家に帰りたい狩りゲー転移

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7章

(3)テララギの里

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 テララギの里は、ワグリア山の頂上に居を構えた巨大な城塞だ。

 里は二層構造となっており、山頂部はドラゴンの襲撃に備え、狩人専用居住区が。反対に山の内部には、トロッコが縦横に走る炭鉱都市が築かれていた。

 四角く区切られた炭鉱都市は、昼夜を問わず、船内のように薄暗かった。都市の光源となっているのは、岩肌に根を張ったキノコライトと、青白いガス灯だけである。

 ミヴァリアやスキュリアも日照のない里であったが、あちらはギラギラと喧しい街灯で溢れていた。対してテララギを満たす光は、夕暮れに夜の冷たさを潜ませたような、不思議な透明感があった。

 道中でようやく意識を取り戻したアンリは、浮き足立つような心地でテララギの商店街を眺めた。アンリは以前にもテララギに立ち寄ったことがあるのだが、何度見ても、テララギの規模には感心せざるを得なかった。

 エラムラもスキュリアも、リデルゴア国内で見れば大きな里の部類に入る。が
、テララギは格別だ。

 何よりテララギは立地が良い。中央都市にも近く、ドラゴン狩りの最前線からも距離があるため、上位ドラゴンの襲撃が極めて少ない。あったとしても、月に三度なら多い方である。

 そのため、テララギでは比較的安全に、物資を豊富に揃えることができた。ドラゴンに対する対策よりも、生活水準を上げる方向に人材を割く余裕があった。

 それ故に、テララギはエラムラとは比べ物にならぬほどの技術と活力で満ち満ちていた。

 かこん、とヒールの足音を止めて、グレンがくるりとアンリたちを振り返った。

「──ここが私の行きつけの店だ」

 商店街の脇道にひっそりとある、酒場印の葡萄看板。穴場という言葉が相応しい小洒落た雰囲気の店だ。むさ苦しい狩人が入るには少々場違いな気がしてくる。

 しかしグレンはそういったことを気にしな主義のようで、表情を曇らせたハインキーたちを無視してさっさと店に入ってしまった。

 木製のドアが押し開けられ、頭上でドアベルが鳴る。内装は落ち着きのある木目調で統一されていた。天井には黄色や白のキノコライトがふんだんに敷き詰められており、窓がないとは思えぬほどの開放感があった。

 店内の人影は疎らだ。カウンターの奥から、読書に耽っていた若い店員がのんびりと出迎えてくる。店員はグレンの顔を見ても特に驚くことはせず、当たり前のように奥の個室へと案内した。



 ・・・───・・・



「……へぇ、エラムラの里でそんなことがあったんだ」

 どこか冷めたグレンの呟きと共に、皿の上のムニエルが切り分けられる。淡白で弾力のある川魚は、牛型ドラゴンのバターと相性が良い。網目状の焼き目と香草の香りが、見る者の食欲を掻き立てた。

 アンリたちからこれまでの経緯を聞かされても、グレンは対して驚くことはなかった。予想していた、というよりは、テララギにとってそれどころではないといった様子だ。

 聞くところによると、テララギはここ数日の間に、何度もネフィリムの軍勢から襲撃を受けていたらしい。襲撃が始まったタイミングは、マガツヒが復活した日付と重なっている。トゥアハ派の者たちが、本格的に反乱分子を潰しにきているのだろう。

 グレンは付け合わせの野菜と一緒にムニエルを食べ切ると、音を立てずにナイフを置いた。

「それで? 貴方たちは、白骨遺跡の門を開けたくてテララギまで来たんだよね? マガツヒを人間に戻す方法と、対ドラゴン用兵器の設計図を手に入れるために」

 グレンの向かいに座ったツクモは、まだ湯気を立てている煮物を見つめながら言葉を紡いだ。
 
「その通りです。もともと寺田木にいる旧人類たちは、新人類に好意的です。マガツヒだけでなく、終末の日を止めるよう協力を仰げるかもしれません」
「でも、門は鍵者しか開けられないんでしょう?」
「私が開けます」

 と、宇田芸が素早く挙手をする。彼女の前には空になったどんぶりが三つ積み上がっており、おかわりの肉丼がタイミングよく並べられた。

 グレンは宇田芸の大食いっぷりにドン引きしつつ、素直な疑問を口にした。

「貴方も鍵者なの?」
「鍵者から能力は受け継いでいますから、理論的には私でも門を開けられます」
「そんなに簡単に開けられるのなら、わざわざ鍵者なんて御大層な名前がつくと思えない。本当に、貴方で開けられるの?」
「あはは……」

 誤魔化すように笑う宇田芸に、皆の視線が突き刺さる。

 『旧人類を使って門を開けよう』と発案したのは研大だ。研大はヨルドのサーバー建設に携わり、浦敷博士やシモン博士からも、菌糸やダアトに関する知識を受け継いでいる。そんな彼が言うのだから、となあなあにしていたが、内心では疑うものも少なからずいた。

 機械仕掛けの門は鍵者でしか開けられない。あのレオハニーでさえも、鍵者がいなければ浦敷博士に会うことすら叶わなかった。それを、旧人類だからという理由だけで覆せるものなのか?

 その問いかけに、旧人類たちは沈黙を返すだけだった。今の宇田芸のように。

 長く、ゆっくりと針を刺すような沈黙が降りる。

 先に折れたのはグレンだった。

「どうやって門を開けるかは、詳しく聞かないでおく」
「……うん。助かります」

 ほっと胸を撫で下ろす宇田芸と武涛を横目に、アンリは胸の内で嘆息した。

 今のアンリたちは、藁にもすがる思いでテララギのサーバーを目指している。マガツヒの封印が長く持たない以上、なりふり構っていられなかった。

 懸念はある。旧人類は、どのような思惑でテララギの門を開けようとしているのだろうか。もしかしたら、自分たちは研大たちに騙されているのではないか。

 アンリたちは研大たちを信用しているが、リョーホたちほど信頼していなかった。しかしアンリたちの力では、提示された選択肢に縋るしかない。

 ……気味が悪いと、アンリは苦笑する。これではもう、予言書に従うトゥアハ派と同じだ。自分の意思で決めたようでいて、結局他人の意思に振り回されている。

 マガツヒの復活を止められなかったアンジュも、このような歯痒さを抱いていたのだろうか。

 アンリが顔を上げると、複雑そうに微笑むグレンと目が合った。

「食べ終わったら遺跡まで案内するよ。ネフィリムがまた攻めてこないうちに、早く済ませよう」

 そう言って、グレンは食の進んでいないヨルドの狩人たちへもう一度笑いかけた。



  ・・・――――・・・



 テララギの至る所には、毛細血管のようにエアー配管が張り巡らされている。それは山頂の吸気口と繋がっており、およそ三万もの民へ、絶えず酸素を供給していた。

 一昔前まで、テララギはここまで大きな都市ではなかった。しかし、討滅者シキが齎した様々な知恵によって、今日までの発展を遂げたそうだ。街中を縦横無尽に走り回る炭鉱トロッコも、討滅者シキの賜物らしい。

 いつだったか、ロッシュが言っていた。鍵者は人々に知恵を授けるが、災いを呼ぶ。そのため、災いを招く前に、適切な時期に刈り取らねばならないのだと。

  討滅者シキは、リョーホの前世でもあり、鍵者であった。

 テララギの民は、討滅者シキが鍵者だったとは知らないのだろう。オラガイアでは鍵者に対する憎しみを散々見せつけられたが、テララギの民からは全くそれらを感じなかった。彼らはただ、行方不明となった討滅者シキを悼み、残された功績を讃えることに終始していた。

 率直に言って、アンリはリョーホの死の記憶に興味がなかった。前世と今世は別の人生を歩んでいるのだから、本人が話したいと思うまで触れる気がなかったのだ。

 だが今となっては、自分から歩み寄ればよかったと後悔している。アンリが知っているのは精々、鍵者だからという理由だけで、リョーホは何度も殺されてきたという事実だけだ。

 そんな記憶がありながら、リョーホはなぜ人間を恨まずにいられたのだろう。ベアルドルフに殺されたというのに、なぜその娘と親しくできたのだろう。

 アンリは、自分が思っている以上にリョーホを知らなかった。

 グレンもきっと、鍵者のことを何も知らないまま生きてきたのだろう。身近な人間であるシキが鍵者であったと、今もなお知らないのだから。

 リョーホはオラガイアでグレンと再会した時、酷く懐かしそうな顔をしていた。だが、シキが鍵者だったことや、生まれ変わったことは決して彼女に伝えようとしなかった。アンジュにも「シキの最期はグレンに教えるな」と固く念押ししていた。

 知らない方が幸せなこともある。リョーホの判断が間違っているとアンリは思わない。

 しかし、グレンの赤錆色の毛髪と、実年齢に不相応な桜色の髪飾りを見るたびに、アンリは胃の奥から苦味が込み上げてくるような感覚に襲われた。桜色の髪飾りは丁寧に手入れされているものの、経年劣化によって端が擦り切れている。表面にはひび割れ模様の金継ぎがされ、どことなく痛々しい印象を与えてきた。

 討滅者シキは、未だ行方不明扱いだ。


 炭鉱都市の最下層には、巨大な油圧式昇降機が鎮座していた。脇のスイッチを押せば格子状の扉が開き、宿一室分の広さがアンリたちを出迎えた。そこへ全員で乗り込むと、グレンは拳を叩きつけるようにして大きなボタンを押した。

 扉が閉じ、不吉な音を立てながら昇降機が降り始める。中央都市にも昇降機はあったが、テララギのそれは手入れが杜撰でハラハラする。油を節約しているのか、箱の縁がワイヤーと擦れて火花を散らした。

 アンリは火花を見上げながらぽつりと言った。

「落ちたりしないよな……」
「怖いこと言うな!」
「シャルなら『重力操作』で止められるじゃん」
「む、そうだな! 頭いいなアンリ!」

 ついさっきまで顔色が悪かったというのに、アンリの言葉を聞いてシャルは一気にご機嫌になった。ついでに、武涛にしがみついて震えていた宇田芸も、いくらか血の気がマシになった。

 よく見れば、ハインキーも心なしか顔色が悪い。アンリやエトロのように空中を飛ぶ狩人と違って、ハインキーは地上戦を得意とする狩人だ。元から高い場所が苦手なのかもしれない。

 ミッサが励ますようにハインキーの背を叩く。その横で、ゼンはマフラーに顔を埋めながらグレンへ言った。

「かなり下まで続いているな?」
「古い文献によれば、ワグリア山の麓まで続いているらしいよ。到着まであと五分ちょっとってぐらいかな」
「そ、そんなに……」

 ハインキーの弱々しい声に、アンリはつい吹き出しそうになった。

 昇降機の不気味な音色は、まだ止まない。
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