桜1/2

平野水面

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出たとこ勝負

やり残したこと1

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 これが夢だと気づくまで時間はかからなかった。
 僕は個室の入り口付近に立っている。
 中央にあるベッドには僕が寝かされていて、体には沢山の管がつけられていた。
 そのベッドの脇で憔悴している母さんが座っていた。
 母さんの後ろにある窓の向こう側は砂嵐が吹き荒んでいる。
 気になって振り返り、入り口の引戸を開けるとやはり個室のすぐ外は砂嵐だった。
「なぜ再び砂嵐が……」
 分からないことを考えても仕方がない。
 僕はベッドの右脇に立ち、寝ているバッタもんを揺すって起こす。
「おいバッタもん、これは何の悪ふざけだ。おい起きろ」
 話しかけようが、揺すろうが、頬を叩こうが、バッタもんは目を覚まさない。
  自然に起きるまで待つことにした。
 しばらく待っていると反応があった。
 それはバッタもんでもなくて母さんの方だった。
「お願い目を覚まして至恩。英二さんがいなくなって至恩まで目を覚まさなかったら、私と亜希はどうやって生きて行けばいいの?」
 いきなり会話を始めた母さんに驚き、ベッドの角に右足の脛をぶつけた。
 あまりの痛さにしゃがみ込んで脛を擦った。
「現実みたいに超痛い」
 夢の中なのにややこしい。
 脛に鈍い痛みが残る中、新たに浮かんできた疑問をブツブツと呟いた。
「これは母さんから聴いた思い出話しの一部だろうか? いや、僕は母さんが憔悴していたとは聴いていないな。なら、この夢はいったい何だ?」
 僕は立ち上がりもう一度母さんの様子を窺う。
 母さんはうわ言のように誰かと会話をしているように見えた。
「お願いです英二さん、至恩を助けて下さい」
 母さんは泣き崩れてベッドにうつ伏せになった。
 まあ夢の中なんだし、僕の声が母さんへ届くかは分からないけど励ましてみた。
「大丈夫だよ。もうすぐ昏睡状態から目覚めるんだよ」
 僕の声に反応した母さんは、体をビクッとさせる。
 慌てて顔を上げると驚いた表情をして息を飲む。
 やがて微笑みに変わる。
「おい、パチもん、おい起きろってばパチもん。寝てる場合じゃねえから。おいってば!」
 母さん声はバッタもんだった。

    *    *

 気がつくと、バッタもんが中腰で僕を覗き込んでいた。
 どうやらここは夢の中。
 自宅のリビングのソファーで寝ていたようだが。
 だとすれば、さっき見ていた夢は一体何だ。
 というか夢から目覚めて、夢の中にいるこの謎の現象は何なんだ。
 寝起きの脳で考えたけれど数秒で降参する。
 「ああ」と唸りながら頭を搔いてから体を起こした。
「パチもん、コーヒー飲むか」
「ん……頼むよ」
 バッタもんが指をパチンと鳴らす。
 テーブルの上に湯気の立つコーヒーが二つ現れた。
「お袋の味のコーヒーを飲もうぜ」
 僕らは向かい合って座る。
 バッタもんは砂糖とミルクをたっぷり投入した。
 ブラック派の僕としては許しがたい行為だが、別の人格の僕らの趣向が別々なのは仕方がないことだ。
 僕は気になっていることを訊ねた。
「なあバッタもんか。何で僕は寝ていたんだろうか?」
「知らんな。病院の帰りの車中でパチもんが寝落ちした。現実世界が観測できなくなったから、コーヒータイムに洒落込もうとするとだな、いきなり爆睡中のパチもんが現れたって訳。しかも母さんの名前を連呼していたぞ」
「うなされてたか?」
「いや普通。けど、なかなか起きないから俺のキスで目覚めさせてやろうかと一瞬思ったぞ」
 バッタもんは口を窄める。
 僕の背筋に悪寒が走った。
「それは止めてくれ。自分と自分でキスなんて真っ平ごめんだ」
 バッタもんは一瞬考える素振りを見せ露骨に顔を歪めた。
「俺が言うのなんだが、想像したら急に吐き気がしてきた」
「誰も得しない想像は止めとけ」
「いや、そんなことはない。とある界隈の特殊な性癖を持った方々にはたまらんネタだろ」
「そうかもな」
 僕はその手の創作物には興味がないので軽く受け流した。
 バッタもんの悪ふざけには乗らず、真剣な雰囲気を作ってから「それよりもだ」と話を切り出した。
「なあバッタもん、最近の母さんの様子をどう見る?」
「前から疑っていたけど、さらに拗らせたと俺は感じるぜ」
「僕は医師の『異常なし』の診断に疑問を感じる。正常ではないと思うけどな」
 バッタもんは「確かにな」と言ってからコーヒーを一口飲む。
 ティーカップを受け皿に置くと険しい表情になった。
「他の医師に診せるか? セカンド・ミリオンってやつだっけ?」
「……それを言うならセカンド・ピニオンな。それと国内にあの先生以上の名医は少ない。それりも効果的な方法がある」
 僕はバッタもんをじっと見つめる。
 バッタもんは僕を睨みながら言った。
「パチもんの言いたいことは分かるぜ。人格統合すれば、母さんは父さんの魂が成仏したと思ってくる事を期待しているんだろ?」
「ご名答。記憶が戻って来ているせいか少しは頭の回転が速くなったじゃないかバッタもん。なら話は早い。僕らに時間的猶予がない。一刻も早く人格を統合して母さんを救わないと。いつまでも『トラウマが』とか『現実が怖い』とか言って夢の中に引きこもっていられないぞ」
「待て待てパチもん。トラウマを克服してくらいで人格統合が起きるとは限らんぞ。それは確かなんだぜ。それとまだ記憶の一部に曖昧な点があるんだ。例えば家族と恵さんと行った海水浴の思い出とかな」
 バッタもんとはしばらく会ってなかったけど、いつの間にか頭がキレる奴というか、大人の意見を言えるようになっていた。
 確かにバッタもんがトラウマを克服しても人格が統合される保証はない。
 いや、その前にバッタもんが言った『トラウマを克服しても人格統合が起きるとは限らない。それは確かなんだぜ』とは一体なんのことか。
 空かさず訊ねた。
「まさかバッタもんはトラウマを?」
「克服したというよりは、どちらかというと覚悟を決めたと言った方が正しいな。もう俺は現実から逃げない。パチもんに頑張る姿に「俺もやってるぜ」って気持ちになったからな。ていうことで俺は現実に戻れる用意と覚悟は出来た。けれど未だに人格統合が起きないのは何故だ?」
 僕は頭の中で情報を整理してから答えた。
「ひょっとしたらバッタもんの記憶が完全に戻らないと駄目なのかもしないな」
「それはありえるな」
「と言うことで皆から海水浴の思い出話を聞きに行くべきだな」
「待てよパチもん、そんなに焦るなっての。俺は事態が複雑化して頭がパンクしそうなんだ。ここら辺で状況の整理と、パチもんのやり残した事の議論も必要だ」
 バッタもんの意見に一理ある。
 バッタもんの言う「やり残した事」も気になるけど、それ以上にバッタもんのヘタレ変態さを全く感じさせない。
 なんとなく「お前そういうキャラだっけ?」と言いたくなった。
 それよりも先に状況の整理からする。
「分かりやすく説明すると、僕らの目的は人格統合、その結果として心が病んでいる母さんを救う。そこに何を焦る要素と僕のやり残した点はないと思うが?」
「色々とありまくりのスカート捲りだぜ」
 下らないギャグと、いつもの変態らしさに少しほっとする。
 取りあえずそこに触れずに質問をした。
「その色々が僕には分からないが?」
「俺達の人格が統合された場合、どちらの性格が残るんだ? そこって重要じゃね?」
「それは確かに」
 今日のバッタもんは一味違う。
 本当の意味での覚悟が近いのかもしれない。
 とりあえずそれは横に置いといて。
 覚醒するのがどちらかなのかは、僕なりのはっきりとした答えはあった。
 担当医はバッタもんがオリジナルの性格だと診断し、僕の過去を知る皆の想い出はバッタもんの性格がベースとなっている。
 それに夢の中の僕は、体が幽霊のように半透明になっていて、バッタもんの方は普通の人として違和感のない状態だ。
 この点を考えれば疑う余地はないはずだが。
 でも僕の中で何とも言えない違和感があった。
 それが何なのかは分からない。
 とりあえずそれは無視して合理的な僕の答えをバッタもんへ伝えた。
「消えるのは僕の方だと思う」
「その根拠は何だ?」
「担当医の診断の正しさとバッタもんの人格が皆の記憶と過去が繋がっていること。そして僕の体はバッタもんの記憶が戻るのと比例して透明度が増している。消えるのは僕で間違えないだろう」
「確かにパチもんの意見には説得力がある。でも俺は担当医の診断を疑うぜ。母さんの件がそうだ。母さんは明らかに様子が変なのに『異状なし』はないだろ?」
「なら僕達の診断と治療法も間違っていると?」
「いや、そこまでは知らんけど。でも母さんの件に限って言えばおかしいだろ? これは俺の勘だけどよ、俺達と母さんはには根本的なもっと違う原因がある気がするんだ。きっとそうに違いない。多分」
「勘とか多分とか……曖昧だな。自信はないんだな?」
「ああ根拠はない。ただの勘だ」
 ただの勘で語られては困る。
 やはり人格統合こそが正しい答えだ。
「よし、僕らの人格統合の話と病んでいる母さんと対策の結論はもう出た。それで僕がやり残した事とは?」
 バッタもんは納得していないようで、後頭部を掻きながら顔をしかめていた。
 けれどすぐに切り替えて真剣な眼差しを僕に向けた。
「なあパチもんよ、何で恵を避けているんだ?」 
「ちぃっ」
 バッタもんに痛い所をつかれた僕は、反射的に舌打ちをしていた。
 
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