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捕らわれて

一方の彼らは

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 冬華が出かけて1時間が過ぎた。

「ただいま」

 鷲と御堂が玄関を開けると、ゆかりんが不安そうな顔で出迎えた。

「あのね、冬華がまだ帰ってこないの。スマホも繋がらないんだけど、どうしたんだろう」
「ちょっと見てくるよ。道に迷っているのかもしれないし」

 荷物を置いた鷲が玄関に向かったその時、
「ゆかりの友達は他にも来ていたのか。ほら、前に夢野さんと3人で撮ったって、写真を送ってくれただろう? あの子が公園にいたぞ」
 祖父の言葉に一同の動きが止まった。

「え? ええと、おじいちゃんに見せた写真の……もしかして、ともちゃん?」
「ああ、さっきばったり会ってな。どこかで見たなと思って、やっと思い出したよ。うちにも来てもらえば良かったのに。別のグループで行動していて、後でお前たちと合流する予定だと言ってた。夢野さんも一緒にいたが、具合が悪いらしくてな。病院に連れて行くから、ゆかりによろしくって」

「彼女の他に誰がいましたか」
 鷲が聞く。

「背の高い男が夢野さんを抱えていたよ。それがおかしな奴で、儂をジッと見て『何故だ、何故読めない』って繰り返して。そうしていると運転席にいた美人が『夢野さんが貧血を起こしたので病院に連れて行きます。ゆかりさんに大丈夫ですって伝えてくださいね』って言って去って行ったんだが。えっ、もしかしてあの人達は知り合いじゃなかったのか?」

「いえ、知り合いです。教えて頂いてありがとうございました」
 鷲が笑顔で告げると、祖父は安心したようにその場を離れた。

「神冷と北川先生だな」
「ともちゃん、あの2人と親しかったっけ……」
 御堂とゆかりんが顔を見合わすと、
「脅されているのかもしれない。若しくは洗脳されているか」
 険しい顔で鷲が言った。

「神冷先輩は人の記憶を操れるんだっけ。あれ? じゃあおじいちゃんはどうして大丈夫なんだろう。会ったのなら絶対に記憶を消されてるよね」
「さあ、確か同じ時代を生きた人には通用しないとか聞いたような……ゆかりちゃんのおじいちゃんって、前世はすごい有名人だったとか?」
「すごい有名人って?」
「そうだなぁ、後白河法皇とか、平清盛とか?」
「もしそうなら、おじいちゃん尊敬する」

 わいわいと話す2人とは対照的に、鷲は力なく呟いた。
「結局また同じ歴史を繰り返すのか……」
「え? 同じって?」
 ゆかりんが聞く。

「以前も、こうやって彼女と離れ離れになったんだ」
「以前って、前世の話だよね。その時はどうなったの?」
「離れ離れになってから、もう二度と逢うことはなかった。逢いたいと願いながら、別々の場所で命が尽きたんだ」
「そんな……」
「今度こそ、離れ離れにならないと思っていたのに」
「ねぇ、以前そうだったからって、今回もそうなるとは限らないよ。3人で考えよう。まずは冬華がどこにいるのか」
 力強くゆかりんが言うと、
「そうだな。ゆかりちゃんの言う通りだ」

 御堂が頷き、続ける。
「すでに四国は出てるだろうな。あの人が行くとすれば鎌倉、いや伊豆かもしれない。3人で捜しに行こう。鷲、落ち込んでいる暇はないぞ」
「そうだな。ありがとう」
 2人の言葉に鷲は微笑んだ。

 それから数時間後の夕方、3人は日本地図を広げていた。
「さて、どこから捜そうか」
「まず、瀬戸大橋を通って本州まで出よう」
「ともちゃんに電話しているんだけど、繋がらない。メッセージも読まれてないみたい」

 その時、
「おーい、大変だ。今テレビをつけたら、すごいことになってるぞ」
 祖父の声で3人はリビングへと向かった。

 テレビ画面には次々と全国各地の様子が映し出されていた。ヘルメットをかぶったアナウンサーが、マイクを手に被害状況を伝えている。

「数時間前に、関東で大きな地震があったらしい。それに連動するかのように、中部、近畿、中国地方と本州全体が数10分おきにかなり揺れたようだな」
 祖父は心配そうに言って、テレビ画面を見つめている。

「被害がかなり広範囲に渡っていますね」

 最大震度6、5強、5弱……本州全体と九州の地名が震度と共に次々と告げられていた。

「おいおい、まじかよ。うちの店、大丈夫かな」
「家も大丈夫かな。こっちはほとんど揺れなかったのに」

 心配そうにゆかりんが言うと、祖父が「電話をしてくる」と立ち上がった。

「これはまずいんじゃないのか。ライフラインとか。あっ、これって、あいつが鷲に言った災害じゃないか? 数日前に台風の水害があったばかりだろう。あれだって被害は広範囲に渡っていたんだ、それに加えて今回の地震なんて」
 御堂の言葉に険しい顔で鷲が頷く。

 ここ最近、大型の台風が続けて日本列島直撃していた。そのせいで、大規模な水害が各地で起きていたのだ。日本各地で土砂崩れや浸水が起こり、多くの人が避難所生活を余儀なくされている。それに続けてこの地震だ。3人は吸い込まれるように画面を見つめる。

「あの人はきっとこの騒ぎの乗じて、国を乗っ取るつもりだよ。以前冬華に、2人でもう一度この国を造ろうって言ったらしいんだ」
「は? それは無理だろ? この国には政府があるんだぞ。一端の高校生がどうやって国を乗っ取るんだよ」
「あの人は以前からこの災害を知っていた。この時に合わせて何かを企てていたとしか思えない。だから冬華を連れ去った。僕はそれを全力で止める。結局どこへ逃げたとしても、あの頃のように戦うしかないんだ。いずれはあの人と一戦を交えなきゃいけない」
「でもな、どこにいるのかも分からないんだぞ。まずはどこを探すか、それを今から3人で考えようぜ」
「そうだね」
 御堂とゆかりんが顔を見合わすと、

「ゆっくり考えている暇なんてないよ。僕は必ず、冬華を取り返す。そしてあの人に勝つ」
 それだけ言って、鷲は部屋を出て行こうとする。

「え? ちょっと待てよ。せめて蒲島さんに連絡しよう。昼間に会ったばかりなんだから、まだこっちにいるんだろ? 一緒に探してくれるかもしれないぞ。おい、だから朝になるまで待てよ、どこも地震で危険だろう。だいたい、どこへ行くんだよ」

 御堂の言葉も虚しく、鷲は着の身着のまま玄関を飛び出して行った。

「ああ、また総大将が自ら突っ走って」
「椎葉くん、一人で行っちゃったね。私達はどうする?」
「行くしかないだろうな。ゆかりちゃん、ついてきてくれるか?」
「もちろん、私はずっと御堂さんと一緒だよ」
「あのさ。そろそろ御堂さんじゃなくて、名前で呼んでくれないかな」
 御堂が照れくさそうに言うと、
「そっか。確かにいつまでも御堂さんっておかしいよね。ええと『たけお』だから、たけちゃんて呼んでいい?」
「え? たけちゃん……はちょっと……もっと何か、まぁ、やっぱり御堂さんでいいんだけど……」
 この外見にたけちゃんはないだろうと思って、もごもごと否定する。
「じゃあ、たっくんね。決まり。もう変更は受け付けません」
 ゆかりんはにっこりと笑った。

「たっくん? それも……まぁ、いっか」
「それで椎葉くんはどこへ行ったの?」
「さぁ。でもあいつ、一度家にアレを取りに帰ったのかも」
 何かを思い出したように御堂は言った。

「じゃあ、私達も明日の朝ここを出て、一度家に戻ろうか」
「そうだな。夢野さんより、まずは鷲を探さないと。あいつ、すごいんだけど独断で行動しすぎなんだよ」
「まぁ、義経だから」
 取り残された2人は、曖昧な笑みを浮かべて顔を見合わせた。

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