桜1/2

平野水面

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夏の幻影

花火大会1

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 海水浴から毎晩夢を見るようになっていた。
 僕とバッタもんはリビングのソファーに腰掛け、本を片手にアイスコーヒーを楽しんでいる。
 ただダラダラと怠惰な夏休みを満喫する六日間だった。
 今日は花火大会の前夜。
 最後の挨拶は海水浴の前日に済ませたので、今さら別れの言葉を交わす必要はない。
 アイスコーヒーを飲み終え、夢から現実へ戻ろうとソファーを立ち、バッタもんへ「起こしてくれ」と頼むと。
「もう一杯付き合えよ」
 バッタもんはパチンと指を鳴らし、なみなみと注がれたアイスコーヒーが現れた。
 僕は勧められるがままにソファーに腰を下ろしてコーヒーを一口飲む。
「なあパチもん、お前から見て俺という人間はどんな風に映っていた?」
「ただの変態だな」
「それが俺への最後の言葉か?」
 バッタもんは不満そうだった。
 随分と分かりやすい奴だと思った。
 そんな単純なバッタもんが嫌いではない。
 アイスコーヒーを一気に飲み干してからリビングの出入口まで移動して背を向けたまま言った。
「けれどな、友達としては愉快な奴で楽しかった。ありがとな。そろそろ現実へ帰りたいから戻してくれないか?」
「俺はパチもんを忘れないぜ。だからパチもんも俺を忘れないでくれよな」
「確約できないが善処する」
 僕は素っ気なく返した。
 すると男の啜り泣くような声が聞こえた。
 僕は振り向かずに言った。
「僕が居なくなったら母さんと麗さんのフォローをお前に頼む。これは信頼のできるお前にしか頼めないことなんだ。後を託すぞ――月島至恩」
「任されたぜパチもん。だから最後の勤めの花火大会を存分に楽しめ」
「ああ」
「今日は見送らない。悪いけど玄関から出て目を覚ましてくれ」
 もう別れを惜しんでい猶予はない。
 目に溜まった涙をバッタもんに悟られたくないから。
 溢れそうな涙を拭ってから「さよなら」と呟いた。
 バッタもんからの返答はない。
 僕は玄関へ移動して引き戸を開くと白い明かりが僕を包む。
 意識がゆっくりと薄れて行く。
 まるで寝落ちする寸前のような感覚の中、バッタもんの声が耳に届く。
「パチもんありがとう」
 その直後、僕の意識は途絶えた。

    *    *

 浴衣の着付けは我が家のリビングで行われた。
 終わるまでの間、僕の部屋で白井先生と鈴村は時間を潰していた。
「着替えが終わりましたよ。リビングへどうぞ」
 母さんの声。
 白井先生と鈴村は「待ってました」と言わんばかりに部屋を飛び出し階段を駆け下りて言った。
 僕は逸る気持ちを抑えながら階段を下りていると、リビングから男の「おお」というどよめきが聞こえた。
 僕も遅れてリビングに入る。
 最初に目に飛び込んで来たの恵さんの浴衣姿。
 藍色を少し濃くしたような浴衣に紫色の菖蒲の花の柄が散りばめられている。
 帯は濃い紫色だった。
 髪の毛は同じく菖蒲のかんざしで纏められている。
 恵さんはニコッと笑いくるりと回って言った。
「ねえ至恩くん、似合うかな?」
 初めて見る女性の生浴衣。
 緊張してしまって赤べこのように頷く以外に手立てが無かった。
「兄さん、亜希の浴衣姿はどう?」
 亜希が駆け寄って来た。
 茜色を基調として、小さな白いドット柄と白いマーガレット柄の可愛らしい浴衣だ
 帯は模様と同じで白。
 茜色の浴衣は亜希の活発なイメージに合っていると思う。
 妹のいつもと違う雰囲気にドキッとした。
「至恩、私のも見てくれよ」
 麗さんは両手を広げて可愛くアピールしてきた。
 白を基調としてシンプル、どことなくレトロを醸し出しているけれど、模様が新種の青い薔薇とあって随分と野心的なデザインである。
 それに麗さんの肌は日焼けをしているので、白い浴衣がより一層に映えた。
 麗さんは格好いいと思う。
 皆の着付けした母さんの浴衣は斬新なデザイン。
 黒、白、薄紫、青緑の四色を使った幾何学柄と赤い彼岸花の柄である。
 母さんの雰囲気は一言で妖艶。
 儚げな微笑みの目に灯る鈍い輝きは冷たくて悪寒が走る。
 けれど四十代にはまったく見えないし、美しさは衰えるどころか磨きが増しているように感じた。
 母さんの浴衣姿に白井先生は口を開けたまま微動だにしない。
 麗さん贔屓の鈴村でさえ、母さんに見惚れていた。
 どうやら母さんに浴衣を着せると、世の男性の心と時間を奪ってしまうらしい。
 まさに魔女である。

 それに引き換え僕らはどうか。
 僕はネイビーの半袖ボタンダウンに黒系のパンツに合わせたスタイルで、少し背伸びをしたビジカジスタイルである。  
 白井先生と鈴村に関しては海水浴の時と同じ装いである。
 たまたま服のローテーションが重なっただけなのか、あるいは一張羅なのか。
 まあ、どうであれ僕ら男子チームは、浴衣を着た女子チームに比べれば地味である。
 恵さんは手を二度叩いて皆の視線を集めてから言った。
「皆、そろそろ家を出よう。今日は私のおもてなし計画で動いてもらうね。ご協力お願いします」
「はい」
 皆は返事する。
 僕は何も聞かされてないので何をして貰えるのかは分からない。
 ただ花火があがるまではかなり時間的に余裕があるのだが。
 皆はリビングを出て玄関へ向かう。
 呆然と立ち尽くしていると。
「行こう至恩くん」
 恵さん僕の右手首を掴む。
「ぐずぐずするな至恩」
 麗さんは僕の背を押す。
 僕は引っ張られたり、押されたりと美女二人に誘導されて玄関へ向かった。
 
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