桜1/2

平野水面

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出たとこ勝負

やり残したこと2

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 バッタもんは長く重いため息を吐いた。
 苛立ちを隠さずに語気を強めて話す。
「立ち聞きをしたあの日から恵と二人きりで会おうとしなくなったのなぜだ?」
 バッタもんから目を逸らして答える。
「複雑なんだよ今の僕と恵さんは。お互いの勘違いから始まった不幸な関係。恵さんが待ち続けていたのは偽物の僕ではなくバッタもんなんだ。事実を知ったあの日を境に、偽物の僕は恵さんの元カレとしての役を終えたんだ」
 バッタもんは乱暴にティーカップを掴みコーヒーを一気飲みして、乱暴に受け皿の上の置いた。
 明らかに不満そうである。
 バッタもんはぎろりと僕を睨む。
「勘違いしてんのはお前だぜ。パチもん」
 僕もコーヒーを一口飲んでから、ティーカップを乱暴に受け皿に置いてから訊ねた。
「何が勘違いだって?」
「恵との仲を複雑な関係にしてるのはパチもんの方だろ。お前が避けているからな」
 確かに僕は恵さんを避けている。
 こうして面と向かって言われるとムカツク。
 僕は感情をバッタもんへぶつけた。
「バッタもんが僕という人格を生み出さなければ、母さんが病んだり、亜希が家族の問題を背負い込んだり、恵さんが僕のことで悩んだりせずに済んだ。全部バッタもんのせいじゃないか」
 バッタもんは僕から目を逸らしてし俯く。
 きつく目を閉じて、強く唇を噛んだ。
 強く当たってしまった。
 苦悶の表情を浮かべるバッタもんに僕は深く後悔した。
 バッタもんは雑念を振り払うかのように首を降ってから僕を真っ直ぐに見据えた。
 そして深々と頭を下げて言った。 
「全て俺の心の弱さが招いた事態だ。本当にすまいと思っている。だからこそ恵を恨まないで欲しいし、避けないで欲しい。頼むよこの通りだ」
 バッタもんはソファーから降りて土下座した。
 僕はバッタもんの元へ歩みより、跪いて肩を叩いた。
「止せよ。顔を上げろよ。僕も少し感情的だった。きつく言ってごめん」
 バッタもんは顔を上げ、正座したまま言った。
「恵の奴はよ、きっと反省していると思う。本人の前で喜んでしまったからな。だからよ、恵が謝るチャンスと環境を与えくれよ」
 バッタもんは捨てられた子犬のような目でじっと見つめてきた。
「ああ……わかったよ。僕も少し意地を張っていたと思う。僕から話の場を設けるよ」
「ありがとうパチもん。それと確認したいことがあるんだが?」
 真剣だったバッタもんの表情が崩れてニヤリ。
 嫌な予感がするけれど「話の続きを」とバッタもんを急かした。
「さっきさパチもんは『お互いに勘違いがあった』と言ったけど、あれはどういう意味だ?」
 やはりそうきたか。
 おかげで妙な汗が吹き出てくる。
 バッタもんは僕の様子を窺いながら重ねて訊ねた。
「ひょっとしてパチもんは本気で恵に惚れていたのか?」
 言い訳してもボロが出そうなので正直に答えた。
「好きで何が悪い。あんな美人の文学少女から告白されたら、誰だってその気になってしまうのが普通だろ。あの当時はお互いが病気の真実を知らなかったわけだから勘違いしても仕方がないだろ」
「なら告白しちゃおうぜ」
「は? はあ?」
 僕の間抜け声がリビングに響く。
 バッタもんは真剣な表情で話を進める。
「いやだってよ、パチもんのそれって初恋だろ? とても大事な恋をしているわけだし、告白しないなんて勿体ないぜ」
「あのな、恵さんが好きなのはバッタもんの方。フラれると分かっていて告白するか? 馬鹿なのか?」
 バッタもんは僕の両肩に両手を置き、じっと見つめてから言った。
「馬鹿になれよパチもん。人を好きになるってそういうことだろ? それに人格が一つになったら、告白する機会を二度と来ないんだぜ。それはパチもんと恵にとってすごく不幸だ」
「不幸?」
「想いを伝えなかったら恵には苦い思い出として残る。けどよ、パチもんが告白したら恵には甘酸っぱい思い出として残る。これは差は大きな違いだとは思わんか? パチもんだって恵の中でいい思い出のままで残りたいだろ?」
 バッタもんめ。
 大人の意見でゴリ押しするつもりか。
 まあ恋愛経験は僕よりもある訳だから、アドバイスできる立場にある。
 反論できない僕にバッタもんは諭すように話を続けた。
「俺はパチもんを勝手に生み出した。本当に悪いと思っている。だからこそ人格が統合される前に、パチもんには高校生活を楽しんで欲しい。部活や恋とかな。えっと恵は無理そうだから。麗なんかはどうよ?」
 いきなり麗さんと付き合えとか話は随分と飛躍してしまっている。
「麗さんの件は置いといて。恵さんに告白するよ。けれど複雑だよな。恵さんの好きな相手がバッタもんぼくであって僕ではないとか。勝ち戦なのか、負け戦なのか訳分からんよ」
「ちげねぇや」
 僕ら笑った。
 こんな冗談を言い合えるのは、世界で僕らだけだろう。
「もう少しゆっくりしていけよ。もう一度コーヒー入れ直す」
 バッタもんが指を鳴らすとティーカップが消えて、再び新しいティーカップが現れた。
 湯気が立ち昇っている。
 僕ら再びソファーに座って会話を始めた。
「バッタもん、僕は明日の放課後、恵さんに告白する」
「急だな」
「何を呑気な。僕の体を見ろよ。消えそうなくらい透明だ。何かを切っ掛けに記憶が戻った途端に人格統合が起こるかもしれん。だから明日なんだ」
「そうだな。人格統合する前に……な」
 陽気だったバッタもんの表情が曇る。
 まだ人格統合で不安を抱えているのだろうか。
 気になって訊ねた。
「何か心配事か?」
「いや何でもねえよ」
「それじゃ後のケアをお願いするぜ」
「何が?」
「いや、明日の放課後に告白するって言っただろ?」
「お、おう分かった。フラれた後のことは俺に任せておけ。四月に白井先生と恵を招待した時のご馳走を用意しておく。残念会を開いてやるぜ。ところでどんな言葉で告白する? もう決めてあるのか?」
「無い」
「は?」
「つまりは――出たとこ勝負さ」
「ハハハッ、そいつはウケる。パチもんらしくないけど、俺はそういうスタイルが好きだぜ。頑張って散ってこい。骨は拾ってやる」
「ああ行ってくる!
 バッタもんは僕の背を強く叩いて闘魂注入してくれた。

    *    *

「兄さん家に着いたよ。起きて兄さん」
 後部座席のドアは開け放たれていた。
 亜希に手を引っ張られて車外に出る。
 さっきまでの曇り空が嘘のような快晴となり、耳障りなセミの鳴き声が鼓膜を激しくノックして眠気を吹き飛ばした。
 肌に当たる直射日光が痛い。
 ギラつく太陽に手をすかして細目で見ながらフンッと鼻で笑った。
 今の僕の心はあの太陽よりも熱い。
 
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