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<フリーター出撃編> ~守護龍ヴァスケル 覚醒する~

第十八話:フリーター、出立する

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「リューキさまっ! 贈り物があるのです!!」
 
 プライベートスペースでもある居室で、俺が出立しゅったつの準備をしていると、ジーナ・ワーグナーがやって来た。女騎士ナイトエリカ・ヤンセンも同行している。

 両手いっぱいに荷物を抱えたジーナは妙にテンションが高く、顔は上気している。

 ジーナから受け取った包みを開けると、新品の衣装がひとそろい入っていた。

 ふわふわと波打つえりが特徴的なベージュ色のシャツ、丈夫そうな厚手の黒いパンツ、装飾をらした幅広のベルト、革のロングブーツ、ゆったりとしたサイズの茶色のマント。

 舞踏会で披露ひろうするような代物しろものではなく、貴族が遠出の際に身につける服だ。
 今回の旅に丁度ちょうど良い。
 
「おっ、いいじゃないか! 俺のために用意してくれたんだ」
「そうでーす!」
我が領主マイ・ロード。ジーナ様はお裁縫さいほうが得意です。いま手にされているシャツやマントは、ジーナ様がおひとりで仕立てられたものです。それはもう、生地きじを選ぶ段階から熱心にはげんでおられました」

 マジか!? 
 まるで、クリスマスプレゼントで手編みのニットやマフラーを恋人に贈るみたいじゃないか。 
 俺は、自分の中でジーナの評価が急上昇するのを感じた。 

我が領主マイ・ロード。ジーナ様は、贈り物をお気に召して頂けるかをとても気にされていて……」
「気に入るなんてもんじゃない! 感動ものだよ、これは!!」

 シャツを手に取り、しげしげと眺める。
 糸がほつれているとか、左右の腕の長さ違うとか、そんな素人しろうとじみた失敗はどこにも見られない。
 それどころか、俺が持っている既製品のシャツと比べても遜色そんしょくない。
 いや、手縫てぬいで作られたぶん、こころがこもっている。
 右胸にあるドラゴン刺繍ししゅうも勇ましい。
 
「リューキさま。胸の刺繍ししゅうはワーグナー家の紋章ですわ。当家に所縁ゆかりのある者しか身につけることが許されません」

 ジーナがほこらしげに示すのは、様々な色の糸でわれたドラゴンの図柄。
 その緻密ちみつな造形美は、ちょっとした芸術作品のよう。
 シャツやマントを仕立てた腕前といい、細かい刺繍ししゅうほどこした技術といい、ジーナの意外な才能に俺は感心した。

 頭をなでてやると、ジーナは無邪気にきゃっきゃとはしゃいだ。
 喜ぶさまが子犬のようでかわいい。

「ジーナ様! リューキ殿は贈り物をたいそう気にいられたご様子。良かったですね!!」

 女騎士ナイトエリカの言葉に、ジーナは何も答えない。
 見ると、彼女は涙ぐんでいた。

 おいおい、オーバーなやつだなあ。
 贈り物をもらった俺より、渡したジーナが感激してどうする。
 ああ、そうか。お嬢様育ちのジーナは純粋ピュアなところがあったな。
 ときどきおかしな言動もあるけど、悪い子じゃない。
 よしよし。今度また、俺の世界で一緒にスイーツを買いに行こうな。

 エリカに手を引かれ、ジーナが俺の部屋から出ていく。
 まるで姉妹。
 しっかりものの姉とマイペースな妹のようだ。

 ひとり寝室に残された俺は、さっそく服を着替えた。
 うん、ピッタリ。
 どうしてサイズが分かったのだろうか? 
 まあいい。
 これで俺はこの世界の住人と見た目は変わらなくなった。
 いつまでもポロシャツとジーパンでは領主ロードらしくない。

◇◇◇

 ワーグナー城の大広間。
 
 真新しい装いの俺は、あねさんヴァスケルと顔をあわせる。

「準備はいいかい? おや、リューキは着替えたんだね」
「どうだ、似あうか?」
「ああ……ますます男前になったよ。ていうか、その服はもしかして?」
「わかるか? ジーナが用意してくれたんだ」
「なるほどね……胸の刺繍ししゅうに見覚えがあると思ったよ。ワーグナー家の紋章もんしょう、つまり、あたいのことじゃないか」 

 なんと!
 紋章もんしょうの図柄、ドラゴンのモデルはヴァスケルだった。
 よくよく考えてみれば納得できる。
 ヴァスケルはワーグナー城の守護龍ドラゴン
 ある意味、ワーグナー家の象徴だからね。

「うん……いいねえ。ジーナは、良い男を捕まえてきたもんだ」

 いやいや、別に俺はジーナに捕まったわけではない。
 俺が購入した「1LDK」の格安物件がお城だっただけだし、ジーナは物件の売り主なだけだ。
 ただ、長い間眠っていたヴァスケルは、ジーナが勝手に城を売ってしまったことを知らないはず。
 自分が付属品扱いされたことも。
 そんなことを知ったら、怒り狂うかな。
 超こえー。
 うん、とても言えない。
 これは墓場まで持ってくレベルの秘密だな。
 
 俺は適当に返事をはぐらかし、そろそろ出かけようと声をかけた。

 大広間を出て、ヴァスケルと一緒に城前の広い中庭に移動する。

 城というイメージにありがちな噴水やら彫像やらは何もない殺風景な空間。
 実用本位か、単に庭造りにかける金がないだけか。
 俺は尋ねないでおいておく。

 旅に同行する女騎士ナイトエリカ・ヤンセン、出立を見送りに来たジーナ・ワーグナー、グスタフ隊長が見守る前で、あねさんモードのヴァスケルが変身チェンジする。

 ヒト化していた身体からだ白光はっこうした瞬間、もう守護龍ドラゴンの姿に変わっていた。
 なんの力の脈動も感じず、最初からそこに鎮座していたかのように黒い巨体が目の前にいた。

「さあ……背中に乗んなよ」
 
 守護龍ドラゴンモードのヴァスケルが言う。
 声はあねさんモードのままなので、いささか違和感がある。

「ヴァスケル。最初の目的地、ジーグフリードが住む村までどれくらいかかる?」
「そうだねえ……あたいが全力で飛べば一時間もかからないよ。エリカの足なら十日、リューキの足じゃあ……たどり着くのも無理かもね」

 なんだか馬鹿にされた気もするが、否定できない。
 たぶんヴァスケルの見立ては間違っていない。

我が領主マイ・ロード。失礼ながらお尋ね致します。空を飛ぶヴァスケル様の背中に一時間もしがみついていられますか?」
「一時間か……」

 俺はヴァスケルの背中を見あげる。
 当たり前だが座席なんかない。
 手すりや安全ベルトもない。
 手や足をかけられるとすれば、背中から尻尾にかけて一列に並ぶとげのような突起物くらい。
 おとなしく立っているヴァスケルの背中にしがみつくのならなんとかなりそうだが、何百、何千メートルもの高度を飛行するとなると……うん、こりゃ無理だ。

「なんだい……リューキは自分で背中に乗ると言っときながら、あきらめるのかい?」
「ええ、返す言葉もございません……」

 ヴァスケルがあきれる。
 あっさり前言撤回ぜんげんてっかいするのは恥ずかしいが、無理なものは無理だ。
 思慮が足りなかったといえば、その通り。
 リアルな『ドラゴン・ライダー』は俺には難しそう。
 てか、俺のいた世界の人間は誰もできないと思う。

「……しょうがないねえ。これならどうだい?」

 守護龍ドラゴンヴァスケルの身体が再び白光はっこうする。
 俺の目の前に現れたのはあねさんモードのヴァスケル。
 しかも最初に出会ったときと同じ露出ろしゅつの高い衣装。
 異なるのは、黒い羽根を背中から生やしているところ。
 おお、これをなんと表現しよう? 
 「あねさんモード・堕天使だてんしバージョン」とでも言おうか? 
 なまめかしさはそのままに、背徳感はいとくかんが上乗せされている。

「……こっちにおいで。落っこちないように、あたいが抱いてあげるよ」
  
 ヴァスケルが甘えた声を出す。
 俺は思わずフラフラと近づく……いや、だめだ! 
 だまされるな! ハニートラップかもしれない。
 違う。そうじゃない。
 ヴァスケルは、飛行中に俺が落っこちないように配慮してくれたんだ。
 悪魔のささやきとか。堕天使だてんしの誘惑なんかじゃない。
 ただ、あねさんの退廃的たいはいてきな見た目から、そう感じただけだ。
 
「この衣装かい? 空を飛ぶには、羽根を広げなきゃいけないからね。背中が隠れるような窮屈きゅうくつな格好じゃあダメなのさ」

 あねさんヴァスケルが説明する。
 
……そうか! セクシーな衣装は空を飛ぶためなんだね! 俺を誘惑してるんじゃないんだ。じゃあ、変に気を回さなくて良いか! では遠慮なく。いやいやいやいや、冷静に考えよう。つやっぽいあねさんに抱っこされた男が空から降りてきて、「俺、ワーグナーの領主ロード。話しあいにきたよ!」なんて言っても説得力なさそう。交渉におもむくには守護龍ドラゴンモードのヴァスケルの方が良い。けど、セクシー堕天使だてんしバージョンも捨てがたい。うむ、実益を取るか快楽を得るか悩むところだ。おっと、話の論点がズレている。ここはひとつ……

「ヴァスケル様が擬人ヒト化されてしまっては、リューキ殿おひとりしか同行できません。このように工夫されては如何でしょうか?」

 気づくと、かしこいエリカ・ヤンセンが解決策を提示していた。

 守護龍ドラゴンモードのヴァスケルが胸の前で軽く腕を組む。
 腕と身体からだの隙間、そのあいた空間に俺とエリカが潜り込む。
 うん、良い感じ。
 足場はあるし、四方から包み込まれる安心感がある。
 多少手狭てぜまなのは仕方ない。
 空から落っこちるよりマシだ。

 そうだよな。
 守護龍ドラゴンモードのヴァスケルの背中に乗るか、あねさんモードのヴァスケルに抱っこしてもらうかの二択じゃないよな。
 守護龍ドラゴンモードで抱きかかえてもらえば問題は解決だ。
 はは。良かった良かった。
 残念だなんて思ってない。

「それじゃあ、行くよ! ふたりとも、しっかりつかまってな!」
「ジーナ様、グスタフ殿、では行って参りますぅーーーひいいーっ!!」「はうああ?!」
 
 ヴァスケルが勢いよく飛び立つ。
 女騎士ナイトエリカ・ヤンセンの言葉尻が悲鳴に変わる。
 ロケット打ち上げのような勢いに、俺の息は詰まる。
 俺は、留守を任せたジーナとグスタフに旅立ちの挨拶ができなかった。

 やれやれ、ようやく出発できたかと思えば、いきなりこれか。
 先が思いやられるね。
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