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3 近江花音はアイドルですっ!

3.憧れの人(2)

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 「いいお店がある」と言う井澤さんの言葉に従ってやって来たお店は完全個室のイタリアンレストラン。

 16人入ってもまだ余裕がある広い個室に通された。

「はー、つっかれたー」

 個室に入るなり、真っ先にテーブルに突っ伏したモノちゃん。

「もう、もう少し持続力つけないとこれからやっていけないわよ」

 そう言いながら、井澤さんはモノちゃんのリュックを降ろさせ、甲斐甲斐しく世話を焼いている。

「ちゅーちゃん、私これ食べたい」

「私、彩葉と同じでいい」

「はいはい。そっちも好きなもの選びなさい。まとめて注文しちゃうから」

 わちゃわちゃとした空間で、ひとまず料理を選ぶ。

 ピザやパスタやグラタン。

 様々な料理がメニューに並ぶ。

「それがキミの素?」

 料理を待つ間、真っ先にそう口走ったのは義人君だった。

「何? 何か文句ある?」

 頭をテーブルにつけたまま、向かいに座る義人君を見るモノちゃんは、撮影のときとは様子が違う。

「んーん。別に。ただ、だいぶ普通だね」

「当然でしょ。素であのキャラでいたらただのヤバイ奴じゃん。私これでも中2だよ? キャラ設定、キャラ設定」

「へー、じゃあ、そっちにもキャラ設定があるのか?」

 「そっち」と伊織ちゃんがクロムちゃんを見る。

「彩葉は素でアレだよ。あ、でも素の方がストレート」

「面倒臭いもん。そういうのは一花に任せる」

「彩葉がアレな分、私が真逆にいかないとバランス悪いでしょ?」

「そうか。芸能界って大変なんだな。ボクにも設定がつくのか?」

 伊織ちゃんの言葉に、クロムちゃんが笑った。

「何だ? ボク、何かおかしなこと言ったか?」

 キョトンとする伊織ちゃんに、クロムちゃんが言う。

「必要ないよ」

 クロムちゃんの言葉に、モノちゃんも同意する。

「充分設定ついてんじゃん。ボクっ娘のボーイッシュ女子なんて結構レアじゃない?」

「ウチは、そういうのをする気はないよ」

 青さんが会話に入ってきた。

「今ある個性を伸ばしてほしいからね。伊織は伊織のままでいい。他のみんなもね」

「料理がきたわよー。ほら、頭をあげなさい」

 井澤さんの言葉に従って、テーブルから頭を離したモノちゃんの前に、大きなピザが置かれた。

 正確には、モノちゃんとクロムちゃんの間。

 テーブルの上は、あっという間に料理で埋め尽くされた。

「そういえば、花音2人のファンなのに全然話してないじゃん」

 伊織ちゃんがそんなことを言ったのは、食事の真っ最中だった。

「え、そうなの? あちゃー。キャラ違って幻滅した? 今から戻しても手遅れだよね、ごめん」

「あーあ、一花がファン1人逃がした」

 くすくすと笑うクロムちゃんは楽しそうで、そんな2人もいいな、なんて思ったから……。

「謝らないでください」

 緊張で震えてしまいそうな声を、何とか形にする。

「雑誌や、歌やダンスのお2人はもちろん好きですけど、普段のお2人も、私は好きです」

 言い切った。

 心臓が、バクバクしている。

「嬉しいじゃん」

 モノちゃんが言った。

「花音とは友達になれる気がする。てかなって」

「ひぇっ!?」

 驚きすぎて、変な声が出た。

「な、な、名前……」

 モノちゃんに、名前を呼ばれた。

 モノちゃんに名前を呼ばれた。

 モノちゃんに名前を……。

 それだけで、私の頭はパニックだ。

 初めての雑誌の取材のそのあとに、夢みたいなことが起こりました。
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