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出たとこ勝負
告白は君と出会ったベランで
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告白するなら、恵さんと出会ったこの放課後のベランダと決めていた。
部活が終わったら一年二組のベランダに来て欲しいと伝えてある。
来るまでの間は手持ち無沙汰なのでベランダの柵に寄りかかり、校庭やグラウンドを眺めていた。
「ありがとうございました」
グランドの右角から大声が聞こえた。
バックネットの前で野球部員が二列になって向かい合っていた。
引退する上級生の最後の挨拶だろう。
昨日行われた夏の県予選の準決勝で逆転サヨナラ負けをしたらしい。
同じクラスの野球部員が悔しそうに語っていたのを耳にした。
受け入れ難い結果のにも関わらず、横列で向かい合う上級生と下級生は互いに堂々と胸を張り、真っ黒に日焼けした顔から白い歯が見えた。
僕は「青春だなあ」と呟く。
それほど野球に興味があるわけではないけど、僕にとっても今年の夏が最後になる可能性もあるわけで、野球部の三年生からなんとなくシンパシーを感じた。
この心のチクチクをどう表現したら良いのだろうか。
切ないとか、苦しいとか、一言で言い表せるような単純なものではなくて。
誰にも理解できないであろう物の例えで言えばこうだ。
魚の小骨が喉に刺さった違和感と痛み、初デート前夜に味わう緊張と甘酸っぱさを、その二つを足して二で割ったような複雑な感情である。
少し拗らせ気味の感情を文学風味に表現するようになったのは、文芸部に入部して恵さんと麗さんと亜希との楽しい日々があったからこそ。
昏睡状態から目覚めてから今日まで僕は、決して平坦だったとは言えなかった。
記憶喪失と多重人格、いじめ、妹との確執、母さんの心の病みと闇、たくさんの問題があって解決と未解決もある中で、僕の心は少なからず傷を負った。
けれど皆に支えられ、皆の優しさに触れ、時には皆に励まされ、負っていた心の傷は少しずつ癒えてきた。
僕は改めて幸せ者であると気づかされた。
その幸せに酔いしれながらベランダの柵に寄りかかり神山恵さんを待つ。
しばらくして恵さんはふらっと僕の左隣に現れ、隣で僕と同じように柵に寄りかかって校庭を眺める。
まるで初めて出会った日と同じシチュエーション。
あの時は放課後の部活勧誘期間の最終日だった。
あの頃と違いがあるとすれば、季節が春から夏へ移り変わり、互いの肩が触れあうくらいの距離まで縮んでいること。
そして告白する側が恵さんから僕へ変わったことだった。
緊張の中、恵さんの横顔を見つめながら話を切り出した
「こうして二人きりで話すのは、テスト勉強に付き合ってもらった以来かな?」
「そうね。あれから時が経つのが早かったような、遅かったような不思議な感覚だったわ」
「僕は流れる時間の一秒一秒が他人よりも倍速、三倍速のように流れているようだった。人生のエンドロールが近いと感じるせいかな。一日があっという間だよ」
恵さんは視線を校庭から僕へ移してじっと見つめてきた。
見つめ合う中で、恵は何も言わずに首を横に振った。
なんとなく「そんな風に言わないで」と言いたげで、憂いの目で僕を見た。
「僕はね、恵さんがオリジナルの僕に会えると喜んだ時、正直に言うとショックだった。うん、なんか失恋したような。もしかして僕が消えてしまっても悲しんでくれないかもって悩んだこともあった。情けないことに立ち聞きしてしまったあの日から、僕は恵さんを避けていた。会うのが怖くて。恵さんに嫌な気分にさせてごめんなさい」
「私こそごめん。不用意な発言と態度だったと思うわ」
「恵さんが謝る事じゃない。僕が立ち聞きしたのがそもそもの原因だから。それに真実を知って後悔は無いし、恵さんが事故前の彼を変わらずに好きでいてくれることがなによりも嬉しかった。多分だけど彼の覚醒は近いと思う。前よりも少し大人になって、少し頭が良くなって帰ってくるから。でも変態という病気は治しそこねたのが少し心残りだ」
恵さんは泣き笑いして言った。
「至恩が成長したのは君のお陰ね。ありがとう」
良い雰囲気作りをするつもりだった。
結果は恵さんを泣かせてしんみりさせてしまった。
このまま告白して良いものかと悩んでいると。
「私は自分でも嫌になるくらいずるい女だと思っているの」
恵さんは突然話題を変えてきた。
僕は黙って耳を傾けた。
「私は事故前の至恩が大好き。でも今の至恩にも嫌われたくないの。都合の良いことばかり言っている自覚はある。わがままだと思うの。でも言わせて。私は至恩の心の中にいる至恩の次に君が好きよ。このまま友達でいて欲しい」
もう答えは出ている。
出たとこ勝負に出る前からわかってはいた。
でも伝えたいんだこの気持ちを。
僕の人格が消えてしまう前に。
恵さんの心に刻みたいんだ。
この僕が生きた証を。
胸を張って言った。
「僕は恵さんの一番好きな人になりたいんだ」
「え?」
「僕は心の中の引きこもっている僕に負けたくない」
恵さんは僕の方へ体を向き直る。
僕は恵さんの赤く泣き腫れた目を見つめながら言った。
「最初は勘違いから始まる恋だったかもしれない。でも今の僕の気持ちは一切の偽りのない純粋な恋心。月島至恩とは全く関係のない一人の男子高校生として、多重人格として生み出された一人の男として――神山恵さんが大好きです」
ありのままの気持ちを伝えた。
僕にとって最初で最後の告白。
心臓が壊れそうくらいに鳴動して苦しい。
恵さんは大きく目を見開き、ただ呆然としていた。
長い沈黙。
間が待てない中で、音楽室から吹奏楽の『上を向いて歩こう』が聞こえてきた。
曲調と胸の高鳴りが合わないせいで、頭の中がごちゃごちゃして吐き気を催す。
気を抜けば甘酸っぱい物が迫り上がって来そうだ。
胃の辺りをおさえて返答を待っていると、恵さんは「あのね」と切り出す。
告白の返答は名曲に掻き消されそうになったけれど、僕の耳までしっかり届いた。
僕は天を仰いでため息吐いた。
聞こえてくる楽しげな『上を向いて歩こう』が耳障りで憎たらしい。
湛えつつある物が溢れて流れ落ちないように必死に堪えるけれど、もう限界が近い。
夏の夕空に浮かぶ白い雲が滲んでいった。
部活が終わったら一年二組のベランダに来て欲しいと伝えてある。
来るまでの間は手持ち無沙汰なのでベランダの柵に寄りかかり、校庭やグラウンドを眺めていた。
「ありがとうございました」
グランドの右角から大声が聞こえた。
バックネットの前で野球部員が二列になって向かい合っていた。
引退する上級生の最後の挨拶だろう。
昨日行われた夏の県予選の準決勝で逆転サヨナラ負けをしたらしい。
同じクラスの野球部員が悔しそうに語っていたのを耳にした。
受け入れ難い結果のにも関わらず、横列で向かい合う上級生と下級生は互いに堂々と胸を張り、真っ黒に日焼けした顔から白い歯が見えた。
僕は「青春だなあ」と呟く。
それほど野球に興味があるわけではないけど、僕にとっても今年の夏が最後になる可能性もあるわけで、野球部の三年生からなんとなくシンパシーを感じた。
この心のチクチクをどう表現したら良いのだろうか。
切ないとか、苦しいとか、一言で言い表せるような単純なものではなくて。
誰にも理解できないであろう物の例えで言えばこうだ。
魚の小骨が喉に刺さった違和感と痛み、初デート前夜に味わう緊張と甘酸っぱさを、その二つを足して二で割ったような複雑な感情である。
少し拗らせ気味の感情を文学風味に表現するようになったのは、文芸部に入部して恵さんと麗さんと亜希との楽しい日々があったからこそ。
昏睡状態から目覚めてから今日まで僕は、決して平坦だったとは言えなかった。
記憶喪失と多重人格、いじめ、妹との確執、母さんの心の病みと闇、たくさんの問題があって解決と未解決もある中で、僕の心は少なからず傷を負った。
けれど皆に支えられ、皆の優しさに触れ、時には皆に励まされ、負っていた心の傷は少しずつ癒えてきた。
僕は改めて幸せ者であると気づかされた。
その幸せに酔いしれながらベランダの柵に寄りかかり神山恵さんを待つ。
しばらくして恵さんはふらっと僕の左隣に現れ、隣で僕と同じように柵に寄りかかって校庭を眺める。
まるで初めて出会った日と同じシチュエーション。
あの時は放課後の部活勧誘期間の最終日だった。
あの頃と違いがあるとすれば、季節が春から夏へ移り変わり、互いの肩が触れあうくらいの距離まで縮んでいること。
そして告白する側が恵さんから僕へ変わったことだった。
緊張の中、恵さんの横顔を見つめながら話を切り出した
「こうして二人きりで話すのは、テスト勉強に付き合ってもらった以来かな?」
「そうね。あれから時が経つのが早かったような、遅かったような不思議な感覚だったわ」
「僕は流れる時間の一秒一秒が他人よりも倍速、三倍速のように流れているようだった。人生のエンドロールが近いと感じるせいかな。一日があっという間だよ」
恵さんは視線を校庭から僕へ移してじっと見つめてきた。
見つめ合う中で、恵は何も言わずに首を横に振った。
なんとなく「そんな風に言わないで」と言いたげで、憂いの目で僕を見た。
「僕はね、恵さんがオリジナルの僕に会えると喜んだ時、正直に言うとショックだった。うん、なんか失恋したような。もしかして僕が消えてしまっても悲しんでくれないかもって悩んだこともあった。情けないことに立ち聞きしてしまったあの日から、僕は恵さんを避けていた。会うのが怖くて。恵さんに嫌な気分にさせてごめんなさい」
「私こそごめん。不用意な発言と態度だったと思うわ」
「恵さんが謝る事じゃない。僕が立ち聞きしたのがそもそもの原因だから。それに真実を知って後悔は無いし、恵さんが事故前の彼を変わらずに好きでいてくれることがなによりも嬉しかった。多分だけど彼の覚醒は近いと思う。前よりも少し大人になって、少し頭が良くなって帰ってくるから。でも変態という病気は治しそこねたのが少し心残りだ」
恵さんは泣き笑いして言った。
「至恩が成長したのは君のお陰ね。ありがとう」
良い雰囲気作りをするつもりだった。
結果は恵さんを泣かせてしんみりさせてしまった。
このまま告白して良いものかと悩んでいると。
「私は自分でも嫌になるくらいずるい女だと思っているの」
恵さんは突然話題を変えてきた。
僕は黙って耳を傾けた。
「私は事故前の至恩が大好き。でも今の至恩にも嫌われたくないの。都合の良いことばかり言っている自覚はある。わがままだと思うの。でも言わせて。私は至恩の心の中にいる至恩の次に君が好きよ。このまま友達でいて欲しい」
もう答えは出ている。
出たとこ勝負に出る前からわかってはいた。
でも伝えたいんだこの気持ちを。
僕の人格が消えてしまう前に。
恵さんの心に刻みたいんだ。
この僕が生きた証を。
胸を張って言った。
「僕は恵さんの一番好きな人になりたいんだ」
「え?」
「僕は心の中の引きこもっている僕に負けたくない」
恵さんは僕の方へ体を向き直る。
僕は恵さんの赤く泣き腫れた目を見つめながら言った。
「最初は勘違いから始まる恋だったかもしれない。でも今の僕の気持ちは一切の偽りのない純粋な恋心。月島至恩とは全く関係のない一人の男子高校生として、多重人格として生み出された一人の男として――神山恵さんが大好きです」
ありのままの気持ちを伝えた。
僕にとって最初で最後の告白。
心臓が壊れそうくらいに鳴動して苦しい。
恵さんは大きく目を見開き、ただ呆然としていた。
長い沈黙。
間が待てない中で、音楽室から吹奏楽の『上を向いて歩こう』が聞こえてきた。
曲調と胸の高鳴りが合わないせいで、頭の中がごちゃごちゃして吐き気を催す。
気を抜けば甘酸っぱい物が迫り上がって来そうだ。
胃の辺りをおさえて返答を待っていると、恵さんは「あのね」と切り出す。
告白の返答は名曲に掻き消されそうになったけれど、僕の耳までしっかり届いた。
僕は天を仰いでため息吐いた。
聞こえてくる楽しげな『上を向いて歩こう』が耳障りで憎たらしい。
湛えつつある物が溢れて流れ落ちないように必死に堪えるけれど、もう限界が近い。
夏の夕空に浮かぶ白い雲が滲んでいった。
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