孤独のすのぅほわいと

サクラ

文字の大きさ
上 下
11 / 15

▷11 憧れた女の子

しおりを挟む
私が歌い終えると同時に急に乱入してきた女の子は、随分と可愛らしく、私と同じ高校の制服を着ていた。

半袖のワイシャツに薄い生地の紺色をしたセーターを着て、その上に学年毎に色が違うリボンタイを付けている。

リボンの色は、1年生の青色だ。



「本物の声が聴こえたから興奮しちゃって♡」
「…あなたは1年生なんだ?」

「あ、ねねさんって同じ学校なんですか?ゆん、1年4組一 優音(にのまえ ゆのん)って言います♡気軽にゆんって呼んでね♡♡」



きらきらと女の子らしい、頭の上に猫を何匹も携えていそうなそんな少女。
甘い声は砂糖菓子の様にふわふわしていて、世の中の女の子達はこれが正に"理想の女の子"なのだろう。



「私は、もう"白雪ねね"じゃない」
「ゆんはね、アイドルヲタクだから間違えるはずが無いの。だから、絶対ねねちゃんで間違いない!」

「…凛、責任取って何とかして」
「こっちはねねちゃんの彼氏さん?なんか似合わないね♡」



優音が私の話を華麗にスルーすると、呟いた統矢に向かって近づいて行く。

右手を伸ばして統矢の袖口に触れようとしたその瞬間、彼は優音の手を思い切り払い除けた。

パンッと叩かれる乾いた音がして、手を払われた彼女が口を尖らせる。



「いた~い…」



統矢は、真っ青な顔をしている。
その理由はきっとトラウマ他ならない。

"私は大丈夫"の意味が、やっと今はっきりと分かった気がする。

そんなに酷い拒否反応を起こしてしまうのに、私には触れても全然構わない。



「…夕灯君、外の空気を吸いに行こう」
「えー、ねねちゃんもう帰るのー?」



冷たくなっている統矢の手をぐいっと引っ張る。
もしかしたら、私から彼に触れたのは初めてかもしれない。

いつもは、私を助けてくれる度に彼から触れてくるからだ。


本当は私がこうやって触ったら、拒否されるんじゃないかって怖かった。

だけど、今こうやって私から握った手は、弱々しく微かにだけどそっと握り返された。



(私も、夕灯君を…助けたい……!)



凛が優音と話をして、フォローしてくれている。
今のうちに逃げよう。

遠くに、遠くに。













わりとかなりの距離を歩いてきた近くの公園で、ベンチに座ると統矢は大きな息を吐いた。



「──大丈夫?」
「…うん、ありがとう助かった」
「……それなら、良かった」



先程よりは顔色が良くはなったけど、普通の状態よりかは全然青いままだ。

彼の頭が私の肩にどさりともたれかかってきた。

震えた声で、統矢が小さく言う。



「ごめん、少しだけ…」
「…うん」



肩に乗った体温がとても温かい。
それと相反して、手はとても冷たくて震えてる。

それ程に、彼にとっては恐ろしく怖いものだったのだろう。



「私ね、"白雪ねね"って呼ばれるのが嫌い」
「…うん」

「でも未だに夢を見るの、スポットライトの下で歌う夢」
「……うん」


「本当は、アイドルを辞めた事に、まだ自分も納得してないのかもしれない」



私、何言ってるんだろう。

"白雪ねね"ばっかり褒めてもらって、"白井音々子"はいつだって蔑ろで。
そんな風に思ってしまう自分が嫌いで。



「音々子ちゃんは、充分頑張ってるよ」
「ほんと…?」

「俺と仲良くしてくれて、いつもありがとう」



まただ、また彼の顔が見えないのに微笑んだ様な気がした。

一生懸命頑張っても、"まだ足りない"、"もっと頑張って"、"普段からそれくらい出来たら"と言われる。


統矢が充分頑張ってると認めてくれた事が、とても嬉しくて涙が出そうになった。



「……うん」













朝起きた身体は、怠い気持ちを隠そうともせず重たいばかりだった。


そんなやり切れない月曜日の朝、教室に入ると私と統矢の席の周りが一段と賑やかである。



「んだがら、あんだに関係ないべ!一年生だべ!?」
「関係あるもん!ってゆーかこの人の事好きなのバレバレ過ぎてダルイんですけど!」

「えっと、これは……?」
「おはよう音々子ちゃん」
「今ね、すっごいバトルが始まってるよ~。ゆん、舞に対して冷たく当たるから」



戸惑う私に統矢がいつも通り朝の挨拶をすると、この間の一件で親しくなったのか優音を見て凛があっけからんと笑う。


……彼女は一つ下だと言うのに、躊躇する事もなくこの2年教室に入って来たのか。

レンタルスタジオの件と言い、大分肝が座っている少女らしい、でなければこんな言い争いなんかもしていないだろう。


優音が不意にこちらを振り向いて私を見つけてしまうと、舞を相手にもせず、ぱっと駆けてくる。



「ねねちゃん!」
「あっ、こら!私の話ちゃんと聞いてけらいん!」

「…もう私は"私の歌"を歌えない。だから、"白雪ねね"と呼ぶのはやめて」



もう、変わってしまった。
いくらあの頃を懐古したって、もう戻れやしない。


凛が微笑みながら、統矢に言う。



「わぁ、統矢モテモテだねー」
「いや違う絶対違う、特に一人は絶対に違う」
「……私、帰りたい」



青色のリボンを堂々と揺らす優音と、それに対して大人気なく喧嘩をする舞の二人を見つめて、私は小さく呟いた。

なにせ彼女達が口論している場所は、私の席だ。

座らせてほしい。












ホームルームが終わると同時に、スマホにAimの着信が入った。
[ちょっと話があるから、第二校舎の開かずのドア前に来て欲しい]と凛から。

続いてすぐに[あ、統矢には内緒でね]と念を押す内容が送られてきたのだ。


開かずのドアは良くない噂が絶えないし、先生もそういう噂を否定しないから、放課後は特に開かずのドアの前には人がいない。

内緒話をするには、正にもってこいな場所。



(夕灯君に…内緒……?)



急いで階段を登った先に、凛は壁にもたれて既に待っていた。



「──凛君っ…」
「そんなに慌てて走らなくても大丈夫だよ」



くすりと彼が笑うと、話を始めた。



「あのね、お願いがあって」
「……お願い?」
「ゆんを嫌わないであげて。好きになれとは、言わないから」



普段の何倍も真剣な表情で口にしたのは、優音の事だった。

嫌いにはならないだろう。
本音を何重にも鍵をかけて閉じ込め、仮面みたいな外面で微笑む彼女が、何だか昔の私に良く似ている気がして何となく。


嫌いには、きっとなれない。



「凛君は、何か知ってるの…?」
「うん。でも、これは俺が言っちゃいけない事だから…。きっとね、いつか本人の口から言われると思うけど」

「……その時にきっと、統矢の"唯一"が音々子ちゃんだって事がはっきり分かると思う」



水で溶かした絵の具の様に、もやもやした気持ち悪さがぼんやりと心の中に広がっていく。

それはどういう意味でわざわざ言った事なのだろうと、働かない頭を必死に奮い立たせてみたものの、検討もつかない。



「俺は、音々子ちゃんの味方だよ」
「──そう、なんだ」



凛のせいで余計にこんがらがってきているが、それは味方のすることなのだろうか。













茜先生が珍しく外に夜ご飯を食べに行くと呼び出しをしたので、出かける準備も早々に済ませ、街へと繰り出した。


街はもう夜になるというのに賑やかで、その空気から離れたくなって歩く足がどんどん早くなっていく。



その途中。



「こんなに可愛い子が何処に行くの?」
「俺らと遊ぼうぜ」
「やっ…やめて…!!」



夜の街ならよくあるナンパだから見て見ぬふりをすれば良かったけれど、ナンパをされている少女を一目見て、放っておくわけにもいかなかった。

あれは、ふわふわとフリルの飾りの似合う優音その人である。



「…ゆん、お待たせ。行くよ」
「え?ねね…ちゃん…?」



2人の男の前に顔を白くする優音の元へ行くと、ぐいっと彼女の手を掴み歩き出す。

そんな歩き出した私と優音を見て、男2人は追いかけようとしてくる。



「あ、おい待て!」

「……振り向かないで走って!ゆん!」
「う、うん!わかった!!」



振り向く余裕がある私に対して、はぁはぁと息を切らせ必死についてくる優音のかなり後ろの方に、男2人がいる。

複雑な曲がり角を通って、公園に着いた。
この道は私が気に入っている路地裏の道で、慣れてる人じゃないと迷子になってしまう。



「大丈夫?」



私がそう彼女に言うと、涙で顔をぐしゃぐしゃにして私にしがみついた。



「怖かったよぉ……」
「ごめんね、走らせて」



私が運動が得意だからといって、彼女に走らせてしまったのは非常に申し訳無い。

その証拠に、優音は未だに息が上がったままで落ち着く気配が全く見られない。


ぽろぽろと止まらない涙を流しながら、途切れ途切れの小さな声で、必死に彼女は私に言った。



「ゆんね…ゆん……男なの…!」
「え…?」

「ごめんなさい…!ゆん、中学生の頃から…ねねちゃんがデビューした頃から…ずっとこうで……ほんとは、男なの…!!」



彼女の言った事を理解するのには、少しだけ時間が欲しかった。


確かに最初に乱入してきた時だって、可愛い服を着ていただけで、自分から女の子だと名乗った訳ではない。

制服は女子の物だったから疑う余地も無かった。
それによく見たら、可愛いリボンで隠れているが胸は全く無い。



「──どうしてそういう格好をしているのか、聞いてもいい?」
「えっと、あのね、可愛くいれば…お母さんがゆんを見てくれるの」


「ゆんのお母さんはね、女の子が欲しかったんだって。だから、ゆんは要らなかったの」

「でも、ゆん、それが嫌だった」

「なんとかお母さんに見て欲しくて、望まれたくて、その時に見つけたのがテレビに映ってたねねちゃんで」

「ゆんもこうなれば愛してもらえる、そう思って頑張って可愛くなろうと思って」

「アイドルのねねちゃんを大好きになっちゃって、だけどねねちゃんは急にいなくなってすごく悲しかった」



ぐすぐすと鼻を鳴らしながら、優音はそう語った。
端々に、努力した"可愛い"が彼女の身の回りに溢れている。


わかる。

私もそうだった、私自身を認めてもらえない事がどんなに辛いかは知ってる。


彼女は涙でいっぱいになった顔で、無理矢理笑ってみせた。



「…でも、ゆん、可愛くなれなかった」
「──話してくれて、ありがとう」



その笑顔は誰よりも綺麗だった。
















「凛君、ゆんの秘密…聞いたよ」
「なら分かった?音々子ちゃんだけは、特別な理由が」
「……なんで私なの?」

「それは、ほら、それを忘れるくらい一目惚れしちゃったんだよ、多分」



確かに統矢は、観覧車で言っていた。
"トラウマを忘れるくらい一目惚れをした"。



「─音々子ちゃん?難しい顔してるけど、大丈夫?」
「ひゃ…!夕灯君…」



考え込んでいた私に、不意に彼は声をかけた。
びっくりしてつい変な声が出てしまった。

よく見たら、凛はもう居なくなっている。

人を悩ませるだけ悩ませて、肝心な時にいないとはある種の才能だろうか。



「あ、ねねちゃん!」
「ゆん…大丈夫…?」

「うん、あのね、ごめんなさい!ゆん、先輩にすごく酷い事いっぱい言っちゃって…ねねちゃんの彼氏さんなのに…ごめんなさい」



ちゃんと謝れるのは良いこと。
ん?待って、少しおかしい部分があった気がする。

心なしか統矢も顔を赤くして、何て言っていいか分からないような顔をしている。



「ねぇ、ゆん、私と夕灯君は…付き合ってる訳じゃ…」
「え、そうなの何でー?お互いとっても好きあってるのに」
「えっと、その、ごめん……」



不思議そうに可愛らしく首を傾げた優音に、統矢はこれまでに無いくらい顔を赤くした。



(照れてる夕灯君も、可愛い…)



そんな中に、舞がやってきた。
優音を見つけるとすぐさま言う。



「いいがら早ぐ自分のとこ帰らいん!」
「心配しなくても、ゆん男の子だから、夕灯先輩にどうとかないよ♡」

「「………え?」」

「ゆん、男の子だよ?」



私に先に言っていたからか、二人の前でさらりとカミングアウトをした優音は、堂々とした顔つきで微笑んだ。

統矢も舞も、女の子にしか見えないそれを見てただただ驚いた様に声を上げた。



「改めて、一 優音、性別男ですよろしく♡」



えへへ、と優音は小悪魔の様に笑った。
しおりを挟む

処理中です...