その婚約破棄は無効です!

ささ

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 ラッセルの魔法は間違いなく発動していた。
 つまり、さきほどのは彼女の本心だったということ。
 思い出すと顔から火が出そうだが、シェリーは冷静さを保ちながら必死に考えを巡らせていた。

(わたしが好きって言ったらラッセルが照れた……つまりそれって、ラッセルもわたしを好きってこと?)

 そんなはずはない、とシェリー思う。
 ラッセルはシェリーに関心を示さないだけでなく、彼女の父が持つ『魔法爵』の地位もバカにしていた。
 この地位は、魔法省が選ぶ『優秀な魔法使い』に贈られる1代限り、20年という期間の定められた特別な位だ。
 議会への参加資格はないが、色々なイベントに呼ばれ収入にも困らない。
 ラッセルのような生粋の貴族からすれば『客寄せパンダ』のような存在で、快く思われていないのは仕方のないことだった。
 その上で、さっきの婚約破棄発言である。

(わ、わからない。これは一体どういう感情なの。魔法でわかればいいのに)

 彼が使った『洗脳術』、あるいは『読心術』といった特殊な魔法を行使できるかは、生まれ持った素質に左右される。
 努力だけではどうにもならず、残念ながらシェリーには使うことができない。
 だから彼の本心をあぶり出すには、魔法以外の方法に頼らなくては――シェリーは必死に考えるが、良案は思いつかなかった。

「だ、だめよ……」
「なにが」
「こんなんじゃだめよ! わたしは完璧でなきゃいけないのにっ!」

 シェリーは呆然と固まる婚約者の前へズシズシと歩み寄り、その鼻先に人差し指を突き立てた。

「ラッセル・ミルワード! あなた、わたしのことどう思ってるの!?」
「なんだよ、いきなり」
「わたしのこと婚約破棄したいほど嫌いなんでしょ!? なのになんで照れてるの……わたしのことどう思ってるのか、答えなさいよっ!」

 すごく恥ずかしいことを言っている自覚はあったが、シェリーは知的好奇心が旺盛で、なによりプライドが高いのだ。
 羞恥心よりも、彼の本心がわからないことへの焦りと興味が上回ってしまった。

 ラッセルは困惑した顔でしばし固まり二度と瞬く。
 それから夕日のような目を細めた。

「シェリーに答えを求められたのは久しぶりだ」

 たしかに、入学してすぐのころはいつもラッセルに勉強のことを聞いていた。
 面倒そうにしながらもわかりやすい答えをくれるから、先生に聞くよりラッセルに聞いていたのだ。
 いつのまにか、そんなやり取りもなくなってしまったが。

「そうよ……完璧じゃないから、あなたに釣り合うために完璧になろうと……」
「じゃあ、次の考査で手を抜いてくれないか」
「は?」

 突然話が変わって、シェリーは鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まる。

「次の成績発表で俺が学年1になれたら、婚約者のままでもいい」
「なにそれ……次の考査って卒業試験でしょ!? それで手を抜けって、ふざけないでよ!」
「最後くらい未来の旦那様に花を持たせてくれてもいいだろ」
「絶対にいや!」
「じゃあ婚約は破棄する」
「それもいや!!」
「わがままだな」

 このままでは埒が明かないと悟ってシェリーは一旦口を噤む。
 さっき照れていたことといい、この物言いといい。
 ラッセルが婚約を破棄したがっているのは嫌われているわけではなく、自分が完璧すぎるせいだ。

 流刑を回避するためだったのに、いつの間にか本気で好きになり、完璧にこだわっていたシェリー。
 そのせいで婚約を破棄させられそうになるなんて、本当に事実は小説より奇なりである。

「諦めたか?」
「……わかった。最後の花は持たせてあげる。そのかわり、私からもひとつ要求させて」
「なんだ」

 深呼吸をひとつして赤い瞳をまっすぐに見つめると、シェリーはわずかに口角を上げた。

「さっきわたしがやったみたいに、ラッセルもわたしへの気持ちをちゃんと言葉にして」
「……は?」
「わたしは完璧じゃないから、あなたの気持ちがわからないの。だから昔みたいに、あなたに教えて欲しい」
「何言ってるんだ。そんなの、するわけ」
「だったら学年1位の座は渡せないわ」

 呆けた婚約者の顔に、3度めは見える形でガッツポーズしながらシェリーはにっこり笑って言うのだった。

「あなたがやらないなら、誇り高きミルワード家の跡取りのくせにお飾り貴族の娘に成績で負けた上、相手を振った哀れな負け犬だって、学校中に言いふらしてやるわ」
「なっ……おまえ、そんな悪いやつだったのか!?」
「あたりまえじゃない。だってわたしは――シェリー・ヘイゼルだもの」

 努力家だが、ちょっと狡猾なところもあり道を踏み外してしまった原作のシェリー。
 前世の記憶を持って転生しても、さらっとこんな思考に至るあたりやはり同じ存在なのだろう。シェリーはこころの中で苦笑した。



 数ヶ月後の朝、いつものように卒業試験の結果が張り出された。
 学年1位として盛大に名前を張り出されるのは、久しぶりにその場所に返り咲いたラッセル・ミルワード。
 そしてそのとなりには、それまで1位だったシェリー・ヘイゼルの名前が控えめに掲載されていた。

 『黄金の天才』が2位に落ちた。プライドの高いシェリーのことだ。きっとショックで寝込むに違いない……なんて一瞬話題になるが、意外にも彼女は大して気にした様子もなく、むしろ「これでいいのよ」なんて生き生きしていた。
 一方、ラッセルのほうはあまり嬉しそうではなく、シェリーと顔を合わせるたび気まずそうに逃げている。

「ラッセル! あなた、いつになったらわたしへの気持ちを叫んでくれるの!」
「いいだろ、婚約は破棄しなかったんだから」
「だめよ! 答えを知るまで諦められない!」

 学年1位を譲ることで婚約は続行。原作ヒーローと関わることもなく流刑は回避できた形だが。
 シェリーの物語はまだまだ続きそうであった。
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