疫病神娘は幸せになりたいだけなのに

ささ

文字の大きさ
2 / 2

後編

しおりを挟む
 それから4日後。
 彼との出会いは幻だったのかも、と思うくらい慌ただしい日々が続く。
 ――しかしこの日は違った。

「サニィ……サニィ!」

 洗い物中、青い顔をした伯父がやってきた。
 かと思えば彼の執務室に引っ張られていく。
 そこにはカマキリ夫人と人の顔を貼り付けてイライラと貧乏ゆすりするアンジェリカもいた。もう嫌な予感しかしない。

「ええと……どうされました?」
「どうしたもこうしたもない。これだ!」

 目の前のテーブルに叩きつけられるのは、私宛の手紙だ。綺麗な封蝋を押された封筒は当然のように開封済みで、不快に思いながらも中を確認する。
 ……信じられないことに、それは婚約の申し出だった。お相手はホルムルンド公爵。

(ホルムルンド?)

 最近どこかで聞いたような――

(あっ)

 思い出すのはシルクハットの自称奇人な美形。

「どういうことだね。おまえは公爵と面識があるのか」
「い、いえ……ええと」

 まさかそんな偉い人だったなんて……しかも婚約?
 なんと答えていいかわからず口籠っていると、それまで静観していたアンジェリカが立ち上がった。

「ありえないわ! うちよりお金持ちで美形のホルムルンド公爵様があんたみたいブスに求婚なんて! あんた、なにかしたんでしょ!?」

 ブスって元はおまえの顔だろ――とは思っても口に出さない。
 この手紙も魔法がかかっていたようで、私が手にした途端、元はなかった最後の行が浮かび上がってきた。
《適当にはぐらかしといて。あとはこっちでどうにかする》――と。

「心当たりはありません」
「じゃあ公爵様は私のような美人よりあんたみたいなブスが好みだっていうの? 冗談は顔だけにして!」
(だからおまえの顔だろ……)

 その後も知らんぷりを決め込み続ければ、やがてアンジェリカは諦めるようにソファに腰を下ろした。

「もういいわ……パパ、今すぐ魔法使いを手配して」
「なにをするつもりだいアンジェリカ……」
「魔法を解いてもらうの! そして私がこいつに代わって嫁ぐわ!」
「な、なんだって!?」

 これには伯爵も夫人も本気で驚いたようだ。しかしわがままアンジェリカは一度言い出したら意見を通すまで絶対にきかない。
 そのことはふたりもよーくわかっているため、結局アンジェリカの望むまま話は進んだ。


*・*・*

「戻った……」

 鏡を見ながら信じられない思いで自分の顔に触る。幻覚の魔法を解かれ、今の私は本来の姿だ。といっても少し前までのアンジェリカとはちょっと違う。髪は痛みきった栗毛だし、肌も荒れていて目元も覇気がなく濃い隈もそのまま。

(まあそこは変わらないよね)

 今は残念な感じだけど、ちゃんとケアすれば私も(元)アンジェリカみたいな美人になれるのかな。

「サニィ」

 呼ばれて振り向くと、キレイに飾られた豚体型のカマキリがいた。
 ……現在のアンジェリカである。

「あんたには感謝してるわ。あんな美形と結婚できるなんて。あんたも嫁の貰い手見つかるといいわね? ああ疫病神にはむりかしら。おーほほほほ!」

 ご自慢の高笑いもその外見では滑稽でしかない。
 自分がああだった頃は極力見ないようにしていたけど、客観的に見ると相当醜い……もう二度と戻りたくないと心の底から思う。

「それじゃあ元気でねーパパ、ママ。アンジェリカは幸せになります」
「あ、ああ……幸せにな」

 愛娘の門出だというのに、ふたりも複雑な顔をしている。
 娘の幸せを真に願うなら真実を告げるべきだと思うけど。あの親ばかたちには一生できないだろう。


 アンジェリカが馬車に乗り込んだのを確認して、私はそそくさと逃げ出した。
 途中だった皿洗いを片付けるため厨房へ戻ると、いつもどおりサボっていたコックが私を見て目を瞬かせる。

「アンジェリカ嬢?」
「いいえサニィですけど」
「おまえがサニィ!? うそだろ、サニィはもっと醜いはずだ!」
「あっちが本当のアンジェリカ様です。彼女が疫病神より醜いなんて耐えられないとわがままを言って、外見だけ交換してたんですよ」

 腹が立ったので本当のことを明かした。どうせ怒られるんだからもう知らん。
 呆然とするコックを無視して皿洗いを始める。てきぱきと3枚目を手に取ったとき、突如コックがすぐ隣に立った。

「なんです……か」

 私を見下ろす目が爛々と輝いている。だらしない顔しか知らないために驚いて後ずさろうとするも、それより早く腕を掴まれた。

「ずっと黙ってたが……俺はひと目見たときからお嬢が好きだったんだ」
「は、はあ」

 なぜそれを私に言う? 疑問符が頭の中を満たしていく。

「だが使用人と主人の身分を超えた愛――なんて許されるのは本の中だけだろ? だからこの想いは墓場まで持っていくつもりだった……だが!」

 すごい力で両肩を掴まれた。鼻息が荒い……こわい。

「サニィ! 俺が好きなのはおまえだったらしい!」
「……は?」
「使用人同士ならなにも遠慮はいらないだろ! な、なあサニィ頼むよ……1回だけでいいから――げふっ!?」

 突然コックの身体が飛んでいった。
 食器棚にぶつかって崩れ落ちた彼の頭に、皿の山が降り注ぐ……。

「やれやれ、人の花嫁に気安く触れないでいただけますかね」

 私を守るように立つのは、濃紺の髪に銀の瞳、そして濃灰色のシルクハット。

「シルヴィオ様!」
「やあサニィ、迎えに来ました」

 シルヴィオ様はあの時と同じ芝居がかった礼をして、そのまま固まる私を抱きかかえた。

「え!? あの」
「さあ行きましょう。貴女のいるべき場所はここではない」

 柔らかな銀色の光に包まれて、シルヴィオ様ごと身体が浮かぶのを感じた。


*・*・*

「見ましたか? あの顔」

 私を膝の上に載せたまま笑いをこらえるシルヴィオ様を見上げる。
 あのあと連れてこられたのは彼のお屋敷。リートベルフ家の馬車が到着したのは、その直後だった。アンジェリカはシルヴィオ様に抱えられる私を見てそれはもう驚いた顔をした。そして叫んだ。「あなたは私の容姿を気に入られたのではないのですか!?」って。
 そんな彼女に、シルヴィオ様はとっても悪い笑顔で言い放った。
「貴女鏡見たことあります? 身も心も醜い貴女を嫁にもらってくれる男なんて世界中探してもいないと思いますよ」……って。

 分厚い唇を戦慄かせ泣きながら逃げ帰るアンジェリカはさすがに可愛そうだったけど……きっとこれが天罰だったんだ。
 すっきりしたのも事実なので考えるのはやめた。

 で、私はと言うと。

「まさか神様が実在したとは……」
「私は普通の人間ですよ? 力を分けてもらってるだけで」

 シルヴィオ様のご先祖様は神様と契約を交わし、代々その力――魔力と強運を受け継いでいるらしい。

「貴女だって神に愛されているのは同じですよ」

 そして私も。神様の加護を受けているらしい。
 ただそれが疫病神だったって話で。

「素直に喜べないですね……そもそもどうしてお父さんは疫病神と契約なんて結んだんでしょう」
「さあ。今となっては想像するしかありませんが。それにしても疫病神に憑かれたあなたをいじめるとは、愚かな者たちです」

 疫病神が災いをもたらすのはなにも本人だけではない。取り憑かれた者を不幸にしたなら、のちに何倍にもなって返ってくるという。
 ……まさかこうなることを見越していたわけじゃないよね、まさかね。

「この契約って切れないんですか?」
「無理ですね」
「うぬぬ」
「でーも」

 シルヴィオ様が自分の額を私の額にくっつける。なにか温かいものが流れてくるのを感じた。

「これからは私の幸運が相殺するので無問題ですね。いやぁほんと、疫神憑きが貴女でよかった」

 私の髪を指で梳きながらうれしそうに言う。
 いわく、強すぎる運もその力を発揮できなくては悪い方へ働いてしまうらしい。彼が持っているのは『幸運』ではなく『強運』であり、そして『悪運』もまた運のうちだから。
 だから代々疫病神憑きの奥さんをもらっているのだそう。妻に降りかかる悪運を自分の運で相殺するために。……冗談みたいな話だけど。

「位的には私の守護神のほうがずーっと上なので、子供にも受け継がれませんし」
「子供って」
「先の話ですよ。今は子供より目の前のお嬢さんを愛でたいので」
「……もう!」

 恥ずかしさをごまかすように髪をぐしゃぐしゃにしてやった。困ったような笑顔を見て、ふと疑問に思う。

「ちなみに、私のなにが気に入ったんですか?」
「神を信じ苦難に戦い続けた強く美しくも清らかな心ですよ」
「じゃあ私がアンジェリカの容姿でも選んでくれたわけですね?」
「それは……ははは」

 笑ってごまかされた。怠慢コックといいやっぱり外見が全てなんじゃ? ……まあ私も醜いよりは美形がいいけど!
 なんて考えていると手が止まり、神妙な声が落ちてくる。

「強運も魔力も大嫌いでしたが、貴女と引き合わされたことだけは感謝しなきゃいけませんね」
「引き合わされた?」
「ええ。あの夜会の夜、小屋に足を踏み入れたのは誰かに呼ばれた気がしたからなんです。きっとあなたのお祈りが私の守護神に届いたのでしょう」

《いいですか、神様は常に全てを見ています。良い行いをすれば幸福になり、悪い行いをすれば天罰が下るでしょう》

 勇気をくれた神官様の言葉を思い出す。

(そっか……ちゃんと届いたんだ)

 最初は戸惑った。疫病神と呼ばれた私がこんなに幸せになっていいのかと。
 でも、今までの行いがこの結果を招いたなら――

(享受してもいいのかな。……ふふっ)

 私は生まれて初めて心の底から笑った。



 シルヴィオに罵られたあと、アンジェリカは魔法で彼をぎゃふんと言わせる美貌を手に入れようと画策した。しかしそれ以降、何度試しても幻影の魔法は効果が現れなかった。
 その上エンジェルマイトと思われた鉱物は実はよく似た偽物で、なんの価値もないと判明。二代で成り上がったリートベルフ家は没落も早かった。

 幸せを手に入れた疫病神娘が己が憑神のすごさを思い知るのは、もう少し先のお話である。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

P.S. 推し活に夢中ですので、返信は不要ですわ

汐瀬うに
恋愛
アルカナ学院に通う伯爵令嬢クラリスは、幼い頃から婚約者である第一王子アルベルトと共に過ごしてきた。しかし彼は言葉を尽くさず、想いはすれ違っていく。噂、距離、役割に心を閉ざしながらも、クラリスは自分の居場所を見つけて前へ進む。迎えたプロムの夜、ようやく言葉を選び、追いかけてきたアルベルトが告げたのは――遅すぎる本心だった。 ※こちらの作品はカクヨム・アルファポリス・小説家になろうに並行掲載しています。

『胸の大きさで婚約破棄する王太子を捨てたら、国の方が先に詰みました』

鷹 綾
恋愛
「女性の胸には愛と希望が詰まっている。大きい方がいいに決まっている」 ――そう公言し、婚約者であるマルティナを堂々と切り捨てた王太子オスカー。 理由はただ一つ。「理想の女性像に合わない」から。 あまりにも愚かで、あまりにも軽薄。 マルティナは怒りも泣きもせず、静かに身を引くことを選ぶ。 「国内の人間を、これ以上巻き込むべきではありません」 それは諫言であり、同時に――予告だった。 彼女が去った王都では、次第に“判断できる人間”が消えていく。 調整役を失い、声の大きな者に振り回され、国政は静かに、しかし確実に崩壊へ向かっていった。 一方、王都を離れたマルティナは、名も肩書きも出さず、 「誰かに依存しない仕組み」を築き始める。 戻らない。 復縁しない。 選ばれなかった人生を、自分で選び直すために。 これは、 愚かな王太子が壊した国と、 “何も壊さずに離れた令嬢”の物語。 静かで冷静な、痛快ざまぁ×知性派ヒロイン譚。

契約通り婚約破棄いたしましょう。

satomi
恋愛
契約を重んじるナーヴ家の長女、エレンシア。王太子妃教育を受けていましたが、ある日突然に「ちゃんとした恋愛がしたい」といいだした王太子。王太子とは契約をきちんとしておきます。内容は、 『王太子アレクシス=ダイナブの恋愛を認める。ただし、下記の事案が認められた場合には直ちに婚約破棄とする。  ・恋愛相手がアレクシス王太子の子を身ごもった場合  ・エレンシア=ナーヴを王太子の恋愛相手が侮辱した場合  ・エレンシア=ナーヴが王太子の恋愛相手により心、若しくは体が傷つけられた場合  ・アレクシス王太子が恋愛相手をエレンシア=ナーヴよりも重用した場合    』 です。王太子殿下はよりにもよってエレンシアのモノをなんでも欲しがる義妹に目をつけられたようです。ご愁傷様。 相手が身内だろうとも契約は契約です。

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

22時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

噂の聖女と国王陛下 ―婚約破棄を願った令嬢は、溺愛される

柴田はつみ
恋愛
幼い頃から共に育った国王アランは、私にとって憧れであり、唯一の婚約者だった。 だが、最近になって「陛下は聖女殿と親しいらしい」という噂が宮廷中に広まる。 聖女は誰もが認める美しい女性で、陛下の隣に立つ姿は絵のようにお似合い――私など必要ないのではないか。 胸を締め付ける不安に耐えかねた私は、ついにアランへ婚約破棄を申し出る。 「……私では、陛下の隣に立つ資格がありません」 けれど、返ってきたのは予想外の言葉だった。 「お前は俺の妻になる。誰が何と言おうと、それは変わらない」 噂の裏に隠された真実、幼馴染が密かに抱き続けていた深い愛情―― 一度手放そうとした運命の絆は、より強く絡み合い、私を逃がさなくなる。

悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。

香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。 皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。 さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。 しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。 それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

【完結】私が誰だか、分かってますか?

美麗
恋愛
アスターテ皇国 時の皇太子は、皇太子妃とその侍女を妾妃とし他の妃を娶ることはなかった 出産時の出血により一時病床にあったもののゆっくり回復した。 皇太子は皇帝となり、皇太子妃は皇后となった。 そして、皇后との間に産まれた男児を皇太子とした。 以降の子は妾妃との娘のみであった。 表向きは皇帝と皇后の仲は睦まじく、皇后は妾妃を受け入れていた。 ただ、皇帝と皇后より、皇后と妾妃の仲はより睦まじくあったとの話もあるようだ。 残念ながら、この妾妃は産まれも育ちも定かではなかった。 また、後ろ盾も何もないために何故皇后の侍女となったかも不明であった。 そして、この妾妃の娘マリアーナははたしてどのような娘なのか… 17話完結予定です。 完結まで書き終わっております。 よろしくお願いいたします。

処理中です...