある日、クラリスが「オーレリーが池に落ちる夢を見た」と予言をした。 それから三年。今日オーレリーは、クラリスの予言に従い、北の果ての領地に住む伯爵令息と結婚する。 最後にオーレリーが皆に告げた真実とは。

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

王女殿下のモラトリアム

あとさん♪
恋愛
「君は彼の気持ちを弄んで、どういうつもりなんだ?!この悪女が!」 突然、怒鳴られたの。 見知らぬ男子生徒から。 それが余りにも突然で反応できなかったの。 この方、まさかと思うけど、わたくしに言ってるの? わたくし、アンネローゼ・フォン・ローリンゲン。花も恥じらう16歳。この国の王女よ。 先日、学園内で突然無礼者に絡まれたの。 お義姉様が仰るに、学園には色んな人が来るから、何が起こるか分からないんですって! 婚約者も居ない、この先どうなるのか未定の王女などつまらないと思っていたけれど、それ以来、俄然楽しみが増したわ♪ お義姉様が仰るにはピンクブロンドのライバルが現れるそうなのだけど。 え? 違うの? ライバルって縦ロールなの? 世間というものは、なかなか複雑で一筋縄ではいかない物なのですね。 わたくしの婚約者も学園で捕まえる事が出来るかしら? この話は、自分は平凡な人間だと思っている王女が、自分のしたい事や好きな人を見つける迄のお話。 ※設定はゆるんゆるん ※ざまぁは無いけど、水戸○門的なモノはある。 ※明るいラブコメが書きたくて。 ※シャティエル王国シリーズ3作目! ※過去拙作『相互理解は難しい(略)』の12年後、 『王宮勤めにも色々ありまして』の10年後の話になります。 上記未読でも話は分かるとは思いますが、お読みいただくともっと面白いかも。 ※ちょいちょい修正が入ると思います。誤字撲滅! ※小説家になろうにも投稿しました。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

処理中です...