桜1/2

平野水面

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走れ至恩

残念なオリンピック候補

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 体操着に着替えてから頬を叩いて気合いを入れた。
 体育館の男子更衣室を出ると恵さんが外で待っていてくれた。
「何でかは知らないけど放課後のグランドには女子のギャラリーが集まっているわ」
「ギャラリー?」
「至恩と鈴村が競争することを誰かが広めたみたいね」
「誰が何の為に?」
「それは分からないし、ここで話していても仕方がないことよ。皆グランドで待っているから急ぎましょ」
 体育館から玄関へ移動し、外履きの運動靴に履き替えてから集合場所のグランドへ向かって歩いた。
 トラックのスタート地点には白井先生と町田さんの他に男女二名がいた。
 僕よりも少し背の高い男は対戦相手の鈴村だろう。
 一目で問題児だと思わせる容姿だった。
 ベリーショートで茶髪、耳には校則違反のピアス、白井先生を見る目は年上を敬わないどころか、人を蔑むような目をしていた。
 いかにも調子乗った世間知らずに思えた。
 そして鈴村に隣には意外な人物がいた。
 妹の亜希である。
 気になって訊ねた。
「なぜ亜希がここに?」
「それは――」
「それは俺から説明する」
 鈴村が割って入ってきた。
「白井先生からトレーニングの一環としてお前と競争して欲しいと言われたんだけど、素人と走っても意味がないから断っていたら、月島亜希さんに『お願い』と頼まれたから渋々とね」
「ち、違うから。亜希は鈴村を利用して至恩くんと神山恵を別れさせたいだけだからね」
 亜希は顔を真っ赤にして必死に否定した。
 何だかんだで僕を気にかけてくれる妹が可愛かった。
「でもただで引き受けるのはちょっとな」
 鈴村の話はまだ済んでいなかったようだ。
 我慢して話を聞く。
「聞けば体育祭のリレーで大切なもの賭けて勝負をするとか?」
「そうですけど。でも君には関係の無いこと。これは身内の問題ですから」
「そうは言っても僕は勝手に巻き込まれた以上、勝った僕にもご褒美が欲しいね」
「ご褒美? 何が欲しいんですか?」
 僕が訪ねると鈴村は鼻の下を伸ばして言った。
「神山先輩と月島亜希さんを俺のとして迎えたい。あ、ついでに黒髪ショートの君も一緒にどうかな。僕の部屋で手取り足取りストレッチをしてあげるからさ」
 発想がただの変態オヤジだった。
 当然、そんなの認められない。
 僕は白井先生の目を見て、鈴村に指をさして無言でアピールした。
「あ、あの鈴村くん、未成年のそういった行為は法律で禁止されてますよ」
「ええ?」
 僕はビックリして変な声が出した。
 あの白井先生が鈴村に遠慮している。
 まさかの事態に恵さんと町田さんも動揺していた。
 鈴村は先生を睨みながら言った。
「おい白井、俺は『我が校に来て欲しい』と土下座で頼まれたからこの学校の陸上部に入ったんですよ。他の学校でもよかったのに。この意味が脳筋の先生でも分かるよね?」
「鈴村くんがこの学校に来てくれて嬉しかったです」
「他の陸上の強豪校へ転校しても良いんだぜ白井」
「それは困ります……あはは」
「だよな。未来のオリンピック候補を育てたという名誉を失うからな」
「で、ですね……あはは」
 こんなに情けない白井先生を初めて見た。
 恩人だけど白井先生にガッカリした。
 それ以上に鈴村という男にうんざりさせられた。
 鈴村に会う前はオリンピック候補と聞いて尊敬していたけど、今はただの憎たらしい奴である。
 グーで殴ってやりたいが、とりあえず白井先生に助け船を出すことにした。
「白井先生、皆それぞれ予定があります。さっさと競争を済ませましょう」
「おお、そうだな、すぐに始めよう」
 僕と鈴村はトラックのスタート地点へ移動し、スターティングブロックに足を置いた。
「頑張って鈴村くん」
「ロダンなんか蹴散らせ」
 鈴村の性格を知らない女子の声援が飛ぶ。
 まるでアウェーのような雰囲気。
 勝てないと分かってもこいつには負けたくないと強く思った。
 白井先生がスターターピストンを手にスタートライン近くに立った。
「位置に着いて、よーい――バンッ」
 遅れることなく、いいスタートがきれた。
 まだ僕の前には鈴村がいない。
 隣を窺うと、鈴村はニヤリと笑って僕を見つめていた。
「俺、全然余裕なんですけど。ロダンくんは本気で走っているんすか? めっちゃ遅いんですけど」
「なんだと!」
「付き合うの飽きたんで置いていくわ」
 鈴村は加速して僕をぐんぐん引き離して行く。
 圧倒的な差をつけられ鈴村に先着を許す。
 己の実力不足を痛感しながら遅れてゴールした。
「やっとゴールしたねロダンくん。一秒くらいの差があったかもね。ひょっとして心をポキッと折っちゃったかなあ?」
 圧倒的な速さは確かだった。
 僕も足の速さには自信があった。
 けれど本物のアスリートの実力は桁違いだと思い知る。
 鈴村は勝ち誇った顔を近づけて言った。
「今からでも遅くないから諦めなよロダンくん。絶対に勝てないから。俺の勝ちが決まったようなものだから、その女の子三人は置いてそのまま消えろ。ロンダは帰れ、シッ、シッ」
 鈴村に怒るというか、むしろ同情した。
 これから先の鈴村の人生は損するばかりなんだろうと。
 多分だけど鈴村の周囲には、彼を戒めてくれる大人と友達がいないのだろうと思う。
 それにしても鈴村はしつこい。
 僕があれこれと想像している間ずっと僕に罵声を浴びせ続けている。
 早く終われよと思いながらじっと耐えていた。
 すると亜希が鈴村の背後から左肩をポンポンと叩いて「鈴村くん」と呼んだ。
 そして鈴村振り向き様に、
 ――パチンッ
 亜希は鈴村の左頬をビンタした。
 辺りは一旦静まってから徐々にざわつき始めた。
 見ていた恵さんは「よし!」と、町田さんは「ざまあ」と、白井先生は「もっとやれ、もっと、もっとだあ」と叫んだ。
 心の中で「白井先生は立場的に止めなきゃ駄目でしょ」と思った。
「何でビンタをするん――」
 鈴村が言い終えるより先に同じ左頬をビンタした。
「至恩くんは負けない。お前をみたいなクソ野郎なんか至恩くんは負けたりはしない!」
「なんだお前、ふざけやがって。ぶん殴ってやる」
 怒った鈴村は体を捻り、右手を背中へ引いた。
 けれど鈴村の右腕が動くことはなかった。
 町田さんが鈴村の右手首をガシッと掴んでいた。
「ふざけんてんのはテメーの方だろうが。理由が何であれ女に手をあげんのは最低だぞ」
「く、離せ馬鹿力女。これは正当防衛、痛っ、いたたた、ちょっと離してくれ、腕が、腕が折れるから、離して」
「強く握っただけで折れたりしねーからバーカ。とっと失せろシャバ僧」
 町田さんは握った腕を放り投げるように離すと、鈴村は勢い余って前方へ倒れた。
 素早く立ち上がり、後退りしながら少し怯えた声で叫ぶ。
「覚えておけよお前ら。リレーに絶対勝って俺の凄さを色々と思い知らせてやる。そこにいる女子全員は俺のする。泣いて謝ってもゆるさんからな」
 鈴村は走って逃げて行く。
 亜希はその背をじっと睨み付けていた。
「僕の為に怒ってくれてありがとう亜希」
「別に至恩くんの為じゃない。だいたい神山恵が至恩くんと別れていれば、あんな奴に頭を下げなくてもよかったのに」
「何でそこまでして僕と恵さんを別れさたいんだ。父さんの命を奪ったのは恵さんじゃないことは、賢い亜希なら分かるだろ?」
「別れさせる口実が欲しかっただけ。きっとこれから二人は不幸になる」
「不幸? どう意味だ?」
「至恩くん知らなくていい。けれど近いうちに理由を打ち明けるつもり」
「その理由ってなんなの? 今は話せないの? それに何で実の兄を名前で呼ぶのかしら?」
 恵さんは亜希に訊ねた。
 亜希は冷たくて鋭い視線を恵さんへ向けて言った。
の。適切なタイミングで必ず理由を話すからもう少し待って。でもその時は覚悟して聴いて欲しい。それを聴いた後で至恩くんを好きでいられたら彼女として認めてあげてもいい。でもきっと今の気持ちに揺らぎが起こる。経験者の亜希が言うのだから間違いないわ」
「分かったわ。それまで待たせてもうわ」
「お取り込み中に悪いんだけど」
 町田さんが話しに割り込んできた。
「先にあの鈴村ってムカつく奴をぶっ倒さねーと私ら三人はアイツの女になってしまうぜ。それだけはぜってぇに阻止しねえとな。ま、負けるつもりないし、力で捩じ伏せるけどな」
 なんとも頼り甲斐ある言葉
 男らしい町田さんに僕は同調する。
「町田さんの言う通りだ。先ずは敵を倒してからだ。巻き込まれた亜希も、僕らのチーム月島の一員だ」
 亜希は溜め息を吐いてから言った。
「不本意だけどよろしくお願いします」
 町田さんは挙手して発言を求めて来たので僕は「どうぞ」と促した。
「チーム月島に月島が二人いる件。ややこしくなったから色々と変えていこうぜ。てことで今から私は月島を至恩と呼び捨てにする。至恩も私を麗と呼んでくれ」
「お、おう……」
「ちょっと町田さん、それは彼女である私の特権だから止めてよ」
 恵さんは切れ気味に抗議した。
 すかさず亜希も抗議する。
「亜希はまだ神山恵を彼女として認めてませんから」
 僕は亜希の様子から「娘を男に取られ父さんかよ」と思った。
 それしても女が一人増えただけで随分と賑やかになるもんだなと思った。
 これを切っ掛けに恵さんと亜希の関係が少しでも改善すればいいのだが。
 しかし事態は想定と違う方向へ進みつつあった。
 仲直りをさせるためのリレー対決は、鈴村が余計なことを言い出したせいで別の目的へと変わった。
 麗さんを巻き込む形で鈴村から女の子三人を守る戦いへ。
 まあ好都合かもしれない。
 鈴村には悪いが仲直りのするため贄になってもらおうじゃないか。
 僕らの負けられない戦いが始まろうとしていた。
 
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