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後編
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それから4日後。
彼との出会いは幻だったのかも、と思うくらい慌ただしい日々が続く。
――しかしこの日は違った。
「サニィ……サニィ!」
洗い物中、青い顔をした伯父がやってきた。
かと思えば彼の執務室に引っ張られていく。
そこにはカマキリ夫人と人の顔を貼り付けてイライラと貧乏ゆすりするアンジェリカもいた。もう嫌な予感しかしない。
「ええと……どうされました?」
「どうしたもこうしたもない。これだ!」
目の前のテーブルに叩きつけられるのは、私宛の手紙だ。綺麗な封蝋を押された封筒は当然のように開封済みで、不快に思いながらも中を確認する。
……信じられないことに、それは婚約の申し出だった。お相手はホルムルンド公爵。
(ホルムルンド?)
最近どこかで聞いたような――
(あっ)
思い出すのはシルクハットの自称奇人な美形。
「どういうことだね。おまえは公爵と面識があるのか」
「い、いえ……ええと」
まさかそんな偉い人だったなんて……しかも婚約?
なんと答えていいかわからず口籠っていると、それまで静観していたアンジェリカが立ち上がった。
「ありえないわ! うちよりお金持ちで美形のホルムルンド公爵様があんたみたいブスに求婚なんて! あんた、なにかしたんでしょ!?」
ブスって元はおまえの顔だろ――とは思っても口に出さない。
この手紙も魔法がかかっていたようで、私が手にした途端、元はなかった最後の行が浮かび上がってきた。
《適当にはぐらかしといて。あとはこっちでどうにかする》――と。
「心当たりはありません」
「じゃあ公爵様は私のような美人よりあんたみたいなブスが好みだっていうの? 冗談は顔だけにして!」
(だからおまえの顔だろ……)
その後も知らんぷりを決め込み続ければ、やがてアンジェリカは諦めるようにソファに腰を下ろした。
「もういいわ……パパ、今すぐ魔法使いを手配して」
「なにをするつもりだいアンジェリカ……」
「魔法を解いてもらうの! そして私がこいつに代わって嫁ぐわ!」
「な、なんだって!?」
これには伯爵も夫人も本気で驚いたようだ。しかしわがままアンジェリカは一度言い出したら意見を通すまで絶対にきかない。
そのことはふたりもよーくわかっているため、結局アンジェリカの望むまま話は進んだ。
*・*・*
「戻った……」
鏡を見ながら信じられない思いで自分の顔に触る。幻覚の魔法を解かれ、今の私は本来の姿だ。といっても少し前までのアンジェリカとはちょっと違う。髪は痛みきった栗毛だし、肌も荒れていて目元も覇気がなく濃い隈もそのまま。
(まあそこは変わらないよね)
今は残念な感じだけど、ちゃんとケアすれば私も(元)アンジェリカみたいな美人になれるのかな。
「サニィ」
呼ばれて振り向くと、キレイに飾られた豚体型のカマキリがいた。
……現在のアンジェリカである。
「あんたには感謝してるわ。あんな美形と結婚できるなんて。あんたも嫁の貰い手見つかるといいわね? ああ疫病神にはむりかしら。おーほほほほ!」
ご自慢の高笑いもその外見では滑稽でしかない。
自分がああだった頃は極力見ないようにしていたけど、客観的に見ると相当醜い……もう二度と戻りたくないと心の底から思う。
「それじゃあ元気でねーパパ、ママ。アンジェリカは幸せになります」
「あ、ああ……幸せにな」
愛娘の門出だというのに、ふたりも複雑な顔をしている。
娘の幸せを真に願うなら真実を告げるべきだと思うけど。あの親ばかたちには一生できないだろう。
アンジェリカが馬車に乗り込んだのを確認して、私はそそくさと逃げ出した。
途中だった皿洗いを片付けるため厨房へ戻ると、いつもどおりサボっていたコックが私を見て目を瞬かせる。
「アンジェリカ嬢?」
「いいえサニィですけど」
「おまえがサニィ!? うそだろ、サニィはもっと醜いはずだ!」
「あっちが本当のアンジェリカ様です。彼女が疫病神より醜いなんて耐えられないとわがままを言って、外見だけ交換してたんですよ」
腹が立ったので本当のことを明かした。どうせ怒られるんだからもう知らん。
呆然とするコックを無視して皿洗いを始める。てきぱきと3枚目を手に取ったとき、突如コックがすぐ隣に立った。
「なんです……か」
私を見下ろす目が爛々と輝いている。だらしない顔しか知らないために驚いて後ずさろうとするも、それより早く腕を掴まれた。
「ずっと黙ってたが……俺はひと目見たときからお嬢が好きだったんだ」
「は、はあ」
なぜそれを私に言う? 疑問符が頭の中を満たしていく。
「だが使用人と主人の身分を超えた愛――なんて許されるのは本の中だけだろ? だからこの想いは墓場まで持っていくつもりだった……だが!」
すごい力で両肩を掴まれた。鼻息が荒い……こわい。
「サニィ! 俺が好きなのはおまえだったらしい!」
「……は?」
「使用人同士ならなにも遠慮はいらないだろ! な、なあサニィ頼むよ……1回だけでいいから――げふっ!?」
突然コックの身体が飛んでいった。
食器棚にぶつかって崩れ落ちた彼の頭に、皿の山が降り注ぐ……。
「やれやれ、人の花嫁に気安く触れないでいただけますかね」
私を守るように立つのは、濃紺の髪に銀の瞳、そして濃灰色のシルクハット。
「シルヴィオ様!」
「やあサニィ、迎えに来ました」
シルヴィオ様はあの時と同じ芝居がかった礼をして、そのまま固まる私を抱きかかえた。
「え!? あの」
「さあ行きましょう。貴女のいるべき場所はここではない」
柔らかな銀色の光に包まれて、シルヴィオ様ごと身体が浮かぶのを感じた。
*・*・*
「見ましたか? あの顔」
私を膝の上に載せたまま笑いをこらえるシルヴィオ様を見上げる。
あのあと連れてこられたのは彼のお屋敷。リートベルフ家の馬車が到着したのは、その直後だった。アンジェリカはシルヴィオ様に抱えられる私を見てそれはもう驚いた顔をした。そして叫んだ。「あなたは私の容姿を気に入られたのではないのですか!?」って。
そんな彼女に、シルヴィオ様はとっても悪い笑顔で言い放った。
「貴女鏡見たことあります? 身も心も醜い貴女を嫁にもらってくれる男なんて世界中探してもいないと思いますよ」……って。
分厚い唇を戦慄かせ泣きながら逃げ帰るアンジェリカはさすがに可愛そうだったけど……きっとこれが天罰だったんだ。
すっきりしたのも事実なので考えるのはやめた。
で、私はと言うと。
「まさか神様が実在したとは……」
「私は普通の人間ですよ? 力を分けてもらってるだけで」
シルヴィオ様のご先祖様は神様と契約を交わし、代々その力――魔力と強運を受け継いでいるらしい。
「貴女だって神に愛されているのは同じですよ」
そして私も。神様の加護を受けているらしい。
ただそれが疫病神だったって話で。
「素直に喜べないですね……そもそもどうしてお父さんは疫病神と契約なんて結んだんでしょう」
「さあ。今となっては想像するしかありませんが。それにしても疫病神に憑かれたあなたをいじめるとは、愚かな者たちです」
疫病神が災いをもたらすのはなにも本人だけではない。取り憑かれた者を不幸にしたなら、のちに何倍にもなって返ってくるという。
……まさかこうなることを見越していたわけじゃないよね、まさかね。
「この契約って切れないんですか?」
「無理ですね」
「うぬぬ」
「でーも」
シルヴィオ様が自分の額を私の額にくっつける。なにか温かいものが流れてくるのを感じた。
「これからは私の幸運が相殺するので無問題ですね。いやぁほんと、疫神憑きが貴女でよかった」
私の髪を指で梳きながらうれしそうに言う。
いわく、強すぎる運もその力を発揮できなくては悪い方へ働いてしまうらしい。彼が持っているのは『幸運』ではなく『強運』であり、そして『悪運』もまた運のうちだから。
だから代々疫病神憑きの奥さんをもらっているのだそう。妻に降りかかる悪運を自分の運で相殺するために。……冗談みたいな話だけど。
「位的には私の守護神のほうがずーっと上なので、子供にも受け継がれませんし」
「子供って」
「先の話ですよ。今は子供より目の前のお嬢さんを愛でたいので」
「……もう!」
恥ずかしさをごまかすように髪をぐしゃぐしゃにしてやった。困ったような笑顔を見て、ふと疑問に思う。
「ちなみに、私のなにが気に入ったんですか?」
「神を信じ苦難に戦い続けた強く美しくも清らかな心ですよ」
「じゃあ私がアンジェリカの容姿でも選んでくれたわけですね?」
「それは……ははは」
笑ってごまかされた。怠慢コックといいやっぱり外見が全てなんじゃ? ……まあ私も醜いよりは美形がいいけど!
なんて考えていると手が止まり、神妙な声が落ちてくる。
「強運も魔力も大嫌いでしたが、貴女と引き合わされたことだけは感謝しなきゃいけませんね」
「引き合わされた?」
「ええ。あの夜会の夜、小屋に足を踏み入れたのは誰かに呼ばれた気がしたからなんです。きっとあなたのお祈りが私の守護神に届いたのでしょう」
《いいですか、神様は常に全てを見ています。良い行いをすれば幸福になり、悪い行いをすれば天罰が下るでしょう》
勇気をくれた神官様の言葉を思い出す。
(そっか……ちゃんと届いたんだ)
最初は戸惑った。疫病神と呼ばれた私がこんなに幸せになっていいのかと。
でも、今までの行いがこの結果を招いたなら――
(享受してもいいのかな。……ふふっ)
私は生まれて初めて心の底から笑った。
シルヴィオに罵られたあと、アンジェリカは魔法で彼をぎゃふんと言わせる美貌を手に入れようと画策した。しかしそれ以降、何度試しても幻影の魔法は効果が現れなかった。
その上エンジェルマイトと思われた鉱物は実はよく似た偽物で、なんの価値もないと判明。二代で成り上がったリートベルフ家は没落も早かった。
幸せを手に入れた疫病神娘が己が憑神のすごさを思い知るのは、もう少し先のお話である。
彼との出会いは幻だったのかも、と思うくらい慌ただしい日々が続く。
――しかしこの日は違った。
「サニィ……サニィ!」
洗い物中、青い顔をした伯父がやってきた。
かと思えば彼の執務室に引っ張られていく。
そこにはカマキリ夫人と人の顔を貼り付けてイライラと貧乏ゆすりするアンジェリカもいた。もう嫌な予感しかしない。
「ええと……どうされました?」
「どうしたもこうしたもない。これだ!」
目の前のテーブルに叩きつけられるのは、私宛の手紙だ。綺麗な封蝋を押された封筒は当然のように開封済みで、不快に思いながらも中を確認する。
……信じられないことに、それは婚約の申し出だった。お相手はホルムルンド公爵。
(ホルムルンド?)
最近どこかで聞いたような――
(あっ)
思い出すのはシルクハットの自称奇人な美形。
「どういうことだね。おまえは公爵と面識があるのか」
「い、いえ……ええと」
まさかそんな偉い人だったなんて……しかも婚約?
なんと答えていいかわからず口籠っていると、それまで静観していたアンジェリカが立ち上がった。
「ありえないわ! うちよりお金持ちで美形のホルムルンド公爵様があんたみたいブスに求婚なんて! あんた、なにかしたんでしょ!?」
ブスって元はおまえの顔だろ――とは思っても口に出さない。
この手紙も魔法がかかっていたようで、私が手にした途端、元はなかった最後の行が浮かび上がってきた。
《適当にはぐらかしといて。あとはこっちでどうにかする》――と。
「心当たりはありません」
「じゃあ公爵様は私のような美人よりあんたみたいなブスが好みだっていうの? 冗談は顔だけにして!」
(だからおまえの顔だろ……)
その後も知らんぷりを決め込み続ければ、やがてアンジェリカは諦めるようにソファに腰を下ろした。
「もういいわ……パパ、今すぐ魔法使いを手配して」
「なにをするつもりだいアンジェリカ……」
「魔法を解いてもらうの! そして私がこいつに代わって嫁ぐわ!」
「な、なんだって!?」
これには伯爵も夫人も本気で驚いたようだ。しかしわがままアンジェリカは一度言い出したら意見を通すまで絶対にきかない。
そのことはふたりもよーくわかっているため、結局アンジェリカの望むまま話は進んだ。
*・*・*
「戻った……」
鏡を見ながら信じられない思いで自分の顔に触る。幻覚の魔法を解かれ、今の私は本来の姿だ。といっても少し前までのアンジェリカとはちょっと違う。髪は痛みきった栗毛だし、肌も荒れていて目元も覇気がなく濃い隈もそのまま。
(まあそこは変わらないよね)
今は残念な感じだけど、ちゃんとケアすれば私も(元)アンジェリカみたいな美人になれるのかな。
「サニィ」
呼ばれて振り向くと、キレイに飾られた豚体型のカマキリがいた。
……現在のアンジェリカである。
「あんたには感謝してるわ。あんな美形と結婚できるなんて。あんたも嫁の貰い手見つかるといいわね? ああ疫病神にはむりかしら。おーほほほほ!」
ご自慢の高笑いもその外見では滑稽でしかない。
自分がああだった頃は極力見ないようにしていたけど、客観的に見ると相当醜い……もう二度と戻りたくないと心の底から思う。
「それじゃあ元気でねーパパ、ママ。アンジェリカは幸せになります」
「あ、ああ……幸せにな」
愛娘の門出だというのに、ふたりも複雑な顔をしている。
娘の幸せを真に願うなら真実を告げるべきだと思うけど。あの親ばかたちには一生できないだろう。
アンジェリカが馬車に乗り込んだのを確認して、私はそそくさと逃げ出した。
途中だった皿洗いを片付けるため厨房へ戻ると、いつもどおりサボっていたコックが私を見て目を瞬かせる。
「アンジェリカ嬢?」
「いいえサニィですけど」
「おまえがサニィ!? うそだろ、サニィはもっと醜いはずだ!」
「あっちが本当のアンジェリカ様です。彼女が疫病神より醜いなんて耐えられないとわがままを言って、外見だけ交換してたんですよ」
腹が立ったので本当のことを明かした。どうせ怒られるんだからもう知らん。
呆然とするコックを無視して皿洗いを始める。てきぱきと3枚目を手に取ったとき、突如コックがすぐ隣に立った。
「なんです……か」
私を見下ろす目が爛々と輝いている。だらしない顔しか知らないために驚いて後ずさろうとするも、それより早く腕を掴まれた。
「ずっと黙ってたが……俺はひと目見たときからお嬢が好きだったんだ」
「は、はあ」
なぜそれを私に言う? 疑問符が頭の中を満たしていく。
「だが使用人と主人の身分を超えた愛――なんて許されるのは本の中だけだろ? だからこの想いは墓場まで持っていくつもりだった……だが!」
すごい力で両肩を掴まれた。鼻息が荒い……こわい。
「サニィ! 俺が好きなのはおまえだったらしい!」
「……は?」
「使用人同士ならなにも遠慮はいらないだろ! な、なあサニィ頼むよ……1回だけでいいから――げふっ!?」
突然コックの身体が飛んでいった。
食器棚にぶつかって崩れ落ちた彼の頭に、皿の山が降り注ぐ……。
「やれやれ、人の花嫁に気安く触れないでいただけますかね」
私を守るように立つのは、濃紺の髪に銀の瞳、そして濃灰色のシルクハット。
「シルヴィオ様!」
「やあサニィ、迎えに来ました」
シルヴィオ様はあの時と同じ芝居がかった礼をして、そのまま固まる私を抱きかかえた。
「え!? あの」
「さあ行きましょう。貴女のいるべき場所はここではない」
柔らかな銀色の光に包まれて、シルヴィオ様ごと身体が浮かぶのを感じた。
*・*・*
「見ましたか? あの顔」
私を膝の上に載せたまま笑いをこらえるシルヴィオ様を見上げる。
あのあと連れてこられたのは彼のお屋敷。リートベルフ家の馬車が到着したのは、その直後だった。アンジェリカはシルヴィオ様に抱えられる私を見てそれはもう驚いた顔をした。そして叫んだ。「あなたは私の容姿を気に入られたのではないのですか!?」って。
そんな彼女に、シルヴィオ様はとっても悪い笑顔で言い放った。
「貴女鏡見たことあります? 身も心も醜い貴女を嫁にもらってくれる男なんて世界中探してもいないと思いますよ」……って。
分厚い唇を戦慄かせ泣きながら逃げ帰るアンジェリカはさすがに可愛そうだったけど……きっとこれが天罰だったんだ。
すっきりしたのも事実なので考えるのはやめた。
で、私はと言うと。
「まさか神様が実在したとは……」
「私は普通の人間ですよ? 力を分けてもらってるだけで」
シルヴィオ様のご先祖様は神様と契約を交わし、代々その力――魔力と強運を受け継いでいるらしい。
「貴女だって神に愛されているのは同じですよ」
そして私も。神様の加護を受けているらしい。
ただそれが疫病神だったって話で。
「素直に喜べないですね……そもそもどうしてお父さんは疫病神と契約なんて結んだんでしょう」
「さあ。今となっては想像するしかありませんが。それにしても疫病神に憑かれたあなたをいじめるとは、愚かな者たちです」
疫病神が災いをもたらすのはなにも本人だけではない。取り憑かれた者を不幸にしたなら、のちに何倍にもなって返ってくるという。
……まさかこうなることを見越していたわけじゃないよね、まさかね。
「この契約って切れないんですか?」
「無理ですね」
「うぬぬ」
「でーも」
シルヴィオ様が自分の額を私の額にくっつける。なにか温かいものが流れてくるのを感じた。
「これからは私の幸運が相殺するので無問題ですね。いやぁほんと、疫神憑きが貴女でよかった」
私の髪を指で梳きながらうれしそうに言う。
いわく、強すぎる運もその力を発揮できなくては悪い方へ働いてしまうらしい。彼が持っているのは『幸運』ではなく『強運』であり、そして『悪運』もまた運のうちだから。
だから代々疫病神憑きの奥さんをもらっているのだそう。妻に降りかかる悪運を自分の運で相殺するために。……冗談みたいな話だけど。
「位的には私の守護神のほうがずーっと上なので、子供にも受け継がれませんし」
「子供って」
「先の話ですよ。今は子供より目の前のお嬢さんを愛でたいので」
「……もう!」
恥ずかしさをごまかすように髪をぐしゃぐしゃにしてやった。困ったような笑顔を見て、ふと疑問に思う。
「ちなみに、私のなにが気に入ったんですか?」
「神を信じ苦難に戦い続けた強く美しくも清らかな心ですよ」
「じゃあ私がアンジェリカの容姿でも選んでくれたわけですね?」
「それは……ははは」
笑ってごまかされた。怠慢コックといいやっぱり外見が全てなんじゃ? ……まあ私も醜いよりは美形がいいけど!
なんて考えていると手が止まり、神妙な声が落ちてくる。
「強運も魔力も大嫌いでしたが、貴女と引き合わされたことだけは感謝しなきゃいけませんね」
「引き合わされた?」
「ええ。あの夜会の夜、小屋に足を踏み入れたのは誰かに呼ばれた気がしたからなんです。きっとあなたのお祈りが私の守護神に届いたのでしょう」
《いいですか、神様は常に全てを見ています。良い行いをすれば幸福になり、悪い行いをすれば天罰が下るでしょう》
勇気をくれた神官様の言葉を思い出す。
(そっか……ちゃんと届いたんだ)
最初は戸惑った。疫病神と呼ばれた私がこんなに幸せになっていいのかと。
でも、今までの行いがこの結果を招いたなら――
(享受してもいいのかな。……ふふっ)
私は生まれて初めて心の底から笑った。
シルヴィオに罵られたあと、アンジェリカは魔法で彼をぎゃふんと言わせる美貌を手に入れようと画策した。しかしそれ以降、何度試しても幻影の魔法は効果が現れなかった。
その上エンジェルマイトと思われた鉱物は実はよく似た偽物で、なんの価値もないと判明。二代で成り上がったリートベルフ家は没落も早かった。
幸せを手に入れた疫病神娘が己が憑神のすごさを思い知るのは、もう少し先のお話である。
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