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5章 トゥルースオブマインド

150話 鼓舞の言葉

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 アスク教国からアストライア王国に宣戦布告が出されたらしい。
 なんでも、王国の行いは神への冒涜とのことだ。
 女神アルフィラは暴虐を尽くす王国を許さないと。
 バカバカしい。本人を見たことがある身としては、見当違いも良いところだ。
 絆なき者を許さないなら、理解はできるのだが。

 ついでに、ディヴァリアは私欲をむさぼる魔女で、ミナは世界征服を目論んでいるのだとか。
 ディヴァリアが聖女としてやってきたことを考えると、怒りすら芽生える。
 本性を考えたとしても、私欲をむさぼるとは程遠い。
 結局のところ、教国は自分達の本音をなすりつけようとしたのだろうな。
 私欲をむさぼっているのも、世界征服を目論んでいるのも、教国自身に思える。

 まあ、実際のところなんてどうでもいい。ディヴァリアとミナの敵は俺の敵。それだけだ。
 ミナによると、峡谷は今から軍を編成して攻めてくるらしい。
 どうせなら、宣戦布告と同時に攻め入るくらいが効率が良いと思うのだが。
 とはいえ、敵の判断が悪い分には歓迎すべきだ。敵は愚かであるほど良い。
 もう、戦わないという道は残っていないのだから。せめて楽に勝たせてくれ。

 ミナは軍をまとめていて、俺達で演説をして士気を高めることになっている。
 少なくとも一戦は、教国の軍とぶつかるわけだからな。恐らくは先遣隊ではある。
 だから、初手で大きな損害を与えて引かせられれば良い。
 おそらくは、一度勝っただけでは引いてくれないというのがミナの見立てではあるが。

 敵が攻撃を続けるかどうかは、ミナに筒抜けみたいだ。
 結局のところ、教国にもミナの価値は理解できていないのだろうな。
 悲しくなるが、今は都合がいい。ミナの力を借りて、手早く終わらせられそうだから。

 演説をするのは、俺、ディヴァリア、ミナとシルク、ルミリエにソニアさん。
 今回の戦いで重要な役割を担う人達。そして、ある程度名のしれた人達でもある。
 やはり、士気をあげるには知名度が重要だよな。前世でも同じだったはずだ。
 さて、兵士は広場に集まっていて、演説の後から移動する。
 今は王都だから、しばらくは移動時間になるな。

 転移装置でできるだけ国境近くまでは移動する。それでも、戦場にしたいのは教国の中だからな。
 残りは普通の移動手段だ。馬や徒歩を組み合わせた感じだな。
 相手も似たようなものだから、移動時間が勝負になる。
 とはいえ、こちらはすでに軍の編成を終えていて、敵は今からまとめるようだ。
 戦争に慣れていないのなら、おかしくはないのだろうか。ミナの工作が効果を発揮したのだろうか。
 いずれにせよ、都合がいい。準備を整えてからぶん殴れるわけだからな。

 俺達は整列した兵士達の前にいる。
 ハッキリ言って、ミナは兵士達を戦力としては数えていない。
 ただ、人数がいればできることはあるからな。戦闘以外の役割はある。
 捕虜を取るつもりはないらしいが。それでも、占領などには使えるのだろう。
 まあ、今回の戦争で、俺の役割は戦うことだけ。細かいことは、頼まれたら手伝うだけでいいだろう。
 俺は政治のたぐいは素人なのだから。余計な手出しをするべきではない。

 ミナが壇上に登ると、兵士達は一斉に敬礼した。よく訓練されている。
 なのに、ただの数合わせでしかないのだから、残酷なことだ。
 心奏具の存在もあって、強者と弱者の差が激しいんだよな。
 俺だって、万の軍勢を打ち破ることは可能だと思うし。
 ディヴァリアは言うに及ばずだ。

 まあいい。今からはミナの演説だ。俺もしっかりと聞かないとな。
 ゆっくりと話し始めるミナは、見た目の可憐さとは程遠い威厳がある。
 兵士達も、聞き入ろうとしている様子だ。

「さて、アストライア王国は、アスク王国に宣戦布告されました。皆さんもご存知だと思います」

 静かな空間に、ミナの透き通った声が響いていく。
 誰もがミナに従うことを当然だと感じている雰囲気だ。良い流れだな。

「教国は、王国が安息を得ることを許せなかった。帝国に勝って、強国となることを許せなかった」

 事実が何であれ、俺達にとっては正しい認識だ。敵国として倒すために、切実な事情などいらない。
 ただ、教国が悪であれば良い。攻め込んできたのだから、王国にとっては真実悪なのだ。

「王国の平和を守るため、教国の悪事を許してはなりません! 皆、力を貸してください!」

 歓声が沸き上がっていく。いいな。この調子なら、ミナが心から王と認められる日も近いだろう。
 そういえば、王都に居る兵士はクーデターの鎮圧にも力を貸している。ミナの頼もしさを知っていて当然か。
 ミナの指示があれば、大抵の敵には勝てる。そう思える程度には、頼りになる相手だからな。

 そのままミナは壇上から降り、次はディヴァリアだ。
 相変わらず、表情を作るのがうまい。決意を秘めた目だと、誰でも分かりそうな顔だ。
 王国の現状を打ち破るつもりなのだと、簡単に想像できるだろうな。

「私達の望む国は、隣に立つ人々が笑ってられる国です。教国は、民達の笑顔を奪おうとしている。私も立ち上がります! 子ども達を始めとした、みんなの笑顔のために!」

 いかにもな綺麗事だが、ディヴァリアほどの美人が言うと何もかもが違うと感じる。
 それに、聖女という名前も良い方に働いているのだろう。兵士達は感動している様子だ。
 これまで、ずっと戦ってこなかったもんな。ディヴァリアは。

 続いて俺の番だ。言うべきことは決まっている。

「ミナ王女や、聖女ディヴァリアも立ち上がって、勇者が戦わないなんて、ありえないよな! 皇帝レックスのように、教皇ミトラを討ち果たしてみせる!」

 演出のために手に持った剣を掲げると、勇者コールが沸き起こった。
 やはり、俺にも兵士達の期待が乗っているのだろう。負ける訳にはいかないよな。
 王国の未来を守って、俺達は平和な日々を過ごすんだから。
 そのためにも、兵士達にも全力を尽くしてもらおう。

 続いてはシルクの出番。凛とした雰囲気で背筋を伸ばすシルクは、姿勢に見合ったよく通る声で話し始める。

「アルフィラ教会では、民の安らぎを祈っています。ですが、教国の動きは私達の思いに反するもの。我々としても、教国の暴走に手を貸すわけにはいきません!」

 女神アルフィラを信仰するものとして、教国を敵に回すのが恐ろしい。そんな人もいるかもしれない。
 なにせ、教国はアルフィラ信仰の総本山だからな。
 それでも、教会の中にも反対勢力が居ると示す。その事実は大きいはずだ。
 実際、安堵らしきため息をついている人間も見える。

 次いで、ルミリエだ。

「戦争が起こっちゃったら、歌を素直に楽しめないよね。だから、素敵な歌を響かせるために、教国を止めるよ!」

 ルミリエの言葉には実感がこもっているようで、共感している兵士の姿が見える。
 そうだよな。娯楽は平和があってこそ。命の危機が目の前にあって、それでも楽しいことを追い求めるのは難しい。
 だからこそ、ルミリエの言葉は兵士達に染み込んでいったのだろう。
 明るいルミリエの元気は、確かな感情の理解に支えられていると分かるよな。

 そして、最後はソニアさん。いつもの柔らかな雰囲気はなく、圧力が強い。
 近衛騎士団長としてのソニアさんは、今見ているものなんだろうな。

「救国の士よ、立て! 教国は王国を踏みにじる! 防げるのは我々だけ! 命を賭して、王国を守るのだ!」

 ソニアさんが剣を振り上げると、王国の兵たちは敬礼で返した。
 さて、これで戦いに向けて動き始める。何が何でも勝って、最後の戦いにしてみせる!
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