237 / 243
7章
(3)テララギの里
しおりを挟む
テララギの里は、ワグリア山の頂上に居を構えた巨大な城塞だ。
里は二層構造となっており、山頂部はドラゴンの襲撃に備え、狩人専用居住区が。反対に山の内部には、トロッコが縦横に走る炭鉱都市が築かれていた。
四角く区切られた炭鉱都市は、昼夜を問わず、船内のように薄暗かった。都市の光源となっているのは、岩肌に根を張ったキノコライトと、青白いガス灯だけである。
ミヴァリアやスキュリアも日照のない里であったが、あちらはギラギラと喧しい街灯で溢れていた。対してテララギを満たす光は、夕暮れに夜の冷たさを潜ませたような、不思議な透明感があった。
道中でようやく意識を取り戻したアンリは、浮き足立つような心地でテララギの商店街を眺めた。アンリは以前にもテララギに立ち寄ったことがあるのだが、何度見ても、テララギの規模には感心せざるを得なかった。
エラムラもスキュリアも、リデルゴア国内で見れば大きな里の部類に入る。が
、テララギは格別だ。
何よりテララギは立地が良い。中央都市にも近く、ドラゴン狩りの最前線からも距離があるため、上位ドラゴンの襲撃が極めて少ない。あったとしても、月に三度なら多い方である。
そのため、テララギでは比較的安全に、物資を豊富に揃えることができた。ドラゴンに対する対策よりも、生活水準を上げる方向に人材を割く余裕があった。
それ故に、テララギはエラムラとは比べ物にならぬほどの技術と活力で満ち満ちていた。
かこん、とヒールの足音を止めて、グレンがくるりとアンリたちを振り返った。
「──ここが私の行きつけの店だ」
商店街の脇道にひっそりとある、酒場印の葡萄看板。穴場という言葉が相応しい小洒落た雰囲気の店だ。むさ苦しい狩人が入るには少々場違いな気がしてくる。
しかしグレンはそういったことを気にしな主義のようで、表情を曇らせたハインキーたちを無視してさっさと店に入ってしまった。
木製のドアが押し開けられ、頭上でドアベルが鳴る。内装は落ち着きのある木目調で統一されていた。天井には黄色や白のキノコライトがふんだんに敷き詰められており、窓がないとは思えぬほどの開放感があった。
店内の人影は疎らだ。カウンターの奥から、読書に耽っていた若い店員がのんびりと出迎えてくる。店員はグレンの顔を見ても特に驚くことはせず、当たり前のように奥の個室へと案内した。
・・・───・・・
「……へぇ、エラムラの里でそんなことがあったんだ」
どこか冷めたグレンの呟きと共に、皿の上のムニエルが切り分けられる。淡白で弾力のある川魚は、牛型ドラゴンのバターと相性が良い。網目状の焼き目と香草の香りが、見る者の食欲を掻き立てた。
アンリたちからこれまでの経緯を聞かされても、グレンは対して驚くことはなかった。予想していた、というよりは、テララギにとってそれどころではないといった様子だ。
聞くところによると、テララギはここ数日の間に、何度もネフィリムの軍勢から襲撃を受けていたらしい。襲撃が始まったタイミングは、マガツヒが復活した日付と重なっている。トゥアハ派の者たちが、本格的に反乱分子を潰しにきているのだろう。
グレンは付け合わせの野菜と一緒にムニエルを食べ切ると、音を立てずにナイフを置いた。
「それで? 貴方たちは、白骨遺跡の門を開けたくてテララギまで来たんだよね? マガツヒを人間に戻す方法と、対ドラゴン用兵器の設計図を手に入れるために」
グレンの向かいに座ったツクモは、まだ湯気を立てている煮物を見つめながら言葉を紡いだ。
「その通りです。もともと寺田木にいる旧人類たちは、新人類に好意的です。マガツヒだけでなく、終末の日を止めるよう協力を仰げるかもしれません」
「でも、門は鍵者しか開けられないんでしょう?」
「私が開けます」
と、宇田芸が素早く挙手をする。彼女の前には空になった丼が三つ積み上がっており、おかわりの肉丼がタイミングよく並べられた。
グレンは宇田芸の大食いっぷりにドン引きしつつ、素直な疑問を口にした。
「貴方も鍵者なの?」
「鍵者から能力は受け継いでいますから、理論的には私でも門を開けられます」
「そんなに簡単に開けられるのなら、わざわざ鍵者なんて御大層な名前がつくと思えない。本当に、貴方で開けられるの?」
「あはは……」
誤魔化すように笑う宇田芸に、皆の視線が突き刺さる。
『旧人類を使って門を開けよう』と発案したのは研大だ。研大はヨルドのサーバー建設に携わり、浦敷博士やシモン博士からも、菌糸やダアトに関する知識を受け継いでいる。そんな彼が言うのだから、となあなあにしていたが、内心では疑うものも少なからずいた。
機械仕掛けの門は鍵者でしか開けられない。あのレオハニーでさえも、鍵者がいなければ浦敷博士に会うことすら叶わなかった。それを、旧人類だからという理由だけで覆せるものなのか?
その問いかけに、旧人類たちは沈黙を返すだけだった。今の宇田芸のように。
長く、ゆっくりと針を刺すような沈黙が降りる。
先に折れたのはグレンだった。
「どうやって門を開けるかは、詳しく聞かないでおく」
「……うん。助かります」
ほっと胸を撫で下ろす宇田芸と武涛を横目に、アンリは胸の内で嘆息した。
今のアンリたちは、藁にもすがる思いでテララギのサーバーを目指している。マガツヒの封印が長く持たない以上、なりふり構っていられなかった。
懸念はある。旧人類は、どのような思惑でテララギの門を開けようとしているのだろうか。もしかしたら、自分たちは研大たちに騙されているのではないか。
アンリたちは研大たちを信用しているが、リョーホたちほど信頼していなかった。しかしアンリたちの力では、提示された選択肢に縋るしかない。
……気味が悪いと、アンリは苦笑する。これではもう、予言書に従うトゥアハ派と同じだ。自分の意思で決めたようでいて、結局他人の意思に振り回されている。
マガツヒの復活を止められなかったアンジュも、このような歯痒さを抱いていたのだろうか。
アンリが顔を上げると、複雑そうに微笑むグレンと目が合った。
「食べ終わったら遺跡まで案内するよ。ネフィリムがまた攻めてこないうちに、早く済ませよう」
そう言って、グレンは食の進んでいないヨルドの狩人たちへもう一度笑いかけた。
・・・――――・・・
テララギの至る所には、毛細血管のようにエアー配管が張り巡らされている。それは山頂の吸気口と繋がっており、およそ三万もの民へ、絶えず酸素を供給していた。
一昔前まで、テララギはここまで大きな都市ではなかった。しかし、討滅者シキが齎した様々な知恵によって、今日までの発展を遂げたそうだ。街中を縦横無尽に走り回る炭鉱トロッコも、討滅者シキの賜物らしい。
いつだったか、ロッシュが言っていた。鍵者は人々に知恵を授けるが、災いを呼ぶ。そのため、災いを招く前に、適切な時期に刈り取らねばならないのだと。
討滅者シキは、リョーホの前世でもあり、鍵者であった。
テララギの民は、討滅者シキが鍵者だったとは知らないのだろう。オラガイアでは鍵者に対する憎しみを散々見せつけられたが、テララギの民からは全くそれらを感じなかった。彼らはただ、行方不明となった討滅者シキを悼み、残された功績を讃えることに終始していた。
率直に言って、アンリはリョーホの死の記憶に興味がなかった。前世と今世は別の人生を歩んでいるのだから、本人が話したいと思うまで触れる気がなかったのだ。
だが今となっては、自分から歩み寄ればよかったと後悔している。アンリが知っているのは精々、鍵者だからという理由だけで、リョーホは何度も殺されてきたという事実だけだ。
そんな記憶がありながら、リョーホはなぜ人間を恨まずにいられたのだろう。ベアルドルフに殺されたというのに、なぜその娘と親しくできたのだろう。
アンリは、自分が思っている以上にリョーホを知らなかった。
グレンもきっと、鍵者のことを何も知らないまま生きてきたのだろう。身近な人間であるシキが鍵者であったと、今もなお知らないのだから。
リョーホはオラガイアでグレンと再会した時、酷く懐かしそうな顔をしていた。だが、シキが鍵者だったことや、生まれ変わったことは決して彼女に伝えようとしなかった。アンジュにも「シキの最期はグレンに教えるな」と固く念押ししていた。
知らない方が幸せなこともある。リョーホの判断が間違っているとアンリは思わない。
しかし、グレンの赤錆色の毛髪と、実年齢に不相応な桜色の髪飾りを見るたびに、アンリは胃の奥から苦味が込み上げてくるような感覚に襲われた。桜色の髪飾りは丁寧に手入れされているものの、経年劣化によって端が擦り切れている。表面にはひび割れ模様の金継ぎがされ、どことなく痛々しい印象を与えてきた。
討滅者シキは、未だ行方不明扱いだ。
炭鉱都市の最下層には、巨大な油圧式昇降機が鎮座していた。脇のスイッチを押せば格子状の扉が開き、宿一室分の広さがアンリたちを出迎えた。そこへ全員で乗り込むと、グレンは拳を叩きつけるようにして大きなボタンを押した。
扉が閉じ、不吉な音を立てながら昇降機が降り始める。中央都市にも昇降機はあったが、テララギのそれは手入れが杜撰でハラハラする。油を節約しているのか、箱の縁がワイヤーと擦れて火花を散らした。
アンリは火花を見上げながらぽつりと言った。
「落ちたりしないよな……」
「怖いこと言うな!」
「シャルなら『重力操作』で止められるじゃん」
「む、そうだな! 頭いいなアンリ!」
ついさっきまで顔色が悪かったというのに、アンリの言葉を聞いてシャルは一気にご機嫌になった。ついでに、武涛にしがみついて震えていた宇田芸も、いくらか血の気がマシになった。
よく見れば、ハインキーも心なしか顔色が悪い。アンリやエトロのように空中を飛ぶ狩人と違って、ハインキーは地上戦を得意とする狩人だ。元から高い場所が苦手なのかもしれない。
ミッサが励ますようにハインキーの背を叩く。その横で、ゼンはマフラーに顔を埋めながらグレンへ言った。
「かなり下まで続いているな?」
「古い文献によれば、ワグリア山の麓まで続いているらしいよ。到着まであと五分ちょっとってぐらいかな」
「そ、そんなに……」
ハインキーの弱々しい声に、アンリはつい吹き出しそうになった。
昇降機の不気味な音色は、まだ止まない。
里は二層構造となっており、山頂部はドラゴンの襲撃に備え、狩人専用居住区が。反対に山の内部には、トロッコが縦横に走る炭鉱都市が築かれていた。
四角く区切られた炭鉱都市は、昼夜を問わず、船内のように薄暗かった。都市の光源となっているのは、岩肌に根を張ったキノコライトと、青白いガス灯だけである。
ミヴァリアやスキュリアも日照のない里であったが、あちらはギラギラと喧しい街灯で溢れていた。対してテララギを満たす光は、夕暮れに夜の冷たさを潜ませたような、不思議な透明感があった。
道中でようやく意識を取り戻したアンリは、浮き足立つような心地でテララギの商店街を眺めた。アンリは以前にもテララギに立ち寄ったことがあるのだが、何度見ても、テララギの規模には感心せざるを得なかった。
エラムラもスキュリアも、リデルゴア国内で見れば大きな里の部類に入る。が
、テララギは格別だ。
何よりテララギは立地が良い。中央都市にも近く、ドラゴン狩りの最前線からも距離があるため、上位ドラゴンの襲撃が極めて少ない。あったとしても、月に三度なら多い方である。
そのため、テララギでは比較的安全に、物資を豊富に揃えることができた。ドラゴンに対する対策よりも、生活水準を上げる方向に人材を割く余裕があった。
それ故に、テララギはエラムラとは比べ物にならぬほどの技術と活力で満ち満ちていた。
かこん、とヒールの足音を止めて、グレンがくるりとアンリたちを振り返った。
「──ここが私の行きつけの店だ」
商店街の脇道にひっそりとある、酒場印の葡萄看板。穴場という言葉が相応しい小洒落た雰囲気の店だ。むさ苦しい狩人が入るには少々場違いな気がしてくる。
しかしグレンはそういったことを気にしな主義のようで、表情を曇らせたハインキーたちを無視してさっさと店に入ってしまった。
木製のドアが押し開けられ、頭上でドアベルが鳴る。内装は落ち着きのある木目調で統一されていた。天井には黄色や白のキノコライトがふんだんに敷き詰められており、窓がないとは思えぬほどの開放感があった。
店内の人影は疎らだ。カウンターの奥から、読書に耽っていた若い店員がのんびりと出迎えてくる。店員はグレンの顔を見ても特に驚くことはせず、当たり前のように奥の個室へと案内した。
・・・───・・・
「……へぇ、エラムラの里でそんなことがあったんだ」
どこか冷めたグレンの呟きと共に、皿の上のムニエルが切り分けられる。淡白で弾力のある川魚は、牛型ドラゴンのバターと相性が良い。網目状の焼き目と香草の香りが、見る者の食欲を掻き立てた。
アンリたちからこれまでの経緯を聞かされても、グレンは対して驚くことはなかった。予想していた、というよりは、テララギにとってそれどころではないといった様子だ。
聞くところによると、テララギはここ数日の間に、何度もネフィリムの軍勢から襲撃を受けていたらしい。襲撃が始まったタイミングは、マガツヒが復活した日付と重なっている。トゥアハ派の者たちが、本格的に反乱分子を潰しにきているのだろう。
グレンは付け合わせの野菜と一緒にムニエルを食べ切ると、音を立てずにナイフを置いた。
「それで? 貴方たちは、白骨遺跡の門を開けたくてテララギまで来たんだよね? マガツヒを人間に戻す方法と、対ドラゴン用兵器の設計図を手に入れるために」
グレンの向かいに座ったツクモは、まだ湯気を立てている煮物を見つめながら言葉を紡いだ。
「その通りです。もともと寺田木にいる旧人類たちは、新人類に好意的です。マガツヒだけでなく、終末の日を止めるよう協力を仰げるかもしれません」
「でも、門は鍵者しか開けられないんでしょう?」
「私が開けます」
と、宇田芸が素早く挙手をする。彼女の前には空になった丼が三つ積み上がっており、おかわりの肉丼がタイミングよく並べられた。
グレンは宇田芸の大食いっぷりにドン引きしつつ、素直な疑問を口にした。
「貴方も鍵者なの?」
「鍵者から能力は受け継いでいますから、理論的には私でも門を開けられます」
「そんなに簡単に開けられるのなら、わざわざ鍵者なんて御大層な名前がつくと思えない。本当に、貴方で開けられるの?」
「あはは……」
誤魔化すように笑う宇田芸に、皆の視線が突き刺さる。
『旧人類を使って門を開けよう』と発案したのは研大だ。研大はヨルドのサーバー建設に携わり、浦敷博士やシモン博士からも、菌糸やダアトに関する知識を受け継いでいる。そんな彼が言うのだから、となあなあにしていたが、内心では疑うものも少なからずいた。
機械仕掛けの門は鍵者でしか開けられない。あのレオハニーでさえも、鍵者がいなければ浦敷博士に会うことすら叶わなかった。それを、旧人類だからという理由だけで覆せるものなのか?
その問いかけに、旧人類たちは沈黙を返すだけだった。今の宇田芸のように。
長く、ゆっくりと針を刺すような沈黙が降りる。
先に折れたのはグレンだった。
「どうやって門を開けるかは、詳しく聞かないでおく」
「……うん。助かります」
ほっと胸を撫で下ろす宇田芸と武涛を横目に、アンリは胸の内で嘆息した。
今のアンリたちは、藁にもすがる思いでテララギのサーバーを目指している。マガツヒの封印が長く持たない以上、なりふり構っていられなかった。
懸念はある。旧人類は、どのような思惑でテララギの門を開けようとしているのだろうか。もしかしたら、自分たちは研大たちに騙されているのではないか。
アンリたちは研大たちを信用しているが、リョーホたちほど信頼していなかった。しかしアンリたちの力では、提示された選択肢に縋るしかない。
……気味が悪いと、アンリは苦笑する。これではもう、予言書に従うトゥアハ派と同じだ。自分の意思で決めたようでいて、結局他人の意思に振り回されている。
マガツヒの復活を止められなかったアンジュも、このような歯痒さを抱いていたのだろうか。
アンリが顔を上げると、複雑そうに微笑むグレンと目が合った。
「食べ終わったら遺跡まで案内するよ。ネフィリムがまた攻めてこないうちに、早く済ませよう」
そう言って、グレンは食の進んでいないヨルドの狩人たちへもう一度笑いかけた。
・・・――――・・・
テララギの至る所には、毛細血管のようにエアー配管が張り巡らされている。それは山頂の吸気口と繋がっており、およそ三万もの民へ、絶えず酸素を供給していた。
一昔前まで、テララギはここまで大きな都市ではなかった。しかし、討滅者シキが齎した様々な知恵によって、今日までの発展を遂げたそうだ。街中を縦横無尽に走り回る炭鉱トロッコも、討滅者シキの賜物らしい。
いつだったか、ロッシュが言っていた。鍵者は人々に知恵を授けるが、災いを呼ぶ。そのため、災いを招く前に、適切な時期に刈り取らねばならないのだと。
討滅者シキは、リョーホの前世でもあり、鍵者であった。
テララギの民は、討滅者シキが鍵者だったとは知らないのだろう。オラガイアでは鍵者に対する憎しみを散々見せつけられたが、テララギの民からは全くそれらを感じなかった。彼らはただ、行方不明となった討滅者シキを悼み、残された功績を讃えることに終始していた。
率直に言って、アンリはリョーホの死の記憶に興味がなかった。前世と今世は別の人生を歩んでいるのだから、本人が話したいと思うまで触れる気がなかったのだ。
だが今となっては、自分から歩み寄ればよかったと後悔している。アンリが知っているのは精々、鍵者だからという理由だけで、リョーホは何度も殺されてきたという事実だけだ。
そんな記憶がありながら、リョーホはなぜ人間を恨まずにいられたのだろう。ベアルドルフに殺されたというのに、なぜその娘と親しくできたのだろう。
アンリは、自分が思っている以上にリョーホを知らなかった。
グレンもきっと、鍵者のことを何も知らないまま生きてきたのだろう。身近な人間であるシキが鍵者であったと、今もなお知らないのだから。
リョーホはオラガイアでグレンと再会した時、酷く懐かしそうな顔をしていた。だが、シキが鍵者だったことや、生まれ変わったことは決して彼女に伝えようとしなかった。アンジュにも「シキの最期はグレンに教えるな」と固く念押ししていた。
知らない方が幸せなこともある。リョーホの判断が間違っているとアンリは思わない。
しかし、グレンの赤錆色の毛髪と、実年齢に不相応な桜色の髪飾りを見るたびに、アンリは胃の奥から苦味が込み上げてくるような感覚に襲われた。桜色の髪飾りは丁寧に手入れされているものの、経年劣化によって端が擦り切れている。表面にはひび割れ模様の金継ぎがされ、どことなく痛々しい印象を与えてきた。
討滅者シキは、未だ行方不明扱いだ。
炭鉱都市の最下層には、巨大な油圧式昇降機が鎮座していた。脇のスイッチを押せば格子状の扉が開き、宿一室分の広さがアンリたちを出迎えた。そこへ全員で乗り込むと、グレンは拳を叩きつけるようにして大きなボタンを押した。
扉が閉じ、不吉な音を立てながら昇降機が降り始める。中央都市にも昇降機はあったが、テララギのそれは手入れが杜撰でハラハラする。油を節約しているのか、箱の縁がワイヤーと擦れて火花を散らした。
アンリは火花を見上げながらぽつりと言った。
「落ちたりしないよな……」
「怖いこと言うな!」
「シャルなら『重力操作』で止められるじゃん」
「む、そうだな! 頭いいなアンリ!」
ついさっきまで顔色が悪かったというのに、アンリの言葉を聞いてシャルは一気にご機嫌になった。ついでに、武涛にしがみついて震えていた宇田芸も、いくらか血の気がマシになった。
よく見れば、ハインキーも心なしか顔色が悪い。アンリやエトロのように空中を飛ぶ狩人と違って、ハインキーは地上戦を得意とする狩人だ。元から高い場所が苦手なのかもしれない。
ミッサが励ますようにハインキーの背を叩く。その横で、ゼンはマフラーに顔を埋めながらグレンへ言った。
「かなり下まで続いているな?」
「古い文献によれば、ワグリア山の麓まで続いているらしいよ。到着まであと五分ちょっとってぐらいかな」
「そ、そんなに……」
ハインキーの弱々しい声に、アンリはつい吹き出しそうになった。
昇降機の不気味な音色は、まだ止まない。
0
あなたにおすすめの小説
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
異世界ビルメン~清掃スキルで召喚された俺、役立たずと蔑まれ投獄されたが、実は光の女神の使徒でした~
松永 恭
ファンタジー
三十三歳のビルメン、白石恭真(しらいし きょうま)。
異世界に召喚されたが、与えられたスキルは「清掃」。
「役立たず」と蔑まれ、牢獄に放り込まれる。
だがモップひと振りで汚れも瘴気も消す“浄化スキル”は規格外。
牢獄を光で満たした結果、強制釈放されることに。
やがて彼は知らされる。
その力は偶然ではなく、光の女神に選ばれし“使徒”の証だと――。
金髪エルフやクセ者たちと繰り広げる、
戦闘より掃除が多い異世界ライフ。
──これは、汚れと戦いながら世界を救う、
笑えて、ときにシリアスなおじさん清掃員の奮闘記である。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる