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3 近江花音はアイドルですっ!

4.デビューライブ(2)

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 ドキドキと高鳴る心臓の音と、『スカイブルー』の曲が交ざり合う。

 先に『スカイブルー』がステージに立ち、次が私たち『アクアブルー』の出番。

 最後に『スカイアクア』として10人でパフォーマンスをする構成になっている。

 『スカイブルー』の曲を舞台袖で聞きながら、客席を覗き見る。

 置かれたスピーカーや、他の機材の隙間から見た客席には、お客さんが数人。

 だけど、ちょっとずつ、ちょっとずつ、足を止めて見てくれている人がいる。

 犬の散歩途中のお姉さん。

 大学生風のお兄さんたちはチラシを持ってくれている。

 カメラを持った人。

 偶然通りかかった人。

 興味を持って近づいて来てくれている。

「そろそろだよ、準備はいい?」

 由梨亜ちゃんの声に、由梨亜ちゃんの方を見る。

 曲は終盤に差し掛かって、もうすぐ私たち『アクアブルー』の出番がくる。

 今まで、バレエやピアノや声楽で何度でもステージには立っていたのに、初めてこんなに緊張している。

 『スカイブルー』の曲が終わって、『アクアブルー』の曲が流れ始めた。

 前奏が終わる前に、ステージ上の自分の立ち位置に向かう。

 そこから見た景色は、数十人のお客さん。

 まばらに埋まる席。

 その中に、パパとママの姿を見た。

 空席が目立つ客席は寂しくて、だけどパフォーマンスをやりきらないといけない。

 夢中になって踊った。

 我を忘れるように歌って、曲が終わると相手が聞こえてきた。

 そのときに見えたパパとママの表情。

 他のお客さんたちも、笑顔でいてくれていた。

 それだけで、やってよかったって思った。

「整列!」

 拓哉君の声で、舞台袖に待機していた『スカイブルー』のみんなもステージ上に並ぶ。

「本日は、僕たちのデビューライブに足を止めてくださって、ありがとうございます!」

 拓哉君のあいさつから、みんなの自己紹介。

 そして、最後に『スカイアクア』としてのパフォーマンスを披露して午後の公演が終わる。

「楽しめた?」

 控え室で、カメラを持った海さんと伊織ちゃんが話している。

「楽しかったー! あ、花音!」

 おいで、おいで、と手招きされて、近づいて行くと海さんのカメラが私を見た。

「花音ちゃんはどう? 午前の感想は」

 海さんに聞かれて答える。

「楽しかったです」

「緊張は?」

「緊張もありました。でも……すごく、楽しかったです」

 ――楽しかった。

 すごく、すごく、楽しかった。

 それからお昼を挟んで、午後の公演。

 そこで、びっくりしたことが2つある。

 1つは、午後の公演では席が全部埋まっていたこと。

 午前の公演で見た顏がいくつかあって、2回目を見に来てくれたんだと思って嬉しくなった。

 もう1つは、事務所でつくった私たちのことが載っている冊子が全部なくなったこと。

 100部限定の無料配布だったものが全部配りきれて、さらに「増刷しないのか?」って問い合わせもあるらしい。

 100人を超える人たちが、私たちに興味を持ってくれた。

 それがとても嬉しくて、くすぐったい。

 すっかり暗くなってしまった空が、今日という日の終わりを告げる。

 それは名残惜しくて、終わらないでほしいと思った。

 でも、そんなことは起こるはずもなくて、だからもう1度あの場所に立つために、頑張ろうと思った。

 そしてたくさn笑顔になってほしい。

 パパやママ、観てくれたお客さんがたくさん笑顔になるステージを届けたい。

 近江花音、13歳、中学1年生。

 アイドルデビュー、できました。
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