家に帰りたい狩りゲー転移

roos

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7章

(4)白骨遺跡

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 ゆっくりと速度を落とした昇降機が、錆びついた音を立てながらスプリングと接触する。完全に浮遊感が消えると、カンカンカン、と音を立てながら昇降機の扉が左右に折りたたまれた。

 ワグリア山の最下層は湿った匂いが充満していた。昇降機の外は奈落のように真っ暗で、外に一歩踏み出しただけでも、暗闇の中へ落ちてしまいそうな嫌な想像を掻き立てた。

 アンリたちの手元にある唯一の明かりは、昇降機に備え付けられたキノコライトのみ。その照度は弱々しく、隣にいる人間の顔がギリギリ判別できる程度でしかない。キノコライトを取り外して持ち歩いたところで、大した役目も果たせないだろう。

「明かりはないのか?」
「ちょっと待ってて」

 アンリが呼びかければ、グレンは小走りで昇降機の側面へと回り込んだ。しばらくすると、重々しい音を立ててどこかのレバーが下がる。直後、閃光弾じみた真っ白な光が、昇降機周辺を照らし出した。

 目を閉じて、明かりに慣れるのを待ってから周囲を伺う。

「おぉ……」

 狩人たちから思わず感嘆の声が漏れた。

 先ほどまでの闇が嘘のように、地下空間には昼間のような明るい景色が広がっていた。左右にある滑らかな岩壁には、西瓜すいかサイズの白い照明が吊るされ、その真下には太いケーブルが二本敷かれている。地面は明らかに人工物である石畳が綿密に敷かれており、立派な歩道となって洞窟の奥まで続いていた。

「遺跡にしては、随分と人の手が入っているね」

 昇降機を降りながらアンリがつぶやく。すると、戻ってきたグレンがグレンが考古学者のような口調で話し始めた。

「この昇降機が見つかったのは、今から二百年前。物好きな冒険家が壁を掘ってみたら、この巨大な洞窟が現れたらしいよ。舗装されたこの道も元からだって」

 グレンはそう語りながら、爪先でなぞるように石畳を撫でた。よく見れば、石畳が始まっているのは昇降機から数メートル離れた場所からだ。反対に、昇降機付近は鑿で削ったような荒々しい地面が露出している。

 アンリは石畳と荒い地面の境目を眺めながら、暗闇の中で鑿を振り続ける冒険家を想像した。それから、自分たちがさっきまで通ってきた長い大穴を見上げる。

「昔の人たち、よく白骨遺跡を見つけられたな。何も無いかもしれないのに、こんなところまでワグリア山の中を掘り進めたのか?」

 アンリの問いにグレンは肩をすくめた。

「私のおばあちゃんの話になるけど、言い伝えがあったの。ワグリア山の最も深い場所に、先祖の宝が眠ってるって」
「宝、ねぇ」

 横で聞いていたミッサが苦々しく笑う。白骨遺跡の中には旧人類たちの魂と、忘れられた旧世界の思い出しかない。旧人類にとっては『宝』でもあながち間違ってはいないだろう。が、遺跡を探し求めた冒険家はさぞがっかりしただろう。

 それでも遺跡が荒らされることなく今日まで現存し続けたあたり、冒険家は白骨遺跡に何らかの価値を見出してくれたのかもしれない。あるいは、残さねばならないと思うほどの光景が、そこにあったのか。

 ツクモは延々と続く洞窟の先を見つめながら淡く微笑んだ。

「先祖の宝、という言い伝えも、テララギの適合者が代々語り継いできたのでしょう。いつか目覚める鍵者のために」

 二百年という長い年月の果てに見つかった、白骨遺跡。そこからさらに三百年、テララギの民が途方もない労力をかけて、遺跡に続く道を守り続けてきた。そうして受け継がれてきた思いが、アンリたちの行先を照らしているような気がした。

「行こう。リョーホとエトロの治し方、旧人類に教えてもらうし!」

 冷え切った洞窟の空気を押し返すように、シャルが意気揚々と一歩踏み出した。アンリたちはその小さな背に頼もしさを感じながら、大きな歩幅で未踏の地を踏み締めた。

 洞窟は緩やかに折れ曲がっており、つきあたりが見えなかった。人数が多い分、反響する足音は途切れることなく、むしろ数十人で進んでいるような錯覚に陥った。

 到着地点も見えず、変わり映えのない景色が続く。昇降機でも同じ経験をしたばかりのため、アンリは目的地に近づいているはずなのに、むしろ遠のいているような焦ったさを感じた。

 無言で歩き続けることに飽きたのだろう。列の中間を歩いていたグレンが不意に口を開いた。

「貴方達の話の通りなら、テララギのサーバー? っていうのは、ゴモリーたちから襲撃を受けて壊滅状態なのよね?」

 その問いに武涛が答える。

「ああ。約百年ほど前に、ベートが中央都市の旧人類を呼び込んで、サーバーにウイルスをばら撒いたんだ」
「じゃあ、この先にある白骨遺跡は、もうゴモリーの手中ってことじゃない。本当に門を開けて大丈夫なの?」
「ゴモリーたちがテララギを襲撃した目的は、ダアトと菌糸融合実験のデータの奪取だ。殺人ウイルスを振りまいて徹底的にサーバーを破壊してきたあたり、サーバーを乗っ取ろうとは微塵も考えていなかっただろうさ」

 武涛の吐き捨てるような言葉尻に、グレンは固く口を引き結んだ。

 浦敷博士の証言通りなら、テララギのサーバーは今や廃墟も同然だ。内部はウイルスのせいで人が住めない環境と化し、中央都市の人間も、わざわざ浄化してまで住もうとは思うまい。そういう意味では、テララギはゴモリーの魔の手から逃れているようなものだった。

「とはいえ、サーバー内の一部の区画はまだ生きているはずだ。汚染区画を浄化するプログラムも持参している。意地でも復旧させてやるさ」

 と、武涛は厳つい顔で息巻いた。

「……そう。旧人類にもいろいろあるのね。事情ってやつ」

 グレンは遠くを見据えながら口元を緩めると、それきり黙り込んでしまった。

 しばらく進んでいくと、だんだんと道が広くなり、洞窟の天井も遠のき始めた。テララギの民が設置したであろう西瓜サイズの照明がぱったりと途切れ、代わりに、遠くでぽつぽつと街灯が灯っているのが見えてくる。

 じわじわと開けていく視界に、ヨルドの狩人たちの足取りが鈍り始めた。

 開けた場所には、ほぼ必ずドラゴンがいる。ドラゴンの気配はないが、経験で染みついた危機感が勝手に警鐘を鳴らした。

 だが、グレンだけは速度を緩めることなく、シャルの隣に並ぶように進み続けた。

 やがて、ここが山の内部であると感じさせないほどに壁が遠のいた。天井も壁も見えない広々とした空間は、屋外だと勘違いしそうなほど開放的だった。

 街灯の灯りが近づいてくる。街灯に照らされた道の両脇には、四角い建物が大小さまざまに立ち並んでいた。菌糸能力で組み立てたものとは違う、滑らかな輪郭だ。一目で高度な技術の片鱗を感じ取れる。

「……街、か?」

 ゼンの呟きで、アンリはようやくそこが街だと気づいた。てっきり荒れ果てた遺跡が広がっているものとばかり思っていたため、建物の形状ばかりに気を取られていた。

「ってことは、ここが白骨遺跡か?」
「まだ先よ。ここは言うなれば、遺跡の出入り口みたいなものね」

 グレンは心なしか鼻が高そうに笑うと、こっち、と手招きをしながら歩き出した。

 コツコツと小気味良い足音を追いかけながら、ミッサはミッサはすぐそばの壁を手のひらで叩いた。

「わざわざ山の中に街を作ったのかい? 旧人類もよく分からないこと絵尾するねぇ」
「──いいえ。街の上にワグリア山が築かれたのでしょう。この地面を見てください」

 と、ツクモが不自然に盛り上がった地面を指差した。その地面は、硬めの絵の具をチューブから押し出したように変形していた。表面には不定形の模様が刻まれ、薄らと赤く点滅しているように見える。

 シュレイブはじっと目を凝らした後、甲高く息を呑みながら口を押さえた。

「れ、レオハニー様の菌糸模様……!」
「えっ!?」

 グレンが思わず大声を上げる。その横で、クライヴが納得したように言葉を紡いだ。

「以前レオハニー様も仰っていたな。研究施設を隠すために溶岩で周りを固めて埋めたと」
「じゃあ、ワグリア山自体が、レオハニー様の菌糸能力の産物ってこと!?」
「つくづく恐ろしい人だよ。全く……」

 驚愕するグレンに続いて、クライヴが呆れたように額を抑える。

 山頂付近で鉱物が取れるのだから、ワグリア山の全てがレオハニーに作られたわけではないだろう。だが少なくとも、山の土台は彼女が作り上げたのは確かだ。

 一人で神話でも作るつもりなのかあの人は、とアンリはぼやく。すると、後方で黙りこくっていた宇田芸が、草原を散策するような歩調で道を外れた。

「おい──」
「寺田木大学の敷地、そのまま残ってる……」

 その声色は、普段の明るい彼女とは似ても似つかないほどひっそりとしていた。

「ダイガク?」

 シャルが首を傾げると、宇田芸はにこにこしながらスキップした。

「そう。ここにはね、たくさんの人が集まってたんだ。勉強を教える人、学ぶ人、自分の研究をする人、友達の顔を見に来た人……あっちの建物、見える?」

 宇田芸が指し示した方向には、やたら横に広い鈍色の建物があった。

「あそこの研究棟がね、第二の寺田木研究所になったの。最初の研究所は、核戦争が始まってすぐに倒壊しちゃったから」
「浦敷博士たちは、あそこで菌糸融合実験を行っていたのか」
「そうだよゼンさん。あの研究棟のすぐ横に、機械仕掛けの世界がある」

 宇田芸は舗装された道に戻ることなく、ふらりと研究棟へ歩き出す。狩人たちは自然と彼女を追いかける形になった。

 夢遊病のような足運びで、宇田芸は空を見上げながらけらけら笑う。

「私さぁ、この大学の二年生だったんだよね。栄養士を目指しててさ、とにかく美味しいものを食べるのが好きで、作るのも好きだったの。けど、たくさんご飯が食べられるのは、綺麗な土地と、綺麗な水がたくさんあってこそじゃん。放射能が降ってきたらさ、美味しく食べられるものなんて、ほとんどなくって」

 名も知らぬ建物を通り過ぎるたびに、研究棟は見上げるほど大きくなっていく。同時に、遠目では見えなかった細かなヒビや割れた窓がはっきり視認できるようになった。研究棟だけが、明らかに劣化している。

「世界が崩壊した後、私は大学でお料理担当になったんだ。それは別に構わなかったんだけど、食べるたびにね、この食べ物にはどんな毒が入ってるんだろうってずっと考えちゃうの。なんとか味付けして美味しくしても、未知の毒が入ってたら、私が、皆を殺しちゃうんだって思って……全然、美味しくないんだよ」

 宇田芸は研究棟のガラスドアの前でしばし立ち止まった。それから、隣に鎮座する銀色の大きな箱へ近づいていく。

「テララギのご飯、美味しかったな。もちろん、ヨルドの里のご飯も大好きだよ。なんだか大学の食堂に似てて、懐かしくて……」

 彼女の指先が、銀色の箱に触れる。途端、箱の中からガラスが割れるような音がした。

 遅れて、箱の蓋が左右に開かれ、内側に隠されていた地下階段が露わになる。

「もっと色んな里のご飯、食べてみたかったな」

 パチリ、とスイッチを押せば、地下階段に明かりが灯る。宇田芸はくるりとこちらを振り返って、背中で両手を隠しながら笑いかけてきた。

「さぁ行こっか! 世界を救いに!」

 そこにはもう、食いしん坊の明るい女性が舞い戻っていた。先ほどの鬱々とした雰囲気を払拭させるほどの笑顔である。

 彼女の笑い方が誰かに似ている気がして、アンリは胸の奥にじくりと膿が溜まるのを感じた。
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