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01 小さな世界

04 アイラ(04)

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 「レイナのことも待っている」と、そう約束を交わした次の日。
 本当に、レイナはカイトと一緒に行ってしまった。

「いってらっしゃい」

 その言葉は、カイトとレイナの2人分。

「いってきます」

 カイトとレイナからの言葉を、「ここに帰って来る」という言葉を信じて、アイラは部屋に残った。

 リンと2人だけの時間は、アイラの「はじまりの日」のようだった。

 アイラがアイラとして瞼を開いた、はじめての日。
 はじめて瞳に映した、リン以外はそこにはいなかった。

 リンが動かなければ、話さなければ、音がない静まり返った空間。
 アイラが動かなければ、話さなければ、静寂は終わらない。

 ただひとつだけ、違うことがあるとすれば、今のアイラにはアイラにしか視えない女の人が視えていることだけれど、それでも静寂が広がることに変わりはない。

 彼女がアイラに話しかけることも、彼女がアイラの問いかけに答えることもないのだから。

「平気かい?」

「?」

 リンが聞いた。

 今までと変わってしまった、カイトもレイナもいないという環境に、アイラの様子を伺うリンだけれど、そんな心境を理解できないアイラはただ首を傾げるだけだった。

「カイトもレイナもいないなんて、初めてのことだろう?」

「……約束したから」

 アイラの瞳は真剣だった。
 真っ直ぐに、リンを見つめる赤い瞳が誰かと重なった。

「アイラは、カイトとレイナの帰る場所だから。だから、平気だよ?」

「……えらいね、アイラ」

 その声は、リンの声でもアイラの声でもなく、けれど知っている聞きなれた声だった。

「シノ!」

 思いがけない訪問者に、アイラの目が見開かれる。

 眩しいくらいの金色の髪。
 細められた青色の瞳。
 今日も変わらずニコニコと、アイラを見据える。

「どうしたの? 遊びに来たの?」

 そう聞くアイラに、シノはニコニコと告げる。

「少しだけ、様子を見に来たんだ。昨日、何かあったみたいだから」

「あ……、えっと……」

 シノは穏やかな口調だったけれど、昨日のことと言われれば急に不安が押し寄せて来る。

 アイラが自分の能力を抑えきれなかったこと。
 部屋を散らかしたこと。
 色鉛筆をダメにしたこと。
 窓にヒビを入れてしまったこと。

 怒られるかもしれない。
 それだけならまだしも、外へ出る許可が一生もらえなくなかもしれない。

 ――アイラの能力は危険と隣り合わせ。
 ――きちんと制御できるようになるまで、外に出る許可は出せないよ。
 ――大切な人と、一生会えなくなるのは嫌でしょう?

 たとえ、大事には至らなかったとしても。
 きちんと片付けてあるとしても。
 リンが新しい色鉛筆を用意してくれていたとしても。
 窓が直っていたとしても。

「身体はなんともなさそうだね」

「え……?」

 シノから出た言葉は、思っていたものとは違い過ぎて拍子抜けしてしまう。

「他に、変わったところはない? 何か、聞こえるようになった、とか」

 シノの言葉は不可思議で、アイラは首を傾げた。
 それが、アイラの答えのすべてだった。

「……わからないなら、いいんだ」

 しばらく、アイラの様子を観察していたシノは、諦めたのか、そう告げた。

 相変わらず、その瞳はニコニコしていた。

「せっかく来たから、少し遊んでいこうかな。アイラ、僕と遊んでくれる?」

「うん! いいよ!」

 シノはいつもよくわからない。
 たまにアイラに会いにきて、答えられないことを聞いてくる。

 何かが聞こえてほしいのかもしれない。

 けれど、今のところアイラに聞こえるのは誰かが話したときの声や何かが物理的に発した音。
 ごくごく普通の、誰にでも聞こえているであろう音しか聞こえていない。

「何する? トランプする?」

「うん。そうだね」

 シノはトランプが好き。
 「様子を見に来た」と言って、やってくるシノは、その度にほんの少しの時間だけ、遊び相手になってくれる。
 シノがいるときに選ばれるのは、いくつもある遊びの中でトランプが多かった。

 シノはトランプが好きなのだろうと、アイラは思っていたけれど、本当は別に理由があることをアイラが気付くことはなかった。

 今までは、カイトとレイナも一緒だったけれど、今日はシノとリンとの3人。

「うーん、と。ババ抜き、する?」

「うん、そうしよう」

 ニコニコと笑顔を向けるシノに、聞くとそう返事が返ってきた。

「じゃあ、持って来る!」

 パタパタとトランプを取りに行くアイラを、シノは一瞬の隙も見逃すまいとするように見つめていた。
 その瞳の中で、アイラの様子が記録されていっていることにアイラが気付くことはなかった。

 レイナが部屋の外へと出るようになった初日。
 シノが来てくれたおかげで、時間はあっという間に過ぎていった。
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