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第3章 緑龍已樹
第4話 龍の国の王<緑龍已樹>
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緑あふれる広大な土地。
近隣諸国の中でも群を抜いた軍事力。
龍の加護を受けていたこの土地は、どこよりも豊かな国でした。
あの日までは……――
*****
あれは私がまだ幼く、王子と呼ばれる身分であったころ。
私は、彼女に出逢いました。
姫神子――神に愛された神の子供。
姫神子様がいるだけで、その土地は潤い、いかなる穢れからも護られる。
姫神子様がいるだけで、その国の繁栄は約束されたも同然でした。
現に私が生まれた龍の国も、近隣諸国の中ではどの国よりも大きく、豊かに繁栄できたのは姫神子様がいたからこそ。
姫神子様がいらっしゃるこの土地の恵を、神も龍も枯らすわけがないのです。
だから私たちは姫神子様へ最上級の敬意と感謝を持って、姫神子様に尽くさねばならないのです。
姫神子様が、誰よりも幸福でいられるように……。
ですが愚かな先々代の王は、姫神子様のお力がまるで底なしの泉から際限なく湧き出るものだというように、いいように使い倒し、衰弱していく姫神子様を見ようともせず、戦に明け暮れました。
姫神子様と龍の加護。
その2つを手にした自国に敗北などありえないと、あらゆる国、民族に戦をしかけ領土を拡大していきました。
その裏で、姫神子様が衰弱していっていることにも気づかずに……。
どんなに特別な力を持っていようと、姫神子様も人。
姫神子様にも休息が必要でした。
そのお力には限界がありました。
戦のたびに傷ついた土地を癒し、休みなくそのお力を搾取され続ける姫神子様でしたが、それでもこの国に留まってくださっていました。
私が姫神子様に初めて出逢ったとき、姫神子様のお身体は見るからに限界を迎えていて、子供の私から見ても痛々しく、この姫神子様のお姿を見て、なぜ先々代の王は気づかないのかと、憤りを覚えました。
「姫神子様、どうしてこんな国に留まるのですか。こんな国、捨ててしまったほうが、姫神子様のためになるとは思いませんか」
姫神子様と言葉を交わすことは禁じられていましたが、言わずにはいられませんでした。
当時、戦や国政で親にも祖父母にも構ってもらえなかった、だたの子供の八つ当たりだったかもしれません。
いずれは跡を継ぐべき王子が、自国に対して「こんな国」などとおかしな話です。
ですが、そのとき姫神子様はおっしゃいました。
「私は好きよ、この国が」
ふわりと笑うその瞬間、私は恋に落ちたのです。
ですが同時に、知ってしまいました。
「私が生まれた国だもの。それに」
空を見上げる姫神子様は、とても愛おしい者を見るような表情で、その様子に私は悟りました。
「ここは、彼のいる場所だから」
そのお言葉が真実なのだと私に告げました。
そして私たち王族の罪を、まざまざと見せつけられたのです。
この方は龍の姫であり、私の想いが届くことも叶うこともない。
そして、その龍を想う心を利用され、掌握されているのだと。
心を惑わす術は、王族である緑龍が最も得意とする術です。
そのあとすぐに、私が屋敷を抜け出したことがバレて連れ戻され姫神子様と言葉を交わしたのはそれが最初で最後となりました。
ですが、私は誓ったのです。
私が王となりこの国を継ぐ日が来たら、姫神子様を自由にして差し上げようと。
もうそのお力を無為に使わずにいいように、姫神子様が心から幸福でいられるようにこの国を変えようと。
そう、誓ったのです。
姫神子様が亡くなられたのは、それからほんの数日後のことでした――
姫神子様を亡くしたことで、この国を守護していたはずの龍は怒り狂い、先々代の王の命を奪いました。
先々代の王は最期まで「姫神子が死ぬはずがない」と喚いていたそうです。
狂った王は、死の寸前まで狂ったままでした。
神子様を失った龍は、先々代を殺めただけでは気が収まらず、手当たり次第に殺戮を繰り返しました。
どれだけの民が、王族が、命を落としたがわかりません。
私の父も母も亡くなりました。
ですが、計り知れない龍の怒りを鎮めるためには私たちはただ大人しくその怒りを受け入れるしかありませんでした。
衰弱していく姫神子様を見殺しにした、これは罰です。
どんなに惨い死に方を課せられようと、受け入れる義務があります。
あの日の悲鳴、断末魔が今でも耳にこびりつく……。
そうして龍がひとしきりに破壊の限りを尽くしたあと、残ったのは無残に荒れ果てた国だったものの残骸でした。
龍は山に籠り、それ以来その姿を見ることはありませんでした。
龍の国は、龍の加護を失ったのです。
*****
かつて、龍の加護を受けていたこの国は緑あふれる豊かな土地でした。
それが、今ではどうです?
見渡す限り荒れ果てた灰色の土地。
植物は育たず、ロクな作物の収穫が見込めない。
姫神子様を殺し、龍の怒りを買い、その加護を失った龍の国。
幼い私が王となり、引き継いだのはそんな国でした。
かつての豊かさなど見る影もなく、枯れ果ててしまった土地を再興させるためには、龍の許しを得る他、方法がありません。
ですが、姿を現すことさえない龍に償うことさえも許されないのだと受け入れるしかなかった日々に、ようやく終わりが告げられました。
この世界に再びお生まれになってくださった姫神子様。
無事にこの国にお連れすることができました。
ようやくあの日の過ちを、償うことができる絶好の機会に巡り逢えたのです。
みすみす見逃すことなんて、できるわけがないでしょう?
眠る姫神子様は、まだ幼くあどけない表情を浮かべていらっしゃる。
今度こそ、アナタを幸せにして差し上げますよ。
私の手で、ね……?
近隣諸国の中でも群を抜いた軍事力。
龍の加護を受けていたこの土地は、どこよりも豊かな国でした。
あの日までは……――
*****
あれは私がまだ幼く、王子と呼ばれる身分であったころ。
私は、彼女に出逢いました。
姫神子――神に愛された神の子供。
姫神子様がいるだけで、その土地は潤い、いかなる穢れからも護られる。
姫神子様がいるだけで、その国の繁栄は約束されたも同然でした。
現に私が生まれた龍の国も、近隣諸国の中ではどの国よりも大きく、豊かに繁栄できたのは姫神子様がいたからこそ。
姫神子様がいらっしゃるこの土地の恵を、神も龍も枯らすわけがないのです。
だから私たちは姫神子様へ最上級の敬意と感謝を持って、姫神子様に尽くさねばならないのです。
姫神子様が、誰よりも幸福でいられるように……。
ですが愚かな先々代の王は、姫神子様のお力がまるで底なしの泉から際限なく湧き出るものだというように、いいように使い倒し、衰弱していく姫神子様を見ようともせず、戦に明け暮れました。
姫神子様と龍の加護。
その2つを手にした自国に敗北などありえないと、あらゆる国、民族に戦をしかけ領土を拡大していきました。
その裏で、姫神子様が衰弱していっていることにも気づかずに……。
どんなに特別な力を持っていようと、姫神子様も人。
姫神子様にも休息が必要でした。
そのお力には限界がありました。
戦のたびに傷ついた土地を癒し、休みなくそのお力を搾取され続ける姫神子様でしたが、それでもこの国に留まってくださっていました。
私が姫神子様に初めて出逢ったとき、姫神子様のお身体は見るからに限界を迎えていて、子供の私から見ても痛々しく、この姫神子様のお姿を見て、なぜ先々代の王は気づかないのかと、憤りを覚えました。
「姫神子様、どうしてこんな国に留まるのですか。こんな国、捨ててしまったほうが、姫神子様のためになるとは思いませんか」
姫神子様と言葉を交わすことは禁じられていましたが、言わずにはいられませんでした。
当時、戦や国政で親にも祖父母にも構ってもらえなかった、だたの子供の八つ当たりだったかもしれません。
いずれは跡を継ぐべき王子が、自国に対して「こんな国」などとおかしな話です。
ですが、そのとき姫神子様はおっしゃいました。
「私は好きよ、この国が」
ふわりと笑うその瞬間、私は恋に落ちたのです。
ですが同時に、知ってしまいました。
「私が生まれた国だもの。それに」
空を見上げる姫神子様は、とても愛おしい者を見るような表情で、その様子に私は悟りました。
「ここは、彼のいる場所だから」
そのお言葉が真実なのだと私に告げました。
そして私たち王族の罪を、まざまざと見せつけられたのです。
この方は龍の姫であり、私の想いが届くことも叶うこともない。
そして、その龍を想う心を利用され、掌握されているのだと。
心を惑わす術は、王族である緑龍が最も得意とする術です。
そのあとすぐに、私が屋敷を抜け出したことがバレて連れ戻され姫神子様と言葉を交わしたのはそれが最初で最後となりました。
ですが、私は誓ったのです。
私が王となりこの国を継ぐ日が来たら、姫神子様を自由にして差し上げようと。
もうそのお力を無為に使わずにいいように、姫神子様が心から幸福でいられるようにこの国を変えようと。
そう、誓ったのです。
姫神子様が亡くなられたのは、それからほんの数日後のことでした――
姫神子様を亡くしたことで、この国を守護していたはずの龍は怒り狂い、先々代の王の命を奪いました。
先々代の王は最期まで「姫神子が死ぬはずがない」と喚いていたそうです。
狂った王は、死の寸前まで狂ったままでした。
神子様を失った龍は、先々代を殺めただけでは気が収まらず、手当たり次第に殺戮を繰り返しました。
どれだけの民が、王族が、命を落としたがわかりません。
私の父も母も亡くなりました。
ですが、計り知れない龍の怒りを鎮めるためには私たちはただ大人しくその怒りを受け入れるしかありませんでした。
衰弱していく姫神子様を見殺しにした、これは罰です。
どんなに惨い死に方を課せられようと、受け入れる義務があります。
あの日の悲鳴、断末魔が今でも耳にこびりつく……。
そうして龍がひとしきりに破壊の限りを尽くしたあと、残ったのは無残に荒れ果てた国だったものの残骸でした。
龍は山に籠り、それ以来その姿を見ることはありませんでした。
龍の国は、龍の加護を失ったのです。
*****
かつて、龍の加護を受けていたこの国は緑あふれる豊かな土地でした。
それが、今ではどうです?
見渡す限り荒れ果てた灰色の土地。
植物は育たず、ロクな作物の収穫が見込めない。
姫神子様を殺し、龍の怒りを買い、その加護を失った龍の国。
幼い私が王となり、引き継いだのはそんな国でした。
かつての豊かさなど見る影もなく、枯れ果ててしまった土地を再興させるためには、龍の許しを得る他、方法がありません。
ですが、姿を現すことさえない龍に償うことさえも許されないのだと受け入れるしかなかった日々に、ようやく終わりが告げられました。
この世界に再びお生まれになってくださった姫神子様。
無事にこの国にお連れすることができました。
ようやくあの日の過ちを、償うことができる絶好の機会に巡り逢えたのです。
みすみす見逃すことなんて、できるわけがないでしょう?
眠る姫神子様は、まだ幼くあどけない表情を浮かべていらっしゃる。
今度こそ、アナタを幸せにして差し上げますよ。
私の手で、ね……?
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