転生令嬢は覆面ズをゆく

唄宮 和泉

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第三章 未開発の森

#76 幼馴染み

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「君が、魔獣を結界で閉じ込めている魔法使いか?」
 やけに美形な男性が、フェーリエを見下ろす。周りにいる冒険者達よりも、彼はかなり若く見える。
 それもそのはず。彼はクロリネと同い年なのだから。
「そうですけど……貴方は?」
 一応、知らないふりをしておかなければ。彼は所謂、幼馴染みと言える存在である。
「冒険者をしているのに、ウィクトールさんを知らないとは……」
「構わない。彼女たちは最近冒険者になったばかりなのだから」
 周りの金魚の糞が喚き散らす。それをウィクトールが止める。
(ああ、見慣れた光景だなぁ)
 フェーリエはフードの下で目を細める。正直彼のことは苦手だ。
「私はウィクトール。Aランクの冒険者だ」
「ウィクトールさんはこの中で最もSランクに近いお方だ。新参者が口をきけるようなお方では……」
「よせ。新参者でもBランクだ。差異は無い」
 あの彼の口からそんな単語が出るとは。いや、彼らしい言葉か。
 ウィクトール=グラディス。グラディス家はクラヴィス家と同じ伯爵家だ。騎士の家であり、剣を極める者が多い。そんな彼は実力主義者であり、女子供であっても力なき者には冷たく当たる。魔法は認めない、肉体主義者でもある。
 同い年のクロリネはさして剣の才が無かった。そしてその妹であるフェーリエは魔法の才があった。同じ伯爵家と言うこともあり、顔を合わせる機会は多かった。そのたびに冷たい言葉を掛けてくるこの男が、フェーリエは大の苦手だった。
(なんで冒険者やってるの?しかもなんでAランクなの?五男だから?早々に放り込まれたの?)
 この人にだけは冒険者をしていることを知られたくは無い。魔法なんて軟弱なものは戦いの場に相応しくない。そう言われた記憶は新しい。
「こちらも名乗った。そちらも名乗るのが筋では無いのか?」
 ああ、終わった。名前を聞かれたらばれる可能性が多い。ミドルネームなのに……。
「ルナです」
「ユースだ」
 ユースは敬語を使わなかった。一体何処で判断をしているのか……。年齢なのか?確かに年は同じだが。
「……ルナ、か」
 ウィクトールは吟味するようにフェーリエの名前を呟く。
(ここは……開き直るべき?)
「知り合いに似ている気がしたが……間違いのようだな」
 その言葉にゆっくり頭を上げると、冷たい目がこちらを見ていた。
「わかりやすく本名を使いはしないだろう……。それに、あいつに魔獣を相手取れるほどの才は無い」
 ウィクトールは独り言を呟く。ばれなかったことは良いことだが、かなり失礼ではないのか。
(こいつ……私の何を知って才が無いとか言ってんのよ!!)
 しかし、何も言うわけにはいかない。黙っていると、ウィクトールは興味を無くしたように踵を返した。
「知り合いか?」
「全っ然!知らないヒトです!」
 平静を装うとするが、言葉に力がこもる。
(ああむかつく。魔獣にその顔グチャグチャにされてしまえ!)
 すかしたその顔が歪む様が見てみたい。兄のことも馬鹿にするようなこんな性悪男、多少傷ついても誰も悲しまない。フェーリエはムカムカした気持ちのまま、魔獣討伐のメンバーについて行った。

 
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