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過去の影-3
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魔導具はその本来の役割を隠すため戦棍を模した造形をしていた。
持ち手を兼ねる木製の台座はあえて削りを甘くし、魂を封じる檻である血の魔石にも柘榴石(ガーネット)の原石に似せた角ばったカッティングを施している。
ジョサイアはヴェアトの遺骸に残った魔力と円形の護符を使って卵から嬰児の魂を抽出した後、朽ちかけた根城を完全に崩落させてヴェアトと彼女の夫を弔った。
いま、竜の巨体を全て土に埋める時間はない。黒竜を傷つけ、身の一部を奪った者に復讐を果たし、嬰児を宿らせる身体を探す必要があった。
二つを同時に行ったのは、触媒にヴェアトの魔力を用いたかったからでもある。
近隣の村に顔を出せば、竜の討伐に参加して生きて帰った者の脚色された英雄譚を聞かされた。
地方で最も発展を遂げた街に行けば、急に羽振りが良くなった平民や名ばかりの貴族、戦利品を市場に流通させていく行商が見つかった。
不可侵と定めた守護者を汚す許可を出した村長も、虐殺に加担した戦士も、売りさばいて富を得た商人も区別なく手を下した。
人を葬る時、ジョサイアは自前の武器を用意せず標的の家屋にある木槌や肉叩きなど日常的な用品を凶器に使った。
聖教会の式服ではなく縫製の荒い素朴な上衣を着込み、返り血がつけばその場で服を奪って逃げた。
明かりの消えた真夜中に家へ忍び込み、命と金品を奪って姿を消す貧者の噂はたちまち広まったが、それと旅の聖職者を結びつけて考える者はいなかった。
ジョサイアはただ貼りついた微笑みを投げかけ、神の祝詞をなぞって心のない弔いを繰り返した。
黒竜の牙、角、爪、尾の端、鱗、飛膜。
それらに秘められた魔力は戦争で手に入れた人間のものよりはるかに純度が高く、魂の封印を維持して余りあった。
しかし、ヴェアトの子の依り代に足る存在は見つけきれずにいた。
最後の欠片にして最も価値の高いヴェアトの両目を所有した貴族の男は事件後、数年も経たずに没落していた。
ヴェアトの住処があった山の近くにある小川の村に流れ着き、粉挽き小屋の番として所帯を持っていた。
報復があるなどとは考えていない、図々しくも不遜な行動としか思えない。時が経って白骨を晒したヴェアトと夫を拝してから、ジョサイアは直接、男と接触を図りに行った。
ユリアン・ド・ラ・パルトラン。
三十歳手前の若さで、癖毛の黒髪をうなじや耳がはっきり見えるほど短く切り、光の加減によって鈍い灰色とも薄い青とも取れる曖昧な色彩の目をしていた。
既に平民と変わらぬ立場であるからか村人からはユンという愛称で呼ばれており、当人も上流階級の出にしては驕ったところのない人物だった。
それでいて観察眼に優れており、長い耳をフードで覆い、貧しい身なりを装ったジョサイアの正体をすぐに看破してみせた。
「俺と竜の眼に用があるのだろう。妻は何も知らない。森で全て済ませよう」
大らかな雰囲気をまといながら決して隙のない振る舞いは天性のものらしかった。
村は都よりもはるかに狭く、人間同士の接触が多い。たとえ夜の時間帯であり、音をごまかせる川が近くに流れていても他人に発見されるリスクはつきまとう。
ユンは大胆にも武器となりうる家事道具をジョサイアに渡した。
いつでも命を絶てる状態に置き、自身は竜の眼が収まった箱以外何も所持せずに森への案内を買って出た。
罠が仕掛けられていてもおかしくない不審さと大胆さだったが、前触れもなく自宅へ踏み込んだため、森に味方を潜ませる暇はない。
独自の思惑を匂わせていた。
「黒竜の肉片を持つ者を狙う強盗は噂に聞いていた。仮に売り払い、手放したとしても竜の始末に関わっていれば殺されるとな。加担者の多い山間の村を半壊させたのも、彼らに恐怖を与えて黙らせたのもおそらくは君だ。全く恐ろしいね」
木陰で立ち止まり、皮肉げに肩をすくめるユンの態度にさほど恐怖は感じられない。
「弑した罪を償えとは言わない。それで赦すはずもない。欲に目が眩んだ自分を悔いろ」
ジョサイアが身の内で膨れ上がる憎悪をそのままぶつけると、ユンはやや太い眉をひそめた。
「伯爵の命に背けはしないさ。末席も末席の弱小貴族や、臨時的な報酬がなければ食い扶持を失う真の貧者にとっては救いの糸だった。ただ、君の憤怒も充分に理解できる」
一呼吸置き、あごを引いてまっすぐに向き直る。
「こうしよう。竜の眼はここで君へ渡す。もうじき産まれる子の顔を見て、産声を聞ければ俺の命も君にやる。崖から落とそうと、狼の群れに渡そうと文句は言うまい」
目撃者が出にくい、相手にとって都合がよく自分にとって益のない地にわざわざ導いた理由はひどく単純だった。
命を狙う者へ猶予を持ちかけたかったのだ。
「誰かの愛しいものの命を奪っておきながら、自分の子が助かるとでも?」
「末代までも家系を潰して、その果てに何があるんだい、エルフ」
都合のいい提案への返答を待たずして、ユンは金細工の箱二つを置いてきびすを返した。
わりあいに小柄な細身を背から傷つけることも出来たが、ジョサイアはそうしなかった。達観したようなユンの一言に、少し思うところがあった。
持ち手を兼ねる木製の台座はあえて削りを甘くし、魂を封じる檻である血の魔石にも柘榴石(ガーネット)の原石に似せた角ばったカッティングを施している。
ジョサイアはヴェアトの遺骸に残った魔力と円形の護符を使って卵から嬰児の魂を抽出した後、朽ちかけた根城を完全に崩落させてヴェアトと彼女の夫を弔った。
いま、竜の巨体を全て土に埋める時間はない。黒竜を傷つけ、身の一部を奪った者に復讐を果たし、嬰児を宿らせる身体を探す必要があった。
二つを同時に行ったのは、触媒にヴェアトの魔力を用いたかったからでもある。
近隣の村に顔を出せば、竜の討伐に参加して生きて帰った者の脚色された英雄譚を聞かされた。
地方で最も発展を遂げた街に行けば、急に羽振りが良くなった平民や名ばかりの貴族、戦利品を市場に流通させていく行商が見つかった。
不可侵と定めた守護者を汚す許可を出した村長も、虐殺に加担した戦士も、売りさばいて富を得た商人も区別なく手を下した。
人を葬る時、ジョサイアは自前の武器を用意せず標的の家屋にある木槌や肉叩きなど日常的な用品を凶器に使った。
聖教会の式服ではなく縫製の荒い素朴な上衣を着込み、返り血がつけばその場で服を奪って逃げた。
明かりの消えた真夜中に家へ忍び込み、命と金品を奪って姿を消す貧者の噂はたちまち広まったが、それと旅の聖職者を結びつけて考える者はいなかった。
ジョサイアはただ貼りついた微笑みを投げかけ、神の祝詞をなぞって心のない弔いを繰り返した。
黒竜の牙、角、爪、尾の端、鱗、飛膜。
それらに秘められた魔力は戦争で手に入れた人間のものよりはるかに純度が高く、魂の封印を維持して余りあった。
しかし、ヴェアトの子の依り代に足る存在は見つけきれずにいた。
最後の欠片にして最も価値の高いヴェアトの両目を所有した貴族の男は事件後、数年も経たずに没落していた。
ヴェアトの住処があった山の近くにある小川の村に流れ着き、粉挽き小屋の番として所帯を持っていた。
報復があるなどとは考えていない、図々しくも不遜な行動としか思えない。時が経って白骨を晒したヴェアトと夫を拝してから、ジョサイアは直接、男と接触を図りに行った。
ユリアン・ド・ラ・パルトラン。
三十歳手前の若さで、癖毛の黒髪をうなじや耳がはっきり見えるほど短く切り、光の加減によって鈍い灰色とも薄い青とも取れる曖昧な色彩の目をしていた。
既に平民と変わらぬ立場であるからか村人からはユンという愛称で呼ばれており、当人も上流階級の出にしては驕ったところのない人物だった。
それでいて観察眼に優れており、長い耳をフードで覆い、貧しい身なりを装ったジョサイアの正体をすぐに看破してみせた。
「俺と竜の眼に用があるのだろう。妻は何も知らない。森で全て済ませよう」
大らかな雰囲気をまといながら決して隙のない振る舞いは天性のものらしかった。
村は都よりもはるかに狭く、人間同士の接触が多い。たとえ夜の時間帯であり、音をごまかせる川が近くに流れていても他人に発見されるリスクはつきまとう。
ユンは大胆にも武器となりうる家事道具をジョサイアに渡した。
いつでも命を絶てる状態に置き、自身は竜の眼が収まった箱以外何も所持せずに森への案内を買って出た。
罠が仕掛けられていてもおかしくない不審さと大胆さだったが、前触れもなく自宅へ踏み込んだため、森に味方を潜ませる暇はない。
独自の思惑を匂わせていた。
「黒竜の肉片を持つ者を狙う強盗は噂に聞いていた。仮に売り払い、手放したとしても竜の始末に関わっていれば殺されるとな。加担者の多い山間の村を半壊させたのも、彼らに恐怖を与えて黙らせたのもおそらくは君だ。全く恐ろしいね」
木陰で立ち止まり、皮肉げに肩をすくめるユンの態度にさほど恐怖は感じられない。
「弑した罪を償えとは言わない。それで赦すはずもない。欲に目が眩んだ自分を悔いろ」
ジョサイアが身の内で膨れ上がる憎悪をそのままぶつけると、ユンはやや太い眉をひそめた。
「伯爵の命に背けはしないさ。末席も末席の弱小貴族や、臨時的な報酬がなければ食い扶持を失う真の貧者にとっては救いの糸だった。ただ、君の憤怒も充分に理解できる」
一呼吸置き、あごを引いてまっすぐに向き直る。
「こうしよう。竜の眼はここで君へ渡す。もうじき産まれる子の顔を見て、産声を聞ければ俺の命も君にやる。崖から落とそうと、狼の群れに渡そうと文句は言うまい」
目撃者が出にくい、相手にとって都合がよく自分にとって益のない地にわざわざ導いた理由はひどく単純だった。
命を狙う者へ猶予を持ちかけたかったのだ。
「誰かの愛しいものの命を奪っておきながら、自分の子が助かるとでも?」
「末代までも家系を潰して、その果てに何があるんだい、エルフ」
都合のいい提案への返答を待たずして、ユンは金細工の箱二つを置いてきびすを返した。
わりあいに小柄な細身を背から傷つけることも出来たが、ジョサイアはそうしなかった。達観したようなユンの一言に、少し思うところがあった。
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