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夏の幻影
二つの理由
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目を覚ますと僕はベンチで寝かされていた。
ベンチを取り囲むように見下ろしていた皆は安堵のため息を吐いた。
「どれくらい気を失っていましたか?」
ベンチのすぐ脇でしゃがんでいた恵さんが答えた。
「スマホで皆を呼んでから五分くらい」
体を起こす。
目眩がしてベンチから落ちそうになったところを麗さんが支えてくれた。
頬に当たる冷たい物に思わず身をすくめた。
「軽い熱中症だな……体をいたわれよ至恩。取りあえず水分補給だ」
「ありがとう麗さん」
ペットボトルを受け取り水を飲んだ。
亜希が顔を近づけてきて、僕の顔をまじまじと見る。
「顔色は悪くなさそう。兄さん、車まで歩ける?」
「何とかね」
「よし、俺達が肩を貸そう」
白井先生は鈴村に目配せした。
動き出そうとする二人を麗さんが制止する。
「白井先生と鈴村だと凸凹過ぎてバランスが悪すぎる。ここは私と恵が支え――」
「ちょっと待って」
僕は麗さんの話を遮る。
皆の視線が僕に集まった。
「僕は平気だから。それよりも皆に聞きたい事があるんだ。僕の記憶についてね」
皆の顔をぐるりと見渡す。
恵さんだけが目を反らした。
とりあえず恵さんは後回しにして母さんから訪ねた。
「母さんは僕の過去を残さず伝えてくれた?」
「ええ、全てを話したつもりよ」
次に亜希に訊ねた。
「亜希はどうなの?」
「うーん、亜希から話せる事は、もう無いと思うけどな」
最後に恵さんに訊ねる。
「恵さんは言い忘れた事はありませんか?」
「……もう無いわ」
「それは本当ですか?」
恵さんは動揺していた。
手が小刻みに震えている。
亜希が部室で病気を打ち明けたあの時も、恵さんの手が震えていたのを僕は覚えている。
恵さんは冷静沈着の女性に見えるが、動揺すると手が震えるようだ。
ここが勝負どころと捉え畳み掛ける。
「僕は気を失って間に夢を見ました。そこで『人格統合が始まらない件』について、オリジナルの僕と議論しました。僕らが出した結論は『まだ欠落した記憶がある』です。今、僕が訊ねた三人の中に、まだ僕には伝えていない記憶があるはずなんです。よく思い出して下さい」
僕はまず母さんをじっと見た。
「ごめんね至恩。私から話せる思い出は本当にないのよ」
母さんは申し訳なさそうに謝る。
続いて亜希をじっと見た。
「ごめん兄さん。亜希も全てを話したよ」
亜希は首を横に振る。
最後に恵さんを見つめる
「私も全てを話したから」
恵さんは随分と顔色が悪い。
そういう反応を見せる理由を知っている。
僕は恵さんへの追及を緩めない。
「恵さんは勘違いしてませんか? よく思い出して下さい」
「だからもう何も無いの。本当よ!」
恵さんはムキになって否定した。
その態度に、皆は疑念を抱いているようだ。
犯人捜しのようで気が引けるが、頭の良い恵さんの退路を断つ為には、皆が外堀を埋める役を担ってもらう必要がある。
詰みまで、あと一手。
けれど僕自身で手を下すのではなく、恵さんの自主性を促す。
「恵さんは何かを伝え忘れているはずなんです。ちゃんと話してくれませんか?」
「本当に無いの。無いから。それとも私が何かを隠しているという証拠でもあるの? あるなら見せてよ!」
必死に否定する姿が、むしろ何かを隠していると物語っていた。
状況証拠だけなら黒だ。
けれど恵さんの言う通りで、決定的な証拠なんて無い。
恵さんは言う証拠は悪魔の証明でどうすることもできない。
けれど僕には奥の手があった。
「残念ながら証拠はありません」
「だったら単なる言い掛かりよ」
「でも……本物の月島至恩が言うんですよ。恵さんと行った花火大会の記憶が曖昧だと。スターマインを見た記憶が無いそうです。でも花火大会の帰りはバカップルのようにラブラブで帰った記憶ははっきりと覚えている。つまりスターマインが上がっている間、何があったのですか?」
恵さん大きく目を見開き、口を両手で覆った。
その両手は小刻みに震え、動揺している。
「そんなの嘘よ。別人格の君の嘘よ……」
弱々しい語気。
どこか不安そうで自信が無さそうだった。
「この際、嘘かどうかなんてどうでもちいことなんです。恵さんにやましい気持ちが無ければスターマインが上がっている時の思い出を僕らの前で話せるはずですよね? 少なくとも本物の月島至恩は知る権利があるはずでは?」
「至恩は忘れているのね。本当はあの夜の思い出を誰にも話したくないの。私たちだけの大切な思い出だから。隣に座っていいかな?」
「どうぞ」
僕はベンチの左側に寄って、空いたベンチの右側に恵さんは座った。
「全ての思い出を教えて下さい。あの花火大会に何があったんですか?」
「嫌よ。断るわ」
恵さんは海を眺めたまま、僕と目線を合わせることなく拒否した。
その態度に腹が立つ。
右の拳をベンチに叩きつけた。
「拒否する理由が分からない。恵さんは僕がオリジナルの月島至恩へ戻るのを望んでいたはずですよね? 何で真逆の事をするんですか?」
「理由が二つあるわ」
「理由?」
僕の問いに恵さんは黙ったまま海を眺めていた。
僕は恵さんの憂鬱そうな横顔をじっと見つめる。
浜風が恵さんのほつれ髪を揺らした。
長い沈黙に耐えきれずに僕は答えを促した。
「僕はちゃんと受け止める。だからその理由を言って欲しい」
恵さんは首を横に振ってから答えた。
「私の個人的な理由と私の心の弱さが関係した理由。ねえ皆、狡い女の話にしばらく付き合ってくれるかしら?」
僕は皆に目配せする。
皆は黙って頷く。
「お願いします恵さん」
恵さんは小さく頷き、浜風になびくほつれ髪を耳にかけてから重い口を開いた。
「一つは元の人格の至恩が忘れてしまった私たちだけが知る大切な思い出。もう一つは至恩と君の人格を統合させたくないという私情があるからよ」
恵さんの意外な理由に僕らは驚いて言葉を失う。
特に二つ目の理由は恵さんが望んでいるのとは真逆である。
なぜそう思うようになったのか。
それは本人にしか分からないこと。
僕は恵さんの横顔を見つめながら次の言葉を待ち続けた。
ベンチを取り囲むように見下ろしていた皆は安堵のため息を吐いた。
「どれくらい気を失っていましたか?」
ベンチのすぐ脇でしゃがんでいた恵さんが答えた。
「スマホで皆を呼んでから五分くらい」
体を起こす。
目眩がしてベンチから落ちそうになったところを麗さんが支えてくれた。
頬に当たる冷たい物に思わず身をすくめた。
「軽い熱中症だな……体をいたわれよ至恩。取りあえず水分補給だ」
「ありがとう麗さん」
ペットボトルを受け取り水を飲んだ。
亜希が顔を近づけてきて、僕の顔をまじまじと見る。
「顔色は悪くなさそう。兄さん、車まで歩ける?」
「何とかね」
「よし、俺達が肩を貸そう」
白井先生は鈴村に目配せした。
動き出そうとする二人を麗さんが制止する。
「白井先生と鈴村だと凸凹過ぎてバランスが悪すぎる。ここは私と恵が支え――」
「ちょっと待って」
僕は麗さんの話を遮る。
皆の視線が僕に集まった。
「僕は平気だから。それよりも皆に聞きたい事があるんだ。僕の記憶についてね」
皆の顔をぐるりと見渡す。
恵さんだけが目を反らした。
とりあえず恵さんは後回しにして母さんから訪ねた。
「母さんは僕の過去を残さず伝えてくれた?」
「ええ、全てを話したつもりよ」
次に亜希に訊ねた。
「亜希はどうなの?」
「うーん、亜希から話せる事は、もう無いと思うけどな」
最後に恵さんに訊ねる。
「恵さんは言い忘れた事はありませんか?」
「……もう無いわ」
「それは本当ですか?」
恵さんは動揺していた。
手が小刻みに震えている。
亜希が部室で病気を打ち明けたあの時も、恵さんの手が震えていたのを僕は覚えている。
恵さんは冷静沈着の女性に見えるが、動揺すると手が震えるようだ。
ここが勝負どころと捉え畳み掛ける。
「僕は気を失って間に夢を見ました。そこで『人格統合が始まらない件』について、オリジナルの僕と議論しました。僕らが出した結論は『まだ欠落した記憶がある』です。今、僕が訊ねた三人の中に、まだ僕には伝えていない記憶があるはずなんです。よく思い出して下さい」
僕はまず母さんをじっと見た。
「ごめんね至恩。私から話せる思い出は本当にないのよ」
母さんは申し訳なさそうに謝る。
続いて亜希をじっと見た。
「ごめん兄さん。亜希も全てを話したよ」
亜希は首を横に振る。
最後に恵さんを見つめる
「私も全てを話したから」
恵さんは随分と顔色が悪い。
そういう反応を見せる理由を知っている。
僕は恵さんへの追及を緩めない。
「恵さんは勘違いしてませんか? よく思い出して下さい」
「だからもう何も無いの。本当よ!」
恵さんはムキになって否定した。
その態度に、皆は疑念を抱いているようだ。
犯人捜しのようで気が引けるが、頭の良い恵さんの退路を断つ為には、皆が外堀を埋める役を担ってもらう必要がある。
詰みまで、あと一手。
けれど僕自身で手を下すのではなく、恵さんの自主性を促す。
「恵さんは何かを伝え忘れているはずなんです。ちゃんと話してくれませんか?」
「本当に無いの。無いから。それとも私が何かを隠しているという証拠でもあるの? あるなら見せてよ!」
必死に否定する姿が、むしろ何かを隠していると物語っていた。
状況証拠だけなら黒だ。
けれど恵さんの言う通りで、決定的な証拠なんて無い。
恵さんは言う証拠は悪魔の証明でどうすることもできない。
けれど僕には奥の手があった。
「残念ながら証拠はありません」
「だったら単なる言い掛かりよ」
「でも……本物の月島至恩が言うんですよ。恵さんと行った花火大会の記憶が曖昧だと。スターマインを見た記憶が無いそうです。でも花火大会の帰りはバカップルのようにラブラブで帰った記憶ははっきりと覚えている。つまりスターマインが上がっている間、何があったのですか?」
恵さん大きく目を見開き、口を両手で覆った。
その両手は小刻みに震え、動揺している。
「そんなの嘘よ。別人格の君の嘘よ……」
弱々しい語気。
どこか不安そうで自信が無さそうだった。
「この際、嘘かどうかなんてどうでもちいことなんです。恵さんにやましい気持ちが無ければスターマインが上がっている時の思い出を僕らの前で話せるはずですよね? 少なくとも本物の月島至恩は知る権利があるはずでは?」
「至恩は忘れているのね。本当はあの夜の思い出を誰にも話したくないの。私たちだけの大切な思い出だから。隣に座っていいかな?」
「どうぞ」
僕はベンチの左側に寄って、空いたベンチの右側に恵さんは座った。
「全ての思い出を教えて下さい。あの花火大会に何があったんですか?」
「嫌よ。断るわ」
恵さんは海を眺めたまま、僕と目線を合わせることなく拒否した。
その態度に腹が立つ。
右の拳をベンチに叩きつけた。
「拒否する理由が分からない。恵さんは僕がオリジナルの月島至恩へ戻るのを望んでいたはずですよね? 何で真逆の事をするんですか?」
「理由が二つあるわ」
「理由?」
僕の問いに恵さんは黙ったまま海を眺めていた。
僕は恵さんの憂鬱そうな横顔をじっと見つめる。
浜風が恵さんのほつれ髪を揺らした。
長い沈黙に耐えきれずに僕は答えを促した。
「僕はちゃんと受け止める。だからその理由を言って欲しい」
恵さんは首を横に振ってから答えた。
「私の個人的な理由と私の心の弱さが関係した理由。ねえ皆、狡い女の話にしばらく付き合ってくれるかしら?」
僕は皆に目配せする。
皆は黙って頷く。
「お願いします恵さん」
恵さんは小さく頷き、浜風になびくほつれ髪を耳にかけてから重い口を開いた。
「一つは元の人格の至恩が忘れてしまった私たちだけが知る大切な思い出。もう一つは至恩と君の人格を統合させたくないという私情があるからよ」
恵さんの意外な理由に僕らは驚いて言葉を失う。
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