桜1/2

平野水面

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夏の幻影

花火大会2

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 桜並木のある堤防の河川敷。
 普段は散歩する人やランニングする人たちがほとんどだけど、今日は祭りを楽しむ人達でごった返していた。
 花火が上がる二時間前。
 恵さんが立てた花火大会の計画に「屋台で遊ぶと食べる」が含まれているらしい。
 恵さんが最初に選んだ遊びは、僕が苦手としてるお化け屋敷だった。
 僕の右隣の恵さんはニヤニヤして言った。
「至恩も心霊的な物を苦手としてたけど君はどうかしら?」
 余計な事を言うなよと思いながらも少しは男らしい所を見せようと、クールに「平気だけど」と言った。
 けれど僕の左隣の麗さんは「シシシ」と笑う。
「表情が引きつっているようだけど心配はいらんぞ。側に私がいるから、怖くなったら抱きついてきてもいいぞ」
 恐怖心から麗さんに抱きつくというか、縋り付いて助けを乞うかもしれない。
 さっきは「平気だけど」と強がった手前、カッコ悪い所は見せられない。
 凝った造りのお化け屋敷を見ている恵さんと麗さんの隙をついて、静かに後退りをして逃げ出そうとすると、恵さんに右手首をガシッと掴まれる。
「どこに行こうというの至恩。これからお化け屋敷に入るのよ」
 掴まれた右手を振り払おうと、左手を動かしたら麗さんにガシッと掴まれた。
「だから安心しろって。私がいるから怖くない」
 恵さんと麗さんに逃亡を阻まれた。
 もう選択肢はない。
 苦手なお化け屋敷に連れ込まれた。

 なんとかお化け屋敷から生還できた。
 大きなため息を吐き出すと共に口から霊が抜け出て行くような感覚。
 こんな遊びはこりごりだ。
 本来は恵さんと麗さんに挟まれて幸せのひと時を過ごせたはずなのに。
 まだ足が震えている。
 恵さんと麗さんにバレないようにしていたけれど、二人は僕を見てクスクスと笑っていた。
 完全に見透かされていたようだ。
 次に向かったのは射的である。
 さっきのお化け屋敷は、迂闊にも悲鳴を上げて株を下げてしまったが、ここは大量の景品をゲットして名誉を挽回したい。
 気合いを入れて銃を構え「やってやる」と引き金を引いた。
 結果は三回チャレンジして戦果は無し。
 これはお化け屋敷の影響が出たに違いない。
「君は案外と不器用ね」
 恵さんはゲットしたお菓子の箱で僕の頬をペチペチ叩いた。
 僕は反論する。
「恵さんの浴衣姿が綺麗で集中できませんでした」
 恵さんは瞬きもせずに顔を真っ赤にした。
「はいはいご馳走さま。そんなことよりも、この私が至恩の仇をとってやんよ」
 麗さんは体を前のめりにして銃を構えて引き金を引く。
 射撃は百発百中で次々とお菓子の景品を撃ち落として行った。
 射的屋の親父は笑顔を引きつらせながら麗さんへ景品の入った紙袋を手渡した。
 その後はヨーヨー釣り、金魚すくいで遊んだ後は腹拵え。
 遊戯屋台よりも飲食系の屋台の方が圧倒的に多いので選び放題だ。
 皆がそれぞれ食べたい物を被らないように、一種類二個買ってシェアする事になった。
 しかし会場に用意されていたフードコートは満席だった。
 僕は恵さんへ訊ねる。
「食べる所がないけど?」
「それは計算済み。これから学校へ行って食べるの」
 なぜ「学校へ行くのか?」と疑問に思いながら白井先生に訊ねた。
「白井先生、大丈夫なんですか?」
 白井先生は苦笑いした。
「教頭先生にはたまった仕事を消化したいと許可をとってある。万が一バレたらお前たちも一蓮托生だからな」
 バレたらヤバいヤツだ。
 けれどそこまでして皆が協力してくれていることが凄く嬉しかった。
 僕らはビニール袋をぶら下げて学校へ向かった。

    *    *

 屋台パーティーは一年二組の教室で行われた。
 机をくっつけて買ってきたものを食べる。
 教室には冷房もあるし、虫に刺される心配もないので快適に過ごせた。
 皆との食事が楽しくて時間があっという間に過ぎた。
 やがて花火大会が始まる時間が近づくと恵さんは立ち上がって言った。
「そろそろ時間ね……後片付けをしたら、私と麗と至恩くん以外は隣の一年一組の教室へ移動して待機していて下さい。それと至恩に一言挨拶をしてくれると嬉しいです」
 協力して片付けを手早く終えた。
 最初に来たのは白井先生だった。
「この先、お前がどういう人格になろうともお前は俺の教え子だ。それは俺が死ぬまで続く関係だ。何かあれば俺を頼れ。いいな?」
「はい、僕は良い恩師に恵まれました」
 僕の一言に白井先生は男泣きをする。
 背を向けて目を擦るような仕草をしてから教室を出ていった。
 次は鈴村だった。
 鈴村は僕に顔を寄せて小声で言った。
「切っ掛けをくれてありがとう。俺は慢心してお前に負けた。もう俺は天狗にはならない。どんな相手もリスペクトして全力で倒す。走りも……恋もな」
 鈴村はチラリと麗さんへ視線を送り、再び僕を睨んで右手を差し出して来た。
 僕は鈴村と固い握手を交わす。
 鈴村は足早に去っていった。
 次は母さんと亜希の番。
 母さんは右から、亜希は左から抱きついてきた。
 母さんは声を震わせて、僕の耳元で囁いた。
「本懐をとげた貴方は旅立ってしまうのね。寂しくなるわね」
 下手な返答は母さんを傷つけてしまう。
 だから否定も肯定もせずに「短い間、お世話になりました」と無難な挨拶で済ませた。
「兄さん」
 呼び掛けられて亜希の方へ視線を移す。
「兄さんは大切な家族の一員。決して他人でも幻なんかでもない。目の前にいる兄さんは亜希のセカンドラブの人。兄として、一人の男性として君を愛しています」
 亜希の体が小刻みに震えた。
 声は出してないけれど泣いているとわかった。
「亜希、私たちは隣の教室へ行きましょ。あとは恵さんと麗さんに任せようね」
「……うん」
 母さんは亜希の肩を抱き、隣の教室へ歩いて行く。
 距離が離れて行くにつれ、亜希の泣き声が徐々に大きくなっていき、廊下を出て姿が見えなくなった瞬間、亜希の慟哭が廊下に響いた。
 駆け寄って亜希を抱き締めたいという衝動に駆られた。
 でもそれをやったら余計に別れが辛くなる。
 会うのは止そうと決めたその時、「ヒュルルル」という独特な音が聞こえた直後、「ドォン」という炸裂音がする。
 花火大会の時間になった。
 麗さんは教室の出入口付近へすたすたと歩き、蛍光灯のスイッチをオフにした。
 消える灯り、打ち上がる花火。
 教室から限られた範囲の夜空に色取り取りの花火があがる。
 花火が上がる度に暗い教室は一瞬だけ明るくなり、黒板、教壇、机と椅子、そして僕らをも一瞬だけ明るく照らし、また暗闇に包まれる。
 教室の中は明滅を繰り返していた。
 僕らは言葉を交わさなくても自然といつもの位置関係で机の上に腰掛けた。
 右隣が恵さんで左隣が麗さん。
 夜空に明滅する花火はとても綺麗だけど散り際がどこか儚い。
 自分の運命と花火を重ね合わせていた。
 昏睡状態から目覚め、短い高校生活を経て、人格統合する時が近づいている。
 僕の人生はあの花火のように一瞬であ。
 そう考えていたら体が冷えてきた。
 決して自分冷房のせいじゃない。
 覚悟はしていても、いざその時が迫ると怖いものだ。
 僕は温もりを求めて、右手を恵さんの左手の上へ、左手を麗さんの右手の上に手を置いた。
 二人から咎めることも、訊ねることもせずに黙って恋人繋ぎをしてくれた。
 二人の温もりが優しかった。
 手を繋いだまま花火を見ていた。
 どれくらい時間が経っただろうか。
 やがて連続で打ち上がる花火。
 クライマックスのスターマインだ。
 スターマインを眺めていると――左頬に温かくて柔らかいものが触れている。
 麗さんが頬にキスをした。
 顔の向きを変えるだけで唇と唇が触れてしまうような距離。
 慌てて恵さんの方へ振り向き、見られてないか様子を伺おうとして所をグイッと両頬を手で掴まれて麗さんの方へ向き直された。
「今、私ができる最大の愛情表現。愛しているよ至恩」
 いつものような勝ち気な笑顔ではなかった。
「さて……邪魔者は消えるか」
「え、何で? まだ花火は終わってないけど」
 麗さんは黒板側の出入口へ歩いて行く。
 追いかけようとしたら、恵さんに右手を掴まれる。
 動けない。
 何が起きているのか分からず、恵さんの横顔と麗さんの後ろ姿の間を何度も首を往復させた。
「恵さんどうして?」
 恵さんは僕の問いに答えず、スターマインを見続けていた。
 僕は慌てて麗さんを呼び止める。
「待ってくれ麗さん、一緒に花火を見よう」
 麗さんは出入口の手前で振り返り、顔と同じ高さに上げた右手を振る。
「バイバイ至恩」
 麗さんは別れの挨拶を言って一歩後退りをした。
「まだ花火は終わってないから。僕らと最後まで――」
「バイバイ至恩」
 麗さんは目に涙をため、微かに声を震わせながらまた一歩後退りして教室から廊下に出た。
 恵さんの手の爪が食い込んで痛い。
 スターマインを眺めたまま啜り泣く恵さん。
 なんでこんな別れ方をしなきゃないないのか。
「何でだよ麗さん。こんな別れ方は残酷だ。麗さんともっと――」
「バイバイ……至恩」
 麗さんから止めどなく涙が溢れ落ちて行く。 
 泣きながら一瞬微笑んで「シシシ」と笑った。
 麗さんは正面を向いたまま横にスライドして姿を消した。
 込み上げきた悲しみと怒り。
 僕は声を荒げた。
「これはどういうことなんだ? 一体何がしたいんだ?」
 恵さんは睨み返して絶叫する。
「二人で何度も話し合って決めたことなの。最初から麗は席を外してもらう予定だった。今から伝える思い出は麗にはとても辛い現実になってしまうから……」
「もっと穏やかな別れになると思ってた。この別れ方は、僕にも辛い現実じゃないか」
 麗さんが別れ際に見せた微笑みが頭から離れない。
 僕は唇を噛んで俯いた。
「そんな悲しそうな顔をしないで至恩。お願いだから顔を上げて私はを見て」
「今はそんな気分じゃない」
「麗の譲ってくれた最後の時間を無駄にしないで。それに君は記憶を取り戻すこと、病気を治すことが本懐じゃないの? もう君も私も引き返せないの。失った過去を取り戻して未来へ歩を進めなきゃいけないのよ」
 そんなことは言われくても分かっている。
 込み上げる怒りを押さえながら恵さんを見た。
 恵さんも麗さんと同じ悲しそうな微笑みを浮かべていた。
「そんな表情していたら何も言えないじゃないか。恵さんは狡い」
「君と麗には辛い思いをさせている自覚はある。でもこれは避けられないこと。君の中にいる至恩に伝えなきゃいけないの。花火よりも美しくてキラキラに輝くステキな思い出があることを」
 恵さんは僕の首に手を回し、顔を寄せてじっと僕の目を見つめてきた。
「あの夏もこんな感じだった。こうして顔を近づけて見つめあっていたのに。でも今は同じ身体で全くの別人。本当は駄目ことだって分かっていても必要な行為。何年も寝坊してる至恩を起こさなきゃね。決して浮気じゃないのよ。至恩にかかった魔法を解く為の目覚めのキスだから」
 それは唐突だった。
 触れ合う僕と恵さんの唇。
 ああ――唇はこんなにも柔らかいのか。
 体が痺れて動かない。
 というか体がいうことを聞かない。
 抗えないほどの強烈な睡魔が僕を襲う。
 僕の瞼はゆっくりと閉じていった。
 
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