【完結】陛下に愛を誓うまで

桐生千種

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第4章 愛を、誓う

4.愛させて、みせよう

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 長い廊下が続く。

 どういうわけか、なにごともなく部屋を出ることができた。

 人はいたけど、引き止められることはなかった。

 人に聞こうと、出てきたはいいけど、言葉の通じる相手を、私はこの世界に3人しか知らない。

 できるなら、トーリャがいい。

 トーリャに聞きたい。

 けど、見つからない。

 トーリャの居場所を人に聞こうにも、言葉が通じない。

 だから私は、自分の足で、歩いて、探して、歩いて、進んで、そして……。

 迷った……。

 どうしよう。

 右を見ても左を見ても、前も後ろも似たような景色ばかり。

 戻ろうにも、もうどっちへ行けばいいのかわからない。

 おまけに、いつの間にか人の姿も見なくなっていた。

 もしかしたら、ここは人があまり寄りつかない、立ち入り禁止の場所なのかもしれない。

「はあ……」

 ため息をついて。廊下の端に座り込む。

 なにやってるんだろう、私……。

 こんなことなら迷う前に、ダメ元でもいいから誰かに聞けばよかった。

 トーリャって言ったら、もしかしたら誰かが察して気づいてくれたかもしれないのに。

「はあ……」

 2度目のため息をついて、空を見る。

 窓の外に見える空は青くて、広くて、世界が違っても空は同じなんだな、なんて。

 ちらりと、視界の端に白い影が映った気がした。

 この長い廊下の突き当りを、誰かが横切って行ったような。

 気のせい……?

 でも、もし本当に誰かが通ったのだとしたら。

 迷う必要はない。

 どっちにしても、行き先はわからないのだから、今の影を追おう。

 廊下の先の突き当りを、左。

 ちらりと、人影が曲がる。

 気のせいじゃ、なかった。

 人影を追って、廊下を進む。

 さっきの人影が曲がったところを見ると、今まで通って来た場所とは違う空気を感じた。

 不自然に存在する階段が下へと続く。

 両側は壁で、等間隔につけられたオレンジ色の光だけが頼り。

 人影は見えなくて、たぶん、この階段を下りて行ったんだと思う。

 1段、階段を下りてみる。

 ひやりと、冷たい風が頬を撫でた気がした。

 得体の知れない緊張が込み上げる。

 覚悟を決めて、1歩ずつ、階段を下りる。

 この先に、一体、なにがあるというのだろう。

 1歩、また1歩と進んで、降り切ったときに後ろを振り返ると、1番上は見えなくなっていて、薄暗い通路だけがただ続いていた。

 前を見据えて、さらに続く通路を進む。

 下りて来た階段とりも、暗さは増してして、気のせいではなくひんやりと空気が冷たい。

 通路を抜けて、辿り着いた場所は淡い緑色の光が広がる、不思議な場所。

 洞窟のような、ゴツゴツとした、でも透き通ったガラスのようななにかに囲まれた空間。

 水の音が聞こえる。

 音を頼りに進んで行くと、人が、いた。

 でも。

 声を、かけようとして、できなかった。

 違う。

 声を、かけなかった。

 咄嗟に、自分の意思で。

 目の前にいる、金色の髪のこの人を、私は知っている。

 幸いにも、私には気づいていないようで、後ろを向いていた。

 声をかければ、音を立てればすぐにでも、気づかれてしまうであろう距離に、私はいる。

 ミーシャの、すぐ傍に。

「なにしてるの?」

「うひゃあ!?」

 突然、真後ろからかけられた声に、奇妙な悲鳴をあげてしまった。

 けど、そんなこと、気にならないようなことが今、目の前で、起こった。

 勢いよく強い力で、けれどフワリと優しく、私の身体は引っ張られて、瞬きを2回行ったときには、トーリャが悲鳴をあげていた。

「ーーーーーーーミーシャ!! ーーー!! トーリャ!!」

 そう言う、トーリャの周囲には無数のガラスの欠片が、鋭利な切っ先をトーリャに向けている。

 ガラスの周りにはなにもなくて、ひとりでに宙に浮いている。

 これを行っているのはたぶん、私の真後ろにいるミーシャだ。

 私は、ミーシャの腕の中にいた。

「疑わないでよ!! 正真正銘、本物のアナトーリィ・サドーフニコフだよ!!」

 無言を貫くミーシャに、トーリャは日本語でそう言った。

 ふっと、ミーシャが息をつくのを感じて、ガラスの欠片はその姿を消す。

「はあ、びっくりしたなあ、もう」

 トーリャが言うと、ミーシャはスッと私から離れた。

「それは私の台詞です」

 ミーシャが言う。

「今の私には、魔力を持たないあなたを認識するにはその声と言葉だけが頼りなんですよ。得体の知れない人間の声に、彼女が悲鳴をあげたとなれば、賊だと思うでしょう」

 賊。

 つまり、ミーシャは私を守ろうとしてくれたってこと?

 いやそれよりも。

「その目……」

 口をついて出た言葉は、先が続かなかった。

 ミーシャの目には、包帯が巻かれていて、両目共が閉ざされている。

「気にしないでください」

 ミーシャは笑う。

「見えなくても、わかりますから。支障はありません。それよりも」

 くるりとミーシャは背を向ける。

「早くお行きなさい。私の傍にいるのは、恐ろしいでしょう?」

 真っ直ぐに、迷うことなく。ミーシャは前に進む。

 その動きはしっかりしていて、ちゃんと見えているように思える。

「ミーシャ待って」

 声をかけたのはトーリャで、その声にミーシャは立ち止まる。

「もう、いいと思う」

 トーリャの言葉に、ミーシャはなにも言わない。

 背を向けたまま、動かない。

「キミ1人が悪者でいる必要はないよ。彼女はココにいるしかない。そうであるべきなんだ。だから」

「私が仕えているのは王であるキリルであって、あなたではありません」

 ぴしゃりと言い放つミーシャ。

「なら! 陛下を想うなら、彼女がココにいられるようにするべきでしょう! 彼女を傷つけたことを悔いているなら、罰は充分受けたはずだよ!」

「その陛下が、彼女を帰すことを望んでいるんです。なら、私はその望みを叶えて差し上げたい」

「じゃあなんで! 罰を受けるとわかっていながら、自分の血を流してまであんなこと! 帰してあげる気なんて、なかったクセに!」

 帰シテアゲル気ナンテ、ナカッタ。

 トーリャは、そう言った。

 最初から、あんなことをしてまで、帰す気はなかった?

 私は、騙された?

「……あなたは鬼ですか」

 ポツリと、ミーシャが言った。

 なにかを、諦めたような、吹っ切れたような、そんな口ぶり。

「帰す気がなかったわけではありません。あの場でもし、彼女が私の心臓を突いていたなら、彼女は向こうの世界に帰れましたから。しないとは、わかっていましたけど」

 くるりと、今まで背を向けていたミーシャが振り返った。

 その目にはやはり包帯が巻かれていて、見えているはずがない。

 けれど、真っ直ぐに、ミーシャは私の方を向いている。

「私はあなたに謝らなければなりません」

「私、に……?」

「あなたをこの世界に留め置くためとはいえ、怖い思いをさせてしまって申し訳ありません」

「嘘、だったんですか?」

 なにもかも。

「ぜんぶ」

 私に、恋をしたと言った、あの言葉も。

「本気で、あってほしかったですか?」

「……いいえ」

「……ウソですよ」

 緩やかに、ミーシャの口元が笑みを見せる。

「でも、これは本当です。あなたをあちらの世界へお帰しします。より安全に。あなたが過ごしてきた日常の中へ」

「ミーシャ!」

 咎めるように名を呼ぶトーリャに、ミーシャは言い放つ。

「これは私の意志であり、陛下の意志です」

 その強い言葉に、トーリャは口を閉ざす。

「安心してください。必ずあなたを、元の日常へお帰ししますから」

 そう言ったミーシャは、くるりと背を向け歩き出す。

「無理だよ」

 ポツリと、トーリャが呟いた。

「いくら探したって、ほころびなんか見つかりっこない。消えた日常に帰すなんて、不可能だ」

 消えた、日常……?

「それって、どういう……」

 くすりと、トーリャが笑う。

「キミがこの世界に来たとき、すべてがあるべき姿に戻ったんだ。キミがいた向こうの世界には、本来キミは存在していなかった。だから、キミがいない本来のあるべき姿に、キミのいた世界は戻った。つまり、キミが過ごした日常は、全部きれいさっぱりなくなったってこと」

 バシャリ、と水の音がする。

「なのに、ミーシャは探してる。キミが戻れるように、世界を創り変えられるようなほころびを。キミがあの世界にいた痕跡がないか、ってね。あるわけないのに」

 バシャリ、と水の音。

 音を立てているのはミーシャで、トーリャの視線を追ってミーシャの方を見ると、水の溜まる池のような場所で両手を広げて立っていた。

 その周りには、いくつもの水の玉が宙に浮いていて、1つ1つ、音を立てて崩れ落ちたかと思えば、新たに宙に浮いてくる水の玉が出てきて、ひたすらにその繰り返しが続く。

 よく見ると、その水の玉の中に、人、が……。

「ミーシャ!」

 思わず、駆け寄った。

「その水の中にあるもの!」

「見えるん、ですか……?」

 ミーシャは、驚いているようだけど、私だって、同じだ。

「その水の玉!」

 ザバン、と私が示したものだけを残して他のものはすべて池の中へ落ちていった。

 残った水の玉の中に見えたのは、見間違えようもない。

 お父さんとお母さんの姿。

 2人とも、笑ってる。

 よかった。

 お父さんとお母さんが、お互いに名前で呼び合って、そこに私はいない。

 初めから、そうだったかのように、2人は幸せそうに笑ってる。

 おかしい、な……。

 嬉しいはずなのに、私が望んだようになっているのに、どうして、涙が出ちゃうんだろう……。

 ――女の子だって――

 ――そっか。じゃあ、名前はヒナタちゃんだね――

 ずっと昔、私が幼稚園に通っていたころ、話したことがある。

『女の子が生まれたら、ヒカリちゃんって決めての。ヒカリちゃんは、弟か妹にはどんな名前をつけたい?』

『うーんと、弟だったらアサヒくん。妹だったらヒナタちゃん』

 バシャン。

 最後の水の玉も、池の中へと落ちた。

「今のはっ!!」

 ミーシャが、慌てたようにもう1度同じものを出そうとする。

 今のが、たぶん、ほころび。

 でも。

「いいの」

 私は、ミーシャを止める。

「私、決めたよ」

 もう、心残りはなにもない。

「この世界にいる。ここで生きていくよ。だからもう、いいよ」

 私の言葉に、誰よりも驚いた表情を見せたのはトーリャだった。

「トーリャお願い。私をキリルさんのところに連れてって」

「……う、ん。……もちろん!」

 驚きで、言葉が出ない様子だったけど、ちゃんと笑って頷いてくれた。

 私と過ごした時間は、お父さんとお母さんからは消えてしまったけど、ちゃんと残っていた。

 それで、私は充分だ。

「陛下! 入るよ!」

 連れて来てもらったのは、なんだかとっても立派な雰囲気の扉の前。

 ここに、キリルがいる。

「入って、入って」

 トーリャに言われるまま、部屋に入ると……。

 そこはひどく、散らかっていた。

「……なんの用だ。言われた通り、休んで、る、だ、ろ……」

 パチリと、目が合った。

「彼女が話したいって言うから。じゃ、僕はこれで」

 スタスタと、トーリャは部屋を出て行く。

「キリルさん。私、さっき、ミーシャさんに会いました」

「なっ……」

 言葉が続かないキリルを待たずに、私は続ける。

「向こうの世界がどうなっているのか、お父さんとお母さんがどうしているのか、見ました」

「見た、のか……」

「2人とも、笑ってました。幸せそうに。赤ちゃんが生まれるみたいで。安心しました。私を探して泣いてなくて。そこに私がいないのが当然で、当たり前で、帰らない私を待ってる人は誰もいない」

 キリルは、なにも言わない。

 ただ黙って、私の言葉を聞く。

「だから私、ここに、この世界にいることを決めました」

 この世界で、生きることを。

「でも私、運命とか言われても納得できないし、恋とかもしたことないし、よくわからないから」

 だから。

「あなたが私に恋を教えてください」

 沈黙が流れる。

 言った自分が恥ずかしい……。

 恥ずかしすぎる……!

「参ったな」

 ようやくキリルが口を開いた。

「恋など生ぬるい」

「ひゃあ!」

 急に強い力で引っ張られて、まるで小さい子が高い高いをされるように持ち上げられて。

「愛させてみせよう」

 そう言うキリルを上から見下ろして、なんだかとても、キラキラして見えて、心臓がトクンと鳴った気がした。

「そういえば、キリルさん」

 ストンと地上に下ろしてもらったあと、聞いてみた。

「スヴェトラーナって、どういう意味を込めてつけたんですか?」

「……ヒカリ。あなたの言葉では、それにあたる」

 ……これは、なんと、いうか……。

「どうした」

「いえ、ただ、なにがとは言いませんが、時間の問題な気がしてならないだけです……」

 陛下に愛を誓うまで。

 あと、わずか……。

 *** 陛下に愛を誓うまで 終 ***
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