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走れ至恩
トレーニング2
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恵さんと町田さんが競り合いながら早朝のグラウンドを走っている。
最初の頃の二人は、なんとなくギクシャクしていたけど、今では互いを下の名前で呼び合う仲になっていた。
僕はグラウンドの一番外側を白井先生と走っていた。
「脇見をして走れるほど、余裕が出てきたな月島。最近はタイムもかなり縮んだな」
僕の直ぐ後を走る白井先生から話しかけられた。
「この二週間ずっと朝夕のトレーニング、一日でグラウンドを四十周、しかも筋トレをやらされたら嫌でも体力がつきますよ」
「頃合いのようだな。二十周を終えたら花楓さんが作った弁当を食べながら今後の話をしよう」
「いつの間に母さんを名前呼びするような仲に? 白井先生と母さんはそういう関係ではありませんよね?」
「花楓さんとはそういう関係になる予定なんだぞ月島。いずれ俺のことを父さんかパパと呼ぶ日がくるだろう。個人的にはおやっさんと呼んでくれ。それと近い将来、お前には弟か妹ができる予定でもある」
「絶対に反対です」
勘違い独身野郎を父親にはしたくないと思いながら、残り五周をペースアップして走った。
* *
偏見かも知れないが体育教官室という空間は少し乱雑で、少し汗臭いという勝手なイメージを持っていた。
その体育教官室には不釣り合いの三人掛けソファー二つと、間に頑丈そうなテーブルがある。
多分だけど来客や業者をもてなす目的で用意されたものだと思う。
これが学校の備品なのか個人の所有物かまでは分からないけど。
取りあえず今は、このソファーとテーブルは、朝のトレーニングを終えた僕らの朝食を食べる目的で使われていた。
僕と恵さんは同じソファーに座り、正面のソファーには白井先生と町田さんがソファーに座った。
白井先生が用意してくれた冷たいお茶をじっと見つめる。
疑うわけではないけど、何と無くコップの汚れを毎回チェックするのが習慣になっていた。
恵さんと町田さんは重箱をテーブルに並べる。
僕らは弁当を作ってくれた母さんに感謝して、手を合わせて「いただきます」と言って食べ始めた。
朝のトレーニング後の弁当は旨い。
白井先生は箸を重箱の縁に立て掛け、お茶を飲んでから話し出した。
「今日の放課後、お前たちにとっての最強の敵である鈴村光輝の威力偵察をしてもらう」
「あん、『いりょくていさつ』って何だよ?」
町田さんは首を傾げて白井先生に訊ねた。
「ようは実際に鈴村と走ってみて、敵の実力を脳と体に刻めってことだ」
「それを至恩にやらせるつもりですね。つまり『彼を知り己を知れば』ですか?」
「そういうことだ神山。ということで月島は鈴村に完膚なきまでに叩きのめされて来い」
「負けること前提ですか。僕に万が一の勝ち目もないのですか?」
「無い。鈴村は日本のトップアスリートでオリンピック候補だ。国内で勝てる選手は片手ほどの数だ」
「え、そんな凄い奴とリレーで戦うのか。これ勝てますかね?」
「勝てるさ。日本人は個人での陸上競技は世界になかなか通用しない。だがリレーならメダルを獲った実績がある。この男女混合リレーも個人では勝てなくても、チームの総合能力とバトンの受け渡しで勝つ。リレーはクラス対抗で、各学年の男女の代表一名ずつを選出して計六人がグラウンドを半周百メートルずつを走る。お前たち白組は俊足揃いだ。アンカーの月島に繋ぐまで大差をつけて逃げ切るのが今回の作戦だ。その為に実力を肌で感じて逃げ切り方をイメージしろ。いいな?」
「はあ、 まあ……はい」
「何だ? その気の無い返事は?」
「僕は白井先生を勘違いしていたようです。生徒の保護者に手を出すエロ脳筋野郎だと思っていましたが意外と頭がいいですね」
「おい月島、先生に向かってエロ脳筋野郎とは失礼だろ。エロは取り消せ、エロだけは!」
「取り消すのはエロだけでいいのかよ白井っち。脳筋野郎と呼ぶことに問題はないってのに笑えるぜ」
町田さんは白井先生の肩を叩きながら白い歯を見せて「シシシ」と笑っていた。
僕の隣に座る恵さんも「フフフ」と笑いながら町田さんの話を広げる。
「そうだとしても白井先生を脳筋野郎と呼ぶことに少し抵抗があるわね。何か違うの呼び方が、そうね、あだ名とかあったらいいわね」
「そのあだ名はこの俺に名付けさせてくれ」
白井先生は右手を挙手してアピールしていた。
恵さんと町田さんは「自分であだ名をつけるの?」と呆れた表情をしていた。
僕の視線に気づいた恵さんと町田さんは鋭い目付きで僕を見つめた。
何を言うわけではないけど、二人は目で「爆弾処理はお願い」と訴えているように感じた。
爆弾処理係りに任じられた僕は、怪我を覚悟で先生に「どうぞ」と言った。
白井先生は非常に不気味で醜悪な笑みを浮かべる。
公務員なのに堅気に見えなかった。
「俺はこう見えて漫画やアニメが好きなんだ。意外だとは思わんか?」
「へ、へえ、そ、それは初耳ですね」
「だから好きなアニメのタイトルからあだ名をつけさせて貰おうと思う」
「そ、そうですか」
嫌な予感しかしない。
こういう話の大半はスベりネタになることが多いと、誰かから聞かされた記憶がある。
「俺のあだ名は――」
そう言ってから白井先生は口でドラムロールを口ずさんで溜めを作ってから答えた。
「デンッ、脳筋グダムです。おめでとう!」
やっぱりスベった。
僕は空かさず。
「却下です」
白井先生は「嘘だろ」と言いたげな目で僕を見る。
「スベったよね麗?」
「恵の言う通り完全なやらかしだな。寒い」
白井先生は「そんなはずはない」と言いたげな目で恵さんと町田さんを見る。
そして顔を真っ赤になって行き「ああ」と叫びながら頭を抱えた。
たぶん、白井先生にとっては鉄板ギャグだったんだろう。
落ち込んでいる白井先生をほっといて、恵さんと町田さんの三人で放課後の練習の打ち合わせを始めた。
最初の頃の二人は、なんとなくギクシャクしていたけど、今では互いを下の名前で呼び合う仲になっていた。
僕はグラウンドの一番外側を白井先生と走っていた。
「脇見をして走れるほど、余裕が出てきたな月島。最近はタイムもかなり縮んだな」
僕の直ぐ後を走る白井先生から話しかけられた。
「この二週間ずっと朝夕のトレーニング、一日でグラウンドを四十周、しかも筋トレをやらされたら嫌でも体力がつきますよ」
「頃合いのようだな。二十周を終えたら花楓さんが作った弁当を食べながら今後の話をしよう」
「いつの間に母さんを名前呼びするような仲に? 白井先生と母さんはそういう関係ではありませんよね?」
「花楓さんとはそういう関係になる予定なんだぞ月島。いずれ俺のことを父さんかパパと呼ぶ日がくるだろう。個人的にはおやっさんと呼んでくれ。それと近い将来、お前には弟か妹ができる予定でもある」
「絶対に反対です」
勘違い独身野郎を父親にはしたくないと思いながら、残り五周をペースアップして走った。
* *
偏見かも知れないが体育教官室という空間は少し乱雑で、少し汗臭いという勝手なイメージを持っていた。
その体育教官室には不釣り合いの三人掛けソファー二つと、間に頑丈そうなテーブルがある。
多分だけど来客や業者をもてなす目的で用意されたものだと思う。
これが学校の備品なのか個人の所有物かまでは分からないけど。
取りあえず今は、このソファーとテーブルは、朝のトレーニングを終えた僕らの朝食を食べる目的で使われていた。
僕と恵さんは同じソファーに座り、正面のソファーには白井先生と町田さんがソファーに座った。
白井先生が用意してくれた冷たいお茶をじっと見つめる。
疑うわけではないけど、何と無くコップの汚れを毎回チェックするのが習慣になっていた。
恵さんと町田さんは重箱をテーブルに並べる。
僕らは弁当を作ってくれた母さんに感謝して、手を合わせて「いただきます」と言って食べ始めた。
朝のトレーニング後の弁当は旨い。
白井先生は箸を重箱の縁に立て掛け、お茶を飲んでから話し出した。
「今日の放課後、お前たちにとっての最強の敵である鈴村光輝の威力偵察をしてもらう」
「あん、『いりょくていさつ』って何だよ?」
町田さんは首を傾げて白井先生に訊ねた。
「ようは実際に鈴村と走ってみて、敵の実力を脳と体に刻めってことだ」
「それを至恩にやらせるつもりですね。つまり『彼を知り己を知れば』ですか?」
「そういうことだ神山。ということで月島は鈴村に完膚なきまでに叩きのめされて来い」
「負けること前提ですか。僕に万が一の勝ち目もないのですか?」
「無い。鈴村は日本のトップアスリートでオリンピック候補だ。国内で勝てる選手は片手ほどの数だ」
「え、そんな凄い奴とリレーで戦うのか。これ勝てますかね?」
「勝てるさ。日本人は個人での陸上競技は世界になかなか通用しない。だがリレーならメダルを獲った実績がある。この男女混合リレーも個人では勝てなくても、チームの総合能力とバトンの受け渡しで勝つ。リレーはクラス対抗で、各学年の男女の代表一名ずつを選出して計六人がグラウンドを半周百メートルずつを走る。お前たち白組は俊足揃いだ。アンカーの月島に繋ぐまで大差をつけて逃げ切るのが今回の作戦だ。その為に実力を肌で感じて逃げ切り方をイメージしろ。いいな?」
「はあ、 まあ……はい」
「何だ? その気の無い返事は?」
「僕は白井先生を勘違いしていたようです。生徒の保護者に手を出すエロ脳筋野郎だと思っていましたが意外と頭がいいですね」
「おい月島、先生に向かってエロ脳筋野郎とは失礼だろ。エロは取り消せ、エロだけは!」
「取り消すのはエロだけでいいのかよ白井っち。脳筋野郎と呼ぶことに問題はないってのに笑えるぜ」
町田さんは白井先生の肩を叩きながら白い歯を見せて「シシシ」と笑っていた。
僕の隣に座る恵さんも「フフフ」と笑いながら町田さんの話を広げる。
「そうだとしても白井先生を脳筋野郎と呼ぶことに少し抵抗があるわね。何か違うの呼び方が、そうね、あだ名とかあったらいいわね」
「そのあだ名はこの俺に名付けさせてくれ」
白井先生は右手を挙手してアピールしていた。
恵さんと町田さんは「自分であだ名をつけるの?」と呆れた表情をしていた。
僕の視線に気づいた恵さんと町田さんは鋭い目付きで僕を見つめた。
何を言うわけではないけど、二人は目で「爆弾処理はお願い」と訴えているように感じた。
爆弾処理係りに任じられた僕は、怪我を覚悟で先生に「どうぞ」と言った。
白井先生は非常に不気味で醜悪な笑みを浮かべる。
公務員なのに堅気に見えなかった。
「俺はこう見えて漫画やアニメが好きなんだ。意外だとは思わんか?」
「へ、へえ、そ、それは初耳ですね」
「だから好きなアニメのタイトルからあだ名をつけさせて貰おうと思う」
「そ、そうですか」
嫌な予感しかしない。
こういう話の大半はスベりネタになることが多いと、誰かから聞かされた記憶がある。
「俺のあだ名は――」
そう言ってから白井先生は口でドラムロールを口ずさんで溜めを作ってから答えた。
「デンッ、脳筋グダムです。おめでとう!」
やっぱりスベった。
僕は空かさず。
「却下です」
白井先生は「嘘だろ」と言いたげな目で僕を見る。
「スベったよね麗?」
「恵の言う通り完全なやらかしだな。寒い」
白井先生は「そんなはずはない」と言いたげな目で恵さんと町田さんを見る。
そして顔を真っ赤になって行き「ああ」と叫びながら頭を抱えた。
たぶん、白井先生にとっては鉄板ギャグだったんだろう。
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