44 / 50
夏の幻影
記憶の欠落
しおりを挟む
「来たかパチもん」
さっきまで恵さんがいた場所にバッタもんが座っていた。
「そういうことか」
意識を失って夢の中へ来たようだ。
バッタもんの隣に座りからかう。
「良かったな色男。恵さんにあそこまで想われていたなんてな。それにただのヘタレ変態じゃなくて、割りと善良なヘタレ変態だったようだな。見直したよ」
「そこはイケメンでいいじゃないか。ヘタレ変態は余計だ」
「わかった。イケメンでヘタレ変態さん」
僕の悪態にバッタもんは鼻で笑ってから言った。
「もうやめようぜ。ひょっとしたらこれが別れになるかもしれねぇし」
「……そうだな。それで記憶の方は?」
「訊ねられてもな。全部を思い出せたかどうかなんて実感はないぜ」
首を竦めるバッタもん。
僕は唸ってから会話を続けた。
「記憶のない僕には分からないけれど、そんなもんなのか?」
「そんなもんなんだわ。多分」
会話が途切れた。
しんみりとした雰囲気に何を話していいのか分からず、僕は海を眺める以外に手立てがなかった。
「パチもんありがとうな」
唐突に口を開いたのはバッタもんだった。
「何だよいきなりバッタもん」
「お前がいなかったら俺は死んでいたかもしれない。それに恵と亜希が鈴村の女になっていた可能性だってあった。俺を含めて皆を守ってくれたことを感謝する」
普段ふざけたことしか言わない奴から畏まってお礼を言われると、何かが「起こる前触れでは?」と思ってしまう。
その何かが起こるとしたら人格統合と僕の消滅。
こうしてバッタもんと会って話すのもこれが最後なんだと思うと感慨深い。
僕は別れの言葉をバッタもんへ贈る。
「短い間だったけれど世話になった。高校生活は嫌な事や危険な事もあったけれど、それ以上に素晴らしい出会いがあった。本当は皆に別れの挨拶をしたかったけれど、こうなっては仕方がない。始めようぜ、人格統合をさ」
立ち上がって体をバッタもんの方へ向き直す。
バッタもんも立ち上がって僕と正対した。
これから人格統合が始まる。
妙な緊張の中、その時を待った。
待ち続けた。
しばらく待っていた。
「どうした早く始めろよパチもん……」
「それはこちらの台詞だバッタもん……」
互いに見つめ合っているとバッタもんが「あれ?」と呟いた。
僕も思い当たる節がある。
僕らは互いに思っていることを同時に言い合った。
「人格統合ってどうやってやるんだ?」
僕らはそのやり方を知らない。
覚悟して立ち上がったはいいが、モヤモヤした気持ちを後頭部を掻いて誤魔化した。
「とりあえず座って、コーヒーを飲みながら考えるかバッタもん」
「そうだな……」
バッタもん力無くストンとベンチに腰をおろすと、指をパチンと鳴らして二人分のアイスコーヒーを出してくれた。
バッタもんはストローでアイスコーヒーを一口飲んでから言った。
「参ったぜパチもん。何で人格統合が起きない? 担当医の治療法に問題があったのかな?」
「違うな。少し心当たりがある」
そう言うと、バッタもんは訝しげな表情で身を乗り出して訊ねてきた。
「それは何だ?」
「まだ全ての記憶が戻って無いのかもな」
「何でそれが分かるんだ?」
簡単なことである。
まだ語られてはいない記憶があるだけのこと。
それは僕が倒れる前、恵さんへ念を押し、他に思い出はないかと訊ねた時のあの表情と言動。
違和感は確かにあった。
まだ何かを隠していると。
直接問い質しても良いが、はぐらかされては面倒だ。
退路を断つ必要がある。
その為の情報をここで揃える。
「なあパチもん、まだ全ての記憶が戻ってない可能性がある。記憶の欠落とかはないか? 例えば二年前の海水浴とか」
バッタもんは乗り出していた体勢を戻し、海を眺めながら必死に思いだそうとしていた。
「いや、海水浴の思い出に欠落はないぜ」
「なら他には?」
「急に言われてもなあ」
バッタもんは首を横に振った。
そして腕を組み、天を仰いで唸り声を上げた。
バッタもんの視線の先に大きな入道雲。
僕はバッタもんを急かす。
「雲なんて見てないで真剣に思い出せ」
「うーん、あああ! 何も思い浮かばねえよ。くっそ、何か降りて来い、閃きよ降りて来い」
バッタもんは立ち上がって両手を掲げた。
某アニメの「元気を分けてくれ」のように。
当然そんな事で思い出せる訳もなく。
「とりあえず座れバッタもん」
バッタもんが腰を下ろすと同時に叫ぶ。
「あああっ、頭使い過ぎて爆発しそうだ。このままだと汚い花火をぶちまけてしまう」
バッタもんの脳に何かが降りてくるよりも先に、僕の脳に何か降ってきた。
バッタもんの両肩を掴んで叫んだ。
「そうだ花火、花火大会はどうだ? 花火大会の思い出は?」
「力入れすぎで痛えよ。ちょっと考える。だから肩から手を離せっての」
バッタもんの肩から手を離し「早く思い出せ」と急かした。
「えっとな、恵から聴いた話によれば、待ち合わせは堤防のあのコンビニ。合流して河川敷の出店で色々と遊んだり、美味しいものを食ったな。それから、ひとけの無い場所へ移動して花火を見て……帰った?」
「どうしたバッタもん?」
「いや……花火の途中から帰るまでの間の記憶が曖昧なんだ」
バッタもんは首を捻る。
どうやらそこが記憶の欠落らしい。
「具体的に説明できそうか?」
「難しい注文しやがるなパチもん。えーと、途中まで花火を見ていたのは確かだ。でもある部分からすっぽりと飛んでいる。 それでいきなり帰る場面になっているな。暑い中わざわざ腕を組んで歩いて帰った。目茶苦茶イチャイチャしてたと思う。てか左手に当たるオッパイの柔らかさまで思い出せたぞ!」
「そこだ!」
僕は思わず立ち上がった。
バッタもんは見上げて訊ねてきた。
「柔らかいオッパイの思い出が役にたったのか?」
「胸の話じゃない。ひょっとしてスターマインとかを見てないんじゃないか?」
バッタもんは目を大きく見開いた。
「ああ言われて見れば。スターマインの記憶がないぜ」
「そこが欠落した記憶か。残されたラストピースだ」
バッタもんは目と口を丸くして「おお」と驚いていた。
「協力ありがとうバッタもん」
「なあパチもん、何で恵は花火大会のことを隠していたんだ?」
「知っている御本人に直接聴けばわかることさ」
「だがよ、恵は切れ者だから口を割らないかもしれないぜ。上手くやれるのか?」
「そこは攻めかた次第さ」
「それでよ、恵の隠している思い出を聞き出せたら、俺らの人格統合が始まるのか?」
「確証はないけど多分」
僕は公園の際に立つ。
砂浜と公園は三メートルくらいの段差。
僕は振り返って言った。
「ラスボスの恵さんに挑んでくる」
「恵に負けるなよ。絶対に勝てよ」
「任せろ。で、いつもの頼む」
僕は右拳で左胸を二回叩いてから、その拳をバッタもんへ突き出す。
バッタもんは「よし」と言って立ち上がって助走距離を取る。
そして猛然と駆け寄ってきたパチもんは、僕の目の前でジャンプするや否や、強烈なドロップキックを繰り出してきた。
強烈なキックを胸に受け、頭から砂浜へ落ちて行く。
僕の意識はゆっくりと遠のいていった。
さっきまで恵さんがいた場所にバッタもんが座っていた。
「そういうことか」
意識を失って夢の中へ来たようだ。
バッタもんの隣に座りからかう。
「良かったな色男。恵さんにあそこまで想われていたなんてな。それにただのヘタレ変態じゃなくて、割りと善良なヘタレ変態だったようだな。見直したよ」
「そこはイケメンでいいじゃないか。ヘタレ変態は余計だ」
「わかった。イケメンでヘタレ変態さん」
僕の悪態にバッタもんは鼻で笑ってから言った。
「もうやめようぜ。ひょっとしたらこれが別れになるかもしれねぇし」
「……そうだな。それで記憶の方は?」
「訊ねられてもな。全部を思い出せたかどうかなんて実感はないぜ」
首を竦めるバッタもん。
僕は唸ってから会話を続けた。
「記憶のない僕には分からないけれど、そんなもんなのか?」
「そんなもんなんだわ。多分」
会話が途切れた。
しんみりとした雰囲気に何を話していいのか分からず、僕は海を眺める以外に手立てがなかった。
「パチもんありがとうな」
唐突に口を開いたのはバッタもんだった。
「何だよいきなりバッタもん」
「お前がいなかったら俺は死んでいたかもしれない。それに恵と亜希が鈴村の女になっていた可能性だってあった。俺を含めて皆を守ってくれたことを感謝する」
普段ふざけたことしか言わない奴から畏まってお礼を言われると、何かが「起こる前触れでは?」と思ってしまう。
その何かが起こるとしたら人格統合と僕の消滅。
こうしてバッタもんと会って話すのもこれが最後なんだと思うと感慨深い。
僕は別れの言葉をバッタもんへ贈る。
「短い間だったけれど世話になった。高校生活は嫌な事や危険な事もあったけれど、それ以上に素晴らしい出会いがあった。本当は皆に別れの挨拶をしたかったけれど、こうなっては仕方がない。始めようぜ、人格統合をさ」
立ち上がって体をバッタもんの方へ向き直す。
バッタもんも立ち上がって僕と正対した。
これから人格統合が始まる。
妙な緊張の中、その時を待った。
待ち続けた。
しばらく待っていた。
「どうした早く始めろよパチもん……」
「それはこちらの台詞だバッタもん……」
互いに見つめ合っているとバッタもんが「あれ?」と呟いた。
僕も思い当たる節がある。
僕らは互いに思っていることを同時に言い合った。
「人格統合ってどうやってやるんだ?」
僕らはそのやり方を知らない。
覚悟して立ち上がったはいいが、モヤモヤした気持ちを後頭部を掻いて誤魔化した。
「とりあえず座って、コーヒーを飲みながら考えるかバッタもん」
「そうだな……」
バッタもん力無くストンとベンチに腰をおろすと、指をパチンと鳴らして二人分のアイスコーヒーを出してくれた。
バッタもんはストローでアイスコーヒーを一口飲んでから言った。
「参ったぜパチもん。何で人格統合が起きない? 担当医の治療法に問題があったのかな?」
「違うな。少し心当たりがある」
そう言うと、バッタもんは訝しげな表情で身を乗り出して訊ねてきた。
「それは何だ?」
「まだ全ての記憶が戻って無いのかもな」
「何でそれが分かるんだ?」
簡単なことである。
まだ語られてはいない記憶があるだけのこと。
それは僕が倒れる前、恵さんへ念を押し、他に思い出はないかと訊ねた時のあの表情と言動。
違和感は確かにあった。
まだ何かを隠していると。
直接問い質しても良いが、はぐらかされては面倒だ。
退路を断つ必要がある。
その為の情報をここで揃える。
「なあパチもん、まだ全ての記憶が戻ってない可能性がある。記憶の欠落とかはないか? 例えば二年前の海水浴とか」
バッタもんは乗り出していた体勢を戻し、海を眺めながら必死に思いだそうとしていた。
「いや、海水浴の思い出に欠落はないぜ」
「なら他には?」
「急に言われてもなあ」
バッタもんは首を横に振った。
そして腕を組み、天を仰いで唸り声を上げた。
バッタもんの視線の先に大きな入道雲。
僕はバッタもんを急かす。
「雲なんて見てないで真剣に思い出せ」
「うーん、あああ! 何も思い浮かばねえよ。くっそ、何か降りて来い、閃きよ降りて来い」
バッタもんは立ち上がって両手を掲げた。
某アニメの「元気を分けてくれ」のように。
当然そんな事で思い出せる訳もなく。
「とりあえず座れバッタもん」
バッタもんが腰を下ろすと同時に叫ぶ。
「あああっ、頭使い過ぎて爆発しそうだ。このままだと汚い花火をぶちまけてしまう」
バッタもんの脳に何かが降りてくるよりも先に、僕の脳に何か降ってきた。
バッタもんの両肩を掴んで叫んだ。
「そうだ花火、花火大会はどうだ? 花火大会の思い出は?」
「力入れすぎで痛えよ。ちょっと考える。だから肩から手を離せっての」
バッタもんの肩から手を離し「早く思い出せ」と急かした。
「えっとな、恵から聴いた話によれば、待ち合わせは堤防のあのコンビニ。合流して河川敷の出店で色々と遊んだり、美味しいものを食ったな。それから、ひとけの無い場所へ移動して花火を見て……帰った?」
「どうしたバッタもん?」
「いや……花火の途中から帰るまでの間の記憶が曖昧なんだ」
バッタもんは首を捻る。
どうやらそこが記憶の欠落らしい。
「具体的に説明できそうか?」
「難しい注文しやがるなパチもん。えーと、途中まで花火を見ていたのは確かだ。でもある部分からすっぽりと飛んでいる。 それでいきなり帰る場面になっているな。暑い中わざわざ腕を組んで歩いて帰った。目茶苦茶イチャイチャしてたと思う。てか左手に当たるオッパイの柔らかさまで思い出せたぞ!」
「そこだ!」
僕は思わず立ち上がった。
バッタもんは見上げて訊ねてきた。
「柔らかいオッパイの思い出が役にたったのか?」
「胸の話じゃない。ひょっとしてスターマインとかを見てないんじゃないか?」
バッタもんは目を大きく見開いた。
「ああ言われて見れば。スターマインの記憶がないぜ」
「そこが欠落した記憶か。残されたラストピースだ」
バッタもんは目と口を丸くして「おお」と驚いていた。
「協力ありがとうバッタもん」
「なあパチもん、何で恵は花火大会のことを隠していたんだ?」
「知っている御本人に直接聴けばわかることさ」
「だがよ、恵は切れ者だから口を割らないかもしれないぜ。上手くやれるのか?」
「そこは攻めかた次第さ」
「それでよ、恵の隠している思い出を聞き出せたら、俺らの人格統合が始まるのか?」
「確証はないけど多分」
僕は公園の際に立つ。
砂浜と公園は三メートルくらいの段差。
僕は振り返って言った。
「ラスボスの恵さんに挑んでくる」
「恵に負けるなよ。絶対に勝てよ」
「任せろ。で、いつもの頼む」
僕は右拳で左胸を二回叩いてから、その拳をバッタもんへ突き出す。
バッタもんは「よし」と言って立ち上がって助走距離を取る。
そして猛然と駆け寄ってきたパチもんは、僕の目の前でジャンプするや否や、強烈なドロップキックを繰り出してきた。
強烈なキックを胸に受け、頭から砂浜へ落ちて行く。
僕の意識はゆっくりと遠のいていった。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
妹の仇 兄の復讐
MisakiNonagase
青春
神奈川県の海に近い住宅街。夏の終わりが、夕焼けに溶けていく季節だった。
僕、孝之は高校三年生、十七歳。妹の茜は十五歳、高校一年生。父と母との四人暮らし。ごく普通の家庭で、僕と茜は、ブラコンやシスコンと騒がれるほどではないが、それなりに仲の良い兄妹だった。茜は少し内気で、真面目な顔をしているが、家族の前ではよく笑う。特に、幼馴染で僕の交際相手でもある佑香が来ると、姉のように慕って明るくなる。
その平穏が、ほんの些細な噂によって、静かに、しかし深く切り裂かれようとは、その時はまだ知らなかった。
学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。
たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】
『み、見えるの?』
「見えるかと言われると……ギリ見えない……」
『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』
◆◆◆
仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。
劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。
ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。
後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。
尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。
また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。
尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……
霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。
3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。
愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー!
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる